番外編4.結婚式
かつてクレア様は言った。
結婚式というのは儀礼的な意味合いよりも、個人的な意味合いの方が強い、と。
二人が共に生きていくことを、お互いの身内に誓うということが、結婚式の意義である――クレア様はそんな風に言っていた。
私は今、その意味を噛みしめている。
「緊張していますの?」
隣にいるクレア様が、面白がるような、珍しいモノを見るような目をして、私に語りかけてきた。
その顔にはヴェールが掛かっている。
「……どうやらそのようです」
「レイでもそんなことがあるんですのね。あなたには怖いものなど何もないのだと思っていましたわ」
「そんなことありませんよ。怖い物なんていっぱいあります」
「ふふ、そうですわよね。レイだって人間ですものね」
「例えばお酒を飲んだときのクレア様とか」
「わたくしそんなに酒癖悪くありませんわよ!?」
「可愛すぎて怖いんです」
「バ、バカ仰いなさい。……ほら」
大丈夫ですわ、とクレア様は白い手袋をはめた手で、私の手を握ってくれた。
私も柔らかく握り返す。
今日、クレア様と私は結婚式を挙げる。
◆◇◆◇◆
「ねえ、レイ。わたくしたち、そろそろいいですわよね?」
新生活にも徐々に慣れ、教師の仕事も一段落した頃、クレア様がおもむろにそんなことを言ってきた。
時間は夕刻。
バルコニーに置いた椅子に腰掛けながら辺りを見回すと、空がだいぶ暗くなってきている。
メイとアレアは庭でレレアを追いかけ回しているが、そろそろ家に入るように言わなければ、などと思っていた矢先のことだった。
「すみません。何のことでしょう?」
私は何のことか分からなかったので、素直に聞いた。
クレア様は察しが悪いですわね、とちょっと拗ねた顔をしてから、
「結婚式、ですわよ。もうわたくし、自分の生きる道を見つけましたわ」
「ああ」
以前にもクレア様は結婚式をしたい、という話をしてきたことがあった。
その時はクレア様が焦っているように見えて、よくよく話を聞いてみると、クレア様は貴族でなくなったことで不安定になっていたのだった。
そこで私は、結婚式を挙げるのは、クレア様が新しい生き方を見つけてからにしましょう、と提案したのである。
その後、私たちは王立学院に教員として就職し、また、メイとアレアという新しい家族を得た。
革命後の世界で、概ね新しい生き方を定着させたと言っていいかもしれない。
「学院時代の友人たちも、だいぶ生活が落ち着いたと言っていますわ。今なら式に来て貰えます。お給金も入りましたし、レイのご両親をお招きすることも出来ますわ」
だからね、いいでしょう、とクレア様は可愛くおねだりしてくる。
天使かな。
「そうですね。今ならちょうどいい時期かもしれませんね。」
「それじゃあ……?」
「はい」
私は椅子から立ち上がってクレア様に近寄った。
ひざまずいて、その手を取る。
「結婚して下さいますか、クレア様?」
「……はい!」
クレア様は最初ちょっぴり驚いた顔をしてから、大輪の薔薇のように笑ってくれた。
「クレアおかあさまとレイおかあさま、けっこんするのー?」
「けっこんしきをしますのー?」
耳ざといメイとアレアがレレアに乗ってやってきた。
「うん。二人も出席してくれる?」
「もちろんだよー!」
「みとどけてさしあげますわー!」
二人はけっこん、けっこん、と囃し立てた。
なんかこそばゆい。
「そうと決まったら準備ですわね。まずは日取りを定めませんと。二ヶ月もあれば準備を整えられるかしら?」
「そうですね。それほど豪華にするつもりもありませんし、それくらいあれば十分かと」
そこから二人して、結婚式の準備にあけくれた。
式場は教会ではなく、フラーテル系列のレストランを押さえた。
神前式ではなく人前式なので、教会である必要はなかったからだ。
