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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第十五章 首脳会談編
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214.最強よりも強いもの

「はあっ……はあ……。ただいま戻りました、お母様」

「フィリーネ……? どうして貴様がここに……?」


 息を整えてから改めて挨拶をするフィリーネに、ドロテーアは怪訝な顔をした。

 そりゃあそうだろう。

 彼女からすればわけの分からない展開のはずだ。


「フィリーネ様ー! お待ち下さーい!」

「姫様ー!」


 フィリーネの後に続いて、どかどかと人だかりが会場に入ってくる。

 その多くは軍服――正確には軍人見習いの服を着ているが、中にはそうでない者たちもいた。


「貴様は……アデリナ=ライナー、オットー=ライナー、ヒルデガルト=アイヒロートにフリーデリンデ=アイマー……?」

「陛下、ご忠言に参りました」

「……うす」

「仕方ありませんね。姫様の頼みなので」

「祖国の恨み、晴らさでおくべきか!」


 ドロテーアの誰何に対し、それぞれが言葉を紡ぐ。

 みんなドロテーアに対して一言言いたい者ばかりだ。


 祖国を憂い、一時はクーデターを決意したアデリナさん。

 そんな彼女を心配し、皇帝暗殺をもくろんだオットー。

 融和外交派としてフィリーネの仲間になったヒルダ。

 祖国を滅ぼされ、再起をずっと待っていたフリーダ。


「これは何の茶番だ、フィリーネ?」

「茶番ではありません、お母様。私はお母様に引導を渡しに来たのです」


 死んだと偽装工作した際に切ったのか、ショートカットになったフィリーネは力強く言い切った。

 その佇まいに、以前のような気弱さは微塵も感じられない。


「ふ……ふはは……ふはははは! 引導……引導だと? 貴様が……よりによって貴様が、このドロテーア=ナーに引導を渡すだと……?」


 ドロテーアは火が付いたように笑い出した。

 彼女にしてみれば冗談にしか聞こえないのだろう。

 フィリーネが彼女に引導を渡すなどということは。


 そのままひとしきり笑い転げると、


「笑える冗談だ。面白い。渡せるものなら、渡してみよ」


 つまらん答えならば切って捨てる、と念を押してから、ドロテーアはひとまず引き下がった。

 フィリーネは鞄から紙束のようなものを取り出しつつ、話し始めた。


「国外外遊の間、私は諸国を巡って交渉をしました」

「交渉? 何のだ?」

「反ドロテーア包囲網構築に協力を取り付ける交渉です」

「!?」


 ドロテーアの顔が驚きに変わった。

 アデリナさんを説得した後、私は密かにヨーゼフさんからこのことを聞いていた。

 彼女が今日ここに帰ってくることも。

 フィリーネは何も失意のまま各地を放浪していたわけではない。

 彼女はずっと、母親に突き立てる牙を磨き続けていたのだ。


 各国の有力者の元を巡り、辛抱強く説得を続け、あるいは報酬をちらつかせ、あるいは巧妙に話術を操り。

 そうして地道な活動を積み上げていった。


 結果、出来上がったのが――。


「ここにナー帝国周辺の六カ国における有力者との血判状があります。この血判状に連なる者たちは、もうお母様におもねることはありません。帝国が新たな国際秩序に参加しなければ、一斉に歯を剥きます」

