表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第十四章 教え子編
206/277

198.パパの声

 ※ラナ=ラーナ視点のお話です。


「ラナさん、かんがえなおしたほうがいーよ」

「そうですわ。こんなことしてもうまくいきっこありませんのよ?」


 無邪気な口調でアタシに呼びかける二つの声があった。

 一人はレイセンセのような髪型の子、もう一人はクレアセンセに似たロングヘアの子だ。

 レイセンセとクレアセンセの養女、メイとアレアである。


 二人の内、メイの首には首輪のようなものがはまっていた。

 魔封じの魔道具である。

 何しろメイはクアッドキャスターのたまごである。

 本気で魔法を使われたら、こっちの身が危ない。

 アタシはパパから預かったこの魔道具を、アクセサリと偽ってメイにつけさせたのだ。

 アレアの方もかなり剣の腕が立つはずだが、得物がなければ非力な子どもでしかない。

 アタシはレイセンセたちが呼んでいる、と騙して二人をここへ連れてきた。


 よく見知った二人の顔には、欠片も悲壮感が感じられない。

 そのことに、アタシは少しイライラした。


「アハ、二人ともよゆーだね? これからどんな目に遭うか分かってないの? 誘拐されたんだよ?」


 私は二人を脅かすような口調で言った。

 でも、メイもアレアも平然とした様子で、


「だって、ねぇ?」

「うん」


 と二人で顔を見合わせている。


「何よ」

「だって、おかあさまたちがぜったいたすけにきてくれるもん」

「だからなにもしんぱいしていませんわー」


 二人は微笑みさえ浮かべてそう言った。

 アタシはそれが猛烈に気に入らなかった。


「どうしてそんなことが分かるの? 来ないかもしれないじゃん」

「えー、ぜったいくるよ」

「ええ、ぜったいきてくれますわー」


 二人のレイセンセたちへの信頼はぴくりとも揺らがない。


「なんなの、その無条件の信頼。気持ち悪い」

「え? ラナのおとうさんとおかあさんはちがうの?」

「ラナがたいへんなめにあったら、きてくれませんの?」

「――!」


 無邪気な、悪意の全くないその問いに、アタシは全身の血液が沸騰するかと思った。

 今、この場で殺してやろうかと思った。


『ラナ。やめるのです』

「……パパ」


 静かな声に諫められて、アタシは握りしめたナイフから手を離した。

 パパ――サーラス=リリウムは微笑みながら続けた。


『その子どもたちはレイ=テイラーとクレア=フランソワをおびき出すエサです。殺してはいけません』

「……うん、ごめん」


 パパの涼しげな声が脳裏に響く。

 とても心地いい声だ。

 ああ、アタシはなんてバカなことをしようとしたんだろう。

 パパの言うことを聞いていれば間違いないのに。


『ラナ……可愛いラナ。私の言うことをよく聞きなさい。これからの手はずを説明します』

「……うん」


 パパの声はまるで歌のようだった。

 聞いていると、アタシはお酒を飲んだ時のような陶酔感に包まれる。

 ずっと聞いていたい。

 この声に従っていたい。


「ラナ、そのひと、ほんとうにおとうさんなの?」

「おとうさんなのに、ラナにわるいことをさせるの?」


 なのに、その声を邪魔する音がある。

 双子たちだ。

 彼女たちの声は、とてもイライラする。


『あなた方には分かりますまい。子にとって親は絶対。そこに善悪など入り込む余地はないのですよ』


 そうだ、その通りだ。

 アタシはただ、パパの言うことに従っていればいい。


「えー、そうかなあ? レイおかあさまなんて、しょっちゅうまちがうし、しっぱいするよ?」

「そうですわ。まいにちのようにクレアおかあさまにしかられてますわよねー?」


 双子が不満そうに言う。

 うるさい。

 とてもうるさい。


「パパ、この子たちにもパパの声を聞かせてやってよ。うるさくて仕方ない」


 パパなら出来るはず。

 しかし、パパは悲しそうに首を振った。