むしろ、精霊教会はまだ同性婚には懐疑的なので、私たちは教会では式を挙げることが出来ない。
それでも、レーネの協力で、フラーテルの系列でもかなりいいレストランを借りることが出来た。
招待状を出すのは、ドル様、レーネ、ランバート様、クレア様の学院時代のご学友、私の両親、ミシャ。
三王子やマナリア様は、クレア様が一般市民となった今、身分が違いすぎるということで、今回は見送ることにした。
招待状の代わりに、結婚しますという報告の手紙はもちろん送るが。
放浪中のリリィ様は、残念ながら居場所が分からないために連絡が取れないが、これは仕方ないと諦めるしかない。
「ドレスは貸衣装屋で借りるしかなさそうですね」
「そうですわね……。こういう時、お裁縫が出来たら、と思ってしまいますわ」
「ウェディングドレスは普通、お裁縫の範疇ではないと思うんですが……」
などという会話があった後、クレア様が本格的に裁縫を始めるのはまた別の話。
◆◇◆◇◆
そんなこんなで二ヶ月はあっという間に過ぎ、いよいよ結婚式当日を迎えた。
式場となるレストランには、既に来賓が集まっている。
控え室でおめかしをして貰っていたクレア様と私の元にも、楽しげに会話する声が届いていた。
ビュッフェ形式にしたので、来賓は思い思いに飲み物片手に談笑している。
「そろそろ始めますね、クレア様、レイちゃん」
「分かりましたわ」
「今日はよろしくね、レーネ」
司会進行を務めてくれるのは、今や王国中に名を轟かす一大商店「フラーテル」の若女将、レーネである。
彼女は花嫁であるクレア様と私を引き立てるような慎ましやかなドレスを身にまとっていた。
レーネは兄であるランバート様と商会を開いて一財産を築いた。
しかし、社会的地位を得てからも、彼女はクレア様にずっと忠誠を誓っている。
結婚式の会場探しを依頼してからこちら、ずっとお世話になりっぱなしだ。
今日も部下任せにせず、自ら司会進行を請け負ってくれた。
「お任せ下さい。それにしても……お綺麗です、二人とも」
レーネは感極まったようにハンカチを顔に当てながらそう言った。
クレア様は真っ白なマーメイドラインのウェディングドレス、私は色は同じく白だが、スカートではなくパンツスタイルのスーツドレスを選んだ。
「クレア様が綺麗なのは当然として、私はなんかドレスに着られてない?」
「そんなことないわ。レイちゃんは黙ってれば美人さんなんだから」
「それ、褒めてる?」
「もちろんよ」
そう言って、レーネは微笑んだ。
「さあ、舞台は整いました。後はお二人の入場です」
私たちを促したのは、レーネの伴侶であるランバート様だった。
彼はモーニング姿である。
その手はすでに扉に掛けられている。
いよいよ、結婚式の始まりだ。
「行きましょう、クレア様」
「ええ、レイ」
クレア様と私は手を握り合うと、二人で扉をくぐった。
◆◇◆◇◆
拍手で来賓に迎えられた私たちは会場の奥へと通され、そこで来賓たちに挨拶を求められた。
「皆様、本日はお集まり頂きまして誠にありがとうございます」
クレア様が代表して挨拶をする。
私はすぐ横でそれを見守った。
クレア様はとても満ち足りた微笑を浮かべていて、ここに至るまでの平坦とは言えない道のりを思い出した私は感慨深いものがあった。
「今日ここに、わたくしクレア=フランソワとレイ=テイラーは結婚致します。法的な根拠のあるものではありませんが、わたくしたちを結びつけているものは、それ以上の絆です」
堂々と言うクレア様の言葉に、来賓が拍手で応えた。
「皆様方の一部の方はご存じと思いますが、わたくしとレイの出会いははっきり言って最悪のものでした。そんな相手と今こうして結婚式を挙げようと言うのですから、人生というのは分からないものですわね」
少しおどけるようにクレア様が言うと、会場がどっと沸いた。
