22.実技試験~ロッドvsミシャ~
アンケートへのご協力ありがとうございました。
今後の執筆の参考にさせて頂きます。
「第九試合、ロッド様対ミシャ。両者、前へ」
いつも通り堂々とした足取りのロッド様と、涼しい顔のミシャが運動場の中央に歩み出た。
「両者、準備はいいですか?」
「おう」
「いつでも」
「それでは、用意……始め!」
合図と同時に先に動いたのはロッド様だった。
ロッド様は大きく後ろに下がり、両手を大きく空に広げた。
「来い!」
ロッド様の大きな声が響き渡ると同時に、運動場の温度が数度上昇した。
人の膝丈ほどの小さな炎が、次々と運動場に広がっていく。
よく見るとその炎は小さな兵隊の姿をしていた。
その数は三十にも及ぶ。
これぞロッド様の戦闘スタイル――その名も焔の軍勢である。
すでに書いた通り、ロッド様の魔法適性は炎の中適性と決して高くはない。
ただ、ロッド様には他にはない特別な資質がある。
それは超適性をもしのぐ魔力容量である。
ロッド様はその豊富な魔力を駆使して、小さな炎の兵隊を作り出して戦うのだ。
「行け!」
ロッド様の号令とともに、炎の兵隊たちがミシャに殺到する。
端から見ていてもその迫力は相当なものである。
「……」
初めて見るはずのロッド様の焔の軍勢を目にしても、ミシャの顔色は変わらなかった。
ミシャの魔法適性は風の高適性――セイン様と同じである。
しかし、魔法の試験においてそのミシャが、セイン様を大きく離す二位という好成績を収めたのにはもちろん訳がある。
「――」
運動場にガラスをひっかいたような甲高い音が鳴り響いた。
それと同時に、三十からなるミニオンズが全て爆散した。
ミシャは微動だにしていない。
「!?」
余裕綽々だったロッド様の顔色がさすがに変わる。
しかし、それもほんの一時のこと。
すぐさま次のミニオンズを呼び出す。
「行け!」
先ほどのリピート再生のように、同じ光景が生まれる。
炎の軍勢がミシャを押しつぶすように迫った。
「――」
再び奇音。
音が収まると、後にはミニオンズの姿は全て消え失せていた。
「これがお前の風魔法って訳か」
「はい」
ミシャの風魔法はセイン様のような補助魔法ではなく、珍しい攻撃魔法なのである。
その本質は音にある。
音を媒介にして魔力を叩き込むのが彼女の戦闘スタイル――人呼んでセイレーンである。
「これは厄介だな。まあ、オレがやることは変わらんのだが」
三度、軍勢を作り出すロッド様。
「行け!」
軍勢がまた突撃していく。
ロッド様の戦法の厄介な所はここだ。
魔力容量が桁外れなため、ミニオンズを倒してもキリがないのだ。
おまけにロッド様自身は軍勢の最後方に陣取っているため、半端なことでは近づくことすら出来ない。
生半可な適性差など物量で押しつぶしてしまうのが、ロッド様の戦い方である。
「――」
対して、ミシャの方もなかなかに非常識である。
迫り来る三十もの炎の塊を、瞬時に消滅させてしまうその魔法の手腕。
とはいえ、現状では彼女の方も攻め手に欠けている。
防戦一方だった。
ただ、これには訳がある。
私と違ってミシャには貴族特有の王族への絶対的な敬意がある。
そのせいで、自分からロッド様を攻撃しようとは思わないのだ。
そんなことをするくらいならば試験に落ちても構わない、と思っているのだろう。
「……つまらん」
三度、ミニオンズを消滅させられたロッド様が鼻を鳴らした。
「お前、本気じゃないな? オレに遠慮しているのか」
「王族の方に向ける刃は持ち合わせておりませんので」
「……オレに関しては、その態度の方が不敬だと知れ」
「なんと言われましても、こればかりは変えられません」
「なら、無理矢理にでも本気を出させてやる」
またもミニオンズを呼び出したロッド様。
しかし、今度はミニオンズの動きが違う。
兵隊たちはミシャを囲むように一定の距離を取ったまま陣取った。
「……」
「本当に何もしないんだな。……後悔しろ」
ロッド様が指をパチンとならすと、ミニオンズが突然、爆発四散した。
