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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第十五章 首脳会談編
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202.力の探求

「お呼び立てして申し訳ありませんね」


 初老の男性は、お茶を用意しながら私たちの来訪をそう労ってくれた。


「いいえ、トリッド先生。わたくしたちの方こそ、ご挨拶に来るのが遅れて申し訳ございませんでしたわ」


 政治・外交の場から離れなさい、とドル様に言い渡された次の日、クレア様と私はトリッド先生の呼び出しを受けていた。

 彼はセイン陛下を始めとする首脳会談の面々に交ざって帝国入りしていたのである。


 トリッド=マジク。

 世界でも珍しいトライキャスターにして、優秀な魔法学者でもある。

 元々は帝国の魔法技術部門の研究者だったが、人の道から外れた研究の末、魔道の禁忌に触れたという。

 今はバウアーの王立学院の学院長を務めている。


 そんな彼がわざわざ帝国にやって来たそのわけは――。


「そうですか……あの箱を開けてしまいましたか……」


 苦々しいような、それでいてどこか諦めたかのような表情で、トリッド先生は言った。


 フィリーネと融和派勢力を形成する過程で、ヒルダを始めとする魔法技術部門を取り込む際に、私たちは先生の残した禁忌の箱の開封を依頼された。

 禁忌の箱はトリッド先生が人の道から外れた研究の末にたどり着いたという、魔道の成果の集大成だと聞いている。

 彼はそれに触れてはならないと私たちに警告していたが、私たちは結局、あの箱を開けてしまった。


「その件に関しては謝罪を申し上げますわ。必要なことだったとは言え、先生の意向に背くことになってしまいましたわ」

「……そうですね。でも、時代の流れなのかもしれません。人の探究心は際限を知りません。いつかは誰かがあれにたどり着いたでしょう」


 かつての私のようにね、とトリッド先生は薄く笑った。


「私が今回帝国に戻ってきたのは、後始末のためなんです。今さら帝国が私を快く迎え入れてくれるとは思いませんが、あの研究は危険すぎます。彼らに警告しなければなりません」

「警告?」

「そういえば、手紙でも先生は仰っていましたね。監視がどうとか」


 私たちが先生に箱の開封方法を問い合わせた際の返事に書いてあった。


「詳しくお話しするつもりはありません。話せばあなた方を巻き込んでしまいます」

「そこをなんとかお願い出来ませんこと? わたくしたち、力が必要なんです」

「……クレア先生、あなたは十分強い。こと魔法に関して、あなたとレイ先生は世界でも有数の魔法使いでしょう」


 トリッド先生はクレア様や私のことを、学院の同僚だと思っているらしく、先生と呼ぶのだ。


「でも、魔族はそれ以上です。クレア様も私も、何度も煮え湯を飲まされました」


 確かに人間の中では、クレア様も私もそれなりに強いと言えるだろう。

 でも、三大魔公はその上を行く。

 消耗して臨んだアリスト、プラトー戦はともかく、ラテスは万全の状態で挑んでもどうにもならなかった。

 あの場にドロテーアがいなければ、私たちは全滅していたはず。

 このままではダメなのだ。


「わたくしたちは無闇に力を欲しているわけではありませんの。大切な人……メイやアレアを守るためには、このままではダメなんですのよ」

「お願いします、トリッド先生。何か強くなる方法をご存知なら教えて頂けませんか。たとえこの世界の禁忌に触れるのだとしても、私たちには力が必要です」

「……」


 私たちの懇願に、トリッド先生は少し考え込んだ。

 そうして数分黙ってから、


「そもそも魔法とは何か、あなた方は考えたことがありますか?」

「……え?」


 口を開いた先生はそんなことを問うてきた。

 魔法とは何か、と言われても。


「魔力を使い、魔法石を反応させて神秘を起こす術……ではありませんの?」

「模範的な答えです、クレア先生。では、魔力とは何でしょう、レイ先生?」

「えーと……個々人が魔法適性に応じて持っている力……でしょうか」

「その通りです」


 私の答えは間違っていなかったようで、トリッド先生は頷いた。


「では、さらに踏み込んで、その力はどこから来るのでしょう?」

「どこから? 人の体内ではありませんの?」

「その認識は間違いではありませんが、十分でもありません。人の体内に生じる、その更に前の段階があるのです」

「それは具体的にはどのような……?」


 私が問うと、トリッド先生は表情を固くした。


「ここから先の知識は禁忌に触れます。知れば、あなた方は教会から監視されることになるでしょう」

「教会? 監視?」


 どうしてここで精霊教会が出てくるのだろう。

 しかも監視?


