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都市伝説エトセトラ ハニーファニーランデブー  作者: 入羽瑞己
もじもじくんとくねくねちゃん
18/30

もじもじくんとくねくねちゃん②


 ――★☆☆――


 肝試し大会は順調に進んだ。最初に出て行ったときはただ並んでいただけだったり、前後で進んでいたりだったペアも、帰ってくるときには仲良く手を繋いでいて微笑ましかった。事故や大幅な遅れもなく、企画長としては大変嬉しい進捗具合である。

 しかし、皆の満足げな表情とはうって変わって、この表情は晴れない。安堵の表情を携えて皆帰ってきているのに、何をそんなに心配する必要があるのだろうか。

「信彦、大丈夫か?」

「………………あぁ」

 力無い返事。そんな中、十組目が笑顔で、

「お化けなんていなかったぜー」

「えー、でも怖かったー」

 などと言って帰ってくるのを尻目に、出発することになった。


 ――★★☆――


「………………」

「………………」

 無言である。

 信彦はむしろ、こういった際には多弁であるはずである。

「月の加護を受けた俺がついているから心配するな!」

 などと、意味もなくよくわからない自信を表明するのが常であるはずなのに、今日は一段と大人しい。それどころか、冷や汗とも脂汗ともとれる汗をしきりに滴らせるばかりである。

「………………」

「………………っておい!? なな、なんのつもりだ」

「たまには手を繋ぐくらいいいだろうに。幼馴染みで水くさい」

「そ、そそれは、だなぁ……」

 思い切って手を繋いでみると、どうにも可愛らしい反応を見せる信彦。

 男子とは単純であるのか、あるいは純粋であるのか。手を繋ぐくらい昔に何度も造作なくやったことでも、この年になると緊張してしまうらしい。……いや、それは立場が変われば女子も同様か。

「あんまりにも怖がってたようじゃ、肝試しとはいえ面白くないぞ、信彦」

「お、俺は怖がっているわけじゃ」

「じゃあ、幼馴染みが手を繋いでやる必要はないな」

「そ、それとこれとは――っ」

 刹那――信彦の足が止まる。手を繋いでいたものだから、数寸先を進んでいた私も、つまずきそうになりながら足を止める。

「お、おい。急に止まるな」

「見ろ。……いや、見るな」

「はぁ?」

 直立不動でそんなことを言う信彦の視線の先に目を移すと、そこには中間地点の地蔵があった。その時は「あぁ、もうこんなところまで来たのか」なんて、一瞬思っただけだった。しかし、その地蔵の姿を正確に捉えた時、私の気持ちは「こんなところに来てしまったのか」と表すのが正しい。

「なん……で……?」

 頭がもげた地蔵。これだけでも恐怖の対象になりうるが、目の前の地蔵はそんな心霊スポットのありがちな光景で済んではいなかった。

「何でこんなふうになっちまったんだろうな……」

「こんなの、おかしいよ……」

 頭は転がっていた。それが辛うじて地蔵の頭だと認識できるほどに顔面が損壊した状態で。だが、頭はそれでもまだ「まし」である。

 地蔵の身体は、既にそれが地蔵であったことを認識できないほどにまで抉られていた。どういったものを使えばこれほどまでの損壊を与えられるのか私には全くわからないが――とにかく地蔵の身体は、すでにそれが地蔵の身体であったと証明することができないほどに粉々であった。そして、その前に歪に転がるひしゃげたくじ箱が、それが現実に起こっていることであることを否応なく私に教えてくれる。

「普通の人間に、こうはできない。『魔』が現れてしまったんだろうな……」

「なななんだ、ま、『魔』って……!?」

 いつもなら、「また始まったよ」と軽く聞き流すようなフレーズだが、今の私にはそうやって流せるほどの余裕はなかった。まるで「魔」なんていう悪辣な存在が、現実に存在していることを確かめるように、私の問いは信彦へと向いていた。

