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都市伝説エトセトラ ハニーファニーランデブー  作者: 入羽瑞己
横断歩道の女は黒い雨と戯れ得るか
7/30

横断歩道の女は黒い雨と戯れ得るか②

 ――☆☆☆――


 『横断歩道の女』を再開して、四回目の雨の日。あたしはようやくあの大学生を見つけた。

「いつも一人じゃない? もしかして友達いないの? あたしが友達になってあげよっか」

「いつも一人だな。確実に友達いないんだな。俺はあんたみたいな友達だけはいらない」

「へ、へん! あたしだって、生前は……」

 ――お前みたいなバカ女と友達になるやつは可哀想で仕方ないぜ。

 ――いやぁ、流石にそこまでバカだと友達にはなれないわ、ごめんね。

「生前は……」

 あれ、何でだろう? 目からしょっぱい汁が溢れてくるよ。それとも最近の酸性雨は幽霊の身体にもしょっぱいのかな?

「じゃあ、友達じゃなくていいので、彼女にもらってください」

「俺は、相手のことをよく知りもしない内にそういうこと言っちゃう娘とだけは絶対付き合わないでおこうって前々から決めている」

「じゃあ、あなたのことをよく知りたいので、名前と住所と電話番号と生年月日とメールアドレスと、好きなZ戦士だけで良いので教えてください」

「ピッコロだ」

「あたしはヤムチャが好きです!」

 彼は『緑の宇宙人』愛好家の一人だったのかも知れない。きっと小学生の頃には額に手を当てて、魔貫だか股間だかうんたら言ってたんだろう。

 ふふ、その時あたしはひたすら狼牙風々拳の練習をしてたがな! だって、異常に技名格好良くない!? ……弱いけど。

 とかなんとか、あたしにZ戦士の話題に気を取らせて、大学生はまた足早に逃げようとしたので、今度はもっと慎重に追いかけた。

 すると二分で見失った。

 とりあえず、『横断歩道の女』を再開しようと思う。ってか、女の子相手に全速力で走るとかずるくない!? まるであれは傘持ってないから、少しでも濡れないように家まで走るレベルのスピードだよ!

 まぁ、あの大学生、傘持ってなかったけども……


 ――☆☆☆――


「ふふふ…………雨の日五回目にして、ようやく場所を突き止めたぞ! そして六回目の今日、あの大学生のアパートに不法侵入しているのだ!」

 何でそんな手間のかかることをしてるかって? そりゃ、勿論! あの大学生はあたしが訪ねていっても、絶対にドアを開けてくれないだろうからだ!

 まぁ、壁をすり抜けられるから、あんまり関係なかったような気がするけど……まぁ、いいや。帰ってきたら、「お帰りなさいませ、ご主人様! ご飯にする? お風呂にする? それとも、あ・た・し?」って言って驚かせてやろう。さぞ驚くぞ……ふふふ、楽しみだ。

 にしても、あの大学生の名前がいまいちわからん。なんか机の上に置いてあるプリントには『勅使河原九十九』って名前の欄に達筆で書いてあったけど、いまいち読めない。

「えぇと、『ちょくしかわはら、きゅうじゅうきゅう』……? 変な名前」

 こんな名前を見ると、如何に自分の親が普通だったのかがよくわかる。良かった、あたしの名前『美里』とかいう普通な感じで。

「にしても、きゅうじゅうきゅう、いつ帰ってくるのかな……?」

 なんて思ってた刹那、チャイムが鳴る。

「――ッな、何!?」

 チャイムが鳴る。チャイムが鳴る。チャイムが鳴る。

「あー、もう! ピンポンピンポンうるさいっての!!」

 そう言って、玄関まで行ってスコープを覗くと――

「誰も、いない……」

 怖い! これは怖い! 急いで玄関の扉に背を向ける!

 幽霊っすか!? こんな夕方の中途半端な時間から幽霊っすか!? 非科学的だ! ホラーだ! えまーじぇんしーだ!

「……ふふ。ふふふ…………落ち着け、あたし。あたしだって、この道数ヶ月のベテラン幽霊じゃないか。今更何を慌てる必要が……」

「とりあえず、地獄な」

「う、うわぁあああああああああああああ!?」

「やかましい」

 後ろから不意に声をかけられたら、そりゃ幽霊だって驚くよね。『地獄』とか、また洒落にならない言葉がさらっと聞こえたし。

「不法侵入。こんなことして……覚悟はできてるんだろうな、あんた?」

「あんたじゃない! あたしは『風間美里』っていう親にもらった立派な名前があるんです」

「『あったんです』だろ? 戸籍上、死人として扱われている人間の霊体に宛う名前はない。自分が何者か証明できるか? できないだろ、あんた」

「ぐむむ……で、できないかもしれない! ってか、たぶん無理。だけんど、あなたは墓穴を掘ったようね! 戸籍上、何者かも証明できない幽霊に、日本の法律は『不法侵入』などという罪状を適用しないのだよ。ふふふ、これであたしは晴れて無罪放免! 警察にでも突き出してみるがみるがいいさ、あなたは異常者として奇異の視線を送られるでしょうよ」

「いや、その必要はない。俺自らあんたを地獄に送る」

 まさか死線に送られるのはあたしの方だとは。いやはや、認識の甘さを痛感する!

