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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第一章 入学編
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18.ウンディーネ

 魔物騒ぎから数日後、私はクレア様の前で正座させられていた。

 周りにはミシャもいる。

 ミシャはやれやれという表情だが、クレア様の方は事と次第によっては許さないぞという感じだ。


「それで? 一体、どういうつもりですの?」


 詰問口調のクレア様が言った。


「どういう……と仰いますと?」

「とぼけるんじゃありませんわ!」


 ずびしっという擬態語が聞こえてきそうな勢いで、クレア様が私の腕の中にいる存在――レレアを指さした。


「それ、魔物じゃありませんの!」


 話は少し遡る。


 私はクレア様のメイドなので、基本的に常にそばに控えている。

 この辺りは、ミシャと一緒に居ることが多かったゲームの時と大きく違う。

 それは別に私が望んだことだからむしろ幸せなのだが、問題はレレアのお世話だった。


 レレアはウォータースライムの赤ちゃんである。

 赤ちゃんというのは、どんな生き物でも基本的に食欲旺盛である。

 人間でも一回ごとの量は少ないとは言え、一日に十回から十五回くらいの授乳が必要だ。

 スライムは大人になるまで鳴くことはないが、それでもお腹がすけばふるふると震えて空腹を訴えてくる。


 レレアはまだ手のひらに載るほどの小ささなので、私は鞄に隠して飼っていたのだが、これがまあ大変なこと大変なこと。

 ウォータースライムとはいえ別に鞄がびしょびしょになることはないが、問題はそのやんちゃっぷりである。

 不定形なため、鞄をきっちりしめたつもりでも、するりと抜け出してしまうのだ。

 講義中に何度抜け出されて空腹を訴えられたか分からない。

 その度に、私は慌てて鞄に戻して餌を与えていた。


 さて、そんなレレアに振り回される毎日だが、私はペットのしつけはきちんとする方だ。

 ウォータースライムのしつけ方も、ゲーム知識で万全である。

 まだ赤ちゃんだからこそ、小さい頃から徹底的にしつけをしておかねばならない。

 ご飯前の待てやトイレのしつけなどを徐々に仕込んでいた。


 みんながいる前でする訳にはいかないので、基本的にしつけは自室で行っていた。

 当然、ミシャにはバレるものの、ミシャは説明をすれば分かってくれる人である。

 最初は怯えていたが、すぐに危険がないと理解してくれたようで、今では一緒にしつけを手伝ってくれるまでになった。


 そのせいで油断があったのだろう。


「ちょっと平民、私のブラシをどこにやりましたの? レーネが探して――」


 夜、突然、部屋にやってきたクレア様にばっちり見つかった。


「クレア様。貴族でいらっしゃるのですから、ノックくらいしましょう」

「き――」

「き?」

「きゃあああ!?」


 寝静まりつつあった学院寮に悲鳴が響き渡らなかったのは、事態を見て風魔法をとっさに使ってくれたミシャのおかげである。


 そうして、今に至るという訳だ。


「人の領域に魔物を引き入れるなんて……。何を考えていますの!」

「いえ、レレアはもう魔物じゃなくて従魔でして――」

「おだまりなさい! 魔物は魔物ですわ! この間の騒ぎを忘れましたの!?」


 思い出すのもおぞましい、といった表情をするクレア様。

 まあ、だいぶ苦戦したから、怖いのも無理はないかもしれない。


「ミシャもミシャですわ。あなたが付いていながら、どうしてこんなことになっていますの」

「面目次第もございません。でも、レレアは本当におとなしいですよ?」

「レレア?」

「その子の名前だそうです」


 ミシャが無表情に告げた。


「レイとクレアでレレアです! 私たちの愛の結晶ですよ!」

「勝手に親にしてるんじゃありませんわよ!? 何をしてますのあなた!?」

「え? いい名前ですよね?」

「魔物に名前を取られるわたくしの身にもなって下さいませんこと!?」

「わがままだなあ」

