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メリーさんと魔法使い②

「ったく、何が『メリーさん』だよ。……ってか、山下の野郎、家に嫁さんいるだろうが」

 なんとなく不条理に近い感情を抱きつつ、誰もいない一人きりの晩酌に耽るために、恵比寿さんの描かれた缶ビールを手に取る。

 いやはや、仕事の後の一杯はどうしてこんなにも旨いのだろう?

「メリーさんねぇ……」

 俺は日本人よろしく、酒に弱いため、缶ビール二、三本でだいぶ気持ちよくなれる。その気持ちよくなった状態で、もし、本当にメリーさんから電話がかかってきたら自分はどう対応するのかを考えてた。

「やっぱ、嬉しいのかな……」

 なんて呆けた頭で言ってると、携帯が鳴った。

「誰だよ、こんな時間に……」

 こんな時間に電話を掛けてくる奴を頭の中で模索してみたが……如何せん、酒でグルグルした頭ではまともな思考はできないようで、誰も浮かばない。

 テレビよろしくの感性で、

「まさか『メリーさん』?」

 なんて思ってみたりもしてみたが……いくら酔っていても、そこまで夢見てるわけでもない。

「もしもし」

「もしもしぃ、亮介ぇ? 今、いつものとこで飲んでンだけどさぁ、お前も来ねぇ? 外国人のメリッサとかいう女の子も捕まえたんだぜぇ。お前そういうの好」

「すいませんが、たぶん間違い電話です」

 まさかよりによって、酔っぱらいの兄ちゃんから間違い電話がかかってくるとは……

 ってか何だよ、メリッサって。亮介くんはそういうのが好みなのか?

「ったく、面倒臭ぇな……」

 そう言って、四本目のビールに手を伸ばす。いつもなら、これを飲み終えたあたりで気持ちよく眠れる。

「あーあ、明日もクソ暑い中で仕事かよ。いい加減もっと良いクーラー買えよ、貧乏会社め」

 なんて言って最後のビールを一口含んだところで、変にタイミング良く携帯が鳴る。また非通知で、だ。

 どうせまたさっきの奴らだろうと思って、怒鳴ってやるつもりで通話ボタンを押した。

「もしもし、私メリ」

「ふざけんなよ! 手前、今何時だと思ってやがるッ!! 俺の名前は亮介じゃねぇ! 光太郎だよ! もうかけてくんな!」

 そう言って、俺は電話を切った。切る間際に「ふぇ、え、わたしメリーさん。ごめんなさい……」とかなんとか聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

 久々に怒鳴って喉にきたので、二口目のビールで潤そうとした矢先、またもや電話が鳴る。放っておこうかとも思ったが、流石に時間が時間だけに、大事な連絡だったらまずい。

 とりあえず非通知だったが、怒鳴ったばかりだったので、流石にさっきの酔っぱらいの兄ちゃんではないと思って電話に出た。

「もしもし」

「ワタシメリッサ。亮介モコッチ来」

 切った。おそらくこんなにイライラして電話を切ったのは初めてだろう。

「亮介じゃ……ねぇよ!!」

 いい加減、静かに酒を呑ませて欲しい。っていうか、時間が時間だからそろそろ最後の一本飲み終えて寝たい。

 二口目を口に含んだ。電話はならない。

 三口目を口に含んだ。電話はならない。

 四口目を口に含んだ。電話がなった。

「……もしもし」

 おそらく、非通知の電話に対して、こんなに不機嫌な口調で応じたのは初めてだろう。

「わたしメリーさん? 今……駅前のコンビニの前にいるの?」

「………………」

「すぐ行くから待っててね? ……ふえぇ、この後どっちだったっけ……すみません、南原光太郎さんのお家知りま」

 切った。なんだか怒られた子供が、親に対して一句一句丁寧に言葉を選んでるような話しぶりだった。

 もし、自分が二十台前半で結婚して子供ができていたら、おそらくは電話の娘のような年頃だろう。いやはや、なんと……可愛いらしいことか。これほどまでに娘が欲しい願望を持ったことはない。