「ごめんなさい。泊まる家がないんです。今日から死ぬまでで良いんで泊めてください。それが駄目なら結婚してください」

「あんたは既に死んでるがな」

「あたしは女としては死んでなんかいない! プロポーションだって完璧よ!」

 バタン――と、無造作に玄関の扉が閉められる。

「………………」

 とりあえず暇だったので二十分ほどひとりぼっちで大学生の部屋を物色していたら、不意にまた扉が開いた。見ると、きゅうじゅうきゅうが物々しい格好をしたおっさんを引き連れている。ってか、あの格好は……

大巡(おおまわり)さん、こいつです」

「よしきた南無三。人のことわりから外れた者を、今すぐ冥界の門へと送り還そうぞや」

「何この人怖い」

 やたらがたいの良い神主さんが、除霊フル装備でやってきました。

「時に乗用車を事故へと誘い、時に小学生を『わたしきれい?』などといって追い回し、時に『もしもし、今あなたの後ろにいるの』などとストーカー行為を繰り返した悪霊め。今ほどワシが成敗してくれるわ!」

「いやいやいや。心当たりのない余罪しかないんですが」

「大巡さん、こいつはウチへの不法侵入しか、まだ目立った悪さはしてないはずです」

 ふむ。全くもってその通りだ。いいぞ、きゅうじゅうきゅう! もっと言ってやれ!

「あ、そうなの? なら我慢したまえよ、勅使河原くん。その程度の罪でワシを呼ぶんじゃない。自分で解決しなさい」

「いや、そこをなんとか。流石に付きまとわれるのは勘弁なんです」

「いいじゃない、勅使河原くん。どうせ彼女もいないし、あの娘凄く頭悪そうだけど結構可愛らしいし、女っ気がない生活をするよりはワシは良いと思うがね」

「幽霊に女っ気もくそもありますか」

「ああ、わかった。触れないから嫌なのね。幽霊が触れるようになるお守り置いていってあげるから、それで我慢しんしゃい」

「いやいやいや、除霊してくださいよ」

「えぇー。ワシこの程度の案件でお金もらわないで除霊してあげるほどお人好しじゃないよ? いくら古くからつき合いのある勅使河原くんでも、ノーマネーじゃできないよ。とりあえずどうしてもやるなら、二百万円請求するけど……それでもやる?」

「………………バイトしてお金が貯まったら、またきていただきます」

「その頃には仲良くなってるだろうけどね。お嬢ちゃん、こいつ女の子の扱いに慣れてないけど、仲良くしてあげてね」

 そう言って、がたいの良い神主さんは去っていった。去り際の彼の表情は、来たときとはうって変わって最大級の笑顔。だからなんとなく、あたしも元気いっぱい「はい!」と返してしまった。

 そうして、部屋にはきゅうじゅうきゅうとあたしの二人きり。

「…………はぁ、なんで俺なんだ?」

「あたしに気付いてくれたから」

「あんたが都市伝説の『横断歩道の女』その人であるなら、自分のことを跳ねたトラックの運転手か、あるいはあんたに初めてできたとかいう彼氏さんに付きまとえば良いじゃないか。よりによって、なんで俺なんだ?」

「うわぁ、割とあたし有名なんだぁ。個人情報の流出って怖い!」

「真面目に答えてくれ!」

 初めてきゅうじゅうきゅうは声を荒げ、乱暴にあたしの肩を掴んできた。

 予想もしないきゅうじゅうきゅうの怒声にびっくりして、久々に触れた男の人の感触に驚いて……きっとあたしは凄い萎縮していたんだと思う。幽霊と人間ははたしてどっちの方が強いのかはわかんないけど、少なくともその時のあたしは生きてる人の力の強さに、心底怯えた表情をしていたんだと思う。

 きゅうじゅうきゅうはそれに気付いたのか、申し訳なさそうに手を離し、俯き気味に「ごめん」と呟いた。そしたらなんだか自分の勝手さが凄い申し訳なくなってきて……気付いたら、あたしも涙を流しながら謝ってた。たくさんの謝罪の言葉の一つ一つなんて覚えてられないくらいに、謝ってた。

「教えてくれ。別に、あんたが特別嫌だとかそんなんじゃない。……嫌だけど。ただ……理由もわからずに付きまとわれるのは、誰だって怖いだろ?」

「うん、そうだね……」

 そんなことを言われても、あたしが敢えてきゅうじゅうきゅうを選んだ理由は特にない。ただあたしのことが見えて、あたしの前で立ち止まってくれたから、あたしは惹かれた。ただそれだけの理由しかないんだ。

