195.再会
※マナリア=スース視点のお話です。
「お姉様!」
「やあ、クレア。久しぶり」
馬車の長旅を終えて帝都ルームに降り立った私は、愛しい妹分の出迎えを受けていた。
「相変わらず可愛いね、クレアは。しばらく会わない間に、美しさに磨きが掛かったようだ」
「ふふ、お上手ですわね。褒めても何も出ませんわよ?」
くすくす笑うクレアはお世辞抜きに本当に愛らしい。
以前はもっととげとげしさを身に纏っていたが、今の彼女は随分と人当たりが柔らかくなった。
「別にお世辞じゃないよ? クレアは本当に可愛い。前よりずっと可愛くなったのは、レイのお陰かな?」
「も、もう……! お姉様ったら、レイみたいなことを言うんですのね!」
などと言いながらも、頬を染めるその顔は満更でもないようで。
「否定しない所を見ると、どうやら図星かな。可愛い妹を取られたみたいで、ボクは悲しいよ」
「何を仰ってるんですの、お姉様は。わたくしはいつだって、お姉様の妹分ですわよ?」
そう言って、クレアは私をハグしてくれた。
妹分、か。
以前は恋愛的な熱のこもった視線を向けてくれていたが、今の彼女にその色はない。
彼女の想いに応えなかったのは私の自業自得なのだが、それでも寂しく思ってしまうのが人間というものだろう。
「ふふ、良かった。クレアは元気そうだ」
「ええ。お姉様もお変わりなく。……あ、女王陛下とお呼びした方がよろしくて?」
「やめておくれ。今でもそう呼ばれると背筋がむずむずするんだ。外交の場では仕方ないにしても、普段はせめて今まで通りで頼むよ」
「ふふ、かしこまりましたわ」
からかうような瞳。
これも以前なら、もっと意地悪さが勝っていたはずだが、今のクレアの瞳は澄んでいる。
「レイは元気かい?」
「ええ、困るくらいに」
「そうか。結婚式、出席できなくてすまなかったね」
「とんでもないですわ。今やお姉様は一国の主。片やわたくしたちは一市民ですもの。ご配慮は当然のことですわ」
「ありがとう」
最愛の妹の記念日にも出席できないなんて、我ながら面倒な道を選んだものだ。
「さっきトリッド先生を見かけたけれど、セイン陛下たちももう?」
「ええ、先ほど着かれました。一通りご案内が終わった後、続けてお姉様たちが到着されると聞いたので、こうして待っていた次第ですのよ」
「そう。ありがとう、クレア」
「どういたしまして」
笑いかけると、クレアもにっこりと微笑んだ。
「帝国での生活はどうだい? バウアーがキミを帝国に差し出すと聞いた時は、思わずバウアーへの支援を取りやめてやろうかと思ったよ」
「もう、お姉様ったら。心配していたよりもずっと居心地良く生活していますわ。最初の頃こそ、少しぴりぴりしましたけれど」
「レイも一緒だし?」
「からかうのはおやめになって」
クレアはぷいっと顔を背けた。
そんな仕草もいちいち可愛い。
「あはは、ごめんごめん。姉離れされてしまった腹いせだと思って許しておくれよ」
「わたくしお姉様離れした覚えはありませんわよ? まだまだ甘え足りませんわ」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「本当のことですもの」
などと話し込んでいると、臣下の者が移動を促してきた。
「歩きながら話そう」
「ええ」
私はクレアの手を取ってエスコートしつつ、歩き始めた。
クレアもそれに自然に応える。
「三国同盟の件は……バウアーには申し訳ないことをしたと思っているよ」
スース、アパラチア、バウアーの三国で同盟を結び、帝国に抗するという構想は、結局実を結ばなかった。
それどころか、バウアーが帝国に狙い撃ちされ、結果、クレアたちが帝国に差し出されることになってしまった。
「謝らないで下さいな。お姉様は為政者として、自国にとっての最善を模索なさっただけですわ。わたくしだって元貴族ですもの。それくらいは分かります」
「そう言って貰えると助かるよ」
クレアは物わかりも良くなった。
以前は視野が狭く、近視眼的な面が強くてそこがまた可愛かったのだが、今はもうずっと成熟した視野を持っている。
彼女をこう変えた人間が自分ではないというのが、少し寂しい。
「レイも怒っていなかったかい?」
「最初はとても怒っていましたわ。でも、わたくしの決意が固いと知ったら、その方向で一緒に考えてくれました。彼女だってお姉様の苦悩が分からないはずありませんわ」
「だといいんだけどね」
レイ=テイラー。
ボクの二度目の恋。
クレアをこよなく愛する彼女は、ことクレアのこととなると目の色が変わる。
クレアはああ言うけれど、レイはきっとボクのことを恨んでいる気がする。
もちろん、クレアが言うように、ボクの立場のことは理解してくれているだろう。
その上で、「それはそれ、これはこれ」と、クレアを窮地に追いやったボクへの批判も忘れていないように思う。
「大丈夫ですわよ。レイもお姉様のこと、大好きですわ」
そう言ってボクを安心させるようにクレアは笑った。
彼女は本当に成長した。
残念ながら、ボクはクレアに恋したことはないけれど、彼女が魅力的な女性に成長したことは分かる。
でも、ボクは彼女を恋愛的な意味では好きにならない。
クレアはあの人に似過ぎている。
上辺の部分も少し、そして本質的な部分も。
ボクの初恋。
痛みと悔恨にまみれたそれに。
「そういえば、レイは? 一緒じゃないなんて珍しいね?」
「……さっきセイン陛下にも同じ事を聞かれましたけれど、別にわたくしたち、四六時中一緒にいるわけじゃありませんのよ?」
「本音は別として?」
「お姉様!」
からかうと、クレアはとてもいい反応をくれる。
こんな所も、あの人にそっくりだ。
「レイは今日別の仕事で別行動ですわ。元学院の生徒たちと、資料作りをして貰っていますの」
「へぇ。レイのことだから、生徒たちからも慕われてただろう?」
「それがそうでもなくて。確かにほとんどの生徒はレイを慕ってくれているんですけれど、一人だけ彼女を毛嫌いしている子もいるんですのよ」
「それはまた珍しい。どんな子だい?」
ボクは少し興味が湧いた。
ボクが恋したあの子を嫌うなんて、一体どんな子なんだろう、と。
「ちょっと内向的な子ですわね。口数が少なくて、ちょっと毒舌で。そういえば、珍しく眼鏡をかけていますわね」
「へぇ」
ボクはおや、と思った。
ついさっき思い出した苦い思い出と、今聞いた人物像が相似を描いたからだ。
「変わった子だね。ボクの知り合いにもそんな人がいたよ。ちなみに名前は?」
「えっと、イヴですわね。イヴ=ヌン」
「……なんだって?」
その名前にボクは激しく動揺した。
だって。
だって、その名前は――。
「待ってくれ、クレア。イヴ? イヴ=ヌンだって?」
「ええ、そうですわ。どうなさいましたの、お姉様」
「そんな……彼女が……そんな……」
ボクの過ち。
傷つけてしまった最愛の人。
ボクの前から消えてしまった、幻のキミ。
「お姉様?」
「クレア、その人の元に案内してくれ! 今すぐ!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて下さいまし。イヴが一体どうしましたの?」
クレアが狼狽している。
それでもボクほどではないに違いない。
だって。
だって彼女は――。
「彼女は、ボクが最初に愛した侍女なんだ」
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次回更新は明日19時を予定しております。




