138.遭遇
街道の魔物駆除は翌日の午後から始まった。
毎日一時間半ほどかけて魔物を退治する。
駆除活動は魔法の実技の講義に単位が換算されるらしい。
「フリーダ! そっちですわ」
「任せてクダサーイ!」
熊のような魔物がフリーダに襲いかかった。
彼女の栗色の髪に鋭い爪が振り下ろされた。
「ノンノン、甘いデース」
フリーダが剣を器用に操って受け流すと、魔物は体勢を崩した。
「クレア!」
「ええ、これで終わりですわ!」
隙だらけになった魔物の横腹を、クレア様の炎槍が貫く。
魔物が断末魔を上げた。
巨体が倒れると、魔物は魔法石を残して消滅した。
「ふぅ。この辺りはこんなものですわね」
クレア様はそう言うと、額の汗を拭った。
まだ気温はそれほど高くないが、動き回るとやはり少し汗が滲んでくる。
「お疲れ様です、クレア様、フリーダ。傷はどうですか?」
「ありがとう、レイ。わたくしは大丈夫でしてよ」
「ワタシも平気でーす」
「お二人とも、強いですね」
フィリーネが感心したように言った。
実戦慣れしているクレア様はともかく、フリーダも大したものだ。
今のところ、負った傷はかすり傷程度しかない。
この辺りは数が少ない代わりに比較的大型で強い魔物がいるようだった。
ウォータースライムやラージワスプ、グリズリーなどをこれまでに倒している。
集団で襲ってこられると厄介だが、個別に対応出来れば私たちの敵ではない。
「他の学生たちも頑張っているようですわね」
周りを見渡せば、少し離れたところで別の学生パーティーが魔物と戦っている様子がうかがえる。
帝国の学生たちは戦い慣れているようで、どこも危なげなく敵を撃退していた。
「ラナたちは大丈夫でしょうか」
「大丈夫でしょう。ラナはともかくイヴとヨエルがいますもの」
学院にいた頃に講義で見た限り、ラナは魔法初心者だったが、イヴとヨエルはそれなりに魔法を使えるようだった。
特にヨエルは兵士の子だと言っていただけあって、戦い方に慣れを感じた。
それを考えれば、大丈夫だと思いたいのだが、
「もう一人との連携が心配なんですよ」
「ああ、四人目はオットーでしたわね」
例の問題児とは誰も組みたがらず、最後まで残ってしまったようなのだが、ラナが声を掛けた。
オットーは渋ったようだが、ラナが持ち前のコミュニケーション力で言いくるめたらしい。
不良とギャル、面白い取り合わせである。
「大丈夫じゃありませんの? オットーは戦闘も優秀と聞きましたわよ?」
そうなのだ。
オットーは問題児ではあるが、学業だけでなく戦闘にも秀でているらしい。
聞くところによると、彼の父親は軍の兵士なのだとか。
ヨエルが話を聞きたがっていた。
「まあ、滅多なことにはなりませんでしょう。他のパーティーもいるころですし」
それもそうだ。
いざとなれば逃げて助けを求めればいいのだ。
でも、なんか心配である。
「Hey、レイ。同郷者の心配もいいデスガ、追加オーダーのようデスヨ」
フリーダに言われて意識を前に戻すと、今度は狼のような魔物が現れた。
一つの胴体に三つの頭――ケルベロスである。
「あれは少し手強いですよ。みなさん、注意を!」
「分かりましたわ」
「はーい」
「イエース、気を引き締めマース」
フィリーネの警句に、皆が戦闘に集中する。
ケルベロスは狼のような姿をしているが、その体躯は牛ほどもある。
その鋭い爪や牙による噛みつきだけでなく、ただ体当たりされるだけでも相当なダメージだろう。
私は油断なくその姿を注視した。
「来ますわ!」
クレア様の言葉より一瞬早く、ケルベロスが走り出した。
狙いは――フィリーネ。
「させないデスヨ!」
フリーダが上手く回り込んで進路を封じた。
しかし、ケルベロスは止まる様子がない。
勢いのまま、フリーダを跳ね飛ばそうというのだろう。
そうはさせない。
「マーシュ!」
私は土魔法をケルベロスの足下に発動させた。
堅い地面が瞬時に泥沼のようにぬかるむ。
ケルベロスの足が目に見えて鈍った。
