115.復活の悪役令嬢
「ねえねえ、レイおかあさま」
「おしえてほしいことがありますのー」
ある休日の昼下がり。
テラスのテーブルで本を読んでいたら、メイとアレアがやって来た。
二人がクレア様ではなく私に頼み事をするのは、実は少し珍しい。
当のクレア様はと言えば、今はリビングで刺繍に勤しんでいる。
「なになに?」
「あのねー」
「レイおかあさまはクレアおかあさまのどこがすきですのー?」
「もう、アレア! メイがきこうとおもったのに!」
六歳にしてもう恋バナ。
女性は男性に比べてこの手の話題に対して早熟なことは多いが、それにしたって早い。
このおませさんたちめ。
「ケンカしないの。どこがって言われると困るなあ。だって全部好きだもん」
「きゃー!」
「きゃーですわー!」
ほっぺに両手を添えて、イヤイヤと首を振る二人。
反応までなんかませてる。
この子たち、まさか転生者じゃあるまいな。
「まあでも、出会った当時のクレア様は、今とは結構印象が違うかもね」
「どうちがうのー?」
「おしえてほしいですわー」
メイとアレアは興味津々と言った様子だ。
二人ともクレア様大好きだからなあ。
クレア様大好き度(?)なら、私も負けてないけど。
「一言で言えば、もっと色々と尖ってたね。今の落ち着いたクレア様も素敵だけど、出会った当初の高飛車お嬢様のクレア様も素敵だったなぁ」
また詰ってくれないかなぁ。
無理かなぁ。
「とがってたのー?」
「たかびしゃですのー?」
「そうだね、一言でいうと」
私はクレア様と出会ったばかりの頃を思い出した。
「自信たっぷりに手を口元に当てておーっほっほなんて感じでいかにも貴族って姿勢を崩さずに授業の時も悪戯の時も全力でお嬢様って感じででも手下を使わないで自分の手を汚すなんかもう現場主義すぎてサイコーだし私が全然堪えないからって真正面から文句言ってくるとこなんか後先考えてないのが可愛いしむしろご褒美だから喜んだら涙目になるあたりイレギュラーに弱くて虐め甲斐があって堪らないしあの声も子犬のように元気で子猫のように可愛くてどっち派でもばっちりおっけーなあたり完璧だし」
「レイおかあさま、どうどう」
「おちつきなさいませー」
ちょっと暴走してしまった。
メイとアレアによしよしされた。
あるぇー?
まあ、いっか。
「どう? こんな感じ。分かった?」
「「ぜんぜんわかんない!」」
「そっか! それじゃあクレア様は可愛いって覚えておけばいいよ」
「それならわかるー!」
「クレアおかあさまはかわいいですの!」
「それじゃあ二人ともご一緒に、おーっほっほっほ!」
「「おーっほっほっほ!!」」
などという会話があった。
私はメイとアレアがお話ししてくれるのが嬉しくて気がつかなかったのだ。
この会話を、クレア様が聞いていたということに。
◆◇◆◇◆
クレア様に足を踏まれた。
「あ……あーら、ごめんあそばせ! む、む、む……虫かと思いましたわ!」
「どうしたんですか、クレア様」
「えっ? えっと……その……。そ、そう! レイが生意気だから、いけないんですのよ!」
「はあ……?」
生意気でしたか。
そうですか。
「何かお気に障ったのなら謝りますが……」
「そ、そうではなくて!」
「なくて?」
「も、もういいですわ!」
クレア様は行ってしまった。
何だったんだろう。
◆◇◆◇◆
クレア様に本を隠された。
「どうしましたの? 薄給で本も満足に買えませんの?」
「お給料はクレア様と同じですが」
「そ、そうでしたわね……」
「むしろ貯金は私の方がありますが」
でも、薄給ですか。
そうですか。
「もっと稼げるように頑張ります」
「い、いえ、今でも十分ですわ! そうではなくて!」
「なくて?」
「も、もう! レイの意地悪!」
クレア様は行ってしまった。
え、ホントになに?
◆◇◆◇◆
仲間はずれにされた。
「ふふん。メイとアレアはわたくしに夢中ですわ! どうですの!?」
「……ぐすん」
「マジ泣きですの!?」
「いいんです……クレア様たちが幸せならそれで……」
私は見ているだけでも。
「離れて見守っていますね」
「あなたたち、ちょっとレイを慰めてきなさい」
「いいよ!」
「レイおかあさま、よしよし」
癒やされた。
幸せ。
◆◇◆◇◆
お湯を掛けられた。
「あらあら。余りに汚いので――」
「ああ、ありがとうございます。ちょうど頭を洗うところでした」
「え、ええ……」
「クレア様の頭も洗いましょうか?」
お風呂だから全然問題ない。
私はシャンプーのボトルを取った。
「クレア様の髪、綺麗ですねー」
「あ、ありがとうございまわ……って、そうではなくて!」
「痛かったですか?」
「いえ、気持ちいいですわ」
堪能した。
幸せ。
◆◇◆◇◆
お風呂から上がると、テーブルの上に花瓶が置かれていた。
「これでどうですの!」
「ああ、綺麗な花ですね。活け方も素敵です」
「……」
「クレア様?」
クレア様が意気消沈している。
どうしたんだろう。
「どうしたんですか?」
「もういいですわ……」
「今日、様子が変ですよ?」
「誰のせいだと思っていますの!」
怒られた。
そんな顔も大好きです。
「クレア様」
「なんですのよ」
「クレア様の悪役令嬢ムーブ、久しぶりに堪能させて頂きました」
「気づいてたんじゃないですのよ!?」
そりゃあねぇ。
以前、学院でやられたことを、わざわざそっくりそのまま再現して貰ったわけだし。
「頑張って悪役令嬢ムーブするクレア様は、大変愛らしかったです」
「むしろ完全にからかって遊んでいましたわよね?」
「ええ、大変楽しませて頂きました」
「それはどういたしまして! 寝ますわよ!」
クレア様はさっさと寝室へ行こうとしてしまう。
その腕を取って、私は引き留めた。
「クレア様、私のこと嫌いって言ってみて下さい」
「なんでですのよ」
「今日一日の悪役令嬢ムーブの仕上げです。さあさあ」
「はあ……、分かりましたわよ」
クレア様は心底面倒くさそうに言って、とどまってくれた。
私に向き直ると、真剣な面持ちで口を開く。
「わたくしは、あなたのことなんか……」
「私のことなんか?」
「だ、だ、だいす……じゃありませんわ。だ、だいきら……だいっ……き!」
「クレア様! ファイト! ファイト! もう少し!」
顔を真っ赤にしているクレア様にエールを送る私。
「だいきらーい! ですわ! はあはあ……!」
「クレア様、クレア様、よく頑張って下さいました」
「辛かったですわ。辛かったですわ……!」
壮絶な戦いを終えた勇者を、私は讃えた。
「わたくしにはもう、以前のような無体をあなたにすることは出来ませんわ」
「ふふ、愛されてますね、私」
「そうですわよ? 責任とって下さいまし」
「もちろんです」
「ふふ……」
クレア様は嬉しそうに私と腕を組むと頬を寄せて来た。
そのまま二人してベッドルームへと消える。
一方、その頃子ども部屋では。
「きょうのクレアおかあさまなんだったの?」
「レーネおねえさまがおっしゃってましたわ。ああいうのはじょうきゅうしゃむけっていうんですのよ」
などという会話が繰り広げられていたのだが、そのことはクレア様も私も知るよしもないのだった。
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