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VEMSTER②


 ――☆☆☆――


「初めてのご対面か……」

 市街地の中。目の前に現れたのは獣型の蟲である『毛蟲』。

 今まで解剖する際に死骸に立ち会ったことは何度もあった。しかし、蟲が動いているのを見るのはこれが初めてだ。

「人型の『裸蟲』がでるまでは大して苦戦もせん。お前は、しばらく後ろで戦いを見て、戦場の空気になれろ!」

 そう言うや否や、隊長は目の前の『毛蟲』に発砲する。断末魔すら許さないワンショットキル――熟練の腕は、全くさび付いていない。

 しかし、一発でも撃てば発砲音はなる。最初は一体の毛蟲だけだったが、発砲音を聞きつけて、わらわらと鳥型の『羽蟲』や、は虫類型の『鱗蟲』が集まってきた。だが、私以外のベテラン勢は「それくらいは当たり前」という素振りで、何の感慨もなく次々に撃退していく。そんな中でたどたどしく、私はなんとか歩調を合わせる。

 幾ばくもの頭が弾け、そこら中に死骸が重なったが……どれだけ殺しても『鬼門』を閉じないことには無尽蔵に出現するというだから、いくら殺したというのは正直関係ない。なんともふざけた蟲共だ。

「ひぇー、やっぱ凄いっすね、ミナセさん! 初めてでこんなに余裕もって戦える人初めて見たっす!! 俺なんかより、はるかにヤバイっすよ」

 私の何十倍もの蟲を駆除した田中からの言葉は――おそらくそんなつもりは毛頭もないのだろうが――ただの皮肉にしか聞こえない。

「世辞はよせ。私はこれでも精一杯だ」

「世辞じゃないのに。綺麗で、頭も良くて、仕事もできて、その上強いとか、ユウスケさんが羨ましいっす! 相手がユウスケさんじゃなかったら、俺が絶対横取りしてるくらいっす!」

「そう、だな……」

 ユウスケはもういない。

 隊長がわざわざ私のところまで来て、「そう言った」ということは、きっと「そういうこと」なのだろう。

 だのに、田中はまるでユウスケと私がまだ付き合っているかのように話す。死んだばかりとはいえ、流石に死人と交際を続けるなど不可能だというのに。

「ユウスケさん、“行方不明”になってる場合じゃないっすよ! 彼女であるミナセさんが頑張ってるんだから、早く戻ってきてもらわないと困るっすよね!」

「行方、不明……?」

「…………あれ? 隊長から聞いてないんすか? 『ユウスケの行方がわからなくなった』って」

「いや、てっきり私は…………」

 死んだんじゃ、ないのか?

「いやぁ、俺はてっきりユウスケさんを探すために、なんだかんだでミナセさんが使命感に燃えた表情してるのかと思ってたんすが……違うんすか?」

「え、いや、まぁ、そう……」

「歯切れが悪いっすね。なんすか? もしかして喧嘩でもして、ユウスケさんが逃げたんすか?」

「喧嘩なんて……」

 いや、喧嘩自体はした。あいつがあまりにも軽い調子で出撃しようとするもんだから、私が諫めて喧嘩になった。

 思えば、あいつの最後のセリフにはちょっとトゲがあったかもしれない。

 だが、喧嘩なんて日常茶飯事だし、あいつがそれくらいで私の前からわざわざ消えるような男にも思えない。

「喧嘩なんてしたぐらいでどっか行ってみんなに迷惑をかけるほど、あいつはバカでもヘタレでもないよ」

「そうっすよね! でも、俺だったらミナセさんと喧嘩して罵倒されたり冷たくされたりしたら、ガチで凹んで失踪しかねないっす」

「好きにしてくれ」

「もっと言ってください!」


 ――☆☆☆――


「『鬼門』まであと少しだ。ここからは人型の『裸蟲』も出てくる。知ってるとは思うが、奴らは武器や魔法を使う。いっそう気を引き締めてかかれ!」

 隊長の号令に対して「応!」と突撃班全員の力強い返事が響く。

 隊長の話によると、鬼門まではあと四百メートルを切っているらしい。全力で走れば、一分ほどで鬼門に到着だ。鬼門が見える位置にくれば、私が『それ』の閉鎖方法を迅速に分析し、即座に打案しなければならない。

 そう考えると……わずかながら、先刻よりも全身に変な力が入る。

 ――できるだろうか? 私にできるだろうか? 私一人でいつものようにパフォーマンスを発揮できるだろうか?