「トラックの運転手、結局警察に捕まらなかったんだ。うまく逃げ切ったみたいでさ。あたしのことなんて死んだ後も全然気付かないで、また同じ場所であたしを轢いた。流石に幽霊になったら跳ねられて痛い思いをすることとかなかったけど……それでも、ただ無性に悲しかった」

 ポツリポツリと小雨が降り始めるように、あたしは今までのことを誰かに初めて話していた。

「初めてできた彼氏にもう一回会ったときには、雨の中を、あたしなんかよりもっともっと綺麗で頭の良さそうな女の人と相合い傘で身体をくっつけて歩いてた。楽しそうで、笑顔で、充実してて……あたしのことなんか、もう最初からなかったかのように新しい生活を始めてた。やっぱり、バカな女の子なんてタイプじゃなかったんだって思った」

 泣いてた。泣いてたけど、あたしは何故か変な使命感に駆られて、一番考えたくなかったことを、全部ぶちまけた。

「でもさ……みんなあたしのことなんか見えてないんだもん。どうして、付きまとったりできるの? どうしてあたしのことが見えない人にすがったりできるの? あなたは、たしかに見ず知らずの人で、あたしなんかとは何の関わりもない人だけど…………見えてくれたなら、あたしはバカだから、すがっちゃうし、惹かれちゃうよ……?」

 涙は止まらない。自分でも何言ってるのかわかんないのは、やっぱり自分がバカだからだろうか?

 でも、どうして、こんなバカで身勝手なあたしを、抱きしめてくれるの?

「どうすれば成仏できる?」

「わかんない……」

「何か生前し残したことはないか?」

「いっぱいありすぎるよ」

「俺にできることはあるか?」

「頼んでも良いなら」

「かまわん」

「じゃあ、一つだけわがまま言うよ? 成仏できるかわかんないけど」

「聞くさ」

「キス…………して」

「………………」

 短い沈黙の後、彼は小さく返事をして少しだけ一回強く抱きしめたあと、身体を離した。

 そして、柔らかに唇を重ねてくれた。

 ――これが、キスかぁ……すごい、しあわせだなぁ……

「……これで、成仏できそうか?」

「そんなへたくそなのじゃだめだよ、たぶん。もう一回」

「わがまますぎる」

 そんなことを言って、きゅうじゅうきゅうはまたあたしの唇に自分の唇を――

「ああぁあ!! つくもさん、いるじゃないですか!!」

 重ねようとしたら、子供の声が邪魔をした。って、え……?

「入るときは呼び鈴を鳴らせと言っただろう、ユウキ?」

「ならしましたよ! でも、つくもさん出てこなかったんです!」

「それは俺がまだ帰ってなかったからだ」

「へー、どうだか」

 なんか、やたら透けてる男の子が玄関先でわーわーやってる。

「えと……誰?」

「この家の住民だ」

「いやいやいや」

 幽霊っすか? もしかして、子供の幽霊っすか!?

「この家の先住民です!」

「ああ、そうだったな、悪い」

「いや、どういうことすか?」

「話すと長い。今度教えてやる」

 とかなんとか言われてその場はその子供の説明を見送られたが……なんでも、家の中で紙飛行機とばして遊んでて、誤ってベランダから落ちて転落死したために無念過ぎて成仏できなかった子供の霊らしい。

 そのことを後で詳しく『ユウキ』に聞いてみたら、

「いや、Uターン投法を習得するまでは現世から離れられないですよ。男のロマンです!」

 とかなんとか言っていた。あたしにはよくわからない。

「とりあえず……俺はどうやら、変な幽霊に縁がありやすいみたいで、つかまりやすい。どうせあんた一人増えたところで、もう大した問題じゃないさ」

 指で顔をかきながら、きゅうじゅうきゅうはあたしに告げた。

「住むか、ここに?」

「いいの!?」

「変に付きまとわれるよりはな」

 そんなことを言って、ちょっと顔を赤らめるきゅうじゅうきゅう。そんなこんなで、あたしはきゅうじゅうきゅうに甘えることにした。

 キス以外にも、まだやり残したことがたくさんある。それ全部やり遂げたら、成仏の方法を探してみよう。あたしは、決めてみた。

 この後、あたしはきゅうじゅうきゅうや他の幽霊くんや幽霊ちゃんたちと色んな生活を経験するんだけど、それはまた別の話。

「にしても、何であたしを受け入れてくれたの?」

「性格だな。おかげで彼女もできん」

「可愛いあたしがいるじゃない!」

「自分で可愛いとかいうやつにろくなやつはいない。地獄に送るぞ」

 そんなこと言いながらも、いつまでも二百万円が貯まらないきゅうじゅうきゅうでした。


――横断歩道の女は黒い雨と戯れうるか――

三題噺

撃破

戸籍

先住民

無罪

個人情報

のお題で書きました。あれ、三題じゃない……

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