「わたくしですの!? わたくしが悪いんですの!?」


 ぎゃーっとクレア様がわめく。


「そんなにツンケンせずに、ちょっと見てみて下さいよ。ほら、可愛いでしょう?」


 レレアを両手に乗せて、クレア様の目の前に差し出す。


「可愛くありませんわよ! 魔物ですわよ!?」

「でもほら、こうして見ていると、なんとなく穏やかな気分に――」

「なりませんわ!」

「わがままだなあ」

「わたくしですの!? わたくしが悪いんですの!?」


 天丼は基本である。


「もういいですわ。トレッド先生に言って駆除して貰います」


 そう言ってきびすを返そうとしたクレア様を、私は呼び止めた。


「待って下さい、クレア様」

「何ですの? とめても無駄ですわよ?」

「レレアをどうするかは、これを見てから決めて下さい」

「?」


 私はレレアを床に下ろした。


「レレア、待て」


 レレアが動きを止めて待機した。


「お座り」


 ちょっと小さくなった。


「伏せ」


 またちょっと小さくなった。


「お回り」


 その場でくるくる回っている……ような気がする。


「どうですか!」

「どや顔してるんじゃありませんわよ!? ほぼ変化ないじゃありませんの!」

「私もそう思います」

「えー。この変化に気づかないなんて、クレア様もミシャももぐりですね?」

「スライム通になんてなりたくありませんわよ!」


 どうやらクレア様のお気に召さなかったらしい。


「じゃあ、最後の手段です。レレア、ウンディーネ」

「?」


 私の声に反応して、レレアがふるふると揺れながらゆっくりと形を変え始めた。


「な……なにが起きますの?」

「まあ、見ていて下さいよ」


 レレアの姿がゆっくりと見覚えのある形に変わっていく。


「これは……!」


 レレアは小さいながらもクレア様そっくりになった。


「ウンディーネです!」

「ウンディーネって水の精霊の?」

「はい!」


 ウンディーネとはおとぎ話に出てくる水の精霊で、人々に水の恵みをもたらすという存在だ。

 精霊は魔物とはまた別で、空想の産物に過ぎないという声もある一方、王国では広くその存在が信仰されている。

 精霊信仰については教会などの勢力もあるのだが、それについては機会を別に設けて説明しようと思う。


「何故わたくしの姿に?」

「ウォータースライムは、美しい女性の姿を見ると模倣する習性があるのです」


 これは半分本当で半分嘘である。

 ウォータースライムが周りのものを模倣するのは本当だ。

 これは自己防衛のための擬態能力である。

 美しい女性を見ると、というのが嘘だ。


「そ、そうなんですの……?」

「そうなんですの!」


 まんざらでもなさそうなクレア様。

 チョロい。


「そう言われてみれば、なかなか愛嬌があるような気もして来ますわね……」


 恐る恐るといった様子でレレアを指でつつくクレア様。

 レレアがふるんと震えた。


「……可愛いかもしれませんわ」

「そうでしょう、そうでしょう?」


 もうクレア様は悪役令嬢を返上して、ヒロインならぬチョロインに改名した方がいいんじゃないのかな。


「仕方ありませんわね。駆除するのはやめて上げますわ」

「ありがとうございます! お優しいクレア様!」

「でも、しつけはきちんとするんですのよ? それから、変に隠さないで皆に紹介すること」

「はい」


 なんだか子どもに言い含めるお母さんみたいなセリフを言うクレア様。

 これがバブみっていうやつなのかな。


「でも、レレアっていう名前はおやめなさい。わたくしの名前を勝手に使うんじゃないですわよ」

「あ、それはもう手遅れです」

「手遅れ!?」


 従魔というのは一度認識した名前を忘れないものなのだ。

 これはゲームにおいて、名前が変更できないことに由来する。


「これからもよろしくね、レレア」

「異議あり! その名前、異議ありですわ!」


 翌日、みんなにレレアを紹介することになったが、名前の由来はクレア様に堅く口止めされてしまった。

 解せぬ。

お読み下さってありがとうございます。

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