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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第九章 新生活編
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119.回答不能な問い

「メイとアレアは?」

「寝かしつけてきました。アレアはやっぱり不安がっていましたけど」

「そう……。無理もありませんわね」


 寝間着姿のクレア様が悩ましげに眉を寄せる。

 今は夜の二十時。

 クレア様と私は今後のことを話し合うために、リビングでテーブルを挟んで向かい合う。

 恐らく長丁場になるはずなので、私はお茶を用意してから席に着いた。


「まさか、アレアが無適性なんて……」


 魔法適性計測の結果通知が届いたのだ。

 結果は、おおよそ危惧していた通りのものだった。


「アレアはあんなに魔法を使うことを楽しみにしていましたのに」


 楽しみにしていたのはメイも同じだが、明らかにアレアの方が魔法に対する憧れは強かった。

 口調からも分かるとおり、アレアはクレア様が大好きで、クレア様のすることなら何でも真似をしたがる。

 その中には、クレア様が操る華麗な魔法も含まれている。

 火属性魔法は派手な魔法が多いので、子どもの目にも眩しく映ったことだろう。


「適性のこと、二人にどう伝えましょうかね……」


 アレアには、そしてメイにも、適性計測の結果はまだ伝えていない。

 私たちの不穏な空気を敏感に感じ取っているのか、二人も積極的には聞いてこなかった。


「いっそ二人とも無適性なら話はもう少し単純でしたわね……。こんなことを言ってはいけないのでしょうけれど」


 そう。

 二人の間に適性の格差が大きいのが問題だった。

 もしこれがメイも無適性であれば話はそこまで難しくなかった。

 残念だが二人には魔法は諦めてもらい、別の才能を伸ばしていく――それで済むはずだった。


「そうですね。でも、メイはクアッドキャスター。彼女はむしろ積極的に魔法の力を伸ばしていくべきでしょう」


 メイは世界で確認された二人目のクアッドキャスターだった。

 彼女に魔法を学ばせないという選択肢はありえない。


 魔法は先天的な要因によって才能が決まると言われている。

 それはどうやら単純に生まれた後の努力によってでは埋められない差がある、ということらしい。

 血は問題ではないのだ。

 もしも血が問題になるのなら、同じ星の下に生まれたメイとアレアにこのような差が生じるはずがない。


「いつまでも隠しておける問題でもありませんわよね。今日は私たちの様子がおかしかったからか、二人とも口をつぐんでいましたけれど、適性のことを知りたがるのは時間の問題ですわ」


 クレア様が大きく溜め息をついた。

 いかに聡明なクレア様といえども、この問題はそう簡単に解けるものではないようである。


「率直に話すしかないのではありませんか? 変にフォローを入れたり、話をややこしくしたりするよりも、その方が話が早いと思いますが」

「それは才能に悩んだことのない者のセリフではありませんこと?」


 クレア様が少し怒ったような顔をして私を軽く睨んだ。


「才能に悩んだことがない……って、それクレア様が仰います?」


 私から見れば、クレア様こそ才能の塊だ。

 料理という唯一の欠点はあるものの、その他のジャンルに関してはほぼ完璧なミスパーフェクトである。


「レイ。あなた、自分がデュアルキャスター――しかも超適性であることを忘れていて? わたくし、あなたと初めて試験で競ったときの屈辱を忘れていませんのよ?」

「まあ、それはそうでしたけど」


 とは言え、私の才能なんてそれだけな気がする。


「わたくしだって、自分がそうそう他の者に才能で劣るとは思っていませんけれど、それでもやはり、その道の専門家にはどうやったって敵いませんわ。わたくしみたいな人間のことを、器用貧乏と言うんですのよ」

