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都市伝説エトセトラ ハニーファニーランデブー  作者: 入羽瑞己
横断歩道の女は黒い雨と戯れ得るか
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横断歩道の女は黒い雨と戯れ得るか①

「ねぇ、あなた――」

 雪と雨が降り混じる季節。横断歩道の真ん中に立った黒いワンピースを着たあたしは、傘も差さずに一言告げる。

「見えてるんでしょ?」


 ――☆☆☆――


 あの日は雨が強くて、たしか台風だか爆弾低気圧だかが近づいていたんだ。風が強くて、ビニル傘やらゴミ袋が宙に舞っていたのを覚えている。

 ビショビショになるのは嫌だったけど、あたしは傘も差さずに走るしかなかった。だってあたしの大好きだったピンクのビニル傘は、美容院から出るとき、心ない誰かに盗られてしまっていたから。

 常連の顔ぶれは決まっているし、そんな非常識なことをするのは『あのお婆さん』だろうことは、なんとなくわかってたけど……そんなことを口に出してグチグチ言ったって、仲良しの美容師さんや、他の常連さんたちに嫌な思いをさせるだけだ。そう思って言わなかった。

 ――傘、いいの?

 ――へへへ。あたしったらドジで、忘れてきちゃったんです!

 なんて不自然な言い訳をして、あたしは土砂降りの中を駆けた。

 いくら綺麗に着飾ったって、待ち合わせ時間に遅れたんじゃ意味がない。ただでさえ自分はルーズな面ばかりが目立つんだから、時間くらいは守れなくちゃ本格的に嫌われちゃう。

 初めてできたイケメンの彼氏にそんな思いを馳せながら、あたしはただ全速力で走ってた。何でビショビショなのかって聞かれるかもしんないけど、この突風の中傘も差せなかったって言えばわかってもらえるよね、なんて変に楽観的に考えながら、無我夢中で走ってた。

 そして交差点で――跳ねられた。

 相手は二トントラックで、スピード違反で、信号無視で、居眠り運転で…………あたしの身体は天高く飛翔したかと思えば、いつの間にか鈍い音を立てて地面に叩き付けられていた。

 どうやら即死だったようだ。苦しんで死んだ記憶もない。

 ――ああ、これであたしも天国か。卓也くんとはキスもできなかったな。お父さんとお母さん、あたしがいなくなっても生きていけるかな……。

 なんていろいろ思ってたら、いつの間にか跳ねられた交差点に立ってた。黒いワンピースを着て、かかとの高いヒールを履いて。

 一瞬死んでないのかと思った。全部気のせいだったのかと思った。

 ふと横を見ると、雨の中をあたしを跳ねたトラックが逃げていく。ふと下を見ると、顔やら身体がぐちゃぐちゃになった、私と同じ背格好の同じ服を着た人が倒れてる。

 いくらあたしが鈍感でも、倒れている人がどうなってるのかなんて一目でわかるさ。倒れているのが誰なのかも含めて。

 ――ああ、そうだよ。

「死んじゃったんだね、あたし」

 他人事のように呟いてみる。

 午後五時十七分。大雨の中、風間美里は冷たいアスファルトの上で息を引き取り、その魂は天へ上ることを拒まれた。

 理由もないまま、その時から私は、『横断歩道の女』と呼ばれる存在となった。


 ――☆☆☆――


「いや、見えてないです」

 そう言って、スタスタと歩いていく学校帰りの大学生。表情一つ変えずに進む姿は、まるであたしのことなんて本当に微塵も見えてないような感じだ。

「……そうか、見えてないのかあたし」

 見えてないなら、仕方ないっか。また気長に見える人を捜そ――

「――って、そぉい!! 嘘付けや、お前! 見えてただろ、あたしのこと完全に見えてた上に、声まで聞こえてただろ!」

 あたしが呼び止めても、大学生は止まらない。傘を差した背中は、マイペースで遠ざかっていく。

「ちょ、またんかい! 可愛い女の子がわざわざ呼び止めてんさかい、話ぐらい聞いたらどうや!」

「自分で『可愛い』とか言っちゃう女の子の殆どは可愛くないです」

「いや……ごめん。それ、友達にもよく言われた」

 大学生の返事に、過去のことを思い出してちょっとセンチメンタルになってるあたしを余所に、大学生は横断歩道を渡り終えようとしている。このままでは、折角あたしのことが見えた人材をまた逃してしまう。

