102.混乱
大変お待たせ致しました。
最終章「革命編」をお届け致します。
本章までの話をお忘れになった方向けに「0.最終章直前までの思いだし」もご用意しておりますので、必要に応じてご利用下さい。
また、2月15日付けの活動報告に、書籍化に関する大切なお知らせが御座いますので、そちらもぜひご覧頂ければと存じます。
それでは、最後までどうかよろしくお願い致します。
サッサル火山の噴火の被害は甚大だった。
貴族院議員の三分の一が亡くなっており議会は機能を停止する寸前だったが、議長が存命だったことやドル様が辣腕を振るったことなどによりかろうじて機能を保っていた。
欠員をその血族が埋めたことである程度機能を回復した議会がまず話し合ったのは、亡くなったロセイユ陛下の世継ぎを誰にするか、ということだった。
当然、第一王位継承者であるロッド様が次の王に選ばれるかと思われていたが、肝心のロッド様が噴火の直前から行方不明となっている。
付き人の話では、ロッド様はサッサル山の麓の村に赴き、自ら住人を説得して避難を呼びかけに行ったそうだ。
件の村について私と話したときには諦め口調だった彼だが、ちゃんと仕事をしてくれていたのだ。
(でも、タイミングが最悪だった)
恐らく、ロッド様は噴火に巻き込まれたのだろう。
その安否は定かではないが、噴火から五日たった今になっても何の連絡も無いところをみると、無事で済んでいるとは考えにくい。
議会は紛糾したが、事態は急を要するということで、セイン様を即位させようという流れになった。
王国という政治形態において王が空位のままこの危機を乗り越えるのはほぼ不可能なことは明白だったからだ。
ところが――。
「本当に……お父様は何を考えていらっしゃいますの……」
苛立ちを含んだクレア様の声が部屋に響いた。
クレア様と私は、王立学院のクレア様の部屋にいた。
椅子に腰掛けたクレア様は、眉にしわを寄せて新聞を読んでいる。
クレア様はドル様の不正追及をしたがっていたが、場合が場合だけに思いとどまって貰った。
良くも悪くもドル様は有能な政治家である。
今ドル様を欠くことは出来ない、と説得したのだが……。
「なんて書いてあるんですか?」
声をかけるのは躊躇われたが、このままだとクレア様が暴発しかねない。
私にあたってくれてもいいからガス抜きが必要だと考えた私は、クレア様に問うた。
「セイン様の即位はお流れだそうですわよ」
クレア様は吐き捨てるように言うと、新聞の束をバサッと放って寄越した。
私も目を通す。
そこにはクレア様が言ったとおり、セイン様即位の話はなくなっていた。
代わりにドル様を始めとするロッド様派の貴族が政権運営を行うという記事が掲載されていた。
「王国の主権者は飽くまで王ですわ。貴族院がすべきことは、一刻も早く次の王を選出することですのに」
クレア様が歯がみする。
新聞の論調も、ほぼクレア様と同じだった。
中には貴族によるクーデターと書いている新聞まである。
もちろん、全ての貴族が今の流れに納得しているわけではない。
だが、貴族院議員のうち、噴火の被害を受けて亡くなった者はセイン様派とユー様派に多かったのが痛かった。
ユー様の失脚によりユー様派の多くがロッド様派に鞍替えしており、またセイン様派は元々最小勢力だったということも大きい。
そして何より肝心のロッド様が行方不明なのだ。
最大勢力が制御を失っている状態とも言える。
「今は国が一丸となって国難に立ち向かわなければならない時。民は不安に戸惑っていますわ」
噴火による火山灰や火山弾の影響で、王都周辺の農作物は軒並みやられてしまった。
品不足を見越した買い占めも起こっており、王都周辺では物価の高騰が続いている。
ドル様たち臨時政府――自称だが――も配給を行っているが、それもいつまで持つかどうか。
私はゲームの知識としてこの流れをもちろん知っていた。
噴火の日時が大幅に早まったのは想定外だったが、政治が混乱することや物価高騰などはいずれ起こると分かっていた。
当然、何もしなかったわけではない。
ブルーメで蓄えた私財をトゥル商会――バカンスの前に立ち寄ったあのハンスさんの商会である――を通じて食べ物に換えて備蓄していた。
この世界ではまだ観賞用だったジャガイモを食用として栽培してみたり、痩せた土地で育つ蕎麦を取り寄せて栽培してみたりもした。
王国では食べる習慣のない海藻類をサラダとしてブルーメから発表してみたりもした。
火山の噴火が起こることを、精霊の怒りとして噂に流すこともした。
だが、出来ることはその程度だった。
火山の噴火というのは大災害であり、本来、国レベルで総力を挙げて抗するものだ。
二十一世紀の火山大国日本が国を挙げて対策を打ってもなお追いつかないような大災害に、たかだか事前に起こることが分かっているだけの小娘に出来ることなどたかが知れている。
