172.弟子入り
「よく来た。近う」
帝城の謁見の間に、私たちは招かれていた。
招かれたのは私と、そしてなぜかアレアの二人であった。
アレアの正装なんて持っていなかったので、ドレスを選んだあのお店に頼んで、超特急で仕上げて貰った。
うん、我が娘ながら可愛い。
クレア様も控え室までは一緒だった。
謁見には呼ばれていないので、後で合流する予定である。
玉座には深々と腰掛けるドロテーアがおり、すぐ側でじいやさんことヨーゼフさんが控えている。
「料理改善、一通り目処が立ったと聞いている。よくやった、レイ」
「まあ、帝国の料理人さんたちが優秀だったからですよ。私はただきっかけを与えただけです」
実際、私がしたことはそんなに多くない。
ドロテーアを説得したこと、料理勝負を持ちかけたこと、若手の育成にアレアを派遣したこと、それくらいである。
雑務は他にもたくさんあったが、それらは大したことがない。
「褒美を取らせる。何が良い」
「ヒルダには言いましたが、魔族の脅威から、バウアーの一団を保護して頂くことを望みます」
「ふむ。より具体的に何かあるか?」
「それは陛下が考えて下さいよ。国防の一環でもあるでしょう?」
「それもそうか。分かった。考えておこう」
「話はそれだけですか?」
褒美については話したし、私としては早く帰ってクレア様といちゃいちゃしたい。
「まあ待て。アレアにも褒美を取らせる。何が良い」
「え……?」
皇帝に問われて、アレアがきょとんとした顔をした。
「貴様の指導を受けた者たちが口を揃えて言うのだ。貴様に誇りを取り戻して貰った、と」
「みなさんが……?」
ドロテーアによるとこうである。
最初こそ年下の幼女に教わることに抵抗しかなかった彼らだが、教わっていく内に考えが変わっていったのだという。
『俺ら多分、現状に腐っていたんだと思います』
厨師省という国の料理人の最高位に上り詰めたとは言え、料理人は料理人。
その地位は非常に低かった。
自分の腕にプライドはあっても、それが正当に評価されない現状に不満を抱いていた。
『でも、そうじゃないってアレア先生は言ってくれました』
指導をしている最中に、アレアが言った言葉が、彼らの胸のつかえを取り払ってくれたのだという。
――おいしいごはんはまほうですのよ。りょうりにんさんたちはすごいひとたちなんですのよ。
以前にも触れたが、料理人になるのは軍属になれなかった者たちが多い。
中には、アレアのように魔法に適性が少ない者も多いという。
そんな彼らにとって、自分たちも魔法使いなのだというアレアの一言は胸に染みたらしい。
『アレア先生が俺たちに誇りを授けてくれました。功労と言って頂けるのなら、それはどうか、彼女に』
彼らはそう言ったらしい。
「貴様への恩賞は料理人たち全ての総意である。受け取るがいい」
「は、はい!」
アレアは嬉しそうに、元気よく返事をした。
アレア、立派になったね。
無適性が判明して一緒に泣いた夜が、もうずっと前のことのように思えてくる。
「よし。それで何がよい?」
「なんでもいいんですの?」
「申してみよ」
「じゃあ……じゃあ、クアッドキャスターのメイといっしょくらい、すごくなりたいです」
アレアの願いを聞いて、私ははっとした。
口には出さなくても、やはりアレアは劣等感を抱えていたのだ。
「ふむ、そうか。それは難題だな」
「だめですか?」
「帝国皇帝に二言はない。安心しろ。私が鍛えてやる」
「!?」
ドロテーアのその一言に、私は耳を疑った。
皇帝自らが、アレアを鍛える?