「ね、ねぇ! ちょっと待ってよ! 話だけでも聞いてよ! あたしのこと見える人、ほんといないの! 淋しいの!」

「………………」

 横断歩道をすっかり渡り終えた彼は、あたしの言葉など、あたしの存在など、まるで無かったかのように歩みを進める。

「一人ぼっちはもう嫌なの! 怖がるでもバカにするでも良いから、誰かに何か反応してもらわないとおかしくなりそうなの!」

「………………」

「だから……無視しないでよ。せっかくあたしのこと見えるのに、無視しないでよ!」

「………………」

「無視…………しないでよ…………グス……ふぇ、ふぇえええん! おいでがないでよぉ! 待ってよぉ……」

「………………」

 遠くなっていく、後ろ姿。もう、仮に横断歩道を飛び出しても、彼があたしの手の届く距離に帰ってくることはないだろう。

「ふぇえ……グスっ、ふぇえ、また、一人ぼっち、か……」

 うずくまる。

 ごつごつしたアスファルトに手を付くが、この身体となってからは感触は消えてしまっていて、もう何も感じない。でも、たぶん冷たいんだろうということは知ってるから、あたしは冷たさに身を任せて涙を流す。

 また、ひとりぼっち。

 雨の日にしか活動できないらしいあたしは、気付いたらいつも雨の中にいる。感覚はないから水の冷たさもわからないけど、雨の中に一人でいるのはやっぱり淋しい。

 いいさ。慣れたさ。

「ばーか」

 自分に呟いてみる。バカな自分をバカだと認めて、ちょっと気が楽になった。

「あーほ」

 あたしは賢くないんだ。これがどれだけ辛いかなんてのもわからないさ。

「人間のくーず。間抜けー。できそこない」

 楽しくなってきた。自分が駄目だと認めることが楽しくなってきた。

「雨女。しょーじょ。化粧下手ー」

「おい、帰っていいか?」

「………………え?」

「あんたが『待て』とわーわー言うから横断歩道の端で待ってやってたら、『無視された』だの言って泣き出すわ、突然自虐フレーズ連発し始めるわ」

「……え、いや、その……あれ、だって、あっち」

 どうやら久しぶりに見える人に出会って興奮して、途中から人違いをしてたみたいです、てへ!

「何が『てへ!』だ。地獄送りにすっぞ。ってか、気分悪いから帰る、俺」

「ちょいちょいちょいお兄さん。せっかくなんで待ってくださいよ。ご奉仕しますぜ」

 ってか、さらりと「地獄送り」とか言ったけど、“見える”人がそれ言うと割と洒落にならないです。すいません。

「成仏し損なったジバク霊のご奉仕なんかノーサンキューだ」

「自爆じゃない! あたしはトラックに跳ねられて死んだ、立派に撃破されて霊体になった身だ!」

「“自縛”霊だ。俺もあんたみたいなアホな霊と遊んでるほど暇じゃないんだ。じゃあな」

「ぐむむ……あたしはアホじゃないやい! アホって言うヤツがアホなんだ!」

「じゃあさっきあんたは自分で『あーほ』って言ってたから、あんたはアホで確定だな」

「そういえばそうでした」

 そうか、あたしはアホだったのか。通りで賢くないと思った。

「じゃあな」

「ま、待ってください! せめて、名前と住所と電話番号と生年月日と好きな髪型だけでも!」

「ポニーテールだ」

 そう爽やかに言って、彼は横断歩道から去っていった。随分と感じの良いヤツだったぜ、ちょっとタイプな感じのイケメンだったし。

「そうかぁ、ポニーテール萌え畑の住人かぁ……」

 あたしは背中の中程まである茶色がかった髪の毛を持ち上げ、何年かぶりにポニーテールへと結い直す。ふむ、やはりポニーテールというのは気合いが入る髪型だ。

「よぉし! 行っかぁ!!」

 そう言って、あたしは大学生の後をつけた。なぁに、今まで殆ど誰にも気付かれなかったんだ、後ろをつけてもバレるはずがない!

 ……と思ったら、五分も経たない内にまかれてしまった。何故だろう、何が悪かったんだろう。

 とりあえず、どうしようもなかったんで、また『横断歩道の女』を再開した。

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