11.メイドの日々。(2)
更新時間が予定より大幅に遅れてしまいました。
今後はこのようなことが出来るだけないように気をつけます。
本当に申し訳ありませんでした。
午前中で講義は終わり、午後からは自由時間である。
この辺りは日本の学校とは違ってかなりスケジュールが緩い。
宿題などという悪しき習慣もなく、勉強したい者は勝手に勉強するし、そうでないものは思い思いに過ごす。
自由時間をどう過ごすかは個々人によって違うが、大まかな傾向として、貴族中心の内部進学組は社交に精を出し、平民中心の外部編入組は勉学に勤しむようだ。
私はといえば、外部編入組ではあるものの、今はクレア様のメイドである。
クレア様が行くところについていくことになるので、必然、クレア様次第ということになる。
クレア様は社交が大変お好きな方なので、その周りにはいつもたくさんの人が集まる。
性格こそ激しい方だが、貴族的な付き合い方は大変お上手な方でもあるのだ。
「クレア様、ブルーメの新作菓子のことはお聞きになりまして?」
「もちろんですわ。すでに試しましたわよ? さすがブルーメですわね。今度のお菓子はチョコレートというものなのですけれど、甘みの中に香りと苦みがあるとても不思議なお菓子でしたわ」
「まあ! もうお試しになったんですのね。さすがクレア様」
「いくつか学院にも持ち込んでいますので、ご興味がおありなら後で部屋に届けさせますわ」
「ロレッタ様ばかりずるいですわ。私にも分けて下さいませ」
「私もお願いします」
ご令嬢たちの今日の話題はお菓子についてのようだった。
この世界、砂糖はまだ貴重品で、貴族の間でしか食べられていない。
そのため、甘いお菓子は高級品なのである。
「あなたはいいですわよね。クレア様のおそば付きになったのですから、施しを頂けるのでしょう?」
「おほほほ。冗談を仰らないで、ピピ。この者はあくまでメイド。そんな恩情をかける必要などありませんわ」
「あら、そうでしたわね」
メイドになったことで私が平民であることをより強く意識したのか、少しおとなしかった取り巻きたちが私にちょいちょいちょっかいをかけてくる。
でも――。
「お菓子など頂かなくても、クレア様の脱いだブラウスだけで、ご飯三杯は行けます」
「気持ち悪いんですのよ!?」
私に一向に堪えた様子がないので、また段々と勢いを失いつつある。
ちなみにこの世界の主食はパンで、ご飯はそこそこの贅沢品である。
「クレア様……。その、こういってはなんですけれど、こんな者をおそばにおいて大丈夫ですの?」
取り巻きの一人が心配そうに言った。
「仕方ないんですのよ……。私も嫌だと言ったのですけれど、お父様が手なずけて見せよと仰るんですもの」
よよよ、とクレア様は落ち込んだふりをして、取り巻きたちの同情を引こうとした。
なるほど、それは確かに、
「お察しします」
「あなたのことを言ってますのよ!?」
私も心配してみたのだが、怒られてしまった。
怒った顔も素敵です、はい。
「レイちゃんは本当にクレア様のことが好きなのね」
朗らかに笑うのは、講義が終わった私たちに合流したレーネである。
彼女は手慣れた様子でご令嬢たちにお茶を用意していた。
「いえ、好きじゃありません」
「え?」
私の答えに、レーネだけでなく取り巻きのご令嬢、そしてクレア様までもが意外な顔をした。
「あら? クレア様、今、寂しそうな顔しました? しましたよね? デレですか? デレ期来ちゃいました?」
「来てませんわよ! 大体、なんですのデレ期って」
おっかしいな。
一瞬、ちょっとそんな顔に見えたのに。
「私はクレア様を好きじゃあありません。大好きなんです。むしろ愛してます」
「ひっ……!」
「あらあら」
クレア様と取り巻きたちがドン引きする中、レーネだけは平然としている。
この人もなかなかに変わった人だ。
「平民」
「私はレイです。クレア様」
「これからわたくしが言うことを聞いたら、名前で呼ぶことを考えて上げてもよくってよ」
ふふん、とクレア様は笑った。
「なんでしょう?」
「わたくしのことを好きだとか愛してるだとか、世迷い言を言うのをおやめなさい」
「やです」
「即答ですの!?」
だって、本当に好きなんだもん。
「大体あなた、わたくしと会ってまだほとんど経ってないじゃないですの」
「あー、クレア様にとってはそうですね」
「あなたは違いますの?」
「私は、おはようからおやすみまで知ってますので」
ゲームはおろか設定資料集、果ては有志による二次創作まで読み尽くしてるし。
「……こんなに無下にされてるのに、よく続きますわね」
「あ、自覚はあるんですね」
「うるさいですわね!」
「でも、それでこそクレア様です。もっと罵って下さい」
「……あなた、本当にどうかしてると思いますわ……」
そんなことはない。
ただ、クレア様を愛でているだけである。
夕方になり社交が一段落すると、私たちは寮に戻った。
夕食は朝、昼と同じく食堂で済ませる。
そして――。
「これがあるって素晴らしい」
「誰に言っていますの?」
髪をアップにしたクレア様の訝しげな声が、壁に反響して響く。
辺りは湯気で満ちているため、クレア様の完璧なプロポーションはあまりよく見えない。