それはつまり、剣神が弟子を取るということか。
「帝国皇帝が他国の人間に指南など聞いたことがありませぬぞ!」
爺やさんが苦言を呈した。
そりゃそうだろう。
アレアはついこの間まで戦争をしていたバウアーの人間なのだから。
「今聞いたであろう」
「詭弁はおやめください。ご自身の立場をご自覚なされよ!」
「爺、お前が命がけで忠言をする皇帝は、幼子に嘘をつくほどに狭量であったか?」
「自ら御自らへの攻撃材料を作るのはご勘弁下さい!」
「案ずるならば貴様が守れ、爺」
ぐうの音も出ない爺やさん。
剣神と呼ばれるような人を守るだなんて、それこそ魔族以上の強さが必要なんじゃなかろうか。
「明日から……いや、今から鍛えてやる。来るがいい」
「はい!」
「陛下!」
「えーと……って、いや、ちょっと待って下さい、陛下!?」
「なんだ。お前もか」
「アレアの体はまだ十に満たない女の子なんですよ!?」
ロッド様との訓練を見ていて筋が良いのは分かるが、敵地の、しかも人間的にはまだ信頼しきれていないドロテーアが指南役というのは、どうしても心配が先に来る。
「身体強化魔法は部下にかけさせるし、回復も手配しておく」
「しかしですね――」
「娘が望むのに、お前が向かい合わぬでどうする」
いや、フィリーネと向かい合えてないアンタに言われたくないわ――という言葉が出かかったが、続く言葉がそれを喉元で押し留めた。
「貴様の娘は、小さくとも既に鞘から抜き放った刃ぞ」
不安はある。
あるが、これはアレアが望んだことでもあるのだ。
そして、アレアが剣の道に進むなら、これ以上の環境はないとも言える。
私は迷った。
「レイおかあさま、わたくしからもおねがいしますわ」
「アレア……」
「わたくし、つよくなりたいですわ。クレアおかあさまやレイおかあさまのように」
そのひたむきな目に、強い意志が宿っているのを見て、私は心を決めた。
「分かりました。お願いします」
「うむ、任せよ。おお、そうだ。フィリーネが貴様を呼んでいたぞ、レイ=テイラー。話があるそうだ。行ってやれ」
「分かりました。アレア、頑張っておいで」
「はい!」
そう言って、アレアはドロテーアとともに玉座を去った。
「……苦労してますね、ヨーゼフさん」
「そう思うなら、陛下を止めて下されよ」
「いえ、剣神に教えを乞えるなんて、願ってもない機会ですし」
「罠かもしれませんぞ?」
「陛下の性格上、それはないかと」
「……はあ、そうですな」
やれやれ、と目を揉む爺やさん。
「フィリーネ様のお部屋はどこかうかがってもいいですか?」
「誰かに案内させましょう。お下がり下さい」
「はい、ありがとうございます」
私も謁見の間を後にした。
◆◇◆◇◆
「最近、よく会いますね」
「全然嬉しくないです」
爺やさんが手配してくれた案内の人はヒルダだった。
私がげんなりした顔をしたのは、誰も責められないと思う。
「また一つ帝国内での地位を上げましたね」
ヒルダが面白そうに言った。
どうやらアレアがドロテーアの指導を受けることは、もう知っているらしい。
「今度の件はアレアの功績です」
「そのアレアはあなたの養女でしょう? 同じ事ですよ」
まあ、確かに私はアレアの保護者ではある。
「まあ、今は余計なことを言わないでおきましょうか。これ以上あなたに嫌われるのは得策ではない」
「はあ」
別に私はヒルダのことが嫌いというわけではないが、特別好きというわけでもない。
多少の苦手意識と同族嫌悪はあるかもしれないが。
「フィリーネ様のお部屋でしたね。案内しますよ」
そう言って、ヒルダは先導して歩き出した。
「噂では、あなたは予言者のようなことが出来るらしいですね、レイ=テイラー?」
「出来ませんよ、そんなこと」
おそらく革命の時にバウアーに潜入させていた者から聞いたのだろうが、それを認めるわけにはいかない。
「なら、この間私に言ったことはどういうことです? 野心を持て余さないか、とあなたは言いました」
あちゃあ。
言ったなあ、そういえば。
あの時はただのけん制のつもりだったけど、余計な一言だった。
「ちょっとした洞察ですよ」
「それが本当なら大したものだ。それに予言とやらも完全ではないようですし」
ん?
どういう意味だろう?
「こちらです」
ヒルダが一つの部屋の前に立った。
どうやらここがフィリーネの部屋らしい。
「それでは私はこれで」
「ありがとうございました」
ヒルダを見送ってから、私はフィリーネの部屋の扉をノックした。
「……はい」
「レイです。お話があるとうかがって参りました」
「入って下さい」
「失礼します」
私は扉を開けて中に入った。
鍵は掛かっていなかったようだ。
不用心じゃない?
部屋の中はなぜか薄暗かった。
灯りは極力落とされており、部屋の奥の方は見渡せない。
「フィリーネ様?」
「奥です、レイ」
声のする方に当りをつけて進んでいく。
なんだろう。
何か嫌な予感がする。
「レイ……」
フィリーネはベッドルームにいた。
ベッドの前で、こちらに背を向けて立っている。
「どうしたんですか、灯りもつけずに」
「見られたくなかったんです」
「?」
「今の私はきっと……ひどい顔をしてるから」
次の瞬間、フィリーネ様が飛びかかってきた。
「!? フィリー……ネ様……!」
格闘技でいうマウントポジションを取られて、首を絞められた。
「……死んで下さい……レイ=テイラー」
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