133.興味
「あの……、お昼ご一緒させて頂いてもいいですか?」
ある日のお昼休み、珍しく一人でお弁当を食べていた私に掛けられる声があった。
顔を上げると、そこにはおどおどとした様子の少女が一人。
フィリーネだった。
これは珍しい。
あの内気なフィリーネの方から誘ってくるなんて。
「はい、もちろん」
「ありがとうございます」
そう言うと、フィリーネは私の前の席を借りて私の机にくっつけると、自分のお弁当を取り出して食べ始めた。
彼女のお弁当は十中八九、帝室の料理番が作っているのだろう。
小さなお弁当箱の中に、食材が綺麗に詰められている。
「フィリーネ様のお弁当、美味しそうですね」
「え……? あ、そうですか? えと……、ありがとうございます?」
フィリーネは困惑しているようだった。
あまり会話というものに慣れていない様子である。
「その肉団子、一つ頂いてもいいですか?」
「あ、はい……。こんなもので良ければ、どうぞ」
「ありがとうございます」
私はフィリーネのお弁当から、ウズラの卵大の肉団子を一つ貰った。
……あんまり美味しくない。
帝国の食事事情はちょっと問題があるのだ。
とはいえ、ここで角を立てるつもりはない。
「美味しいです」
「そうですか、良かったです」
「肉団子のお礼に、フィリーネ様が聞きたいこと、何でも答えますよ」
「えっ……?」
フィリーネが驚いた表情をした。
その顔にはどうして分かったの、と書いてある。
「フィリーネ様の方からわざわざお声を掛けて頂いたということは、何かお話があるのでしょう?」
「えっと……その……。はい……」
フィリーネはまごまごしている。
その顔には、どこか罪悪感めいた色も見える。
はて?
「クレアについて教えて頂きたいんです」
「クレア様?」
「は、はい……」
クレア様は今、隣のクラスにいるレーネの元に行っている。
レーネ大好きなクレア様なので、本当はもっと頻繁に旧交を温めたいのだろうが、クレア様もレーネも本国から外交的な使命を持って来ているので、なかなかそういうわけにもいかないらしい。
今日は珍しくお互い時間があったらしく、二人で水入らずの時間を過ごしているようだ。
「私に答えられることであれば何でも。でも、ご本人から聞いたらどうです?」
「えっと……、クレアは……まだ少し、怖くて……」
ああ、やっぱり初日のあれが響いているのか。
私はとりあえず話を聞く体勢になった。
「それで、何をお聞きになりたいのですか?」
「えっと……、そうですね。例えば、クレアはどうして革命なんていう大変なことを起こしたのか、とか」
おずおず、と行った様子で、フィリーネが尋ねる。
クレア様のことを怖がっていても、やはりそこは気になっていたらしい。
「革命、ですか。えっと、まず先に誤解を解いておきますが、革命を起こしたのはクレア様ではありません」
「えっ……? でも、クレアは革命の英雄と呼ばれていますよね?」
フィリーネが意外そうな顔をした。
「確かにクレア様は革命において大変重要な役割を果たされました。でも、革命そのものを起こしたのは、間違いなくバウアーの市民たちです。そこはどうかお間違えのないように」
「は、はあ……」
フィリーネは納得が行ったような行かないような、微妙な表情だ。
「では、質問を変えます。クレアはどうして革命に与したのですか? 元々クレアだって体制側の人でしょう? 王国の貴族、それもかなり上位の貴族でしたよね?」
「その質問に答えるのは結構難しいのですが、一言で言えば、クレア様が貴族だったからこそ、ですね」
「よく分かりません」
フィリーネが首を傾げた。
む、可愛い。
「クレア様も最初から革命というものに理解があったわけではありません。最初はむしろ、革命なんてとんでもないというお立場でした」
「……それがどうしたあんなことに?」
「クレア様が最初に貴族と平民という二分法に疑問を持ったのは、ある事件がきっかけでした」
