あなたの瞳に星くず一つ②
「――四十八、四十九!」
「なぁ、隼人……ちょっとお前だけ楽しんできてないか?」
「話しかけるな、茂。気が散る! ちぃ、まだ出てくんのかこいつら……五十ッ!」
隼人はお構いなしに交戦を続ける。そりゃあまぁ、それが正しいことなのだろうけど……なんだか少し、自分だけ取り残されたような気がして……。
状況に反して不安は殆ど無かったが、心に大きな不満がどすんとのしかかっているようだった。
「隼人ばっかり羨ましい……」
そう呟いた刹那、車内が運転もしていないはずなのに大きく揺れる。そして、突然の予想外の揺れに対応できず、二人とも体制を崩して地面に倒れる。常に空中に浮かんでいるてけてけさんたちはここぞとばかりに、隼人を仕留めようと襲いかかり、隼人も倒れながらの状態で流石に必死に応戦する。
そして、自分が立ち上がろうと目をあげた先にいたのは――
セーラー服を纏う、ショートカットの綺麗な女子高生だった。
「あかんわぁ。それ反則やで、お二人さん。お化けやら妖怪やらいうもんを、圧倒的文明の力で撃退しようなんて、常識外れもいいとこやわぁ。これはバイオハザードや無いんやで? どちらかと言えば、クロックタワー……精々でSIRENや。敵を倒して進んでいくゲームやない、敵から逃げて進んでいくゲームやで? ……まぁ、お二人さんをどこかに進ませるつもりはウチらには全然あらへんから、そろそろゲームオーバーになってもらおうと思て、シャショーさんの力を借りながら、ウチが直々に出てきたわけや。ほんま、感謝して欲しいわ。あかんでー、二人とも。ゲームの趣旨に反することしたら、こんなふうにどこかでしっぺ返しがあるんやで? ま、趣旨通りに行動してても、結局は死んで足渡してもらうんやけどなっ!」
破顔。満ち足りた笑顔。幸福に満ちた表情。やっと目的を達成し、開放されるという安堵の表情もなんとなく見える気がする。
こんな顔ができる女の子が、どうして自殺なんかしてしまったのだろう? こんなに可愛い女の子が、どうして未練を残して化け物へと変貌を遂げてしまったのだろう。
そんなこと、城山茂にはわからない。足を思い切り握られ、今にも足を失いそうになっている城山茂がそんなことを知ったところで、結局は何の意味もない。
これで、彼女の目標が達成されれば、我々と彼女は『さようなら』なのだろうか? 我々は天国へ行くのか、それともここに他の下半身がなく彷徨える亡霊となり『てけてけ』と呼称されることになった魂たちといつまでも浄化されないしがらみを抱えたまま居続けなければならないのか?
そもそも、足を奪った彼女はそれに満足して成仏できるのか? また、我々のような犠牲者を増やそうとつとめるだけじゃないのか?
わからない。城山茂にはわからない。
尋常じゃない握力。既に、自分のことに手一杯になっている南原隼人の手を借りることは不可能だろう。自分で何とかできないのであれば、その時点でゲームオーバーが確定。てけてけへの仲間入りがほぼ確定。
それは嫌だ。実に嫌だ。
下手すれば、自分だけが化け物に取り込まれたまま、隼人との決別を余儀なくされるかもしれない。そんな救いのない結末は、絶対に納得できない。
しかし、この状況をどうにかしようと努めれば、きっと新しい問題が生じる。今、その問題を抱えたまま生きることと、無念のまま死ぬことが、城山茂の人生最大の天秤にかけられ、右に左に動いている。決断を下すまでのタイムリミットは、目の前の彼女が足を引きちぎり、自分の物にするまでの僅かな時間。
(さて…………どうしたものか…………)
「ほな、足頂いて行きますわ」
「……――ッ!? 茂ーっ!! くそぉ、茂に手を出すな、バケモンめがぁッ!!」
「ははは、叫んでも無駄やで『彼氏さん』。もう」
「ほう、やっぱあたしら付き合ってるように見える? 化け物風情の目にも」
「………………え?」
次の瞬間、左腕のサイコガンが目の前の全てを業火に呑んだ――
☆☆☆駅のホームにて☆☆☆
「ごめん、いままで黙ってて」
「………………」
「だけど、お互い様だよな」
「………………」
「だって隼人は、銃と剣のことあたしに黙ってたし」
「ボルティックシューターとリボルケインだ」
「………………」
「…………はぁ、やれやれだ。許すよ、茂。ちょっと驚いただけだ。まさかお前が情け無用のJ9だったなんてな」
「それはブライガー」
「いやぁだが、うすうす、俺のハートを盗むくらいだから、もしやとは思っていたが」
「それはルパン三世」
「だが、いつからクリスタルボーイと戦うようになったんだ? 俺にはそんなこと、一言も言ってくれなかったじゃないか」
「別にサイコガン左腕に装着してるからって、そのまんまコブラの設定とかいうわけじゃないからな。全身の九十九パーセントが機械である機動兵器ってだけで、別に今は誰かと戦っているわけでも、誰かと戦わなければならない訳でもない」
「じゃあ、何でサイコガンなんてついてんだ?」