「い、いや、お前は知らなくていい。すまんな、変なこと言って」

「なんだよ、それ……」

「それより行くぞ。こんな物騒なところに立ち止まってても仕方ない」

「そ、そうだな。じゃあ、早くやること済まして……」

 そう言いながら、私は自分でも不自然なくらい自然に、ひしゃげたくじ箱へと手を伸ばす。こんな緊急時に、はたして「ここまで来たことを証明する」くじなど何の意味があるというのか。

 しかし、私の考えはすでにそんなところまで及んでいない。一刻も早くくじを手にして、何事もなく集会所まで戻ることしか考えていない。――こんなことを引き起こしている根源が、集会所への道を辿っている可能性などは欠片も考慮せずに。

 一瞬、私の動きを制するように信彦の繋いだ手は力を入れたが、私が何をしようとしているか察するや、私の思うままに動かさせてくれた。後から思えば、信彦には随分と異様に映る光景だったろうと思う。

 だが、私の不自然な行動は、幸か不幸かある事実を教えてくれることになる。

「ふた……つ?」

 ひしゃげたくじ箱の中には、同じく潰れた紙が二つ。くじは一組に一つ渡るように作ったから、アンカーである私たちが本来確認できるはずのくじは残り一つ。十一組、あるいは十二組目……そのどちらかがくじを引いていないと考えるのが自然だろう。私が確認した範囲では、十組目までは確実に一枚のくじを持ち帰ってきていた。ならば、ことが起こったのは少なくとも十組目がここを通過して十二組目がここに辿り着くまでの間。時間に直すと、最も早くて約十三分前、最も遅くて約五分前。どちらかというとスルーした可能性が高いのは十二組目の方だが……そもそも、よくよく考えてみると、十一組目、十二組目の両方ともすれ違っていない。どちらが取り忘れたのか――あるいは取れなかったのか――そんなことを考えることにどれだけの意味があるのか、私にはわからなかった。

「どうした……? 早く行くぞ、つかさ」

「んぅ、あぁ……早く、行こう……」

 私は動揺していた。冷静に考えたら、単純に十一組目か、十二組目のどちらかに何かアクシデントがあり、それをどちらかが救助しているだけなのかもしれないのだ。

 「くじが一つだけ残ってる」のが「両方とすれ違わなかった」のが……それが『怪異』に襲われたからなんていうのはありえないのだ。にも関わらず、私は完全に目に見えぬ存在に怯えてしまっている。おそらく、十一組目か十二組目の誰かは、途中で足を滑らせるなどして、ちょっと怪我をしてしまった程度に違いないのに。

 そうだ。そうに違いない。

 きっと怪我をした誰かを、診療所まで直接運んだか何かをしたに違いないんだ。大怪我でもしてたら一刻を争うのだ、そんな肝試しを継続するなんてできないだろう。道を逸れて、きっとレスキューしているに違いないのだ。そうだ、そうだ、きっとそうだ。何を非科学的な想像をしているのだ、私は。これでは信彦と変わらんではないか。

 ……そんな風に考えると少し落ちついてきた。帰ったら怪我人を出してしまったことの責任を先生なりに追及されるかもしれないが、それくらいは甘んじて受け入れよう。ともすればクマかイノシシでも出たのかもしれないし、猟友会の人たちにも報告が必要だろう。

 私は考えないことにした。

 ――ここからは、集会所までの一本道が診療所までの一番の近道だということは。

「早く戻って……しまいたい」

「そうだな」

 私たちは、急ぎ足とも忍び足とも言える、急かした気持ちと音を立ててはならない気持ちの両方を持って、復路についた。

 行きの時は、信彦の怯えるような苦しい表情を内心で微笑んでいた私だが、おそらくは今の私の表情はそれとは正反対だ。それどころか、おそらく何でもないような風の音にさえ怯えている私の様など、行きの時の私からすれば大笑いの対象にすらなっていよう。

 信彦の腕に、彼の歩きづらさなど無視するように両手でしがみついて、なんとかゴール地点が見えてきた。気付いたら中間地点だった行きと比べて、帰りの道中は随分長い時間だったように感じた。

「やった……集会所――っ?」

 安堵の溜め息を付こうとした私の視線に妙なものが浮かぶ。白く揺らめいて、田んぼの中心に佇む“それ”は、不規則に滑るように移動を繰り返していた。“それ”は集会所に急に近づいたかと思うと、また離れて、まるであさっての方向に行ったかと思うと、また集会所に近づくを繰り返していた。

 幻覚だろうか……?

