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都市伝説エトセトラ ハニーファニーランデブー  作者: 入羽瑞己
ある晴れた日の夜の花子さん
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ある晴れた日の夜の花子さん②

 さてどうしたものかと苦々しい顔で思索を巡らせる中、静寂に声が響く。

「……行ったか、あの女?」

「……わからへん。せやけど声とか聞こえへんよ」

「扉あける音聞こえたか……?」

「聞いてへんけど、いる感じもしぃひんよ……?」

「え、幽霊の類? 怖いわぁ」

「何言うてんねん、花子さん」

 会話が始まった。どうやらさっきの声は幻聴などではなく、たしかに何かが存在している声だった。普通に怖い。

 やけに渋い声を響かせる男。トイレの花子さんのバリエーションは数知れど、お前が花子さんなのは世の中高生の一切が納得しないだろう。それくらい渋い声。ってか、女子トイレの中で聞こえたらまず犯罪を疑う声。

「ってか、夜の学校に入ってくるのはあかんなぁ。警備のおっさん通るだけでもこちとら心臓縮まりそうになるんに」

「ほんまやな。夜の学校はうちらの時間なんやさかい、自由にさせて欲しいわぁ」

「ま、自由にって言っても、ここから動かないんやけどな!」

「流石トイレの花子さん! 貫禄が違うでぇ!」

 剛胆な笑い声を響かせる二人。夜の学校には不似合いな笑い声が、宵闇の化粧室の中を響き渡る。

 私と言えば、いないものと処理され、警戒も解かれてしまったようなので、正直出るに出られないでいる。紙もないので自然と行動が萎縮してしまうというのもあるのだが。

「にしても花子ちゃんや。ちょっと相談あるんやけどいいか?」

「おう、奇遇やな花子さん。うちも珍しく聞きたいことがあったんや」

「え、何? 気になるわ、先言ってよ」

「気になる言うても……まぁ、言い出しっぺのそっちから言いや」

「え、いや、いいよ。花子ちゃんから言いって」

「何言うてんねん。男らしくないで、花子さん」

「えー、そう言うてもなぁ」

 ………………なに、このやりとり。

 なんとなくいじらしい感じで青春感を出してくるけど、ここ夜の学校のトイレだからね。そしてあんたら個室にこもってる男女だからね。加えて、花子さんの方はただのおっさんだからね。完全に声が中年だからね。女子高生と絡んだら普通に犯罪だからね。ってか、深夜の学校の女子トイレに侵入してる段階で犯罪だからね。つまりどうあっても犯罪だからね。

「んじゃんじゃ、『いっせーの』で言おう」

「いっせーの」

「な、ばか、早いて! まだ準備できてないから。おじさんまだ心の準備できてないからね」

「いや、うちと花子さんの仲やん。今更気にすることなんて何もあらへんて」

「そ、そんなこと言ってもこっちは気にすんの! ちょっと今からデリケートな話しようとしてるの!」

「なんやねんデリケートな話て。…………って、ちょちょ、まさか、びっくりさせへんでよ、ほんと。うちの方まで心の準備せなあかんなんて嫌やからな」

「なに動揺してんの。ってか、そんなこと言うんだったら花子ちゃんから言いなよ。まず聞くから。それから言うから」

「いやいやいや。最初の『いっせーの』はどこいったんや。ってか、それ言うたら、うちも割とデリケートな話やさかい。……ちょっとだけ」

「何言ってんのよ、花子ちゃん。…………って、え、なんかそんな感じの話? え、そんなのあかんよ。流石におじさん、そういうのだったら心の準備いるよ」

「い、いや、心の準備はいらんと思う! ……たぶん」

「たぶんて何!? 普通に怖いよ、それ」

 ………………まじ帰りたい。

 さっさとこの空間からおさらばして、可及的速やかに今日の課題を終わらせて、私を綺麗な夢の国へとダイブさせて欲しい。こんなよくわからん女子高生とおっさんのトイレで繰り広げられる「なんちゃってボーイミーツガール」に付き合わされるのはごめんだ。っていうか、おっさんをボーイと言うのはいささか苦しい。

 しかし、完全に私は出るタイミングを逸してしまった。さっきまでなら、多少きまずさが生じることが覚悟でも、何とかこの空間から去ることができただろう。場のきまずい空気を感じたとしても、トイレから出て学校から出てさえしまえばそんなことは関係なくなる。「なんかいたな、やべぇな」くらいの大した生産性のない思いを胸に帰路につき、家で課題をやっているころにはすっかり忘れているだろう。

 だが、今のタイミングでこの個室を後にすることはまずもって不可能だ。物理的には可能かもしれないが、いよいよ大事な話を――ここがトイレであることに目を瞑りながら――繰り広げようとする中、「あー、失礼します」なんて言いながら水を差すことなんてどうしてできようか。この絶妙な空気感の中、お互いの決心が定まるのを待ってあげるのが周りの優しさだと常々思うが、可能ならお家の前とか、車の中とか、どうしても学校でと言うなら校舎裏とかグラウンド脇とかでやってほしいと私は願わずにはいられない。人のいるところでそんなことをするのは本当にやめてほしい。……まぁ、この人たち私の存在認知してる感ないけど。