 山下め……これを狙って結婚したな。まぁ、あいつの子供今のところ全部男の子だけど。

 それにしても、どうしようか。何かあの娘、こんな夜中にバリバリ人に道を尋ねていたようだけど……

 とかなんとかいう俺の心配を余所に、また電話が鳴る。

「もしもし」

「わたしメリーさん? 今……あなたの家の前にいるの?」

「……え、俺マンション住まいなんだけど?」

「………………」

 切られた。勝手な予想だが、赤面して電話を切る絵が浮かんだ。きっとコンビニの客か店員に、適当なことを教えられたんだろう。可哀想に……

 その後は、電話が鳴るまで随分と間があった。

 ちびちびとビールを啜っていたが……やがて電話が鳴る前に飲み終えてしまった。俺は本当に酒に弱いので、四本も飲んだら一気に眠気と共に夢の世界へゴーするんだが、今日はこらえた。『メリーさんの電話』を寝過ごしました、じゃあ話にならない。

 ってか、そんなことしようもんなら、あの娘絶対泣いちゃいそうな雰囲気あったから、流石に心苦しい。

 仕方なしに五本目の恵比寿さんを冷蔵庫から取り出し、これまたちびちびと啜っていると、ようやく電話が鳴った。

「わたしメリーさん……? 今……あなたのマンションの前にいるの……?」

「おう、頑張ったな」

「うん、頑張った…………。疲れた…………」

「お疲れさん」

「……うん…………」

 すっごい涙声だった。もの凄く頑張ったんだろうな……なんて思わずにいられない。

「俺の部屋わかるか?」

「………………」

「頑張ったご褒美だ。一度しか言わないからよく聞けよ?」

「………………うん」

「六○三号室。もうちょっとだぞ」

「………………うんっ」

 切られた。心なしか、最後の返事は少し元気が戻っていて、一安心した。

 何だろう? これじゃあまるで、俺の部屋に到達するのを応援しているみたいじゃないか。

 親心ってどんなんだろうなぁ、って結構本気で考えてみた。考えながら、ビールを啜る。

 そして、五本目を飲み終えた。…………あれ? さっきの電話の段階でまだ半分も飲んでいなかった筈なんだが……

 ふと時計を見ると、さっきの電話から二十分が経っていた。

 ……おかしい。セオリー通りなら、一階上がるごとに『今何階』っていう連絡が来る筈なんだが……

 よしんばその連絡がカットされていたとしても、いくらなんでも、二十分もあれば六階の俺の部屋までたどり着ける。

 頭をひねっていたところ、ようやく電話が鳴った。

「わたしメリーさん……? 今……あなたのマンションの前にいるの……?」

 俺の脳裏によぎった可能性は二つ。

 一つ目は、メリーさんが一つ目のマンションを間違えてしまっていた可能性。

 二つ目は、何らかの理由でメリーさんがマンションの階を上がれなかった可能性。

「えと……どうした?」

「………………」

「マンション、間違えてた?」

「…………違う……」

「じゃあ、六階にたどり着けない?」

「………………うん……」

 どうやら二つ目の可能性だったらしい。にしても、どうして上がってこれない?