 ぐるぐると、今更になってネガティブな考えが頭の中を支配する。

 いつもは他の解析班の手助けや助言があった上で、最終的な方法を私が構成し、突撃班に提言していたに過ぎない。皆からはエリートだとか、解析班のホープだとか言われても、目視と簡単な測定で打開策を打ち出せる自信など、毛ほどもあるわけがない。それも、自分の身を守りながら、だ。

「緊張してるんすか? 大丈夫っすよ、ミナセさんならバビューンと鬼門を消滅させちゃいますよ!」

 根拠のない応援。気持ちは伝わるが、嬉しさや安心などない。

「そろそろ敵も強くなるんだろう? 私のことなど構ってないで、撃退に集中してくれ」

「いやいや、どうせ敵さん倒しても、鬼門閉じない限りは殆ど意味ないっすから。やっぱここはミナセさんを応援してベストパフォーマンスを発揮してもらった方が有益だと思ったんすよ!」

 何の曇りもない無邪気な笑顔を私に向ける田中。

 田中の任務は私の護衛。迫りくる全ての敵を問答無用で倒せばいい。

 私の任務は鬼門の閉鎖方法の考案および、閉鎖の実行。まず、構造を調べ、現状の装備で閉鎖を可能にする作戦を打ち立てなければならない。

 どちらが難しいだろうか? どちらがキツイだろうか?

 私は、何も考えずに任務に臨める田中が羨ましい。私は、自分の任務中に私への気遣いすら示せる田中が羨ましい。

 ――そんなこと思ったって、何かが変わるわけでもないのに。

「お前に応援されてもベストパフォーマンスなんて発揮できんがな」

「へへ、やっぱユウスケさん直々じゃないと駄目っすよね! まぁ、俺は自分の任務を絶対やり遂げるっすから、ミナセさんも頼むっす――」

「ぐぅあああああああああああああああああああああああッ!!」

 刹那、初めて戦場に響く断末魔。蟲に言葉はない。だとすれば……

「強いの登場ってことっすか! こりゃ、久々に腕が――」

「助けてぐれぇえええええええええええええええええええッ!!」

 次々に響く悲鳴、絶叫、断末魔。

 聞こえてくるのは前衛の方――つまり、鬼門により近い位置。

 後衛の私たちに見えるのは、魔法の爆発と、銃弾を放つ閃光のみ。人間対人型の戦闘で、両者が同じような戦い方をしているので、どちらが具体的にどうなっているのかは、少し離れた位置にいる私たちにはよくわからない。

 とりあえず、爆発して、光って、たくさん血が流れて、色んなものが朽ちている。

 正直、私に一歩足を踏み出す勇気は既にない。がたがた震えて後ろに逃げ出しても、勇猛果敢に前へ進んでも、きっと待ってるのは『死』だ。私の人生は、血まみれの戦場で終わりを告げたのだ。

「こんなとこ、来なければ良かった……」

 ぼそりと呟いた私の声を、田中はどう受け止めたのだろうか?

 田中はただぼんやりと最前線を眺めている。腕に抱えたアサルトライフルを強く強く握り、ただその場に佇んでいる。

 ――何を考えてるんだ、田中?

「…………まさか、ねぇ。こんなにヤバイ戦場は初めて見たっすよ。そりゃ、隊長が率いたチームが、むざむざと撤退を余儀なくされるわけっすね。ユウスケさんなしで戦えるほど甘くはない、か……」

 ぶつぶつと独り言を呟いている田中。表情を見ると、いままで見たことがないくらいに目が鋭い。顔全体としては笑顔を作っているが、とても柔和な表情とは言い難い。

「ミナセさん。こりゃ、まずいっす。今から俺、突っ込むんで頑張って付いてきてください。じゃなければ」

 ――みんな死ぬっす。

「何だと!?」

「護衛任されたのに前衛に出ようなんて、常識はずれもいいとこっすが……どの道、鬼門に接触しないことには閉鎖も不可能っす。もたもたしてたら全滅するのも時間の問題っすから、今回は強引に勝負決めに行くっす。多少の無茶は承知の上っす!」

