187.追放の理由
お待たせ致しました。
第14章「教え子編」をお届け致します。
楽しんで頂けましたら幸いです。
「つ、追放……?」
フィリーネが震える声で言葉を吐き出した。
呆然としたその表情は、ドロテーアの言葉が信じられないようだった。
「お待ちください、ドロテーア陛下。どうしてフィリーネ様を――」
「黙れ、クレア=フランソワ。帝国内の政である。部外者は口を出すな」
「し、しかし……!」
なおも食い下がろうとするクレア様に向かって、ドロテーアは凶悪な笑みを向けた。
「それとも何か? ここでフィリーネに退場されては、貴様らの都合が悪いか?」
「!」
――バレている。
ドロテーアは恐らく、私たちが彼女に弓引こうとしていたことを知っているのだ。
「余が知らんとでも思ったか。侮られたものよな。フィリーネはお飾りとはいえ皇女。常にその身は保護の対象、その行動は報告の対象であるぞ」
これは私たちの認識が甘かったようだ。
私たちが気付かなかっただけで、フィリーネは監視されていたらしい。
私たちもそこは気を付けていたつもりだが、どうやらドロテーアの方が一枚上手だったようだ。
「魔法省にパイプを繋ぐ所までは見逃した。これまで何もしようとしなかった貴様も、とうとうやる気を出したかと褒めてやりたかったぐらいだ」
フィリーネを睨み付け、ドロテーアはしかし、と続けた。
「しかし、反政府勢力はダメだ。ヤツらはこのドロテーアに弓引く者たちである。ヤツらと結ぶことは余への反逆である。これは見過ごせぬ」
ドロテーアが手で合図すると、謁見の間の扉から近衛兵たちが入ってきた。
その手には武器が携えられている。
私はクレア様の前に立って身構えた。
「よせ、レイ=テイラー。貴様らは見逃す。今回の魔族の一件と帳消しである。以前の恩もあるしな。だが二度はないと心せよ」
ドロテーアが語る間に、フィリーネが拘束される。
フィリーネは抵抗するつもりはないようで、大人しくしている。
もう観念したのか、と私は思っていたのだが、
「お母様! このままでは帝国は滅びます! 私の話を聞いて下さい!」
強い口調でドロテーアに訴えた。
その強い光が宿った瞳は、まだ諦めていなかった。
「ほう? 余にもの申すというのか。よかろう。聞いてやる」
ドロテーアは面白いものでも見たように口を歪めた。
「帝国は敵を作りすぎています! このままでは程なく国が立ちゆかなくなります!」
「敵がいるなら蹴散らすまで。これまでもそうして来たし、これからもそうである」
ドロテーアの言は、以前、ヒルダが口にしたものと同様だった。
「今はそれでいいでしょう! お母様がご存命の間は! でも、お母様を失ったら!? 帝国はお母様なしには立ちゆかない国になっています! このままではいけません!」
「余は当分死なぬ。そして余が死んだ後のことなど、後の者が考えれば良い」
「そんな……!」
それはいくらなんでも無責任すぎやしないですかね、皇帝陛下。
別に政治家というものを理想化するつもりはないが、それでも為政者というものは国の未来のために働くものだろうに。
フィリーネはまさにそれだ。
帝国の未来を憂いている。
だが、ドロテーアは自分が生きている間のことしか関知しないと言い放った。
「お母様! あなたは帝位を何だと思っているのですか!」
「帝位? そんなものに興味はない。余は余のしたいようにするだけだ。余を心変わりさせたければ、力を示せ」
ドロテーアの暴論は続く。
「フィリーネ、貴様には貴様の正義があろう。当然だ。正義と悪が分かりやすく対立することなど希だ。政治とは正義と正義のぶつかり合いよ。だからこそ、正義を語るには力がなければならぬ」
「お母様……」
「力なき正義など言葉遊びとなんら変わらぬ。理想を語る者は自らがそれを行わなければならぬ。力なき者に、理想を語る資格はない」
ドロテーアは言い切った。