 …………!? もしかして……

「ああ……ウチのマンション、非常階段しかないから、上がって来れないのか。エレベーター使いなよ」

「ふえぇ……だって……」

「非常階段は鍵かかってるから上がれないよ? エレベーター使って良いから。俺が許可するから。早くきなよ」

「…………うん……」

 何だろう。これは迎えに行ってはいけないのだろうか? 無性に迎えに行きたくて仕方がない。

 まぁ、これで俺のところへも来れるだろう。

 時間も時間で、恵比寿さん五人分のアルコールもあって猛烈に眠たかったが、俺は堪えた。そして、電話に出てあげた。

「もしもし」

「わたしメリ今二階にい、三階に、四階五階六階にいるの……?」

「……うん」

「今からあなたの部屋に行くから、待っててね?」

「……ああ。大至急来てくれ」

 エレベーターを使わせて正解だった。セリフが言えないところが可愛くて仕方がない。恐怖なんて微塵もないとはこのことか。

「わたしメリーさん? 今……あなたの部屋の前にいるの?」

 俺は今、携帯片手に玄関の扉を背にしている。

 後ろからは、確かにあの娘の声が聞こえる。電話越しだけじゃなくて、確かに後ろから。

「頑張ったな、メリーさん」

 もう電話は切っている。次にかかってくる最後の電話があるはずだから。

 だけど俺は、後ろにいるはずのメリーさんに向けてその言葉を贈った。扉一枚しか隔てていないのだ。聞こえてないはずがない。

 その言葉を受けてか、後ろからはすすり泣く声が聞こえる。もう殆ど朝に近い時間帯だ。暗い中、本当にメリーさんは一人で頑張ったと思う。

 俺は決めた。「後ろにいる」という電話と同時に、メリーさんを抱き締めて、それから頭を撫でて、できることなら今日の夜にでもご飯を御馳走してあげようと。

「もしもし」

「わたしメリーさん? 今――」

 俺は通話開始と同時に、鍵を開けて、扉を開いた――

「――あなたに……抱き締められているの……?」

「お疲れさん。よく……頑張ったな」

「…………うん…………うんっ…………ふぇえ、ふぇえええええええん。辛かったよぉ……」

 声の通りに可愛い女の子だったメリーさんは、俺に抱き締められて、一気に泣き出した。

「……ふむ。ギリギリ合格といったところですね」

「タイムリミットまで残り二分。“おちこぼれ”と言われた割には、よく頑張ったよ、こいつも」

 ………………え? 

 ベランダに二人ほど浮いているのが視界に入りました。

「いやぁ、それにしても。メリーもあなたのアシストがなければ合格できませんでした。本当に良いパートナーに巡り会ったみたいですね」

「本来なら、場所に関する情報は全て『見習い側』が個人で調べなければならない上、エレベーターなどの文明の機器を使うことは特例を除いて禁じられているのだが…………メリーにとっちゃあ、あんたのようなパートナーに出会えて幸運だったろうよ。でなきゃ今回も合格できなかった」

 眼鏡をかけた丁寧な口調で話す男性と、随分とグラマラスな女性。

「あの……何の話をしているのかさっぱりなのですが……?」

「南原光太郎氏。勝手ながら貴方を今回、魔法使い昇級試験のターゲットにさせて頂きました」

 魔法使い昇級試験? ……いやはや、流石に恵比寿さん五本は飲み過ぎだったのだろうか……

「まぁ、事情はどうせ忘れて頂くことになるので、割愛させて頂きます。まぁ、あなたが今抱き締めているメリー・フィリアスの正式なパートナーになるというのなら話は別ですがね」

「意味がわからないんだが……」

「まぁ、今回は『ありがとう』の言葉に尽きる。これでようやくメリーも一人前の“魔法使い”だ」

「………………は?」

 メリーさんを見る。俺の胸に抱きついている。可愛い。

「またご縁があればお会いしましょう。メリーがパートナーとしてあなたを推薦した場合、また会うことになるでしょうし」

「大した礼もできなくてすまんな。メリー以上に、私も感謝してるんだが……」

 何なんだろう。どうやら、俺はメリーさんが魔法使いになるための片棒を担がされていたらしい。全くもって意味がわからない。

「行きますよ、メリー」

「は、はい!」

 そう言って、可愛い女の子『メリーさん』は俺の胸を離れて、眼鏡の元に寄っていった。

「南原光太郎、この恩は忘れんぞ!」

 最後に、グラマラスがそう言ったのを聞いたかと思うと、俺の視界は暗転した。

 目を覚ますと、いつも通り自分のベッドの上。

「……夢だよなぁ、やっぱ」

 やはり、恵比寿さん五本は飲みすぎだ。きっと四本目の途中から意識が朦朧としてたんだろう。

 いつものように着替えて、軽く朝食を摂る。

 テレビのニュースを見て、出勤までの時間をぼーっと過ごしていると、携帯が鳴る。こんな朝っぱらから誰だろうかと思ったが、非通知。

 もし昨日の『亮介関係』なら、どうしようかと思いながら、通話ボタンを押した。

「もしもし」

「わたしメリーさん。今……あなたの後ろにいるの!」

 腰に絡みつく小さな体躯から伸びる手が、妙に心地よかった――


――メリーさんと魔法使い――

現在作家をされてる知人が雑談の中で言った、

メリーさん「もしもし、わたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの……?」

メリーさん「ふぇえ……迷っちゃったよぅ……」

という二つのセリフから着想を得た作品です。メリーさんは可愛い(確信)

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