 そう言って、勝手に走り出す田中。今接触しても、閉鎖方法がすぐに浮かぶとも限らないのに――こちらの都合も考えず、田中はアサルトライフルを乱射しながら、前へ前へと進んでいく。後衛を任された周りにいたベテラン突撃班員もそれに続く。

「あ、こら、待て…………待ってよ!」

 置いて行かれたらもう任務は達成できないと思い、私は必死に追いかける。横で爆発が起きようが、肩を銃弾が掠めようが、一心不乱に田中の後に続く。

 鬼門まで、残り二百メートル。歪に浮かぶ直径三メートルほどの球体と、中心に描かれた正五角形の黒い空間――『鬼門』を目視できる距離に至ったが、おそらくはもう引き返すことはできない。というか、立ち止まった段階で死ぬ。

「うぁあああああああああーっ!!」

 叫び声が聞こえる。いや、悲鳴か?

 たぶん、自分の声だ。もう私は叫んでもないと前には進んでいけないんだ。「みんなに迷惑がかかるから取り乱すまい」と誓ったはずなのに、今はそんな文言は頭のどこを探しても見つからない。

 目視できる距離に至ったのだから、前に進めている内に鬼門の分析を始めるべきなのだろうが、死と隣り合わせの現在では生きているので精一杯だ。私はただ愚直に田中の後ろを走ることしかできない。

「よぉし、ここで戦力を展開! ミナセさんの分析が終わるまで、なんとしてでも彼女を守り抜け! チームVEMSTERの意地を見せるっす!!」

「「「「「応ッ!!」」」」」

 田中が走り出してから、後衛だった半分ほどの班員が脱落した。しかしそれでも、私の盾になるように取り囲む残りの班員の士気は異様に高い。

 ただ涙を流して突伏してしまいたい気持ちでいっぱいだったが、周りを囲んで守ってくれている突撃班のみんなの様々な声援に支えられて、分析作業を開始する。

 目視三十メートルの距離。ここまでくれば、鬼門が蟲を生成している生々しい様子さえ明瞭に見て取れる。正直吐きそうだったが、うぇうぇと間抜けな声を出しながら、必死に分析を急ぐ。

 だが、分析が進むに連れ、絶望的な結果がコンピュータの画面を埋め尽くす。

 UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN。UNKNOWN――

「嘘……でしょ……?」

「何かわかったんすか、ミナセさん!?」

 発砲音や爆発音が殆ど場を支配しており、私の呟きが誰かに聞こえるとも思わなかったが……どうやら田中には聞こえたようだ。

 期待を込めた声が、今の私には痛くて痛くて仕方がない。

「ええ、まぁ、一応……」

 ――何もわからないということがわかった。

 なんて、どうして私の口から言えよう。必死に私の分析結果と、閉鎖方法の打案を心待ちにして戦ってる彼らに、どうしてそんな残酷な真実を伝えられよう。

 私たちは既に詰んでいる。

 そもそも、いつもは起きない電波障害が起きている時点で普通じゃないのだ。異例なのだ。その時点で、全てが『未知との遭遇』であると、容易に想像できたはずなんだ。

 私はバカだ。私にはどうしようもないことにすら気づけないなんて、私はバカだ。

 UNKNOWNが並ぶコンピュータの画面は変わらない。ただ時間ばかりが過ぎ、少しずつ……本当に少しずつ、私の周りに立っている人が減っていく。

 私を守らなければ、もう少し長生きできたかもしれないのに……何もできない私を守って、何も生み出さないままに命を散らしてく。

 ………………こんなの、辛すぎる。

「……会いたいよ、ユウスケ………………」

 行方不明なら、私の前に現れてくれ。私のことを、そのマイペースな態度で救ってくれ。

 私の願望は現実逃避。結局、現実から逃げたって、ユウスケが前に現れるわけでも………………え?

「あれ、何……?」

 私は鬼門を指さす。鬼門は相変わらず、せっせと蟲を作り出し続けている。

 鬼門は平常運転だ。なのに何故私は、今、指をさす?

 そんなの……そこに明らかに見知った……それでいて、知っていて欲しくなかった人影を見つけてしまったからに決まっている。

「ユウ……スケ……?」

 人型の『裸蟲』。鬼門から現れたんだ、そうに決まっている!