『この子どもたちは特殊な体質なのです。私の声は届きません。それに――』


 そこまで言って、パパはアタシの頬に手を添えて続けた。


『ラナがいれば、私はそれでいいのですよ』

「パパ……」

『愛しいラナ。あなたなら、きっと上手くやれるはず。私の最高傑作――可愛い人形』


 ――最高傑作。

 その単語に、アタシは少しひっかかりを覚えた。


「パパの最高傑作は、リリィじゃないの?」


 パパの言葉を疑うなんて、アタシは悪い子だ。

 でも、そんなアタシにさえパパは笑いかけてくれて、


『リリィは欠陥品でした。あんな子よりも、ラナ。あなたの方がずっとずっと素晴らしいですよ』

「……うん」


 嬉しかった。

 もうアタシはリリィにも負けない。

 パパはアタシだけを見てくれる。

 この仕事が上手く行けば、きっともっと……。


 私は頭のカチューシャをそっと撫でた。

 これは大事なもの。

 パパがくれた大切なもの。

 だから外してはいけない。

 パパの声が聞こえなくなってしまうから。


「ねぇ、ラナ。あなたはだれとおはなししているの?」

「パパよ」

「パパってだれですの? ここにはわたくしたちさんにんしかいませんわ」

「何を言ってんの? パパはここにいるじゃん」

「「……?」」


 双子たちが不思議そうな顔をする。

 可哀想に。

 彼女たちにはパパが感じられないらしい。


「パパはいるわ。いつも側に。聞こえる……アタシには聞こえるの」

「ラナ、だいじょうぶだよ。きっとラナのことも、おかあさまたちがかいけつしてくれるから」

「ええ。レイおかあさまとクレアおかあさまなら、きっとなんとかしてくれますわ」

「黙って」


 聞きたくない。

 そんなことは聞きたくない。

 アタシが聞きたいのはパパの声だけ。

 だって、アタシにはパパしかいない。

 パパの言うことを聞かない子は、捨てられてしまうから。


「パパ……もう少しだよ。見ててね。アタシはやれる……ちゃんとやれるから……!」


 アタシはもういらない子じゃない。

 リリィにだって負けない。

 だって、パパは言ってくれた。

 アタシが一番だって。

 だからアタシはパパの期待に応えなければならない。


 その時、建物に近づいてくる足音が耳に響いた。


「おかあさまたちだ!」

「ね、言ったでしょう? おかあさまたちはぜったいきてくれるんですのよ」

「黙ってって言ったでしょう」


 双子たちのセンセたちへの盲目的な信頼が許せない。

 いらいらする。

 とてもいらいらする。


 でも、どうしてアタシはこんなにいらいらしているの?


「ひょっとして、ラナ。メイたちがうらやましいの?」

「だからそんなにかなしそうなんですの?」


 パキ、とヒビが入る音がした。

 でも、アタシはそれを聞かなかったことにする。


「バカなこと言わないで。誰があなたたちなんか――」

「でも、ラナ。メイはラナがかわいそう。むずかしいことはよくわかんないけど、なんだかかわいそうだよ」

「わるいことをしてもしかってもらえないなんて、それはとってもふこうだとおもいますわ」


 パキり、とヒビが大きくなる。

 アタシはそれも無視する。


『ラナ……来ますよ。さあ、あとは手はず通りに』

「うん、パパ」


 ぎいっと音を立てて、建物の扉が開いた。

 最初に入ってきたのは――レイセンセ。


「待ってましたよ、センセ」


 さあ、お仕事を始めよう。

 上手く片付けて、パパに褒めて貰わなきゃ。


 でも、どうしてだろう。

 アタシは始める前から、この仕事は上手く行かない気がした。


ご覧下さってありがとうございます。

感想、ご評価などを頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] この子達聡明過ぎない? 流石クレア様!熱心な教育の賜物ですね!
[一言] ああ、どうなってしまうのか?!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