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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第九章 新生活編
131/277

123.新政府からの依頼

 ――チリンチリン。


 玄関の呼び鈴が鳴った。

 時刻は夕方。

 留守番をしていた私は、そろそろ帰ってくるクレア様を待ちつつ夕飯の準備をしていた。

 豚肉と根菜のスープを煮込んでいる鍋はまだまだかかる。

 ガスコンロではないため簡単に火をつけたり消したりできないので、とりあえず来客に応対する方を優先した。


「はい、どなた……って、マットじゃない」

「久しぶり、レイ」


 扉を開けると、そこにいたのはマットだった。

 マット=モン。

 恐らく忘れている方がほとんどだと思うので説明すると、彼は平民運動の時、中庭事件で重傷を負った元学院生だ。

 事件の直後事情を聞きに、クレア様と一緒に精霊教会の治療院で会っている。

 彼は革命のあと学院を卒業し、今は新政府の官僚をしていたはずだ。


「どうしたの? まあ、立ち話もなんだし、お鍋を火に掛けてるから、上がってくれる?」

「悪いね、お邪魔するよ」


 マットをリビングに案内し、私は鍋をまたかき回し始めた。

 よし、焦げ付いてない。


「お料理しながらでいい?」

「うん。多分、長い話になるから。クレア様は?」


 中庭事件の当時は貴族に反発しか抱いていなかったマットが、クレア様を敬称付きで呼んだ。

 私はそのことを少し意外に思った。


「まだ学院だよ。クレア様、今は学院で教鞭を執っているから」

「うん、知ってる。凄いよね。革命の英雄なのに、新政権からは一切身を引くなんて。私利私欲ばかりだった、他の貴族とは大違いだよ」


 ああ、なるほど。

 平民運動に参加していたマットにとって、クレア様が尊敬の対象になることは矛盾しないのか。

 貴族の身分でありながら革命を成功に導き、その後はいち市民として生活しているクレア様は、いわば彼にとって憧れの対象なのだろう。


「まあ、それは置いといて、ご用件は?」

「……単刀直入に言うよ」


 マットの声が固くなった気がした。

 私は鍋から視線を離して肩越しに彼を振り返った。

 彼は言った。


「クレア様に、帝国へ行って欲しい」


◆◇◆◇◆


「どうしてそんな話になったのか、説明をして下さいますこと?」


 クレア様は真面目な顔でマットに問うた。


 マットが訪ねて来た後、程なくクレア様も帰宅した。

 我が家は夕食がまだだったので、マットも誘って子どもたちと一緒にテーブルを囲み、今はようやく一息ついたところである。

 メイとアレアはマットと初対面なので物珍しそうにしていたが、今は飽きたのか、子ども部屋で遊んでいる。


「はい。まず、ここ数ヶ月の国際情勢からご説明させて頂きます」


 マットはバッグから世界地図を取り出して続けた。


「ナー帝国はここ数年他国への侵略を強めていました。既にいくつもの国が攻め落とされ、かの国の属国にされています」


 マットはバウアー王国の東部にある広い版図を誇るその国を指さした。


「帝国の魔の手は王国にも及びました。革命の際、この国はナー帝国の傀儡になりかける所までいきました。幸い、クレア様たちのご活躍と、スースやアパラチアのお陰で難を逃れましたが」

「わたくしのことはどうでもいいですわ。それで?」


 クレア様に先を促され、マットが続ける。


「王国だけでなく、スースやアパラチアも帝国からの侵略行為には手を焼いていました。そこで、スースのマナリア女王が音頭を取って、三カ国連合軍を組織して帝国を討とうという計画が持ち上がったのです」

