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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第十三章 帝国籠絡編
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176.対価

 コンコン、と外から部屋の扉がノックされた。

 フィリーネは少し緊張した面持ちでこちらを見る。

 クレア様と私が頷くと、フィリーネも頷いて、来訪者を室内に招いた。


「失礼します……おや」


 ヒルダは室内にクレア様と私の存在を認めると、意外そうに眉をピクリと動かした。


「姫様がお話があるとうかがって来ましたが、お二人もご一緒でしたか」

「ええ、二人にも関係のあることなの。同席して貰っても構わないわよね?」

「もちろんですとも。ですが、こんな私でも多忙な身です。お話は出来るだけ手短にして頂けると助かります」


 さりげないプレッシャーだが、以前のフィリーネならこれで気圧されて会話の主導権を握られていただろう。

 しかし、


「ええ。お忙しい中、時間を作ってくれてありがとう。長くはかからないわ。でもまあ、座ってちょうだい」


 フィリーネは落ち着いた様子でヒルダに椅子を勧めた。

 ヒルダが意外そうな顔をする。

 以前よりやりづらいことに気がついたのだろう。

 フィリーネはやれば出来る子である。

 特訓の成果は確実に現れている。


 ヒルダは観念したように一つ溜め息をつくと、椅子に腰を下ろした。


「それで、お話とは?」


 ヒルダは以前のフィリーネ専用スマイルを投げ捨てて、冷たい表情で問うた。


「ヒルダ、あなたは今の帝国をどう思っていますか?」


 それでも、フィリーネは負けることなく会話を進めていく。

 いちいち相手の顔色に怯えることはなくなっていた。


「随分と抽象的なことをお尋ねになりますね。帝国は素晴らしい国です。世界で最も優れた国でしょう」

「そうですね、私もそう思います。でも、このままでいいのかしら。帝国は敵を作りすぎたのではなくて?」


 模範解答しかしないヒルダに対して、フィリーネが一歩踏み込んだ。

 ヒルダの顔は能面のように動かない。


「確かに帝国には敵がいます。ですが、そうした敵もいずれは帝国の支配下となるでしょう。帝国にはその力があります」

「そうかしら? 先日のスース、アパラチア、バウアーの三国軍事同盟の件は? 今回は上手く立ち回りましたが、あの同盟が現実のものとなっていたら、帝国は危うかったと思わない?」

「もしもの話をしても仕方ありません。実際には同盟はならず、帝国は今も健在です」


 ヒルダは結果論に終始した。


「実現性のない仮定なら無意味でしょう。でも、潜在的な脅威は現実に存在する危険です。確かに帝国は今も健在です。でも、帝国はとても不確かなロープの上を綱渡りしているのではないかしら?」


 フィリーネも一歩も引かない。

 自らの仮定には実際に検討する価値があると主張している。


「なるほど。確かに現状危うい要素はあるかもしれません。しかし、外交は常に手探りです。万全の外交など存在しません。どんな危険性が想定されていても、結局その中で最善を選んでいくしかないのです」


 ヒルダはフィリーネの憂慮を机上の空論と批判している。


「私とて皇族の一人です。外交の難しさは知っています。ですが、今の帝国の外交方針は最善でしょうか? 私たちはもっと他に選び取れる選択肢があるのではなくて?」


 フィリーネがさらに踏み込んだ。

 対案がある、と暗に示している。


「……結局のところ、姫様は何が仰りたいのですか? 帝国はどうするべきだと?」

「侵略的な外交方針を止め、融和的な外交方針に切り替える時期に来ていると私は思います」


 フィリーネが勝負の一手を放った。

 さあ、ヒルダはどう出る?


「……それは、そちらのバウアーの方々に吹き込まれたので?」


 ヒルダがじろりとこちらを睨んだ。


「違います。私が常々感じ、考えていたことです」

「姫様は何を仰っているのか分かっていらっしゃいますか? あなたは陛下のご判断に異を唱えると?」

「そうです」

「陛下に刃向かった者がどのような末路をたどるのか、姫様だってご存知でしょう。自殺願望でもおありなのですか?」


 ヒルダの口元が皮肉げに歪んだ。


「私は皇族です。この国の未来に責任があります。たとえお母様に刃向かうことになったとしても、民を危険にさらす今の外交方針は正さなければなりません」

「出来るとお思いですか? 失礼ながら、姫様は皇族とはいえ大した力をお持ちではない。嫡子でもなく、大きな派閥を持っているわけでもない」

「はい。ですから、あなたの力を貸して頂きたいのです」

「……」


 ヒルダが黙り込んだが、フィリーネは構わず続けた。


「あなたは個人としても優れた政治的手腕を持っていますし、帝国の一大勢力である魔法技術部門に太いパイプがあります。あなたが力を貸してくれるなら、私はもう力なき皇女ではありません」


 ヒルダは黙したままじっとフィリーネを見ている。

 その目は彼女の真贋を見定めているかのように、私には見えた。


「この国のため、民のために、どうか力を貸して下さい、ヒルダ」


 フィリーネは真摯に訴え、そして頭を下げた。

 有能な官僚とはいえ臣下に過ぎないヒルダに対して、皇族であるフィリーネが頭を下げることの意味は軽くない。


 しかし、


「それで、私にどんな旨味がある?」

「えっ……?」


 それまでの慇懃な調子とは打って変わったぞんざいな口調に、フィリーネは虚を突かれたようだった。

 その様子をおかしげに見やりつつ、ヒルダはタバコを取り出してくわえた。


「だから、旨味だよ、旨味。あんたに協力して、私にどんな得があるかってこと」

「それは……」

「国? 民? 未来? いやいやいや、今に困ったことがない方は言うことが違うね。ご立派すぎて涙が出てくる」

「ヒルダ……」


 豹変したヒルダにフィリーネは当惑を隠せない。

 付け焼き刃の交渉術も、ここまでだろうか。


「私が今の地位を得るまでにどれだけの労力を払ったか、あんた分かってんのか? 今日食いつなぐのもやっとなどん底の生活から、ここまで成り上がるのにどれだけ苦労したと思ってんだ? ああ?」

「……」


 恫喝に、フィリーネは黙って身体を震わせている。


「力を貸せだ? 簡単に言ってくれるなあ、おい。あんたは当然、それに相応しい見返りを用意してるんだろうなあ? まさか善意だけで協力が取り付けられると思ってやしねぇよなあ?」


 なぶるように言葉を重ねるヒルダに対して、フィリーネは一言も発しない。

 加勢しようと口を開きかけた私を、クレア様が止めた。

 その目が、もう少し様子を見ましょうと言っている。


「力を貸して欲しいんなら、相応の対価をよこせ。それが出来ねぇんなら、もっともらしい口出ししねぇで、大人しくお飾りのお姫様してろってんだよ!」


 ヒルダが叩きつけるように言うと、部屋は沈黙に包まれた。

 しばし、そのまま時が流れた。


 交渉は決裂だろうか。

 このままヒルダに言われっぱなしでいいのだろうか。

 そんなことを私が考えていると、


「……言いたいことは、それだけですか?」


 沈黙を破って、フィリーネが決然と口を開いた。

ご覧下さってありがとうございます。

感想、ご評価などを頂けますと幸いです。


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― 新着の感想 ―
[一言] おっと?フィリーネ様の様子が……(゜ω゜)!?
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