 そんなことを思っているうちにあることに気付く。

「……なぁ、信彦。何で集会所の電気が消えてるんだ?」

 何かあったのか、いたずらなのか。私にはそれが意味することがわからなかった。いたずらにしては、あまりにも悪趣味だ。

 だから私は、隣にいる幼馴染みに問いを投げかけた。こんなことを聞いて、気の利いた返しをしてくれるようなやつではないこと重々承知の上だったが、「きっといたずらだろうぜ」なんていう言葉で、私をいくらか安堵させてくれるのではないかと期待したのだ。

 しかし、現実は常に悪い方向へ悪い方向へと流れていく。

「う、うわぁあぁああああああああああああああああぁ……!」

 眼球が血走り、斜視のように揃わず、それは段々とそれぞれが独自の回転運動を始める。顔面には不自然な力が入って頬がゆがみ、下唇は左半分だけ力強く噛みしめられたことで血が出ていた。そして、泡を吐き、首が少しずつ傾いていく。奇声を発しつつ、体は小刻みに痙攣している。

 私が気付いたとき、既に私の幼馴染みの様子は常人のそれではなかった。

 そして、呆然とする私が一瞬目を戻したとき、その白く揺らめく“それ”は静止していた。“それ”が何なのかもわからず、いわんや表情なんてわかるはずもないのに、私は“それ”が信彦を捉えていることを感じ取る。

 ――私も……やばい……?

 一瞬、そんなことが脳裏によぎった瞬間、その白い“それ”はこちらに滑ってきたような気がした。「気がした」というのは、その動向を追いかけず、私は山の方へ走り出していたからだ。

 走り出した瞬間、今まで握っていた信彦の手に引かれて、私の走りはいくらか阻まれるはずだ。……しかしながら、私の手には何の引力も生じていなかった。

「…………何でどっか……何で…………」

 私はおそらく恐怖と同様で言葉にならない声をあげながら走っていたのだと思う。

 意識を戻した時、たしかにそこにいたはずの信彦の姿がなかった。手を握り、体を寄せ合って歩いていたはずの幼馴染みの姿は忽然と消えていた。

 そんなことは現実にありえないはずだ。

 地蔵が破壊されるなんてことも、先に行った組とすれ違わないなんてことも、くじが二つも残るなんてことも、集会所の電気が消えているなんてことも、隣にいたはずの人間が忽然と姿を消すなんてことも。そして――詳細不明の“何か”に追われ、襲われるなんてことも。

「夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だっ!!」

 うわごとのように言葉を繰り返し、走った。

 来た道をもどり、地蔵を越え、私は山の奥へと進んでいく。地蔵を越えて暫く行くと舗装された道は息を潜め、獣道がそれに代わって延々と続く。本格的に山入りをする準備をしなければ、体のそこら中が傷だらけになってしまいそうな道を、ただ一心不乱に走っていく。

 走って走って走って……そして私は何かに躓いて、身体ごと思いっきり地面に叩き付けられた。見ると、どうやらボコボコになって捨てられただろう杵みたいなものに躓いたようだった。

「はぁ、はぁ、はぁ……どうすれば、いい……? 私は、どうすれば……」

 倒れ込んだまま、私は必死に考える。既にもう、帰り道もよくわからないほど走った。化け物がどうなったのかはわからないが、充分な準備もない状態で夜の山中に潜ることはそれ自体が危険だろう。野生動物だって少なくないことを私は知っている。

 「ギャーギャーギャー」「グェッグェッグェッ」などとイタチか何かの鳴き声と、カエルの喧しい声が混ざって聞こえてくる。

「……のぶ、ひこ…………こわい、よぅ……」

 信彦はどうなってしまったのか。集会所にいるはずのみんなはどうなってしまったのか。……私は、どうなってしまうのか。

 死ぬのだろうか? それとも信彦と同じように消されてしまうのだろうか? こんなことになるなら肝試しなんてやらなければよかった。おとなしく信彦の言葉に従っていればよかった。