極論だ。
極論だが、真理の一つではある。
どれだけ崇高な理想も、それを形にする力がなければ意味がない。
政治のことをパワーゲームと言ったりもするのはそのためだ。
しかし――。
「お母様……力とはゼロなのです」
「……? 何を言っている?」
フィリーネはそこで折れなかった。
圧倒的強者であるドロテーアを前に、一歩も引かずに言葉を紡ぐ。
「ゼロはいくら並べてもゼロです。その先頭にある正義という数字を誤れば、それはただの暴力なのです」
フィリーネが言いたいことはこういうことだろう。
ゼロはいくら並べても〇〇〇にしかならない。
その先頭に具体的な数字、例えば一が来て、初めて一〇〇〇という大きな数字になる。
先頭の数字を間違えてしまえば、力――すなわちゼロが大きいほど、その結果も悲惨な物になる、と。
「正義が間違っていれば、どれだけの力を持っていても間違いにしかなりません。力が大切なことは認めます。でも、正義はもっと大切なものです。お母様は間違っています」
身体を戒められながら、フィリーネは決然と言った。
あの弱気だったフィリーネが、今はドロテーアと対等に論を競っている。
「貴様は余が間違っていると言うのか」
「はい」
「……よく言った。余に正面切ってここまで牙を剥いたのは貴様が初めてだ。当然、覚悟は出来ていような?」
「……はい」
殉教者のように澄んだフィリーネの顔を見て、私はダメだと思った。
フィリーネは命を賭けて母親に訴えている。
自らの理想に殉じようとしている。
でも、それじゃあダメなのだ。
正義を、理想を掲げるのであれば、それを実現するまで生きあがかなくてはいけないと私は思う。
死んでしまってはダメなのだ。
革命の際のクレア様もそういう面があったが、高潔な人ほど自らの理想に殺されてしまうことを、私はとても残念に思う。
だから私は、そういう人をみすみす死なせたくない。
私が助命嘆願のために口を開こうとしたその時、
「陛下、お待ちください」
二人の会話に割って入ったのはじいやさんだった。
「なんだ、爺。余計な口を挟むな」
「そうは参りません。フィリーネ様はとても優秀なお方です。少なくとも、陛下に萎縮して何も物を言わない他の皇太子様たちよりもよほど政にふさわしいと私は思います」
じいやさんは穏やかに語った。
その口調はまるで、フィリーネとドロテーアの昂ぶりをなだめるようだった。
「だが、こやつは余に弓を引いたぞ」
「フィリーネ様はまだお若い。過ちも犯しましょう。外遊でもなさり世界を知り、政治の現実を知れば、自ずと陛下の仰ることを理解するものと思われます」
「私は――!」
「フィリーネ様。それ以上仰いますな。今は口をつぐみなされ。この爺の一生のお願いに存じます」
「……!」
じいやさんの懇願に、フィリーネも黙り込んだ。
よく見ると、じいやさんの額には汗が浮かんでいた。
じいやさんにしてみれば、帝国をいい方向に変えてくれるかも知れないフィリーネという芽が摘まれてしまうことは何としても避けたいだろう。
先ほどまでの会話の流れでは、国外追放を待つまでもなく、この場で処刑などという展開すら起こりえた。
「ふ……、爺がそう言うなら是非もない。フィリーネへの沙汰は先告通り国外追放とする」
「ありがとうございます、陛下」
「連れて行け」
フィリーネはまだ何かを言いたそうだったが、それ以上は口をつぐみ、大人しく連行されていった。
「レイ=テイラーにクレア=フランソワ。本来であれば貴様らも国外退去を命じるところであるが、貴様らには恩もあるでな。今回の件は不問に付す。だが、以後は余計なことはしてくれるなよ」
そう言い残し、ドロテーアは玉座を立った。
クレア様と私はといえば、礼を取ったままそれを見送ることしか出来なかった。
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