162.分からず屋の職人
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「帰れ帰れ! よそもんの言うことなんざ聞いてたまるかい!」
ドロテーアとの謁見の翌日、私は帝国の料理を司る部署である厨師省に乗り込んだ。
もちろん、ドロテーアと約束した帝国の公式料理改善の為である。
そして、冒頭のあれは用向きを告げた私に、厨師長から投げかけられた第一声である。
厨師長は白いコック服にコック帽をした男性で、その肩書きにしては随分若々しく見えた。
髭を生やしている分少し老けて見えるが、それでもせいぜい三十代、ひょっとしたら二十代くらいの男性である。
料理人にはふくよかな人も多いが、厨師長は無駄な肉のないがっしりとしたスポーツマン体型である。
口調のせいでどこか粗雑な印象をうける彼は、差し詰めこのお山の大将といったところか。
「ちょっとあなた。いくらなんでも失礼ですわよ」
「あんだとぅ!?」
一緒に来てくれたクレア様が気色ばむ。
彼女は礼節に人一倍うるさい人だ。
厨師長の態度は許せないだろう。
一方、厨師長は昔ながらの職人という感じの人で、他人から指図されることをいかにも嫌いそうだった。
彼は彼なりに自分の仕事に誇りを持っているのだろう。
「まあまあ、そう仰らずに。クレア様も抑えて抑えて」
けんか腰では話し合いにならない。
私は今にも言い争いを始めそうな二人をなだめた。
「てめぇらなんかの手を借りなくても、いくらでも美味くて新しい料理なんて作れらぁ! 今まではドロテーア陛下に遠慮してただけでい!」
厨師長はそう啖呵を切る。
いくらこれまでの料理の評判が悪かったとはいえ、それは実力を発揮できなかっただけだ、と彼は言う。
恐らくそれはある程度正しい。
ナー帝国という大国の一部門を任されているのだから、彼は料理の世界におけるエリートと言えるはずだ。
能力主義が徹底されているこの国の料理人のトップなのだ。
たとえ帝国における料理人という職業の地位が低くても、その腕は確かだろう。
ただ、それだけでは足りないのだ。
「仰ることはごもっともです。ですが、ただ美味しくて新しいというだけではダメなんです。つまり――」
「大きなお世話でい! てめぇらのこたぁ、てめぇらで解決すらぁな! よそもんにうるさく言われたかぁねぇよ!」
とりつく島もないとはこのことである。
さて、どうしたものか。
「どうしました?」
「あ、ヒルダ様」
騒ぎを聞きつけたのか、部屋に入ってきたのはヒルダだった。
怪訝な顔でこちらを見ている。
「なんでもありゃしませんよ。ちょっとこいつらが生意気抜かしやがったんでさあ」
「そうですか? 少し詳しく話を聞かせて頂いても?」
私はここまでの経緯を簡単に説明した。
聞き終えると、ヒルダはふむ、と頷いて、
「なら、確かめ合えばいいでしょう。料理勝負でもしてみたらいかがですか?」
「料理勝負?」
「はい」
ヒルダは続ける。
「ここで押し問答していても仕方がないでしょう。厨師長たちが勝てばその実力は確かということで、食事改革は独自路線で進める。逆にレイたちが勝てば、厨師長たちもその実力を認めて助言を受ける。どうです?」
なんだなんだ。
なんかおかしな展開になってきたぞ。
「上等でぃ! 白黒ハッキリつけようじゃねぇか! こちとら先代陛下の時代から代々厨房を守ってきてんだ。ぽっと出のよそもんに負けるわきゃねぇやい!」
「なら、負けたら大人しく言うことを聞いて下さるんですのね?」
「いいともよ! やってみりゃあいいさ、出来るもんならなあ!」
私はあんまり乗り気ではないのだが、厨師長もそしてクレア様ももう完全にやる気だ。
こうなったらもう仕方ない。
「分かりました。勝負を承ります」
「結構です。厨師長もそれでいいですね?」
「へぃ。帝国厨師の心意気、見せてやりまさぁ!」
そんな訳で、私たちは料理勝負をさせられることになった。
◆◇◆◇◆
「ということになったから、みんなの知恵を貸して欲しいの」
集まった面々を前に、私は頭を下げた。
場所はバウアーの留学生達が暮らす寮のキッチンである。
収集したメンバーは、レーネ、ミシャ、フリーダ、イヴ、ヨエル、私、そしてアレアの計七人。