もちろん、まだやるべきことはあるが。
「レイ、先触れを出しなさい。セイン様にお目に掛かります」
「……難しいのではないでしょうか」
「どうしてですの!」
私の答えにクレア様が癇癪を起こしたように声を荒らげる。
だいぶきてるなー、これは。
「クレア様はセイン様を封じ込めているドル様のご息女です。セイン様派からすれば怨敵に等しいお立場ですから」
「……ぐ」
本来のクレア様であれば、私に指摘されるまでもなく気づいた事柄のはずだ。
やはり、クレア様は本調子ではない。
「クレア様、あまり思い詰めない方がいいですよ。噴火からこちら、クレア様は頑張りすぎです」
議会の混乱や物価の高騰などは起きてしまっているものの、それでも国が統制を失っていないのは、ひとえに噴火直後のクレア様の初動指示が的確だったからである。
火山の噴火、サーラス宰相の失踪、ロセイユ陛下の死亡、貴族院議員の欠員、農作物の高騰など、ここまでの要素が重なればいつ国の形が失われてもおかしくはなかった。
それを水際で食い止めたのが他ならぬクレア様である。
もちろん、ドル様という後ろ盾があればこそだったが、クレア様自身の判断力が優れていたことは疑いようがない。
「わたくしはすべきことをしたまでですわ。なのに、お父様はすべきことをしていらっしゃらない」
貴族とはこうあれかし、という確固たる理想像があるクレア様にとって、今のドル様の行動は理解不能のようである。
新聞記事では、ドル様がこの機会に王権を簒奪するのでは、という憶測まで流れていた。
理想としていたはずの父親がそのような噂を立てられ、クレア様が平気なはずがなかった。
「クレア様はできる限りのことをなさっています。今は少し休まれるべきです。ここ数日、ほとんど寝ていらっしゃらないじゃないですか」
クレア様の花のかんばせにも陰りが見えていた。
お肌が荒れ、目の下にはうっすらと隈すら出来ている。
むりもない、大好きなお風呂に入る暇も無いほど、不眠不休で動き続けていたのだから。
なまじ有能でキャパシティが大きいだけに、ムリが利いてしまうのがまたよくない。
「私はまだ平気ですわよ。平気ですけれど――」
そう言うと、クレア様は私に近寄ってその身体を預けてきた。
「……でも、ちょっとだけ、疲れましたわ。少しだけこうしていさせて下さる?」
「く、クレア様!?」
「レイがいてくれてよかった。わたくし一人ではとっくに潰れていましたわ」
クレア様の唐突な行動に、私はびっくりしてしまった。
「クレア様、大丈夫ですか? いえ、大丈夫じゃありませんね。私に甘えるクレア様なんて大丈夫なわけが――」
「デレてるんですのよ。こういう使い方でいいんでしょう?」
「ええと、間違いではないのですが……」
どうしたんだ急に。
「わたくしだって、誰かに甘えたくなるときくらいありますわよ。以前はレーネによくこうして貰っていましたわ」
「……ああ、そうですか」
恋人的なサムシングじゃないのね。
ちょっぴり残念だが、これはこれで役得なので文句はない。
「貴族であることはわたくしの誇りの一つですけれど、時々……本当に時々ですけれど、こういう義務感から自由になってみたいと夢想することがありますわ」
「いいことじゃないですか。貴族なんてやめちゃいましょうよ」
「そういうわけにはいきませんわ。わたくしがこれまで贅沢を許されてきたのは、こういう有事の際に働くことを義務づけられてきたからですもの」
「お堅いですねぇ、クレア様は」
まあ、そういうクレア様だから好きなんだけれども。
「じゃあ、戯言としてでいいので教えて下さい。貴族でなくなったとしたら、何かしたいことはありますか?」
「……そうですわね……」
クレア様は三十秒ほど考え込んでから答えた。
「料理とかお裁縫でも習ってみたいですわね」
「意外な回答ですね。そんな平民みたいなことを?」
「あなたには随分と世話になりましたもの。貴族でなくなったのなら、それくらいしか返せるものがありませんわ」
私はまた驚いて目を白黒させた。
「なんですの、その顔。あ、わたくしもう何日もお風呂に入っていませんわね。匂うかしら?」
「いえ、全然。むしろいい匂いがします」
単純に、クレア様の意外な一言にびっくりしただけである。
「嘘おっしゃい。いい機会ですからお風呂にしましょう」
「はい」
私たちはお風呂に向かったが、噴火の影響で湯温が安定しないらしく、寮の温泉は使用禁止になっていた。
「あー、もう!」
「どうどう。クレア様、どうどう」
キレかけるクレア様をなだめると、私はクレア様を自室に待たせ、お湯をはった桶を部屋に運んで手ぬぐいで体を拭いた。
白磁の肌を磨き上げながら、私は思う。
(ここからが勝負どころ。クレア様をうまく誘導しなければ)
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