142.恋敵
朝、学館の教室にて。
「クレア、その後お加減はいかがですか?」
魔族との戦闘の後、フィリーネはしきりにクレア様の心配をしてくるようになった。
自分自身も重傷を負ったはずなのだが、自分のことはあまり頓着せずにクレア様のことばかり気に掛けている。
「ご心配ありがとうございますわ、フィリーネ様。でも、昨日も申し上げましたとおり、もう全然問題ありませんわ」
フィリーネと良好な関係を築くという目的があるため、クレア様は出来るだけ優しく応対を続けているのだが、流石にこうも毎日心配されるといい加減少し面倒そうである。
「そうは言ってもあれだけのことがあったのです。身体の傷は治っても、辛い記憶の揺り戻しがあったりするんじゃありませんか?」
「わたくしはそんなに柔ではありませんわ。むしろ次に出会ったら必ず倒してやろうとすら思いますもの」
「まあ」
などという会話が毎朝のように交わされている。
めでたく友人関係となったフィリーネだが、どうも彼女の距離の詰め方がおかしい。
なんか近い。
めっちゃ近い。
クレア様にやたらとスキンシップをしたがるフィリーネに対して、私は危機感を覚えていた。
彼女のクレア様に対する態度は、友人に対するそれを逸脱しているような気がする。
というか、どっかで見たことがある。
具体的には鏡の中で。
「あのー、フィリーネ様? 何度も言いますが、クレア様は私のものなので、あまりベタベタしないで頂けると……」
「あ……、そ、そうですね。ごめんなさい、レイ。私ったらつい……」
ついなんだというのか。
頬を染めてイヤイヤするフィリーネに私は警戒感を強める。
「レイったら大げさですわよ。フィリーネ様とわたくしは友人なのですから、これくらいは普通でしょう?」
「あ、ありがとう、クレア!」
苦笑しつつ取りなしたクレア様に対して、しょげていた尻尾を再びぶんぶんさせるフィリーネ。
ちょっとクレア様。
あなたは鈍感なラノベ主人公ですか。
好意を持たれてるの、見れば分かるでしょうに。
「フィリーネ様は皇族でいらっしゃいますよね。もう婚約者とかいらっしゃるんですか?」
「いえ、まだいませんよ」
「意外ですわね。皇女ともなれば、有力な外交カードの一枚じゃありませんの?」
その辺りのやんごとない事情については、私よりもずっと詳しいクレア様がそう言う。
「お母様は外交よりも武力で他国に訴える方ですから……」
フィリーネが悲しそうに呟いた。
確かに、ドロテーアは欲しいものは力で奪い取る女性だ。
回りくどい外交など、無駄の一言で片付けかねないようなところがある。
まあ、流石にそこまで脳筋ではないだろうが。
「ですので、私、今、相手がいないんですよ?」
「え、ええ、そうですの……」
「どうしてそこでクレア様にフリーなことをアピールするんですか」
フィリーネってば絶対クレア様に気があるでしょ。
内気設定どこ行った。
いや、私に対しては相変わらずおどおどしているんだけども。
「アピールなんてそんな……。ただ私、クレアともっと仲良くなりたいだけで……」
「今でも十分、見せつけられていますが……」
「そうですか……? やだ私ったら……」
またイヤイヤしてる。
可愛くないぞー。
可愛いけど、可愛くないぞー。
「フィリーネ様、クレア様に横恋慕してます?」
「ちょっとレイ!?」
もう面倒なので直球ドストレートで聞いてみたら、クレア様が慌てた。
や、だって見てられないんだもん。
「す、好きだなんてそんな……」
うおい、私は横恋慕って言ったんだが。
ナチュラルに意味合いを都合良く解釈しないで欲しい。
これだから天然お姫様は……。
「皇族の方が、既に相手のいる人に対してアプローチをかけるのは、外聞が良くないんじゃありません?」
「いえ、帝国は多夫多妻制ですし、特には」
「あ……」
そう言えばそうだった。
帝国はバウアーとは婚姻制度が違うのだ。
一夫一婦制ではないし、同性婚も認められている。
この辺りはレボリリというゲームの特質と関係している。
「それに、クレアとレイは法律上はまだ他人同士でしょう?」
「そ、そうですけど……」
「家格に関しても、皇族である私の方が元上級貴族であるクレアとは釣り合いが取れると思います」
あれ?
私、なんか追い詰められてない?
「フィリーネ様、それは違いますわ」
ちょっと言葉に詰まってしまった私を見かねてか、クレア様がやんわりとフィリーネをたしなめた。
「わたくしとレイは確かに法律上はまだ他人ですし、生まれ育った環境も全く違います」
「そうですよね」
「でも、わたくし悟りましたの。結婚というものは政治の道具や育ててくれた両親への恩返しというだけではなくて、わたくし個人の幸せにとってもとても重要なことだ、と」
「自分自身の……幸せ……」
フィリーネは呟くように言った。
それを見つつ、クレア様が続ける。
「政略結婚や家同士の結びつき、両親への恩返しという結婚の側面を、わたくしは否定しません。でも同時に、相手がわたくし個人にとってどれだけ大切か、ということも無視しませんわ」
「……はい」
「そういう意味で、レイはこれ以上ない相手です。法律的な裏付けなどなくとも、レイは私にとってかけがえのない伴侶ですわ。それはどうかご理解下さいな」
言い切って、クレア様はにこりと笑った。
私はと言えば、これ以上ないくらいのドヤ顔である。
「そうですか……。なるほど……」
あれだけ言えば、流石のフィリーネだって考え方を改めるだろう。
もともと倫理観は強い子だし、少し初めての親しい相手に浮かれていただけで、すぐに元の――。
「分かりました。なら私は改めてクレアの伴侶に立候補します」
はい?
「な、何を仰ってますの、フィリーネ様? わたくしの話、聞いてまして?」
「ええ、もちろん。後悔のない、かけがえのない恋を私もしようと思います」
斜め上の反応が返ってきた。
クレア様と私は思わずぽかんとしてしまう。
「クレアにとってレイがとても大切な相手ということは分かりました。私もクレアにそのように思って貰えるように、精一杯頑張ります」
「い、いえ、そういう話をしたんじゃなくてですわね?」
「大丈夫です。クレアからも教わりました。大切なのは一つ一つの積み重ねだって」
「いえ、それもそういうような話ではなくてですわね……」
クレア様がうろたえている。
フィリーネってこんな猪突猛進なところもあったのか。
さすがあのドロテーアの娘だけのことはある。
「というわけで、今日から改めてよろしくお願いしますね、クレア、レイ。私、お二人に恥じない立派な淑女になります」
鼻息も荒く、そう宣言するフィリーネ。
クレア様と私はどうしてこうなった、と顔を見合わせた。
経緯はともかく、事実はこうだ。
どうやら私には恋敵が現れたらしい。
よりによって、これから協力を仰がないといけない相手がそうなるとは。
やれやれ。
私がげんなりしていると、ユー様がやって来た。
彼女が別クラスに来るのは珍しい。
「クレア、レイ」
「あら、ユー様。どうなさったんですの?」
「バウアーから手紙が来た。悪い知らせ……なんだろうね、多分これは」
ユー様は険しい面持ちでこう言った。
「バウアー王国元宰相サーラス=リリウムが姿を消した。脱獄したらしい」
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