「クレア様の多才ぶりは、器用貧乏の一言で片付けていいものとは、ちょっと思えませんけれどね」


 私は壁に掛かった刺繍を見ながらそう言った。


「それでも、ですわ。やはり才能の差を見せつけられるというのは、強い痛みを伴うものですわ」

「日々、実感しています」

「こら、茶化すんじゃないですわよ」


 クレア様が私の額を軽くデコピンした。

 私は額を軽く抑えながら実は少し気になることがあった。


「クレア様」

「なんですの?」

「二人の適性について、考えていることを話してみてもいいですか」

「? いいですわよ。なんですの?」


 クレア様が聞く体勢になってくれた。


「アレアが適性がないのは不運で片付けられるとして、メイまで天文学的に稀少な四属性持ちというのは少し出来すぎていると思いませんか?」

「出来すぎている……? どういうことですの」

「そもそも、アレアに適性が全くないというのは不自然だと思うんです」


 私の言葉に、クレア様は少し苦笑いしながら、


「それは親バカではなくて?」


 と言った。


「いえ、違います。お忘れですか? 二人には血の呪いがあるんですよ?」

「あ……」


 触れた対象を魔法石化する血の呪い。

 その呪いは、メイだけではなくアレアにもあるのだ。


「魔法適性と魔法石化の呪いにどんな因果関係があるのかは不明ですが、全く無関係というのは少し考えづらいと思いません?」

「それは……そうですわね……。でも、だとしたらアレアが適性を持たないことには何か理由が?」

「仮説しか立てられませんが……」

「言ってみなさいな」


 クレア様が先を促してくる。

 その目には期待の色が隠せない。

 それはそうだろう。

 アレアだけが適性を持たないという事態に、クレア様だって心を痛めているのだから。


「二人が母体にいる間に、適性に関するなんらかの因子が、一方に偏ってしまった、とか」

「そんなことがありえますの?」

「ない……とは言い切れないと思います」


 前世で見た映画の中に、双子をテーマにした洋画があった。

 シュワシュワする名前のマッチョなあの人が出てる映画で、主人公である超優秀な弟と超劣等生な兄が母親を探すという話だ。

 あれは飽くまでフィクションだから、科学的な裏付けは何もないけど、あの映画では双子の内の片方に有益な才能が偏ってしまった、というものだった。

 魔法が存在するこの不思議な世界では、似たようなことが起こるのかも知れない。


「でも、それはアレアにとって何の救いにもならないですわね」

「いえ、そうとも限らないと思います」

「どういうことですの?」


 仮説に仮説を重ねることになりますが、と前置きして私は続けた。


「仮にアレアが完全に望みのない無適性ではなく、変異した結果の無適性なのだとしたら、魔法に対して何らかの素養はあると思うんです」

「でも、実際に魔法適性はなかったじゃありませんの」

「はい。でも、それは既に知られている魔法学の範囲内の話です」


 アレアが持っているかもしれないその素養は、未知の何かである可能性だってある。


「……ふわっとしすぎていますわね」

「そうでしょうか」

「少なくとも、アレアに聞かせられる話ではありませんわ。変に希望を持たせるには、夢がありすぎる話ですもの」

「でも!」


 私は食い下がろうとしたが、クレア様に手で遮られた。


「落ち着いて、レイ。わたくしたち、今、少し冷静さを失っていますわ」

「……確かに。熱くなりすぎていました。申しわけありません」


 これが私自身のことだったら、もう少し冷静だっただろう。

 ヒートアップしてしまうのは、他ならぬメイとアレアのことだからだ。


「わたくしたちがここで言い争っていても仕方ありませんわね」

「……そうですね。二人にとって何が最善かを考えましょう」


 とはいえ解決策が全く見えてこない。

 というか、解決策なんてあるんだろうか。


「まず、どうしても避けられない部分を確認しましょう。計測された適性を話す。これは避けられませんわよね?」

「そうですね。話さないとか片方にだけ話すという選択肢はないと思います」

「アレアが持っているかもしれない、未知の素養の可能性については今は話さない」

「……そうですね。変に希望を持たせるのは、残酷ですね」

「後は伝え方を工夫するしかないのかしら……。でも、伝え方といったって、普通に伝えるしかありませんわよね……」


 クレア様は悩ましげに考え込んでいる。

 二人のために、少しでもいい方法を採ろうと必死なのだ。


「伝え方、ですか。適性値を偽って伝えるというのは?」

「無駄でしょう。仮にメイの適性値を低く伝えたとして、メイは四つの属性を扱えるんですのよ? それだけでもう世界で二人だけの才能ですわ」

「逆に、アレアの方も適性はあるのに、適性値が低いだけと伝えるのは?」

「それも上策とは思えませんわね。アレアは無適性ですもの。絶対に使えないのに使えるはず、と偽りの希望を持たせるのは残酷だと思いますわ」

「……難しいですね」


 手詰まりだ。

 どう考えてもいい方法が見つからない。


「……わたくしの適性を、アレアに分けて上げられたらどんなにいいか……」


 ぽつり、とこぼすように言ったクレア様の言葉には、絞り出したような苦渋が滲んでいる。

 私も全く同感である。

 世の親という人たちはみんな、こういう悩みを抱えているのだろうか。


 しばし、リビングに重たい沈黙が流れた。


「クレア様、やはり率直に話すしかないですよ」

「レイ……。でも――」

「多分ですが、今回のこの問題は、残念ながらアレアが傷つかずに済む方法はきっとありません」

「……」

「私たちに出来ることは、傷ついたアレアをそれでもメイと分け隔てなく愛していると示すことじゃないでしょうか」

「……それしか、ないのかしらね……」


 クレア様が顔を伏せる。

 分かったようなことを言っている私だが、事実上、さじを投げたも同然かもしれない。

 でも、これ以外に思いつかないのだ。

 どんなに二人を愛していても、どんなに二人のために考えても、解決出来ない問題というのはどうしてもある。

 とても悲しいことだが、アレアの魔法適性の問題はそれなのだと思う。


「……無力ですわ。革命の英雄が聞いて呆れますわよ」

「クレア様……」


 クレア様が自嘲するのがとても辛い。

 メイやアレアのことは大事だが、私にとってはそれと同じくらいクレア様のことが大切だ。

 私はクレア様のこともきちんと支えなければ、と気持ちを新たにした。


 その時。


「おかあさまたち……けんかなさっているんですのー……?」

「なかよししないとだめなんだよー?」

「あなたたち……」


 アレアとメイが、目をこすりながらリビングにやって来た。


ご覧下さってありがとうございます。

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