「頂きデース!」
それを見て取ったフリーダが、剣を振り下ろした。
決まったか、と思われたが、
「What!?」
フリーダの剣はケルベロスに受け止められた――牙で。
「離れなさい、フリーダ!」
フリーダが剣を離して後ろに飛び退くと同時、ケルベロスが炎を吐き出した。
間一髪で回避するフリーダ。
「Hu……、やってくれマース」
距離を取ったフリーダだが、剣を失ってしまった。
彼女の剣はケルベロスの首の一つがくわえたままだ。
真剣白刃取りとは恐れ入る。
「返してクダサーイ! それはちょっとした業物デース!」
「フリーダは下がりなさい。私が相手しますわ」
「Oh、ソーリー、クレア。頼みマース」
クレア様が魔法杖を構えつつケルベロスと対峙する。
ケルベロスは様子をうかがっているようだ。
「これでもくらいなさいませ!」
クレア様は瞬時に五本の炎槍を生み出すと、それをケルベロスに向かって放った。
一本一本が異なる軌道を描いて、ケルベロスに殺到する。
「ガルル……」
ケルベロスはうなり声を上げながら大きく横に跳躍してその全てを回避した。
巨体に似合わず俊敏なヤツである。
とはいえ、それで終わるようなクレア様――そして私ではない。
「動きを止めます、合わせて下さい!」
「ええ!」
ケルベロスが飛び退いたその先、私はそこに落とし穴を作った。
ケルベロスの巨体が穴にはまり込んだ。
いくらヤツが俊敏だろうと、すぐには抜け出せない。
もがくケルベロスを尻目に、クレア様の頭上にはフランソワ家の紋章が浮かび上がる。
十八番のマジックレイである。
「終わりですわ!」
紋章から放たれた熱線がケルベロスに直撃する。
ケルベロスは黒焦げになって動かなくなった。
直後に魔法石を残して消滅する。
「ふう、少し手間取りましたわね」
「お見事です、クレア様」
クレア様にねぎらいの声を掛ける。
クレア様はケルベロスの魔法石と一緒に、フリーダの剣を回収した。
「はい、フリーダ。次は油断なさいませんように」
「Thanks、クレア。ええ、そうしマース」
フリーダは剣を受け取るとそれを鞘に収めた。
「かっこよかったです、クレア。それにしても、二人とも息がぴったりでしたね」
フィリーネが遅れてやって来る。
その顔には微妙な色が浮かんでいる。
これは……嫉妬かな?
「ええ、レイとはコンビを組んで長いですから」
「仲良し夫婦ですもんね」
「どっちが夫ですのよ」
「どっちも嫁です」
「バカなこと言ってないで次に行きますわよ」
雑に扱われるのも愛を感じていいね!
「はあ……いいなぁ……」
小さくこぼしたフィリーネの言葉には、羨望の色が滲んでいる。
もしかしてフィリーネってば、本当にクレア様ルートに入りつつある?
「フィリーネ様」
「え? あ、はい?」
「上げませんからね」
「う……、はい……」
しゅんとしてしまった。
少し申し訳ないとは思うが、ここだけは譲れない。
「そろそろ帰りましょう。苦戦はしませんでしたが、体力も魔力もそれなりに消耗しています」
「そうですわね」
「異議なしデース」
「帰りましょうか」
と、話がまとまりつつあったその時、
「フム……、ケルベロスを退けるか。大したものだ」
感心したような声が響いた。
四人がぎょっとしつつ、声の方を振り向いた。
全く気配を感じなかった。
「まだ成体ではないのにこれほどの戦闘力を……。人間にしては大したものだ」
声の主は一見、人間のように見えた。
黒いフロックコートに似た服に身を包み、少し離れた場所の岩場に座って私たちを眺めていた。
しかし、人間と決定的に違うのはその背中にある翼だった。
コウモリのようなそれは、明らかに人間のものではない。
知性の宿る目も、瞳が縦に避けている。
「魔族……!」
フィリーネが鋭く叫んだ。
魔物たちを統べる上位存在。
私はそれを初めて目にした。
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