もうお分かりのことと思うが、ここはお風呂である。
なんと学院寮にはお風呂があるのだ。
大量のお湯を沸かすのは大変なので、平民の家はおろか貴族の家でもお風呂があるところは多くない。
学院にお風呂があるのは、王都から少し離れた所に火山帯があるからである。
つまり、これはただのお風呂ではなく温泉なのである。
「なんて贅沢なのかしら」
「ふふ、そうですわね。平民には過ぎたものですわね」
「クレア様もレイちゃんも、寒くないの?」
私の一言にご丁寧にいちゃもんをつけるクレア様。
そして、そんなことをして裸のまま立っている私たち二人を、洗い場から呆れた目で見ているのはレーネである。
「っくしゅ。そうですわね。さっさと身体を洗って入りましょう。レーネ」
「かしこまりました」
レーネはスポンジに石けんを泡立ててクレア様の背中を流して行く。
「レイちゃんは髪を洗って差し上げて?」
「変なことしたらひっぱたきますわよ?」
信用が全くない私である。
石けんを手に取って泡立てる。
前にも言ったとおり、地球の石けんとは少し別物らしく、泡立ちも香りも素晴らしい。
「クレア様、失礼しますね」
「……」
無言で頷くクレア様の金糸のような髪を丁寧に洗っていく。
「……あら、上手ですわね?」
意外そうなクレア様。
ただ髪を洗うだけでなく、頭皮への軽いマッサージも混ぜてみたのだが、これがことの他お気に召したようである。
「慣れてますのね?」
「ええ、まあ」
今生では一人っ子の私だが、前世では年の離れた弟がいた。
よく弟をお風呂に入れてやっていたので、髪の毛を洗うコツは分かっているのである。
シャンプーハットを使うのは素人だ。
慣れれば泡をこぼさず洗い上げることが出来る。
まして、この世界の石鹸は泡立ちがいい。
クレア様の目に入れてしまうようなこともない。
「はーい、じゃあ流しますよ?」
クレア様が目をつぶるのを見計らって、上からお湯をかける。
きれいに泡が洗い流された、ピカピカのご令嬢のできあがりである。
着替えの時にも見たけど、本当に綺麗な人だ。
私の性的指向はさておくとしても、同性から見ても溜め息がでる美しさだ。
とんでもなくグラマラスという訳ではないから、男性諸氏には物足りないのかもしれないが、メリハリのきいた理想的なモデル体型である。
「……あなたの視線、なんだかやらしいですわ」
「気のせいです」
気のせいじゃないけどね。
身体を洗い終えて浴槽に浸かると、クレア様は「ふぅ」と一息ついた。
「クレア様、おばさんくさいですよ」
「ぶ、無礼な! 今のはちょっと息が多めに漏れただけですわ」
「そういうことにしておきましょうか」
「……この……!」
「まあまあ、クレア様。お風呂くらいゆったり入りましょうよ」
私にからかわれてむくれるクレア様を、レーネがなだめる。
この構図はこれからも続きそうだ。
それなりに長湯をして着替えると、後は寝るだけである。
レーネはメイド用の寮に戻り、クレア様はベッドに入った。
ちなみに下がクレア様でルームメイトのご令嬢が上である。
クレア様は高所恐怖症なのである。
「それではおやすみなさいませ、クレア様」
「はいはい」
「おやすみのキスはいりますか?」
「そんなことがメイドに許されると思ってますの!?」
「いえ、言ってみただけです」
「……本当にこの平民は……。さっさと寝なさい」
「はい、おやすみなさい」
私はクレア様が寝てしまうまで、いつもその様子を見守ってから自分の部屋に戻ることにしている。
しばらく沈黙が訪れた。
「まだいらっしゃるの?」
五分ほど経っただろうか。
クレア様が口を開いた。
「ええ」
「……そう……」
そう言って、また少し口をつぐむクレア様。
どうしたんだろう、と思っていると。
「あなたはどうしてわたくしのことが好きだなんて言うんですの?」
なんてことを訊いてきた。
「え? だってクレア様お可愛らしいじゃないですか」
「容姿が気に入った、ということですの?」
「いいえ、性格も愛してます」
「……」
私が本能の赴くままに答えると、クレア様はまた黙り込んでしまった。
なにかフォローした方がいいのかな、などと考えていると、またクレア様は口を開いた。
「わたくし、これでも自分のことは分かっているつもりですの」
その口調には僅かに自嘲が混じっている気がした。
「わたくしは人に好かれるような性格ではありませんわ」
「そんなこと――」
「世辞は結構ですの。ですから、あなたの本当の狙いが知りたいんですのよ」
クレア様の声は真剣だ。
真剣に、自分が好かれていないと思い込んでいる。
「クレア様。私はクレア様のことが好きだからおそばにいるんです。他意はありません」
「……あくまでしらを切るんですのね」
失望をにじませた声に、私は困ってしまった。
「信じては頂けませんか?」
「ええ」
「じゃあ、信じて頂けるように頑張ります」
「……」
クレア様からの返答はしばらくなかった。
寝てしまったのかなと思い、私も部屋を辞そうとした。
「……好きになさいな」
去り際に暗闇の中で響いた声は、とても寂しそうに聞こえた。
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