「連合軍……そんなことになっていたんですの……」


 クレア様がうめくように言った。

 新政権発足直後こそあれこれと手を貸していたクレア様と私だが、ここ数ヶ月は政治にはノータッチだった。

 それがいつの間にかこんなことになっていたなんて。


「ですが、帝国もしたたかです。こちらの連合が成る前に、バウアー王国宛に和平の申し入れがあったのです」

「……なるほど、そういうことですの」


 クレア様が何やら納得したように頷いたが、私には何がなるほどなのかさっぱり分からない。


「どういうことですか?」

「時間稼ぎ、ですわ。そうですわね、マット?」

「仰る通りです」


 クレア様の説明によるとこういうことだ。


 バウアー、スース、アパラチアの三カ国を同時に相手にするのは、いかに軍事力が頑強な帝国といえど旗色が悪い。

 応戦するにしても、軍備を拡大する時間を稼ぐ必要がある。

 和平の申し入れは、恐らくそのためだろうというのだ。


「申し入れがバウアーに来たのも、恐らくバウアーが今一番国力に余裕がないからですわね。同盟国の手前連合軍に同意したバウアーも、本音では戦争は避けたいのではなくて?」

「……クレア様に隠し事は出来ませんね」


 マットが感嘆するように言った。


「でも、それがどうしてクレア様に帝国へ行けなんていうことになるの?」


 私にはそこが分からなかった。


「帝国は和平の一環として、両国から相互に交換留学生を派遣し合おうという提案をして来たんだよ。その候補の中に、クレア様の名前が挙がったんだ」

「わたくしが? どうしてですの?」


 クレア様が当惑を露わにする。

 そりゃそうだろう。

 革命以前ならまだしも、今のクレア様は一介の市民に過ぎない。


「これは完全に政治的な話です。帝国は交換留学生として、帝国の皇位継承者第一位である皇太子を出してきました。バウアーとしても、それに見合う人材を派遣しなければなりません」

「ですから、それでどうしてわたくしになりますの? わたくしはもう貴族ではありませんのよ?」


 クレア様が重ねて問うと、マットが続けた。


「確かに今のクレア様は一人の一般市民に過ぎません。ですが、帝国にとっては違います。あなたは王国の体制を変えた英雄的人物です。そして、帝国の侵略を未然に防いだ怨敵でもある」

「クレア様に人質になれって言うの!?」


 話は見えた。

 王国は、クレア様を人身御供として差し出そうとしているのだ。


「冗談じゃない! マット、話は終わり。お断りします」

「レイ、最後まで話を聞いてくれ」

「いいえ、聞くまでもない!」


 私は完全に頭に血が上っていた。

 革命を乗り越えて、せっかく穏やかな暮らしを手に入れたのに、どうしてクレア様がそんな目に遭わなければいけないのだ。

 しかし、そんな私の興奮を冷ます声があった。


「レイ、落ち着きなさい。話を最後までうかがいましょう」

「クレア様!?」


 クレア様だった。

 彼女はとても静かな目で私を見ていた。

 変に叱責されるよりも、その穏やかな湖面のような瞳が、私を黙らせた。


「マット、続きを」

「はい。一応、建前上のこちらの目玉は第三王子だったユー様が交換留学生として派遣されます。クレア様はそのお付きという形で行って頂きます」

「それはそうでしょうね。いくらなんでも、皇太子と元貴族では釣り合いが取れませんもの」

「お気づきでしょうが、こちらからの人選は王国にとって最もダメージが少ない者、という基準で選び出されています。主要な閣僚の関係者などは含まれていません。王国にはまだその体力がないからです」

「ええ。ユー様も王位継承権を放棄した身、わたくしも今はいち市民に過ぎない。的確な人選だと思いますわ」


 私は二人の会話からすっかり置いてけぼりになっていた。

 クレア様がまるで知らない人のように見えた。

 いや、違う。

 私は知っている。

 このクレア様はあのクレア様だ。


 ――貴族として、処刑場に自ら散ろうとした時の。


「クレア様にとってはあまりメリットのない話であることは承知しています。もちろん、できる限りの報酬はご用意させて頂きますが、とてもクレア様が負うリスクに見合うものではないでしょう」

「……」

「ですが、王国には今、他に選択肢がないのです。無理を承知でお願いします。どうか今一度、クレア様のお力をお貸し下さい」


 そう言って、マットは深々と頭を下げた。


 私はクレア様の口から拒絶の言葉が出ることをずっと祈っていた。

 しかし、クレア様の返事は、


「……一週間、時間を下さいますこと?」


 という保留の返事だった。

ご覧下さってありがとうございます。

感想、ご評価などを頂けますと幸いです。


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