いずれも料理が出来る人たちである。
クレア様も参加したがっていたが、今回は遠慮して貰った。
クレア様の料理下手はいっそ清々しいほどに極まっているので、今回に限っては戦力にならない。
ただ、料理を吟味する舌は確かなので、講評はして貰うつもりである。
「知恵を貸すのはいいけど、どんな料理にするか漠然とした方向性は決まってるの?」
レーネが首を傾げた。
こうしてじっくり話すのはなんだか久しぶりだ。
帝国に来て以来、お互いに忙しかったからね。
「一応、ルールがあって、コース料理の内、前菜、肉料理、デザートの三品目を作ることになってるね」
「結構あるわね……」
品数を聞いたミシャが、悩ましげに眉を寄せた。
確かに簡単な課題ではない。
「期限はいつまでなんデス?」
「一週間後ってことになってるよ」
フリーダの問いに答えた。
一週間という時間も、コース料理三品目を新しく考えるにはかなり足りない。
「……どうして私が」
不満そうに言うのはイヴである。
理由は分からないが私を嫌っている彼女にとって、この参加は不本意のようだ。
「ごめんね、イヴ。でも、今は猫の手も借りたいところなんだよ」
「……私は猫の手ってことですか。馬鹿にして……」
相変わらず曲解されてるなあ。
「七人いるが、全員で考えるのか?」
ヨエルの疑問はもっともだ。
船頭多くして船山に上る、みたいなことにもなりかねない。
「私は全体の監修をさせて貰うことにして、みんなには二人で一品ずつを担当して貰いたいの」
「え? わたくしもつくらせていただけるんですの?」
アレアがびっくりしたように言った。
「うん。もちろん、私も手伝うけど、アレアのお料理の腕は十分実用レベルだから」
本当にこの子は器用なのだ。
魔法にこそ適性がなかったが、それ以外のことは本当に覚えが早い。
「……わかりましたわ。がんばります」
アレアはどこか緊張した面持ちで、でも嬉しそうに言った。
「みんな、どれを担当したい、とかある?」
私は皆に希望を聞いた。
「俺は出来ればデザートを任せて貰いたい」
最初に希望を言ったのはヨエルだった。
無骨な彼がデザートを担当したいと言うのは、少し意外ではあった。
「菓子作りは、比較的得意なんだ」
「そうなんだ。じゃあ、ヨエルにはデザートをお願いするね」
「任せてくれ」
まずデザートの一人が決定。
「じゃあ、私は肉料理を担当しようか? 多分、一番大変だと思うし」
「そうして貰えると助かるかな」
レーネの申し出は正直ありがたい。
このメンバーがいくら料理経験があると言っても、コースのメインを飾る肉料理は流石に経験豊かな人に任せたい。
その点、フランソワ家で長く仕え、今もフラーテルの第一線で活躍するレーネならばこれ以上の人選はない。
「アレアも肉料理を担当して貰おうかな。レーネにつけば、学ぶことも多いと思うし」
「わかりましたわ」
私の言葉にアレアが頷く。
「私は前菜を担当させて貰おうかしら。一応、フォーマルな食事も知っているから、力になれると思うわ」
「ありがとう、ミシャ。お願いね」
前菜はミシャ。
これであと二人。
「Umm……残りは前菜とデザートデスカ。ミズイヴ、どちらがいいデスカ?」
「どっちでも」
「Oh……シャイガール。素っ気ない態度もキュートネ。なら、ワタシはデザートを担当しマース」
「私はミシャ先輩と前菜ね」
「うん、二人もよろしく」
これで全て決まった。
まとめると――。
前菜:ミシャ&イヴ。
肉料理:レーネ&アレア。
デザート:ヨエル&フリーダ。
全体監修:私。
という担当だ。
「それぞれの担当料理は自由に作っていいの?」
そこを聞いてくるのは、流石レーネというべきだろう。
「基本的にはね。ただ、全員に今から言うことは守って欲しいんだ」
私はそれを説明した。
「なるほど。流石レイちゃんね」
「相変わらず頭が回るわね」
「……悪知恵」
「No、No、ミズイヴ。これはとてもいいアイディアデース!」
「うむ。重要なことだ」
「おぼえておきますわー」
みんな納得してくれたようだ。
「それじゃあ、みんな、よろしくお願いします」
こうして料理勝負への準備が始まった。