120.四人で泣いた日
「おかあさまたちがけんかしてるのは、わたくしのせいですの……?」
「それともメイのせい……?」
アレアとメイが泣きそうな顔でそんなことを言う。
クレア様も私も慌てた。
「ケンカなんてしてませんわ。ちょっと二人で話し合いをしていただけなんですのよ?」
「そうそう! クレア様と私がケンカなんてするわけないじゃない。ラブラブだよ、超ラブラブ!」
クレア様は必死に、私はおどけるように言って、なんとかアレアを慰めようとした。
しかし、
「でもおかあさまたち、すごくこわいおかおしてた……」
「おこえもすごくこわかった……」
二人してぐすぐすと鼻を鳴らしている。
泣き出す寸前だ。
というか、聞こえてた……?
「怖がらせてしまったんですのね。ごめんなさい。おいで、メイ、アレア」
誤魔化すのは無理と悟ったのか、クレア様は誠実に謝罪を口にすると、二人に両手を広げた。
メイとアレアが抱きつく。
そのまま少しの間、小さくすすり泣きが聞こえた。
クレア様は二人を抱きしめながら、「大丈夫よ、大丈夫」と囁きかけながら、何度も二人の髪に口づけを落とした。
二人が落ち着くまでは、少し時間がかかった。
「メイ、アレア、二人に大切な話がありますの。聞いてくれる?」
メイとアレアがひとまず泣き止んだのを見計らって、クレア様は二人の目をしっかりと見ながら、優しい声色でそう言った。
二人はこくんと頷いて、自分たちの席に座った。
「具体的な話をする前に、まずこれだけは覚えていて? わたくしもレイも、何があっても二人のことを嫌いにならないし、絶対に見捨てることもありませんわ」
大切なことだからよく覚えていて、とクレア様は念を押した。
メイとアレアはきょとんとした顔をしていたが、とりあえず頷いてくれた。
「先日、大聖堂で魔法適性の計測をしましたわよね。その結果を二人に話します」
「! どうだったんですのー?」
「ききたい、ききたい!」
メイとアレアの顔が少しほころんだ。
この笑顔がまた曇ることになるのかと思うと、胸が痛い。
「まず、メイ。あなたは地水火風全ての属性に適性があるそうです。おめでとう」
「それってまなりあおねえさまとおんなじ?」
「そうですわ」
「やったー!」
メイは椅子から転げ落ちんばかりに喜びを爆発させた。
よほど嬉しいのだろう。
その様子を、アレアが羨ましそうに見ている。
「そしてアレア。あなたは残念ながら、魔法の適性がありませんでした」
「……え?」
「……?」
アレアが意味が分からない、といった顔をした。
無邪気にはしゃいでいたメイも、口をつぐんだ。
「てきせいがないって、どういうことですの……?」
「アレアは色んなことが上手に出来るでしょう? その中で、魔法だけは上手に出来ないっていうことですわ」
「……」
アレアが黙り込んでしまった。
クレア様は言い方をだいぶ工夫したが、それでもアレアのショックはいかばかりか。
「おかあさま、アレアはまほうをつかえないの?」
「残念ながら、そうですわ」
「てきせーっていうのがないから?」
「ええ」
「どうして? メイはよっつもあるのに?」
「理由は精霊神様しかご存知ありませんわ」
「……」
メイは少し考えると、いいことを思いついた、と破顔して、
「じゃあメイ、アレアにふたつわけてあげる!」
と無邪気にそう言った。
アレアの顔が期待に染まった。
これで自分も魔法を使えるのではないか、とそう思ったのだろう。
「メイは優しい子ね。でもね、残念だけれど、魔法の適性というものは半分こすることが出来ないものですのよ」
「ダメなの……?」
「ええ、本当に残念だけれど」
メイはがっかりしたような顔をした。
そして、アレアはそれ以上に落胆の色が濃かった。
「おかあさま、わたくしはどうしてもまほうがつかえませんの?」
「ええ、本当に残念ですわ」
「どうしても? おりこうにしていてもダメ?」
「……ええ。でも、おりこうにしていることは、とてもいいことですわ。どうかこれからも続けて頂戴?」
「……」
アレアはまた黙り込んでしまった。
空気が重たい。
「アレア、魔法が使えなくても、他のことを頑張ればいいんだよ。アレアは本当に色んな事が上手に出来るんだから」
「……」
「本当にただ一つ、魔法だけじゃない。一つくらい苦手なことがあるくらいが、人間丁度いいって」
「レイおかあさまはすこしだまっていらして」
「……はい」
フォローは一刀両断された。
ぐすん。
アレアは必死に考え込んでいるようだった。
私の目には、彼女が突然突きつけられた現実と、懸命に戦っているように見えた。
「おかあさまたちは、わたくしがまほうがつかえなかったらかなしい?」
「いいえ。魔法なんて使えなくても、アレアが元気でいてくれたら、それだけで幸せですわ」
「きらいにならない?」
「もちろんですわ」
「メイをひいきしない?」
「絶対に」
「そうですの……」
クレア様の答えを聞くと、アレアはほっとしたような顔で、
「ならいいですわ。おかあさまたちがきらいにならないでいてくれるなら、まほうなんていりませんわ」
そう言って、不敵に笑って見せたのだった。
「アレア……」
「その代わり、レイおかあさまー?」
「なーに、アレア」
「わたくしにおりょうりをおしえてくださいなー」
「料理? いいけど、どうして?」
「だって、クレアおかあさまにもできないことがじょうずにできたら、まほういじょうのかちがあるとおもいませんことー?」
そう言って、悪戯っぽくクスクス笑った。
「あー、ずるい! メイもならう!」
「ダメですわ、メイ。メイはまほうがたくさんつかえるようになるのですから、おりょうりはあきらめてくださいまし」
「えー」
アレアの言葉に、メイが不満そうに頬を膨らませた。
「うん、分かった。メイにはクレア様が魔法を、アレアには私がお料理を教えることにしよっか」
「いいですわね。二人もそれでいい?」
「いいですわ」
「はーい」
なんとか、落ち着くところに落ち着いたようだった。
一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなるものだ。
どんな料理を、どんな魔法を教わろうかと二人で話すメイとアレアは、危惧していたよりも元気そうだった。
案ずるよりも産むがやすし、とはこのことなのかもしれない。
「アレアは強い子ですわね。メイも意地悪を言わずにとっても偉かったですわ」
「へへーですわ」
「えへへ!」
メイとアレアはクレア様にくっついて甘えている。
私もようやく、肩から力が抜けた。
そう。
油断していた。
「わたくし、えらかったですわよね?」
「? え、ええ」
「がんばりましたわよね?」
「……アレア?」
「だから、ちょっとだけ……きょうだけゆるして」
そう言うと、アレアの目尻にみるみる涙が溜まっていった。
「う……ひっぐ……あ……あああぁぁぁーーーーー!!!」
大号泣。
小さな体から、よくもまあこんな声が出るものだと驚くほどの大声で、アレアは火が付いたように泣き出した。
つられて、メイも負けないくらいの大音量で泣き出した。
二人の大きな目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
全身で悲しみを露わにしていた。
「メイ……! アレア……!」
私はたまらなくなって、二人をかき抱いた。
クレア様も一緒になって二人を抱きしめる。
クレア様や私も泣いていた。
きっとご近所迷惑だったことだろう。
でも、この夜は四人で、心ゆくまで泣いた。
メイとアレアの泣き声は、二人が泣き疲れて眠るまで延々と続いたのだった。
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