198.パパの声
※ラナ=ラーナ視点のお話です。
「ラナさん、かんがえなおしたほうがいーよ」
「そうですわ。こんなことしてもうまくいきっこありませんのよ?」
無邪気な口調でアタシに呼びかける二つの声があった。
一人はレイセンセのような髪型の子、もう一人はクレアセンセに似たロングヘアの子だ。
レイセンセとクレアセンセの養女、メイとアレアである。
二人の内、メイの首には首輪のようなものがはまっていた。
魔封じの魔道具である。
何しろメイはクアッドキャスターのたまごである。
本気で魔法を使われたら、こっちの身が危ない。
アタシはパパから預かったこの魔道具を、アクセサリと偽ってメイにつけさせたのだ。
アレアの方もかなり剣の腕が立つはずだが、得物がなければ非力な子どもでしかない。
アタシはレイセンセたちが呼んでいる、と騙して二人をここへ連れてきた。
よく見知った二人の顔には、欠片も悲壮感が感じられない。
そのことに、アタシは少しイライラした。
「アハ、二人ともよゆーだね? これからどんな目に遭うか分かってないの? 誘拐されたんだよ?」
私は二人を脅かすような口調で言った。
でも、メイもアレアも平然とした様子で、
「だって、ねぇ?」
「うん」
と二人で顔を見合わせている。
「何よ」
「だって、おかあさまたちがぜったいたすけにきてくれるもん」
「だからなにもしんぱいしていませんわー」
二人は微笑みさえ浮かべてそう言った。
アタシはそれが猛烈に気に入らなかった。
「どうしてそんなことが分かるの? 来ないかもしれないじゃん」
「えー、ぜったいくるよ」
「ええ、ぜったいきてくれますわー」
二人のレイセンセたちへの信頼はぴくりとも揺らがない。
「なんなの、その無条件の信頼。気持ち悪い」
「え? ラナのおとうさんとおかあさんはちがうの?」
「ラナがたいへんなめにあったら、きてくれませんの?」
「――!」
無邪気な、悪意の全くないその問いに、アタシは全身の血液が沸騰するかと思った。
今、この場で殺してやろうかと思った。
『ラナ。やめるのです』
「……パパ」
静かな声に諫められて、アタシは握りしめたナイフから手を離した。
パパ――サーラス=リリウムは微笑みながら続けた。
『その子どもたちはレイ=テイラーとクレア=フランソワをおびき出すエサです。殺してはいけません』
「……うん、ごめん」
パパの涼しげな声が脳裏に響く。
とても心地いい声だ。
ああ、アタシはなんてバカなことをしようとしたんだろう。
パパの言うことを聞いていれば間違いないのに。
『ラナ……可愛いラナ。私の言うことをよく聞きなさい。これからの手はずを説明します』
「……うん」
パパの声はまるで歌のようだった。
聞いていると、アタシはお酒を飲んだ時のような陶酔感に包まれる。
ずっと聞いていたい。
この声に従っていたい。
「ラナ、そのひと、ほんとうにおとうさんなの?」
「おとうさんなのに、ラナにわるいことをさせるの?」
なのに、その声を邪魔する音がある。
双子たちだ。
彼女たちの声は、とてもイライラする。
『あなた方には分かりますまい。子にとって親は絶対。そこに善悪など入り込む余地はないのですよ』
そうだ、その通りだ。
アタシはただ、パパの言うことに従っていればいい。
「えー、そうかなあ? レイおかあさまなんて、しょっちゅうまちがうし、しっぱいするよ?」
「そうですわ。まいにちのようにクレアおかあさまにしかられてますわよねー?」
双子が不満そうに言う。
うるさい。
とてもうるさい。
「パパ、この子たちにもパパの声を聞かせてやってよ。うるさくて仕方ない」
パパなら出来るはず。
しかし、パパは悲しそうに首を振った。
『この子どもたちは特殊な体質なのです。私の声は届きません。それに――』
そこまで言って、パパはアタシの頬に手を添えて続けた。
『ラナがいれば、私はそれでいいのですよ』
「パパ……」
『愛しいラナ。あなたなら、きっと上手くやれるはず。私の最高傑作――可愛い人形』
――最高傑作。
その単語に、アタシは少しひっかかりを覚えた。
「パパの最高傑作は、リリィじゃないの?」
パパの言葉を疑うなんて、アタシは悪い子だ。
でも、そんなアタシにさえパパは笑いかけてくれて、
『リリィは欠陥品でした。あんな子よりも、ラナ。あなたの方がずっとずっと素晴らしいですよ』
「……うん」
嬉しかった。
もうアタシはリリィにも負けない。
パパはアタシだけを見てくれる。
この仕事が上手く行けば、きっともっと……。
私は頭のカチューシャをそっと撫でた。
これは大事なもの。
パパがくれた大切なもの。
だから外してはいけない。
パパの声が聞こえなくなってしまうから。
「ねぇ、ラナ。あなたはだれとおはなししているの?」
「パパよ」
「パパってだれですの? ここにはわたくしたちさんにんしかいませんわ」
「何を言ってんの? パパはここにいるじゃん」
「「……?」」
双子たちが不思議そうな顔をする。
可哀想に。
彼女たちにはパパが感じられないらしい。
「パパはいるわ。いつも側に。聞こえる……アタシには聞こえるの」
「ラナ、だいじょうぶだよ。きっとラナのことも、おかあさまたちがかいけつしてくれるから」
「ええ。レイおかあさまとクレアおかあさまなら、きっとなんとかしてくれますわ」
「黙って」
聞きたくない。
そんなことは聞きたくない。
アタシが聞きたいのはパパの声だけ。
だって、アタシにはパパしかいない。
パパの言うことを聞かない子は、捨てられてしまうから。
「パパ……もう少しだよ。見ててね。アタシはやれる……ちゃんとやれるから……!」
アタシはもういらない子じゃない。
リリィにだって負けない。
だって、パパは言ってくれた。
アタシが一番だって。
だからアタシはパパの期待に応えなければならない。
その時、建物に近づいてくる足音が耳に響いた。
「おかあさまたちだ!」
「ね、言ったでしょう? おかあさまたちはぜったいきてくれるんですのよ」
「黙ってって言ったでしょう」
双子たちのセンセたちへの盲目的な信頼が許せない。
いらいらする。
とてもいらいらする。
でも、どうしてアタシはこんなにいらいらしているの?
「ひょっとして、ラナ。メイたちがうらやましいの?」
「だからそんなにかなしそうなんですの?」
パキ、とヒビが入る音がした。
でも、アタシはそれを聞かなかったことにする。
「バカなこと言わないで。誰があなたたちなんか――」
「でも、ラナ。メイはラナがかわいそう。むずかしいことはよくわかんないけど、なんだかかわいそうだよ」
「わるいことをしてもしかってもらえないなんて、それはとってもふこうだとおもいますわ」
パキり、とヒビが大きくなる。
アタシはそれも無視する。
『ラナ……来ますよ。さあ、あとは手はず通りに』
「うん、パパ」
ぎいっと音を立てて、建物の扉が開いた。
最初に入ってきたのは――レイセンセ。
「待ってましたよ、センセ」
さあ、お仕事を始めよう。
上手く片付けて、パパに褒めて貰わなきゃ。
でも、どうしてだろう。
アタシは始める前から、この仕事は上手く行かない気がした。
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