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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第十章 帝国国学館編入編
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128.月の涙

 外観の無骨さに反して、帝城の中はきちんと国の中心らしい内装だった。

 華美な調度や芸術品は見られないが、上質な素材をふんだんに使った内装は、見る者が見ればきちんと価値が分かるような、そんな造りになっていた。

 バウアーの王城や大聖堂ともまた違ったタイプの城である。


 帝城に着いた私たちは今、皇帝との謁見のため控え室にいる。

 まさか五十人からなる留学団全員で謁見するわけにはいかないので、実際に皇帝に拝謁するのは代表者たちだけだ。

 メンバーはユー様、ミシャ、クレア様、私の四人である。

 四人はそれぞれ正装に着替え、皇帝への土産物などをチェックしながら、謁見の時を待っている。


「さてさて、いよいよ噂の皇帝との面会なわけだけど、どうなるだろうね?」


 上座で柔らかなソファーに身を沈めて言うのはユー様である。

 すっかり髪も伸び、ミシャが念入りにお化粧したこともあって、もう元男性であったという印象は皆無だ。

 仕草もたおやかで、おかしげに首を傾げる様はとても優美である。

 元々、中性的な印象のあったユー様なので、完全に女性となったことで本来の美しさが全面に花開いているようだった。


「ユー様、くれぐれもお戯れはなさらぬよう。ユー様はバウアーの代表としてここにいらっしゃるのですからね」


 ユー様の横に控えた修道女姿の女性が、口を酸っぱくして言い聞かせている。

 もちろんミシャである。

 彼女ももう修道女姿がすっかり板についている。

 生来の生真面目さもあって、どこに出しても恥ずかしくないシスターだ。


「代表ねえ? 私は人柱のつもりでここにいるんだけど?」

「滅多なことを仰らないで下さい。これは正式な外交です。御身に何かあったら、バウアーと帝国はすぐさま戦争に逆戻りですよ」

「分かっているよ。でも、ミシャが心配しているのは外交だけ? 私自身の心配はしてくれないの?」

「時と場所を考えてご発言下さいね、ユー様」

「つれないね」


 そっけない様子のミシャに、ユー様は肩をすくめて見せた。

 イチャつくならよそでやれというに。


「それにしても、クレアもレイも久しぶりだね。最後に会ったのは半年前くらいだっけ? メイとアレアは元気?」

「お陰様で元気ですわ。その節はお世話になりました」


 クレア様が頭を下げる。


「いや、力になれなくて申し訳なかったよ。あれから呪いの方は?」

「依然、解決方法は見つかりません。手は尽くしてみてはいるんですけどね」


 私の返事に、ユー様も眉を下げた。


 半年前、クレア様と私はユー様に月の涙の使用をお願いした。

 メイとアレアの血の呪いを解くためである。

 精霊教会の最秘奥である月の涙の使用など、本来、いち市民が願い出て叶うはずもないのだが、クレア様と私はユー様と教会に貸しがあった。

 私たちのお願いに、教会上層部は最後まで渋ったものの、最終的にはユー様の力添えと、そして教皇様の鶴の一声で使用が許された。


 ところが、月の涙をもってしても、メイとアレアの血の呪いは解けなかったのである。

 月の涙は様々なバッドステータスを回復してくれる魔道具なのだが、その力は吸収した月の光の量に比例する。

 メイとアレアの前に最後に使ったのはユー様の時で、それから半年と少し経ってからの使用だったから、もしかするともっと長い時間を掛ければ解呪出来るのかも知れない。

 しかし、今のところ二人の解く術がないことに変わりはない。


「何なんだろうね、あの呪いは。半年分の月の光なら、大抵の呪いは解呪出来るはずなんだけどね」

「分かりませんわ。でも、必ず解いてみせます。あの子たちの呪いをそのままにはしておけませんもの」


 沈鬱な表情で、クレア様は決意を口にした。

 もちろん、その思いは私も同じだ。


「ミシャも色々調べてくれているんだ。教会が貯蔵している古い文献に当たってくれたりね」

「そうでしたの。御礼申し上げますわ、ミシャ」

「いえ、お役に立てず申し訳ないです」

「月の涙の使用履歴も閲覧許可が通ったから、何か分かったら知らせるよ」

「お願いします」


 クレア様ともども、私は二人に頭を下げた。


「それにしても……変わるものだね。あのクレアとレイがくっついて、しかも養女を取るなんて。学院でやり合っていたのが、つい昨日のことのようなのに」