「フィリーネ……貴様……!」


 これはつまり、ドル様がブラフとしてちらつかせたことの実現である。

 泣き虫だった娘は、強大な力を持つ母親の喉元に食らいつくまでになったのだ。

 獅子の子もまた、やはり獅子だったということだ。


「この場で私を殺しますか? それもいいでしょう。私にはその覚悟があります」

「ほう……?」

「でも、私がどうなろうと、お母様がどう動こうと、帝国の外交的敗北は決定的です。チェックメイトです、お母様」

「……ぐっ――!」


 私たちは個人としてのドロテーアには敗北した。

 ドロテーアは強かった。

 間違いなく、誰よりも強かった。

 だが、そんな彼女もフィリーネが積み上げた人と人との繋がりには及ばない。


 ドロテーアは、彼女自身が嘲った絆というものに負けたのだ。


「貴様――!」


 ドロテーアが剣を振り上げた。

 フィリーネは目をそらしもしない。

 瞬きすらせずに、母親を見上げている。


「いいんですか、ドロテーア?」

「――! なんのことだ、レイ=テイラー?」


 私の言葉に、ドロテーアがフィリーネの頭数ミリ上で剣を止めた。


「もう勝負はつきました。なら、潔く身を引くのが敗者の役目でしょう」

「余はまだ――」

「今ここでフィリーネを殺したら、祖国のために最愛の母に立ち向かい、その首を差し出して散った姫君――みたいな美談に仕立て上げられますよ」

「大義名分と印象操作の観点からすれば、殺してしまう方が傷は深いですわよねぇ」


 クレア様と一緒に、ここぞとばかりに傷に塩を塗り込んでいく。

 ドロテーアには散々苦労させられたのだ。

 これくらいは許されて然るべきである。


 実際、ここでフィリーネを殺したところで何も変わらない。

 彼女は反ドロテーア包囲網形成の立て役者ではあるが、盟主ではない。

 フィリーネが死んでも、ドロテーアの敗北はもう動かないのだ。


「余は……余は、負けたのか……」

「ええ、大負けです、お母様」


 フィリーネの声はいっそ優しくすらあった。


「何の力も持たぬ、小娘にか……」

「そうです。小娘にです」

「……」


 ドロテーアはどかりとその場に腰を下ろした。

 剣を下ろし、そのまま虚空を見上げる。

 その表情は、何か憑き物が落ちたかのように清々しかった。


「決着はついたようだね」

「ドル様」

「ええ、そのようですわ」


 ドル様を始めとする非戦闘員が物陰から出て来た。

 幸いなことに、非戦闘員のけが人はいないようだった。


「でも、兵士の犠牲が大きすぎますわ」

「そうですね……」


 身を挺してドロテーアの剣から庇ってくれた兵士たち。

 その命は戻っては来ない。


 ――と、思っていたのだが、


「何を申しておる。皆、生きておるぞ?」

「!?」


 ドロテーアがぼんやりとうわごとのように言った言葉に、私は弾かれるように兵士たちの元に駆け寄った。

 皆、足の健を切られ出血もあるものの、脈を確認すると確かに生きている。


「……ドロテーア?」

「どうしてですの……?」

「レイ=テイラー、クレア=フランソワ、そしてフィリーネ。そなたらは余に勝利した。勝利したからには責任を取るがいい」


 ドロテーアがよく分からないことを言い出した。

 責任?


「何のことを言っているんですか?」

「すぐに戦力を集めよ、魔族が大挙して押し寄せて来るぞ」


 私は少し心配になった。

 初めての敗北に、ドロテーアが精神を病んでしまったのではないかと思ったのだ。

 だが、その心配は杞憂のようだった。


「余は正気ぞ。先ほどわざと逃がした魔族の間者がいる。ヤツは余が貴様らを皆殺しにしたと思うている」

「!?」


 魔族?

 どういうことだ?


「お母様、最初からちゃんと説明して下さい」

「時間がない。これは余が仕掛けた魔族との戦だ。今より、その担い手を貴様らに譲る」


 ワケが分からない。

 これだから自己完結型の人間は!


「いいからせめて最低限のことは説明して下さい。説明がなきゃ動けるものも動けませんよ」

「ふむ……。帝国が魔族領との最前線であることは知っているか?」

「ええ」

「余はそこで出会ったのだ」

「誰にですか?」


 私の問いに、ドロテーアは顔を青ざめさせた。

 あのドロテーアが、である。


「魔族どもの王――魔王を名乗る存在に」


 ◆◇◆◇◆


(??視点)


 伝令の者が戻ってきた。

 今が好機である、と。

 おあつらえ向きに、今、帝国には世界の主な要人達が集まっており、ドロテーアが彼らを亡き者にしようとしているとか。


 確かにチャンスだ。

 またとないチャンス。

 何のチャンスかって?

 決まっている。


「――世界を滅ぼすチャンス、か」

ご覧下さってありがとうございます。

今回で第15章は終了です。

お楽しみ頂けましたでしょうか。

第16章の更新までまたしばらくお時間を頂きます。

気長にお待ち頂けると嬉しいです。


感想、ご評価などを頂けますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普段からラノベなどあまり読まないのですが、こうして最後までちゃんと読んだのはこの作品が初めてです。漫画の方ももちろん読ませていただいてます!というか漫画の先が気になってしまってここに飛んでき…
[良い点] 作者さん、第15章の投稿もお疲れ様です! 遅くなってすみません、最近は仕事が忙しくて、また転職活動も試していた、お見事に失敗したけど。。。 精霊教会の使徒か、娘さん達の命で脅かしてきたの…
[良い点] 時折におわせてましたが、やっぱりドロテーアは悪人ではなかったんですね。 収まるところに収まって安心しました。 [一言] 魔王…! いよいよファンタジー色強くなってきましたね。 レイの知らな…
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