「と、とりあえず、風祭花子ちゃん。えと、実は……」

「ちょ! やめぇや、ほんと。本名で呼び出すとか、ほんとやめてぇな。マジで、うち、そんな心の準備とかそういうのないさかい!」

「なら、花子ちゃんから言いなよ」

「えぇ……。えっとな、翔太郎さん。うちな……」

「いやいやいやいや!! 花子ちゃんも俺のこと名前で呼ぶのやめてくれる!? いつも名字で呼んでたんに、突然名前呼びになるとかやめてくれる!?」

 ……あ、おっさん名字が花子なんだ。花子翔太郎さんなんだ。……むちゃくちゃわかりづらいね。いや、私がとやかく言うことじゃないんだけど。

 いや、というか、さっさと話のケリをつけてほしい。そんな「両思いなのわかってるはずだけど、いざとなったらお互い言い出せない!」みたいな甘酸っぱいシチュエーションを、真夜中のトイレで展開するのは普通にやめて欲しい。

 しかもお二人、現在個室の中ですよね? 顔すら合わせてませんよね? トイレの個室にこもってラブストーリー始めるなんて斬新すぎませんかね。

 たしかに、奥方がトイレに行くことを「花を摘む」とは言いますが、それはあなた方が咲かせようとしてらっしゃる花とはまた違う花だと私は思うのです。

「いや、でもやで。うちら出会ってからもう結構経つやん。もうそろそろうち解けても良い頃やと思うねんて」

「う、うち解けてるじゃない。俺は花子ちゃんに壁なんて作ってないぜ?」

「そうじゃないねん。うちがうち解けてないんや。年上ってこともあるけど、いつも『花子さん、花子さん』って。そっちはうちのこと名前で呼んでくれはってるのに、うちは名字でしか呼ばへんのは平等じゃない気がすんねん」

「あー……気にしなくていいのに。俺、おっさんだよ? おっさんのこと名前で呼ぶなんて、なかなかうち解けててもできんって」

「それは……たしかにおっさんや。それは否定できひん」

 そうや、否定できひん。私も花子さんはただの中年のおっさんだと思う。

「でも、一緒におったら、おっさんとか、年齢とか、そういうのは関係あらへんよ」

「そうか……? まぁ、そうか……」

「うち、同年代の友達とかあんまりいいひんかったから、むしろおっさんの方がいいねん。お互いの立場がはっきりしてた方が、どんなふうに関わればいいかわかりやすいし」

「いやいや、花子ちゃん。そういうのは良くないよ。今このタイミングで言うのもなんだけど、そういう楽な方に流れてしまうのは良くないと思うよ? 花子ちゃんは年頃の女の子なんだから、こんなおっさんと交流深めることより、やっぱり同世代の、それも女の子と交流深めた方がいいよ。その方がよっぽど健全だ」

「何言うてんねん。今更健全も何もあらへんやろ? もううちら、こんな関係になってしもてから……」

 ………………え? えぇ!? 今から告白とかするパターンのあれだと思ってたんだけど違うんですか? こんな関係ってどんな関係ですか?

 それはあなた。夜の真っ暗なトイレでよろしくする関係ですよ。よろしくする関係なんて言うと一気に卑猥に聞こえるけど、たぶん「ご機嫌宜しゅうございますか?」とこんにちはする程度の関係ですよ。

 なんて自分の中でどうしようもない状況をなんとか楽しもうとあれやこれやと想像を膨らませてみるが、どうにも扇情的でロマンチックな何かを想像するには場違いなシチュエーションだ。そもそも、男子トイレ女子トイレと分けられているのだから、同性愛者でもなければ本来こんなシチュエーションは想定されるはずもないのだ。とりあえず、どんな事情があるにせよ、健全ではないのは間違いない。

「まぁ、おっさんもなぁ、本当はこんなとこで女子高生捕まえておしゃべりするよりは、歓楽街にでも出て、酒を浴びるように飲んで、同僚と小突き合って、綺麗な女の人ナンパして、痛快なくらい撃沈して、次の日社内の可愛い後輩に慰められるようなくらいの生き方をした方がいいんやろうけどな」

「あはは!! なに言うてんねん、翔太郎さん!」

「んな! べ、別におかしなことは言ってないだろ」

「だって無理やもんに。花子さん、綺麗な女の人どころか、女の人にさえ声かけられへんやろ? 現実じゃ」

「そ、それは……ぐぬぬ」

「酒に弱い花子さんが浴びるように酒飲んだら、きっと社内の可愛い後輩は慰める前にかんかんやで。『あんな無茶な飲み方をするからです! 私もう知らないです!』なんてな。むしろ怒られるんとちゃうか? それか無視でもされるか」