「でも、今ではレイはわたくしにとってかけがえのない伴侶です。この先の人生をともに歩んでいく相手は、彼女を置いて他にありえません。これまでもずっとわたくしを側で支え続けてくれたレイ、あなたと出会えて本当に良かった」
私をじっと見つめながら放たれたその言葉は、リハーサルの時にはなかったものだった。
思わぬ不意打ち。
ずるいよ、クレア様。
そんなの嬉しすぎる。
「レイおかあさま、ないてるのー?」
「クレアおかあさまになかされたのー?」
メイとアレアが近寄ってきてハンカチを渡してくれた。
「大丈夫だよ、メイ、アレア。ちょっと嬉しすぎただけ」
「へんなレイおかあさまー」
「めずらしー」
二人のお陰で、ちょっと会場が和んだ。
あんまりしんみりしすぎない方がいいよね。
私は涙をハンカチで拭うと、笑顔でクレア様の挨拶の続きを待った。
「本日お集まり頂いた皆様は、わたくしとレイが結ぶ絆の証人です。わたくしたちは皆様に恥じぬよう、誠実に、前向きに、そして幸せに生きていくことをお誓い申し上げます」
再びの拍手。
それが鳴り止むのを待ってから、クレア様は私の手を取って続けた。
「本日はお集まり頂きまして、誠にありがとうございました。どうぞ最後までパーティーを楽しんでらして下さいませ」
そして、二人して頭を下げた。
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
◆◇◆◇◆
「クレア様、おめでとうございますわ!」
「私、感動しました!」
「ロレッタ、ピピ、ありがとう。今日はよく来てくれましたわね」
パーティーが始まって最初に挨拶に来たのは、私には見覚えのない二人の女性だった。
ドレスの着こなしや所作からして、恐らく元貴族だと思われる。
「それにしても……まさかあの者と結婚なさるなんて……」
「私たち、彼女には色々と酷いことを……」
あれ?
もしかして私、彼女たちに会ったことある?
「クレア様、そちらのお二人はどなたですか?」
「あ、あなた、私たちのこと覚えてませんの!?」
「散々、いじわるして差し上げましたのに!」
私が聞くと、二人は心外だ、とばかりに言った。
いやだって、ホントに記憶にないんだもん。
「ロレッタとピピは学院時代の同級生ですわよ。あなた、散々からかって遊んでたじゃありませんの」
「……ああ!」
クレア様の取り巻きその一、その二か。
そりゃあ、記憶にも残らないはずだわ。
「思い出しました。失礼致しました」
「まあ、思い出されない方が良かったのかも知れませんけれど」
「私たちのしたこと、許して下さいます?」
ロレッタ様とピピ様は、おずおずとそう言った。
「許すも何も、記憶にすら残ってませんでした」
「そうですわよね! あなたはそういう方でしたわよね!」
「ホント……クレア様には申し訳ありませんけれど、この方のどこが良かったのかしら……」
二人は不服そうである。
「レイの良さは、わたくしだけが分かっていればいいんですのよ」
「まあ!」
「クレア様がそんなおのろけを仰るなんて!」
「この人、目を離すとあっちこっちで人を引き寄せるんですのよ。これ以上ライバルが増えたらたまりませんわ」
や、それは絶対、クレア様の勘違いだと思う。
「レイ……さん、クレア様のこと、頼みましたわよ?」
「幸せにしなかったら承知しませんからね!」
二人はそう念を押して離れていった。
「いいお友だちですね」
「ふふ、そうでしょう?」
ただの取り巻きとしてか認識していなかったが、クレア様もちゃんと血の通った友達づきあいがあったのだな、と今更ながらに気づいた。
そう考えると、初期の私のクレア様へのアプローチは、クレア様にとって感じ悪く映っていても仕方なかったな、と思う。
「でも、彼女たちが処刑されずに済んだのも、レイのお陰ですわ」