 なのに何故、あんなにも、あれがユウスケに見える?

 『裸蟲』は、右手にハンドガン、左手に日本刀を携えている。そして、独特な構えでこちらに走ってくる。

 そして、私の知っている姿をした『裸蟲』は、『安藤ユウスケ』そのものの動きで戦闘を開始する。

「なんだ、あいつ……――ガッ!?」

 三回発砲音がしたと思うと、三人の班員が倒れる。見ると、皆一様に、眉間の中心を打ち抜かれていた。

「冗談きついっすよ……蟲の分際で……」

 田中の呟きはどちらの意味だろう。あれがこれほどまでの戦闘力を持っていることに対するものか。それとも、あれがあれほどまでに『安藤ユウスケ』に酷似しているということに対するものか。

「あいつは俺に任せるっす。ちょっと、あいつ一体に洒落にならないくらいの人的被害を被りそうなんで」

 そう言って、田中は私を囲む輪から飛び出し、あの『裸蟲』の関心を自分に向けるように動く。見事関心を自分に引きつけたはいいが、田中は代償に左腕を撃ち抜かれた。

 ハンドガンの直撃でもげる腕。そんなデタラメな威力を持つハンドガンを持つ人間なんて、私はユウスケしか知らない。といっても、あれは人間ではなく『裸蟲』だが。

「一回ユウスケさんと手合わせ願いたいとは思ってたっすが……まさかこんな形になるとは。左腕の借りはでかいっすよ!」

 痛みを物ともせず、田中は戦っている。

 尋常じゃないスピードで吹き飛んだ箇所から滴っている血の量を考えると、あいつはもう勝っても助からないだろう。

「私は……何を冷静にこんなことを分析しているんだ……」

 このままおかしくなってしまおうと考えていた私の肩に、不意に見知った重さがのしかかる。見るとそこには、最初から最前線で戦い体中血だらけにはなりながらも、依然として五体満足でいる隊長の姿があった。

「ユウスケは死んだ。俺はそう言ったぞ?」

「そう……聞きました」

「じゃあ、あれが『裸蟲』だということはわかるな?」

「………………」

 答えられなかった。『行方不明』だなんて、誰かがいらぬ情報をくれさえしなければ答えられていたかもしれないが……一度変な期待をしてしまった私に、あれをユウスケじゃないと完全に認めきることはできなかった。

「ユウスケは、自分で撃った散弾の直撃を受けて死んだ。見事な手並みで鬼門との距離をゼロにしたユウスケだったが、まさか鬼門が弾を反射するなんて思わなかったんだろう」

「…………そう、ですか」

「その後、ユウスケは俺が死体を回収する間もなく、鬼門に取り込まれた。それが何を意味するのかよくわからず、様々な推測をめぐらせることしかできなかったが……どうやら、一番嫌な現実を俺たちは引いてしまったらしい」

「…………そう、ですね」

「奴は吸収したものをそのまま、蟲として生成し直すようだ。『ユウスケ蟲』が出現したんだ、俺の予想は確信でいいと思ってる」

「…………そう、か……蟲、か……」

「お前が放心中に悪いが、分析結果を覗かせてもらった。どうやら、八方塞がりってところだな」

「…………そう、ですよ」

「だが、吉報が一つ。蟲共は飛び道具の射線上に鬼門があった場合、極端に攻撃回数を減らした。さっきからわざと、射線上に鬼門があるように動いてみたが……やっぱり、あいつらは攻撃しなかった。試しに、ぶっ殺した蟲の持ってたハンドガンで鬼門を攻撃したら……なんと攻撃が通りやがった」

「…………つまり、どういうことです?」

「鈍いぞ、さっさと正気に戻れ!」

「――ッ!?」

 ガシッと肩を掴まれる。その後、右腕を捕まれ、手にハンドガンを握らされる。

「蟲共の持ってた武器なら、鬼門を破壊可能かもしれんってことだ!」

 かもしれない――希望的観測を充分に含んだ見解。

 だが、もう既に……私たちは、その一縷の望みに全てを託すことしかできないんだろう。

 私はもらったハンドガンで、おもむろに鬼門の五角形の中心を狙う。そして、全ての銃の弾丸が切れるまで、一心不乱にただ発砲し続けた――

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