 ユー様はクスクスと笑った。

 クレア様が頬を赤らめる。


「わたくしが一番驚いていましてよ? レイと出会ってから、なんだか暴れ馬にでも乗らされたような感じでしたもの」

「嫌だったの?」

「それは……」


 からかうように言ったユー様の言葉に、クレア様が答えに窮した。


「良かったね、レイ。思いが報われて」

「はい! 毎日が楽園です!」

「レイ!」


 さっき見せつけられたお返しとばかりに思いっきり惚気たら、クレア様に足を踏まれた。

 痛い。

 我々の業界ではご褒美です。


「……はあ……。お互いに苦労しますわね、ミシャ」

「……お察しします、クレア様」


 何やら通じ合っているクレア様とミシャ。

 おかしいな。

 ユー様も私もただ恋人が愛しいだけなんだけど。


「話を元に戻そうか。皇帝について、二人はどれくらい知ってる?」

「わたくしは最低限のことしか……」

「暴君だけど合理的、政治手腕に長じる一方で腕も立つカリスマ、くらいでしょうか」

「そうだね。私もそれくらいしか知らない。ただ、彼女に直に会った人はみな口を揃えてこう言う。魅力的な人物だ、と」


 そう言えば、ここまで案内してくれた男性もそう言っていた。


「ボクはね、これが何かの魔法なんじゃないかと疑っているんだよ」

「皇帝のカリスマの正体が、魔法……?」


 クレア様が眉をひそめた。


「つまり、この帝国の統治は、皇帝の魔法による精神支配の可能性があると?」

「否定は出来ないだろう? 何しろ彼女が王位を簒奪したのは僅か七歳の時だ。いかに早熟だったとしても、その歳の実力で後ろ盾を得られたとはちょっと考えにくいよ」

「え、ちょっと待って下さい。それ、まずいじゃないですか」


 私はとんでもないことに気がついた。


「仮にその説が正しかったとしたら、やばいですよ。今日、謁見する四人がまとめて洗脳されたら、留学団は乗っ取られたも同然ですよね?」

「あっ……」


 クレア様も気がついたようだった。


 そうなのだ。

 今日、皇帝に拝謁する四人はいずれも留学団において重要な人物なのである。

 もちろん、事務作業を行う役人的なスタッフや別の学生たちもいるにはいるが、この四人がブレーンと言っても過言ではない。

 全員がその魔法とやらで洗脳されてしまったら、バウアーは一気に外交的な敗北が決まってしまう。

 リリレボにおいて皇帝にそんな設定はなかったと思うが、ユー様の懸念は、考えてみると可能性を否定出来ない。


「そうだね。だからこれを持って来た。ミシャ」

「はい」


 ミシャが無造作に右手を出した。

 その手のひらには、小さな指輪が一つ。


「これはなんですの……?」

「月の涙だよ」

「えっ……!?」


 ユー様の言葉に、クレア様が驚愕を露わにした。


「でも……、メイとアレアに使って頂いた時はもっと大きな……」

「あれは偽物というかおとりだね。本物はこの小さな指輪なんだよ」


 つまり、二人に使って貰った時に見せられたあの大きな祭具はフェイクだったのである。


「まさか……、二人が治らなかったのは……」

「違います、クレア様。教会は私たちを騙してはいません」


 目に不審の色を帯びたクレア様を、私はとっさになだめた。


「レイは気づいてたんだね」

「はい。おとりの方を使う時に、ユー様が指にはめていらっしゃいました」

「どうして月の涙の正体を知っているかは、聞かない方がいいんだっけ?」

「そうして頂けると助かります」

「分かったよ」


 ユー様は苦笑した。

 本当は聞きたくて仕方ないんだろうなあ。


「まあ、ともかく。これをつけておけば、最低でも一人は皇帝の洗脳から逃れられると思うんだ。戦力的に一番強いレイにこれを預けるよ」

「いいんですか、信頼して頂いて?」

「キミのひととなりはよーく知ってるからね。王国と教会の上層部からは、私がつけるようにって言われてるんだけどね」


 そう言ってユー様は片目をぱちりとつぶった。


「ミシャ、止めなくていいの?」

「立場上はそうすべきなんでしょうけれど、今回ばかりはユー様が正しいわ。単純な戦力ならクレア様でもいいのだけれど、クレア様では洗脳を解除する水魔法が使えないし。結局、あなたが適任なのよ」


 ミシャは溜め息交じりにそう言った。


 直後、コンコンと扉がノックされた。


「バウアー王国の皆様、お待たせ致しました。ドロテーア様がお会いになります」


 時間のようだ。

 ユー様が立ち上がる。


「それじゃあ、噂の皇帝陛下にお目に掛かるとしようか」


ご覧下さってありがとうございます。

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