「貴族制度を終わらせたのも、何割かは私のせいですけどね」
「それは言いっこなしですわ」
クレア様が苦笑する。
次に挨拶に来たのは、司会進行の仕事が一段落したレーネとランバート様だった。
「ご結婚、おめでとうございます!」
「おめでとうございます、クレア様」
「ありがとう」
レーネはクレア様に抱きついてわんわん泣いた。
嬉し泣きだ。
「私、レイちゃんは絶対、クレア様を幸せにするって信じてました」
「あら、そうだったんですの? どうして?」
「従者としての勘です!」
「勘」
よく分からないが、レーネは私のことを随分と買ってくれていたらしい。
「クレア様もあんなにワガママし放題だったのが、すっかり大人になられて……」
「ちょっとレーネ、やめなさいな。あなた、わたくしの保護者みたいになってますわよ?」
「いいじゃないですか、今日くらい。小さい頃のクレア様には本当に手を焼かされて――」
レーネはしばらく管を巻いた。
クレア様がげんなりしてる。
可愛い。
「もうそのくらいにしなさい、レーネ。わたくしの面目が丸つぶれですわよ」
「もう貴族でもないのですし、いいじゃないですか」
「最愛の者の前ですわよ!」
「レイちゃん、聞いた?」
「耳に焼き付いたね」
「あ、あああ、あなたたち!」
レーネと二人でクレア様をからかって遊ぶ。
レーネとランバート様が追放された時には、もう今生の別れかと思っていたのに。
「レーネ」
「なに、レイちゃん?」
「レーネは今、幸せ?」
私の問いに、レーネは目をぱちくりさせたが、やがて、
「もちろんよ。ランバートがいるし、大切な二人もこうして幸せになってくれたんだから!」
そう言って破顔するのだった。
「私たちも、お二人に負けないように幸せになるつもりです」
ランバート様が、レーネの肩を抱いて言った。
「じゃあ、勝負ですわね」
「負けませんよ、クレア様」
レーネはクレア様と握手してから、また司会の仕事に戻っていった。
レーネは手紙を預かっています、と言って、何通かを手渡してくれた。
差出人を確認すると、ロッド様、セイン様、ユー様の三王子、そしてマナリア様の名前があった。
クレア様と私の結婚を祝う祝辞がしたためられていたが、マナリア様の手紙にはこんな一文もあった。
『二人が破局したら、ボクのところへおいで』
絶対に行ってやるもんかと思いましたまる。
他にも何通か来ていたのだが、一通だけぼろぼろの手紙があった。
差出人を見ると、
「……リリィ様」
バウアーを出て放浪の旅に出たリリィ様からだった。
リリィ様はちょうどマナリア様のところへ立ち寄った所だったらしく、そこで私たちの結婚のことを知ったらしい。
手紙には几帳面な文字で祝辞が述べられていて、最後にこう追記があった。
『P.S. 愛人枠はまだあいてますよね?』
「ありませんわよ!?」
クレア様はそのまま手紙を破り捨てそうな剣幕だったが、私がなだめて事なきを得た。
「まったく……。レイの女ったらしにも困ったものですわ」
「えええ……私のせいですか?」
「他に誰のせいだといいますの」
そう言われてもなあ。
でも、ジェラるクレア様はとっても可愛いと思います。
次にやってきたのはミシャだった。
「クレア様、レイ、おめでとう」
「ありがとうございますわ、ミシャ」
「ありがとね」
ミシャはドレスを着てはおらず、修道服だった。
着こなしが完璧なので、このパーティー会場の中でも全く浮いていない。
さすがは元上流貴族。
「ユー様からも手紙とは別に、個人的なお祝いの言葉を預かっています。精霊神の名の下に祝福を、とのことです」
「精霊教会は同性婚には否定的だったはずじゃないんですの?」
「教会はそうですが、元々、精霊教の教えに同性婚を禁じる教義はないのですよ」
