1.乙女ゲームの世界
新連載です。
お楽しみ頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。
「平民風情がわたくしと机を並べようなんて、身の程を知りなさい!」
ふと我に返ったとき、私はよく分からない状況にあった。
くるくるにカールした金髪のお嬢さんが、視線を向けるのも腹立たしい、といった様子でこちらを見ている。
おーけい、落ち着け私。
慌ててもいいことなんか何もない。
冷静に状況を見極めよう。
視線を巡らせると、目に入ってくるのは高校の教室ほどの部屋である。
私がかつて通っていた高校と比べると、机の数が少ないのでだいぶ広々とした印象だ。
周りには、くるくるカールお嬢さんと私を遠巻きに囲む人だかりが出来ていた。
問題は、お嬢さんを含めて目に入る人全てが、どう考えても日本人じゃないということである。
目の前のお嬢さんはとりあえず放置して、今に至る記憶を辿ってみる。
中小企業に勤める私はややブラックな残業を終え、確か自宅でゲームをしていたはずだ。
ほぼ無趣味な私にとっての唯一の娯楽――それがゲームである。
私はゲームと名の付くものなら大抵は楽しめた。
将棋や囲碁といったボードゲームから、美麗な3DグラフィックのMMOまでなんでもござれ。
数あるゲームの中でも、私が特に愛好していたのが恋愛シミュレーションゲームである。
恋愛シミュレーションゲームとは、プレイヤーがヒロインとなって男の子と恋愛を楽しむゲームのこと。
もっとも、私の楽しみ方は少し歪んでいるんだけど……。
そこまで思い出したとき、私は目の前のお嬢さんに見覚えがあることに気がついた。
「あ。クレア……?」
「まあ! このわたくしの名前を呼び捨てにするなんて!」
このきゃんきゃんした声、間違いない。
彼女はクレア=フランソワ。
私が大好きな恋愛シミュレーションゲーム「Revolution」の登場人物である。
ということは、これってもしかして、もしかするの?
あれですか、異世界転生ってやつですか。
「クレア様」
「そうそう。平民はそうやって尊称をつけるものですのよ」
「私の名前を覚えていらっしゃいますか?」
「馬鹿にしてらっしゃるの? レイ=テイラー」
なるほど、分かってきた。
どうも私は本当に異世界転生とやらを体験中らしい。
私の本名は大橋 零で、テイラーというのはゲームのヒロインのファミリーネームである。
「Revolution」ではヒロインのファーストネームを自由に決めることが出来るが、ファミリーネームは強制的にテイラーとなる。
つまり、ここはゲームの舞台となっている世界で、私はそのヒロインということのようだ。
「やったぜ!」
「突然、脈絡のないことを言わないで下さる? それに下賤な言葉使いですわね。これだから平民は……」
クレア様が何やらぶつぶつ言っているが、私はそれどころではなかった。
ゲームの世界への転生……なんど妄想したことか。
この世界でなら推しキャラと、選択肢ではないリアルな交流が出来る。
そして――。
「クレア様」
「何ですの? 平民風情が気安く声をかけないで頂きたいのですけれど」
「好きです」
「……は?」
クレア様がきょとんとした顔をしている。
意味が理解出来ていないらしい。
仕方ないなあ。
「クレア様、私はクレア様が大好きです」
「な……、ななな……!?」
私が言った言葉が脳に浸透するにつれ、クレア様があたふたし出した。
うん、可愛い。
「Revolution」における私の最推しキャラ――それは、攻略対象の男どもではなくクレア様なのである。
彼女――クレア=フランソワは「Revolution」における悪役令嬢である。
悪役令嬢というのは、ヒロインをいじめて最後に逆転される当て馬的な立ち位置のキャラクターのことだ。
良家の子女で性格が悪く、取り巻きを引き連れては主人公に度々嫌がらせをしてくる。
だが、私はその悪役令嬢たるクレア様にぞっこんなのだ。
高飛車な性格、きゃんきゃんうるさい声、底意地の悪い悪行の数々。
本人を目の前にしているが、プレイした記憶を思い出すだけでも顔がにやけてしまう。
普通は毛嫌いされるであろうクレア様なのだが、私はどうしてだか憎めなかったのだ。
無駄に高いプライド、傷つきやすい心を隠して威嚇する仕草、恋人を奪われまいと嫉妬に狂った行動――そんな妙な人間くささが、私のツボにドストライクだったのだ。
むしろ、聖人君子めいた主人公の方に違和感を覚えてしまうのが私である。
我ながら面倒な性格だ。
「あなた何をおっしゃっていますの!?」
「何って……単にクレア様が大好きなだけですけど」
「ふ……ふん、平民風情がわたくしに取り入ろうと? 無駄ですわよ。私は平民なんかに少しも心を許したりしませんから」
ぷいっと顔を背けるクレア様。
「……可愛いなあ」
「な……、ななな……!」
おっとつい煩悩が口をついて出てしまった。
クレア様、めっちゃ動揺してる。
「あなた……もしかしてそっちの道の人ですの?」
「いえ、そういう訳では……あるとかないとかなのですが、それはそれとしてクレア様が可愛くて」
「ひっ!?」
ドン引きである。
いいなあ……このピュアな反応。
「クレア様は私のこと嫌いですよね?」
「あ、当たり前ですわ!」
「それでいいです。どんどんいじめて下さい。ばっちこいです」
「な……なんですの、この人……」
いっそ怯え始めているクレア様である。
「さあ、楽しい楽しい学院生活の始まりですね、クレア様! 一緒にめいっぱい楽しみましょう!」
「なんでわたくしがあなたに巻き込まれる前提で話が進んでますの!?」
こうして残業の毎日とさよならした私は、愛しのクレア様を愛でる毎日に思いを馳せるのだった。
せっかくの異世界転生だ。
存分にクレア様を可愛がるぞ。
私の異世界転生の展望は明るい。
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