「この世界には秘密があります。私はその全てを知っているわけではありませんが、その一端に触れてしまったようです。結果、私は常に教会の監視下にあります。こうしている今も恐らく」


 トリッド先生の言っていることはよく分からない。

 分からないが、それでも――。


「構いませんわ。それでメイやアレアを守る力が得られるなら」

「私も同じ気持ちです」


 クレア様も私も、覚悟は出来ている。

 大切な人が守れるのなら、多少の危険を冒すことにためらいはない。


「……あなた方を見ていると、娘を思い出します」

「それって、研究で犠牲になったっていう……?」

「レイ!」


 私の不用意な一言を、クレア様が窘めたがもう遅い。


「ご存知でしたか。そうです。私が犠牲にした、実の娘です。あの子も真理を追い求めるのをやめませんでした。その先に、多くの人の幸せがあると信じていたからです」


 トリッド先生は痛ましいものを見る目で私たちを見た。

 私たちに娘さんを重ねて見ているのだろう。


「……やはり、あなた方には教えられません。あなた方はきっと、娘と同じ道をたどるでしょう。私はこれ以上、犠牲者を出したくない」

「そんな!」

「トリッド先生、お願いします!」

「申し訳ありませんが、この話はここまでです」


 そう言って、先生が話を終えようとしたその時、ノックの音が響いた。


「? どなたですか?」


 先生の誰何の声に応えたのは、


「リリィ=リリウムと申します。少しお話をよろしいでしょうか」


 リリィ様のようだった。

 私はどうして彼女がトリッド先生を訪ねてくるのだろう、と単純に疑問に思った。

 クレア様も同じ様子である。


 しかし、トリッド先生の反応は劇的だった。


「せ、精霊教会……!」


 顔面は蒼白、額にはびっしりと汗を浮かんでいる。

 その顔に浮かんでいるのは、まぎれもない危機感と警戒だった。


「精霊教会が何の用ですか!」

「えーと、とりあえず、中に入れて頂けませんか?」

「用件が先です!」

「そうですか……。えーと、その……レイさんとクレア様がこちらにいらしているとうかがっているのですが――」


 反射的に返事をしようとした私を、トリッド先生が制した。


「来ていませんよ、勘違いではありませんか?」

「いえ、いらしているのは分かっているんです。用件というのは、そのお二人についてでして――いいから早く開けなさい」


 最後の冷たくも強い語調は、どこかいつものリリィ様の罵声癖とは雰囲気が違った。


「くっ……。レイ先生、クレア先生、どうやら手遅れのようです」

「ど、どういうことですの?」


 クレア様も私も動揺を隠せない。

 一体、何が起きている?


 トリッド先生は渋々といった様子で部屋の鍵を開けた。


「こんにちは、レイさん、クレア様」


 部屋に入って来たのは、間違いなくリリィ様だ。

 だが、私はその様子にどこか違和感を覚えた。


「トリッドさんも往生際が悪いですよ。あなたはいつも監視されているんですから、こうなった以上、無駄なあがきというものです」

「お願いです、この二人には手を出さないで下さい!」


 トリッド先生が懇願した。


「やだなあ、それじゃあまるで私が悪役みたいじゃないですか。私はむしろ、二人の力になりに来たんですよ?」


 それに対してリリィ様は冷たく笑った。

 私の中で違和感が強まる。


「あなた……リリィじゃありませんわね?」


 クレア様も魔法杖を構えて言った。


「さすがはクレア様、鋭いです。ええ、でも今はそんなことは些末なことです。用件が終わったら、この子は解放しますよ」

「まさか……サーラス!?」


 例の暗示の魔法を掛けられているのかと思ったのだが、


「違います……。あんな小者ではありません。彼女は――使徒です」


 トリッド先生の言葉に、リリィ様――いや、使徒はにんまりと笑った。

ご覧下さってありがとうございます。

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[一言] これまた怪しいのが……
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