ユー様曰く、精霊神の下では、誰もが平等であるらしい。
「ユー様らしいですわね」
「ホントですね」
「ユー様ってば、王族の身分を捨ててからすっかりわんぱくになってしまわれて……」
ミシャは深く溜息をついた。
「伴侶としては気が気ではない?」
「誰が伴侶よ。私なんて身分不相応よ」
「そんなこと言ったら、クレア様と私だってそうでしょ」
「そうかもしれないけど……」
ミシャとしては、ユー様との関係はまだまだ悩みが尽きない事柄らしい。
「思い切ってどーんと飛び込んじゃいなよ」
「簡単に言ってくれるわね」
「経験者だから」
「……そうだったわね」
ミシャは苦笑する。
「まあ、今日は私のことはどうでもいいわ。お二人とも、本当におめでとうございます。また修道院に遊びにいらして下さい」
「ええ、ぜひ」
「またね、ミシャ」
ミシャは立食パーティーには参加せず、そのまま帰途についたようだった。
「クレア、レイ、おめでとう」
大らかな言葉とともに近づいて来たのは、メイとアレアを連れたドル様である。
ドル様は政治の最前線を退いてからすっかり丸くなり、かつての傲岸不遜な大貴族の面影は今や影も形もない。
「おかあさま、おめでとうー」
「おめでとうございますわ」
「ありがとうございます、お父様。メイとアレアもありがとう」
「ありがとうございます」
ドル様とハグを交わし、メイとアレアも抱きしめる。
「レイ……キミには本当にどれだけ感謝したらいいか分からない」
「大げさですよ、ドル様。私は結局、大したことは出来ませんでした」
「そんなことはない。私の計画では、革命にはもっと多くの血が流れ、私もクレアも生きてこの時代を迎えることは出来ないはずだった」
「それこそ、私だけの力ではありません。ドル様やクレア様、そしてその他のたくさんの人たちの行動の結果、ですよ」
「キミは謙虚だな」
「ドル様が買いかぶりすぎなんです」
ドル様と私がそんな話をしていると、
「おじいさま、むずかしいおはなしー?」
「わたくしたち、おなかがすきましたわー」
メイとアレアがドル様の服を引っ張ってそう言った。
「あはは、ごめんごめん。そうか、メイとアレアはお腹がすいたか。どれ、おじいちゃんが美味しいものを取ってきて上げよう。何がいい?」
「「クリームブリュレ!」」
相好を崩すドル様は、すっかり好々爺と化している。
革命を裏で操った策謀の人は、もうここにはいない。
「ああ、クレア」
「なんですの、お父様?」
「レイが好きかね?」
「ええ」
「革命前から彼女を知っている身から言わせて貰えば、彼女の好きはクレアの百倍はありそうだぞ。思いには思いで応えなさい」
「……覚えておきますわ」
「よろしい」
そう言うと、今度こそドル様はメイとアレアを連れて行ってしまった。
「釘を刺されてしまいましたわ」
「さすがのクレア様も、ドル様には敵いませんね」
「ホントですわ」
私たちは二人して笑った。
最後にクレア様と私は挨拶しにいく所があった。
「レイちゃん、クレア様、本当におめでとう。とっても綺麗よ」
「……おめでとう」
「ありがとうございますわ、お義母様、お義父様」
「ありがとう」
私の両親である。
二人は精一杯のおめかしをして、はるばるユークレッドから参加してくれたのである。
それだけではない。
「ドレス、間に合って良かったわ」
「……元貴族の方に差し上げるなど、おこがましいとも思ったのですが」
「いえ、とんでもないですわ。本当に素敵なドレスをありがとうございました」
お忘れの方もいらっしゃると思うが、私の実家であるテイラー家は服屋である。
貸衣装屋で借りるしかないと諦めていたウェディングドレスなのだが、なんと父と母が仕立ててくれたのだ。
もちろん、材料費その他はこちら持ちだが、わずか二ヶ月の間にウェディングドレス二着を仕上げるというのは並大抵のことではない。