「これは五年前、バダン皇国の改造人間に襲われ、瀕死の重傷を負ったあたしを治療するべく、叔父である柾木博士によって間に合わせのパーツでバダン皇国の度重なる襲撃に備えて取り付けられたもんだ。あぁ言っておくが、バダン皇国はその後あたしが一日で滅ぼしたから、それについては心配しなくて良い」
「そうか………………」
隼人はあたしの左腕をまじまじと見つめている。
やはり、問題が起こった。友達以上恋人未満である隼人に、あたしの秘密が知られ、異端の眼差しを送られている。
だから嫌だった。正直、機動兵器の鋼鉄の骨組みすら引きちぎりかねない尋常じゃない腕力を発揮した彼女の健闘をたたえて、あそこで諦めるという選択肢を選んでも良かったのだが…………だが――ん? よくよく考えてみれば、改造人間であるあたしは、足を引きちぎられた程度で死ねるのだろうか? なんだか、出血多量云々といった理由では易々と死ねなかったような気がするし……どちらの選択肢を選んでも、結局は隼人にバレていたのではなかろうか。どうせバレる前提であったのであれば、体に余計な損傷を与えなかったことは充分正解と言えるのではなかろうか。
「だが、どうして隼人はそのような武具を手に入れたんだ? あたしは説明したぞ、次はお前の番だ」
「いや……その……なんていうか……」
「何だ? 歯切れが悪いな」
「えぇとだな……お前は俺に兄貴がいることは知っているよな?」
「ああ。光太郎さんだろ」
「その光太郎なんだが……実は、最近もらった嫁さんが、小学生くらいの魔法少女だったんだ」
「ほぉ、お前は頭が大丈夫なのか? それとも、大丈夫でないのはお前のお兄さんの方か?」
「あぁ……やっぱそういう反応になるよなぁ。す、少なくとも俺は正常だぞ。兄貴は……ちょっとあんな小さな子を嫁だの云々言ってる時点で大丈夫かどうか甚だ怪しいが……」
「いや、この際お互いの特殊な状況に対するツッコミはなしだ。埒があかん」
「そうだな、お互い様だな。…………でだ。その魔法少女に実験台として、想像したものを具現化できる魔法をかけられてしまったんだ」
「にわかには信じがたい、眉唾のような話だが……過程や理由はさておき、おそらくさっきの様子を見る限り本当の話みたいだな」
「そういうことだ」
「…………………」
「…………………」
しばし二人の間に流れる沈黙。それは随分と長かった用に思えるし、実際はそんなに長くなかったのかもしれないとも思える。
沈黙と静寂の中、先に口を開いたのは、隼人。
「………………うちに来いよ、今度。禁止はやっぱりなしだ」
「……隼人、マジで言ってんのか? あたしはまた、お前をベッドに押し倒すかもしれんぞ?」
「それは勘弁だ。もうあの時のような騒動はこりごりだからな…………現場を兄弟に見られるは、兄貴の嫁さんがあれは何かと騒ぎ出すわで…………正直、運の悪い偶然が重なったとはいえ、悪夢だった」
「ああ、あたしもそう思う。よくよく考えれば軽率だった。だが、あたしだって、あんなシチュエーションだったら情事に及びたいとも考えるぜ。いい年こいた高校生なら尚更」
「ああ、お前の言いたいことはよくわかる。だが、今は全部忘れろ。後三ヶ月忘れて、お互いに都会の大学に受かれば、いくらでも情事くらい受け入れてやる」
「おいおい、良いのか? あたしたち、実際はまだ付き合ってもない状態だぜ?」
「ああ…………そういえば、そうだったか?」
「まぁな」
「なら、一応やっておかなくちゃな」
そういって、あまりにも自然な手つきで、隼人はあたしを抱き締めた。初めてだった。隼人の方から、あたしに何かしてくれたのは。
「何だよ、馬鹿……」
「一度しか言わないからよく聞けよ、茂?」
耳元で言ってくれるんだ。聞き逃すなんてどんな難聴野郎だよ、全く。
「……好きだ。付き合ってくれ。俺は、お前と、一緒にいたい」
両思いだってわかってた。たぶんあたしも、隼人も。
それなのに、いままでお互い勇気が出なくて、絶対に言えなかったフレーズ。改めて確認すると馬鹿らしいけど…………でも、やっぱり、嬉しい。
「答え……今、言わなくちゃ駄目か?」
「言ってくれないのかよ?」
「生憎、恥ずかしい言葉を吐くのは苦手でね」
あたしは隼人の肩を掴み、少し引き離す。すると、隼人は案の定難しい顔をしていた。馬鹿だな、って少し笑いが、白い息と共に漏れた。
「何だよ……?」
「頭はいいけど、やっぱお前は馬鹿だよ、隼人」
口に当たった冷たい感触。こんなに情緒溢れる状況でも、外気ってのはこんなにもムードを無視してくれるもんかと思ったけど……
でも、あたしはこの時、人生で初めて感じた味を忘れない。きっと凍ってるだけだ。解凍すれば、腐ることなくいつでも味わえる。
「…………頑張ろうな、受験。あたし、明日からもう少し勉強するよ」
「…………あ、ああ」
「呆けてんじゃねぇぞ、隼人。すぐ追いついて、来月には追い越してやっからな、覚悟しとけよ!」
「…………はん、馬鹿言え。お前に追いつかれるほど俺は馬鹿じゃないさ」
「そういうのが、馬鹿のセリフなんだよぉーだ。馬鹿隼人ぉっ」
まだ雪が降り続ける別れ際、冷たい外気を挟んで、ただ温かい笑顔をお互いに交わし合ったのだった。
――あなたの瞳に星くず一つ――