「うぉいおい……た、確かに酒はあんまり強くない。それは認めよう。正直すぐ赤くなるタイプ。やけど……理想の話の中ですら慎ましい幸せですませてるんやから、そこを抉るようなこと言うのはやめてや」

「……ま、お互いできんことはできんってことや。理想を語っても夢を語っても、それでどうにかできるほど、社会も……きっと神様もそんなに優しくないねん」

「………………」

「……花子さん?」

「いや、女子高生にそんなこと言われるなんてな、って思って。子供の内からこんなに荒んで……『神様もそんなに優しくない』か……」

「あぁ、優しくない」

 あぁ、確かに優しくないね。

 トイレの神様は優しくない。こんなよくわからない状況の渦中に置いてくれて。神はいるのに、紙はないとはどういうことか。

「ところで……花子ちゃん」

「なんや?」

「その、やっぱり緊張して、えぇと、うまく言えない部分もあるんやけど」

「……ええよ。うまく言えなくても。うちはもう、気持ち、ちゃんと受け止める準備できてる」

「いや、やっぱ恥ずかしいわ」

「んな!? 何言うてんねん! もう一言言うだけやろ!」

「そんなこと言って、花子ちゃんだって言ってないやんに! 俺はおっさんだけど、おっさんはおっさんなりに矜持ってもんがあるんや」

「捨ててまえ、捨ててまえ、そんなもん。こんな時ばっかレディファースト謳うなんて情けないで、花子さん」

 そう。これは本当にそう。

 なんか良い雰囲気になったときに、「あの!」で被って男が「き、君から言いなよ」って紳士ぶってバトン渡してくるのは本当に良くない。本当に。もうチキンプレイ以外の何者でもないと思う。そういうときこそリーダーシップを取って欲しいよ、っていう女心の如何を何一つ理解していない。こういう男は嫌だね、本当。

 ……まぁ、私は男子とそんな状況になったことなんてないんだけど。

「じ、じゃあ、言うぞ」

「ああ、聞くで」

「花子ちゃん――!」ビィ、ガーゴォオオオオオオ!

「………………」

「………………」

 ………………。

 刹那、トイレの自動洗浄機能によってかき消された花子さんの声。うちの学校のトイレの自動洗浄機能は、やたらけたたましい音を立てるなんていうのは界隈では有名な話である。水の勢いもすごいらしく、おかげさまで入学してから今までどこかのトイレが不調を訴えたなんていう話は聞いたことがない。

 花子さんは確かに何かを言った。言ったのは流石にわかる。ただ、あまりに音が大きすぎてその言動の何かを聴きとることはできなかった。というより、私の真下で水が突然うなりを上げて流れ、びっくりしてそれどころではなかった。トイレで大事な話をするのはこういうこともあるから控えるべきである、という教訓を私はいただいた。いや、そもそも大事な話をするシチュエーションがあるかは疑問だけど。

 しかし、こういった思い出はどこかくすぐったい記憶を呼び覚ます。かつて秋終わりに、人気の少ない告白スポットに憧れの先輩を呼び出して「勅使河原先輩、ずっと前から好きでした!」って言ったその瞬間、冬場に向けてボイラーが轟音を上げて試験運転を開始したときには耳を疑った。おかげで先輩が何を言っているのかさっぱり聞き取れなかった。ただ、何となくフラれたのであろうことだけがわかり、私は去る先輩の背中を眺めながら、ボイラーの轟音の中で声を出して泣いた。

 なんていうことを考えると、なんだかセンチメンタルな感情が身体を駆けめぐる。なかなかこういうのは、一回言ってしまって二回目もう一度言うのは難しいものである。少なくとも「TAKE2」をやったなんていう話を私は聞いたことがない。

 だが、ともすれば、何を言うかを想定していた女子高生の花子さんの方には、その言葉は届いていたのかもしれない。私にはわからない、二人だけで通じ合う言葉が。

 刹那訪れた間は、雑音など一切無視した上で、その言葉を吟味している時間だったのかもしれない。

「あぁ、えぇと、ないよな。やっぱ……ないよな」

「でも、それって花子さん。誰しも一度は抱えたことがあるようなことや。うちだって、そりゃ、例外やない」

「おいおい、花子ちゃん。何を言って――」

「花子さん。実は――いや、やっぱり、うちと思ってることは同じやったわ。こういうの……『両思い』って言うんかな……?」

「ははは! そいつは……ある意味、残酷だ」

「残酷……なんかな……?」

「…………ああ。俺にとっても、君にとっても」

 両思いが残酷とは、また面妖な。

 誰かに好きになってもらえるというだけで、私は前世どれだけ善行を積んできたのかと、徳を積んできたのかと、常々街行くカップルを眺めて感じている。にもかかわらず、その思いをかわして何事もなく生活を送る連中も一定数いるわけで……なかなかどうしてこの世界とは複雑怪奇にできていることを感じざるを得ない。

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