父と母の裁縫職人としての腕を、私は初めて思い知った。
「お父さん、お母さん、ありがとう」
「娘のためだもの。当たり前よ」
「……うむ」
そう言って、父と母は静かに涙をにじませている。
「レイちゃんは昔から不思議な子だったけれど、こんなに立派になってしまったらもう完全に私たちの手を離れたわね……」
「……元々、レイは精霊から授かった子だからな」
涙が止まらない様子の母の肩を、父がそっと抱いた。
しかし――。
「それは違うよ、お母さん、お父さん」
「……?」
「私は二人の子。他の誰の子でもない。そのことに、私は誇りを持ってるんだから」
「!」
確かに二人は生みの親ではない。
そして、転生者である私にとって、二人は育ての親とも言いづらい部分はある。
でも、私の中にあるレイ=テイラーの記憶は、二人から受けた深い愛情を確かに覚えている。
二人がいなければ、私という人間はここにこうして成立していない。
「レイちゃん……」
「……そうか……ありがとう、レイ。愛する我が子」
そう言うと、父は私をしっかりと抱きしめてくれた。
「クレア様、レイのこと、よろしくお願いしますね」
「もちろんですわ。必ず二人で幸せになります」
「ありがとう」
母もクレア様を抱きしめた。
私たちはこの日、本当の意味で家族になった。
◆◇◆◇◆
「お集まりの皆様、そろそろ宴も終わりの時刻となりました。最後に、新婦である二人から皆様にご覧に入れたいものがあるそうです」
料理もそろそろ尽きた皿が出始め、参加者たちにアルコールがいい感じに回った頃、レーネがそんなことをアナウンスした。
はて?
なにかあっただろうか。
知らないのは私だけかとクレア様を見ると、クレア様も首を傾げている。
どういうこと?
「新婦二人が永遠に愛を誓う印を、ここで皆様にご覧に入れたいと思います」
レーネが意地悪く笑った。
来賓から黄色い声が上がる。
あー……、これってそういうことか。
「? なんですの? 何が始まるんですの?」
クレア様はおたおたしている。
まだ意味が分かっていないらしい。
「クレア様、誓いの口づけを、ってことですよ」
「ああ、なるほど、そんなことですの……って、えええ!?」
目に見えて動揺するクレア様。
可愛い。
「だ、だからそういうのは人前でするものでは……!」
「結婚式ではむしろ王道でしょう」
「そ、そうですけれど!」
「ほらほら、覚悟を決めて下さい」
「ま、待って下さいまし! ちょっと気持ちの整理を――」
「待ちません」
私はクレア様の両肩を掴むとその両目を真剣に見つめた。
クレア様も堪忍したように居住まいを正した。
「クレア様」
「……はい」
「愛してます」
「わたくしもですわ、レイ」
「クレア様を一生、愛し続けると誓います」
「そばでずっと、支え続けますわ、レイ」
そうして、二人の唇が重なった。
会場から歓声が上がる。
「これでもう、後には引けなくなりましたね」
「引くつもりもありませんわよ」
「覚悟はいいですか?」
「こちらのセリフですわ」
色気のないセリフを言い合う私たち。
クレア様と私は、これくらいでちょうどいい。
「幸せになりましょうね、クレア様」
「絶対に幸せになりますわよ、レイ」
二人の花嫁は、確かめ合うように、もう一度唇を重ねるのだった。
お読み下さってありがとうございます。
ご評価・ご意見・ご感想をお待ちしております。
本日、「私の推しは悪役令嬢。」の第二巻が発売になりました。
第二巻は第四章からエピローグまで+書籍限定エピソードを収録させて頂いております。
文章量は第一巻のおよそ1.7倍。
それにともなって花ヶ田先生の美麗な挿絵もたくさん収録されています。
書籍限定エピソードはメイとアレアとのなれそめです。
どうぞよろしくお願い致します。