一つが爆発すると、隣り合う別のミニオンズも誘爆し、連鎖する爆発は見る間に広がりミシャを飲み込んだ。
「どうだ。まだ本気を出す気にはならないか」
不遜に笑うロッド様だったが――。
「無傷……だと?」
突風で爆煙が吹き散らされると、そこには変わらぬミシャの姿があった。
その周囲で煙が渦巻いている。
「風の防御壁……か? だが、熱までは防げないはず」
「真空の断裂を使いました」
「!」
要は魔法瓶と同じ原理である。
ミシャは周囲の空間に真空の断層を作り出すことで、熱をシャットアウトしたのである。
「……くく、面白い。存外、面白いぞ、お前」
「ありがとうございます」
「だが、まだだ。まだここからだ」
「お気の済むまで」
これで五度目となるミニオンズの召喚だが、まだまだ数が減る様子はない。
本当に桁外れの魔力容量である。
「囲め」
先ほどと同じように、ミシャの周囲で距離を取りつつ陣取るミニオンズ。
さらに――。
「爆ぜろ」
ロッド様が指を鳴らすと同時に、ミニオンズが連鎖爆発を起こした。
観戦者のほとんどが先ほどと同じ展開を予想した。
「囲め、爆ぜろ、囲め――」
ロッド様は自分の前ではなく、ミシャの周囲に直接ミニオンズを召喚しては起爆するという一連の工程を、間髪入れずに立て続けに行った。
観戦者のいるところまで熱波が伝わってくるほどの爆発である。
ロッド様ってば、大人げない。
でも、女性相手でも容赦とか全然しないのは、私的には好印象である。
「……参りました」
「!? それまで!」
爆音の中から突然、弱々しい降参の声が響いた。
ローレック様が慌ててストップをかける。
ロッド様が指を鳴らすのをやめ、爆音が収まった。
「……何が起こったんですの? ミシャはどうして降参したんですの?」
「多分、酸欠です」
観戦者の全てを代弁するかのように困惑の表情を浮かべるクレア様に、私は説明した。
ロッド様は炎の波状攻撃をしかけることで、ミシャの周りから酸素を奪ったのである。
ミシャの防壁は真空断裂を必要としていることもあって、酸欠は一層深刻化する。
結局、ミシャの技術をロッド様の物量が押し切った形である。
「まあ、こんなもんか」
「完敗です」
「バカ言うな。こんなもの勝った内に入らんぞ。お前が待ちに徹していなきゃ、あんな形にはならなかった」
「私は全力を出したつもりですが」
会話しながら観戦者たちの元に歩いてくる二人。
人混みが自然と割れる。
「お? どうした?」
「引いてるんだよ。ちょっとやりすぎだよ、二人とも」
ユー様が言うとおり、どう考えても人外魔境な戦いだった。
剣と鎧の時代が終わったのも無理からぬことだろう。
あんな戦場では剣などただの棒きれ以外の何物でもない。
ここまでで疑問に思われる方もいるだろう。
セイン様やユー様はともかく、ロッド様やミシャならば簡単にウォータースライムを倒せたのではないか、と。
その疑問はある意味で正しい。
物理メインのセイン様は少し厳しいが、普通に相対していたなら、他の三人なら誰でもスライムを倒すことが出来ただろう。
あの時、こちらが危機に陥ったのは、背後から奇襲を受けさらにヘイトクライを使われたことにある。
相手を萎縮させるあれは、戦況を一変させる強烈な能力だ。
私とトレッド様が抵抗出来たのは、幸運以外の何者でもない。
「やりすぎってことはないだろ。まあ、次はオオトリだから、もっと面白いものが見られるはずだぜ」
「ちょっと、ロッド様。変なプレッシャーをかけるのはやめてくださいませ」
軽口を叩くロッド様にクレームを入れるクレア様。
「でも、負けるつもりはないんだろ?」
「それはもちろんですわ」
「期待してるぞ。レイもな」
男臭い笑みを向けてくるロッド様。
「はあ」
「だから、不敬だと言ってるでしょ、レイ」
気のない返事をした私を、ミシャがたしなめた。
でも、今回は許して欲しい。
何せ次は――。
「第十試合、クレア様対レイ」
クレア様と私の番なのだから。
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