私はユークレッドの街で起こった幽霊船事件のことを話した。
家族を人質に取られたルイが、クレア様や私を狙って起こした、あの悲しい事件のことを。
「そんなことが……」
「あの事件で、クレア様は初めて貧困というものの生々しい実態を知りました。そして、貴族としてこれを放置していいはずがない、と思うようになったんです」
そこからクレア様は貧困をなくすにはどうすればいいかを考え始めた。
そして、バウアーの貴族制度が、その問題に密接に絡んでいるという矛盾に苦しむことになった。
「クレア様は民のことを考えていらっしゃいました。貴族と民の間にある富の不均衡を是正するにはどうすればいいか、自分に出来ることは何かを必死に探されました」
「……自分に出来ること」
その言葉は、フィリーネにとって何か特別な感慨があったらしい。
彼女は考え込む様子を見せた。
「その後は、時代の流れもありましたね。クレア様は不正貴族の摘発で手柄を上げて民衆の支持を得ました。サッサル火山の噴火後に悪化した国政を良しとせず、常に平民の側に寄り添い続けました」
その結果が革命です、と私は説明を終えた。
ところどころ端折ったし、事実全てではない部分もあったものの、概ね嘘は言っていないはずである。
「クレアは……強いのですね」
「その意見には全面的に同意しますが、クレア様お一人ではきっと潰れてしまっていたでしょう」
「そうなのですか?」
「はい。クレア様は有能な方ですが、何でもかんでも一人で出来たわけではありません。多くの人の手助けを得て、今日まで生きてこられたのです」
もしもクレア様が一人だけだったら、あの公開処刑を乗り越えることは出来なかったはずだ。
クレア様は今頃、腐敗貴族の象徴として断罪され、歴史に汚名を残すことになっていただろう。
「何かを成そうと思ったら、まず仲間を増やすことが大事だと私は思います」
「仲間……」
「もしもフィリーネ様が帝国の現状に何か思われることがあるならば、クレア様も私も協力は惜しみません」
「!」
私の言葉に、フィリーネが顔をこわばらせた。
ちょっと踏み込みすぎただろうか。
「わ、私、ちょっとお腹が痛くなってきましたので、これで失礼します!」
「あ、フィリーネ様……」
「では!」
行っちゃった。
結構、いい雰囲気で話せてたのになあ。
ちょっと焦りすぎたかも知れない。
反省である。
でも、クレア様のことを知って貰えたのは僥倖だ。
少なくとも、怖いだけの人というイメージは薄められたはずである。
これで後は、本人同士が直接話す機会があればいいんだけどね。
「何かありましたの? フィリーネが凄い勢いで出て行きましたけれど」
入れ違いにクレア様がやって来た。
「お昼をご一緒していました。クレア様のことを聞かれましたよ。これはいい兆候です」
「わたくしの?」
「はい」
私は何があったかをクレア様に説明した。
「そう……」
「フィリーネも帝国に思うところがあるはずなんです。彼女の問題意識を育てて上げたいですね」
「そうですわね。わたくしたちには、帝国の籠絡という下心もありますけれど」
「それは仕方ないです」
外交は綺麗事ではすまない。
「クレア様、お昼は?」
「レーネと済ませましたわ。フラーテルの最新料理をご馳走になりましたわよ」
「へえ、どんな料理ですか?」
「レイには内緒と言われていますの。知っている料理だと言われたらくじけるから、と」
「あはは……」
これまで何度もからかいすぎたかな。
「レイも食べてしまいなさいな。もうすぐ午後の講義の鐘が鳴りますわよ」
「そうですね」
私はお弁当を猛然と食べ始めた。
少しお行儀が悪いが、背に腹は代えられない。
「それにしても……。フィリーネって今、誰の攻略ルートにいるんでしょうね?」
そう、それはとても大事なことなのだ。
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