 ――そんな思いが巡る中、ふと、ポケットに携帯がないことに気付く。連絡手段がなくなったらいよいよだと思い、必死に探すと、目の前に転がっていた。

「あ、携帯」

 膝を立てて携帯を手に取ると、開いても画面が真っ暗になっている。落とした衝撃で壊れたかと思ったが、どうやら落とした衝撃でバッテリーがずれていただけでバッテリーを入れ直すと電源が入った。未だガラパゴス携帯とみんなからは馬鹿にされているが、このときばかりはその耐久性に感謝した。

 そして電源を入れた矢先、突然携帯が鳴る。一瞬、ビクッとして液晶に目を向けると、どうやらメールが届いたようだった。

『冬月信彦』

 紛れもなくその宛先には先ほど忽然と姿を消したはずの幼馴染みの名前が表示されており、まず私は目を見開いた。そして恐る恐るメールを開くとそこには、『おい、つかさ、どこいるんだよ。突然いなくなってみんな心配してるぜ? ってか電話でろよ』などと、いつもの信彦らしい、絵文字も顔文字もない淡泊な文面が並んでいた。携帯のホーム画面に戻すと、不在着信が三件――信彦からだ。

「のぶひこ……生きて……」

 涙や鼻水を垂れ流し、顔をぐしゃぐしゃにしながら、私は彼に電話をかけた。

 戻ったらなんて言おう。あいつは私のこと笑うかな。みんなはもしかして私にどっきりでもしかけようとしてたのかな。どんな顔で戻っていこう。

 そんなことを頭の中で考えていた刹那、聞き慣れたメロディが私の耳に入る。

『Wake Up……The ヒーロー、燃え上がれ! 光と闇の、果てしない、バトルー』

「のぶ――っ!?」

 目の前から聞こえるメロディに顔を上げようとした私の目に、白い何かが映る。私の眼前三メートルほどに、それはいる――。

「のぶ…………ひこ……?」

『Wake Up……The ヒーロー、太陽よ! 愛に勇気をー、与えてくれー』

 返事はない。ただ彼の着メロだけが響く。

「返事してよ……ねぇ……」

『仮面ライダー、黒いボディ! 仮面ライダー、まっ赤な目!』

「ねぇ……たら……」

『仮面ライダーBLACK RX!』

「………………」

 メロディが一旦途切れ、再び再開される。まるで金縛りにでもあったかのように動けない私は、眼前の白い何かを見つめることしかできなかった。

 嫌な汗が顔から滴る中、突然耳元の呼び出し音と目の前から聞こえていたメロディが止む。そして、携帯から通話中独特の無音が聞こえてくる。

「の……ひこ……?」

 声がうまく出ない。ひり出すように出した声は、はたして本当に幼馴染みの名を紡げていただろうか? 私にはわからない。

『………………つかさ』

 そう。それは確かに信彦の声だった。少なくとも、私の意識がはっきりしている時に聞いたその声は。

「のぶ」

『ヤット見ツケタ』

「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああああ」

 壊れた電子音が耳元で響いたかいなや、私は携帯を放り投げて反対方向に走り出していた。

「ドォシテ逃ゲルンダ!」

 この世のものとは思えない声が後ろから近づいてきているのがわかる。おそらく、その白い何かは私のことを追いかけている。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 一心不乱。

 もう正常な判断なんてできない。私はただ、その『何か』から少しでも遠くに離れようと思って駆けていた。ひたすら全速力で山道を走った。

 そんな私に、真夜中の暗闇の中、山中の崖の存在など気にとめられるはずもなかった。

「………………あ」

 ――そして落ちた。気付いたときには既に身体は宙であり、間抜けな声を上げる以外、もうどうすることもできる状態ではなかったのだ。

 私が最後に聞いたのは、グニャリという肉でも潰れたかのような音だった。

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