もじもじくんとくねくねちゃん①
冬月信彦は私――筑波つかさの幼馴染みである。
「うぅ……また俺の右腕が……!? 静まれぇ……」
冬月信彦は中学校二年生であり、絶賛右腕を押さえて悶えている。私には、彼がこの年頃特有の病気を発症している気がしてならない。
「……ふぅ、すまん、つかさ。何の話だったか?」
「今度の肝試しはどうするかって話」
冬月信彦は学級企画の副委員長である。そして私は委員長。
今現在、皆が帰った後の教室で、夏休み企画の肝試し大会の打ち合わせを行っている。どうしてこんな頭のねじが緩んでいるような奴と一緒に企画を担当しなければならないのかと思ったが、お互いその役職についてしまった以上しかたない。
机を合わせて話を進めるが、数分ごとに『発作』が起こるため、まともに打ち合わせが成立していない。さっさと打ち合わせを終えて帰りたい私の立場からすると、イライラすることこの上ない。しかし、私とて一応は学級企画の委員長を任せられるだけの人望はあり、目の前の中二病患者は顔が良いという理由である程度の人気を獲得していることから、なんとか鉄拳を飛ばしたい気持ちに歯止めをかけている。こんなしょうもない奴に一々苛ついて、クラスの人望を損なうような真似をすることも、この中二病患者のファンを名乗る希有な存在たちと敵対することもない。
一向に話が進まないこと、蒸し蒸しする教室に居続けなければならないことから憤りはどんどん累積していき、私も目の前の中二病患者と同じく、殴りたい右腕を左手で押さえているという皮肉な現状である。けれども、なんとか行動に移さずに済んでいる。
「だが肝試しなんてしようもんなら、俺の因子が、その場所が持つ負の因子を共鳴を始めて、俺の中の封印が解かれてしまう可能性がある。できるだけ負の因子が少ない場所で、因子の増幅が抑制される時間にて行う必要があると思うな」
「いや、それは意味わかんない」
悲しいかな、この中二病患者が言わんとしていることがわからないのではない。その言っていることが意味している内容が分かった上で、それに納得できないという意味の「わかんない」という言葉を発している自分が恐ろしい。
信彦の言い分は、あまり曰くのないような場所で、できるだけ明るい時間に肝試しを行おうというものである。果たしてそんな状態で行う肝試しのどこが楽しいのか。
「時間は夜七時から。ルートは、村の集会所から田んぼ道を通っての御影山。先生にはこれで許可もらってるんだから、今更変えるつもりはないわよ」
「だが、御影山はその……『出る』って言うだろ? 取り返しの付かないことになっても、俺は皆を守れない」
「野生動物が少し心配だけど、一応そこは村の猟友会の人が付いてくれるし大丈夫でしょ。山中にあるお地蔵さんのところまで行って帰ってくる分には、そんなに深いところまでいくわけでもないし」
私は彼の発言の意図を組まずに言葉を返す。信彦の言う『出る』とは幽霊の類のことで、そういったものに出会った場合にはどうしようもないという旨の発言であることは重々承知している。
その上で私はそれを取り扱わない。『出る』というから肝試しにも興が出るというのに、『出る』から行きたくないとは何事か。
それに、本当にそんなヤバいものが出るなら、先生や猟友会の人がそこでの肝試しを許可してくれるはずもない。昔から何か『出る』という話はあるらしいが、祖父母の代も両親の代も結局は何も出なかったし、何か問題が起こるようなこともなかった。
「あんなところに遊びで行っちゃいかん」
などと宣うのは、今となっては、私たちからすれば曾祖父母の代くらいなもので。それも「一応は曰くがあるのだから遊び半分で行くのは芳しくない」といった程度のもので、彼ら彼女らも何か悪いことに遭遇したわけでもない。そこは何にもない田舎村であるが、心霊スポットで取り上げられるようなことも今までなかった。何にもない田舎村にそういった話があると、ネットが発達した昨今において、誰かが心霊スポットなんかにでっち上げるもんだが……そういう話もない。
殆どボケてしまった曾祖父母連中は、そこにどんな曰くがあったのかもよくわかっていない。そんな状態では、心霊スポットに仕立て上げようがないのかもしれない。
「そんなに曰くがある場所に行くくらいなら、俺は学校で肝試しをした方がまだ良いと思うぞ! 野生動物の心配もない」
「しつこいわね、信彦。時間と場所は、もうみんなから意見聞いて許可までとって決定したんだから今更変更できるわけないじゃない。それに、夜の学校で肝試しなんて許可おりないわよ、絶対」
「むぅ……」
わかりやすく目を伏せて身体を少し震わせる信彦。本気で何か出ると信じているのだろうか? 何かが『出る』という噂があっても、本当の意味ではみんな何も『出ない』と思っているものだと思っていたが……まさかこの歳になってお化けの類を本気で怖がる人間がいるとは。
いや、それとも中二病まっ盛り彼にとっては、そういったものを本気で信じるというのが一種のセオリーなのかもしれない。現実と想像の区別が付かなくなりつつあると思うと、中二病などという話では済まされないが。
「私はこんなクソ暑い教室からさっさと撤退して、クーラーの効いた部屋でくつろぎたいの。後はペア決めと順番だけど、くじで決めることに異論はないわね?」
「男女二人で肝試しか……心配だが、俺が何かを言ってももう退くまい。何も起こらないことを祈ってるよ……」
「どうせ何も起きやしないわよ。じゃあ決まりね。私はペア分けのくじや景品のくじを作っておくから、信彦はお地蔵さんの前に置く箱と景品の準備、よろしくね」
「あぁ、わかった……。何も、起こらないといいな……」
こうして私たちは解散。各自が仕事を持ち帰って、肝試し大会当日に備えることになった。
だが、この時はまだ気付く由もなかった。信彦がどうしてこれほど乗り気じゃないのか。これから肝試しを通して、私たちの前にどんなことが起きようとしているのか。
中学二年生。背伸びしたい年頃の私は、自らの浅はかさこの夏、嫌というほど思い知らされることになる――
――☆☆☆――
「はーい、では出発順に同じ番号の人とペアを組んで下さい!」
ざわざわとみんなが騒ぎながら動き出す。ペアになりたかった人とペアになれただの、こいつやあいつとはペアになりたくなかったのだの、それぞれの思いが口から漏れ出てしまっている。
企画長としてはやれやれだという思いだが、出発順に並んでみて気付いてしまう。
「よりによって……」
「最近何かと縁があるな、つかさ」
最後列の私の隣には信彦。正直誰が隣でも構わないと思っていたが、こいつが相手では思春期独特のイベントなども起きそうになさそうだ。
「つかさ良いなー、信彦と一緒なんて」
「ワンチャンあるかもよ! 信彦格好いいし!」
「あぁ、そうね。顔は良いけどね」
でもこいつ中二病の末期患者だぞ……と口が滑りそうになったが、何とか留まる。どうしてクラスの女どもはこの中二病の中身には言及しないのか。
「信彦くんってなんかミステリアスな雰囲気あるよね!」
「秘密抱えてるけど、マンガの主人公みたいっていうかな。何か一途なものを感じるよねー!」
「格好いいは正義」
などと女子共はキャピキャピといつも盛り上がっているが、他の男子諸君はその光景を見てどう思っているのだろうか。イケメンなら何でも許されてしまうというのは恐ろしいと思う今日この頃である。
「――――……はい、基本的なルールはこんな感じです。大体十分から十五分で帰ってこられると思います。質問はありませんか」
まばらにみんなから「ないでーす」という言葉が上がる。
全部で十三組。五分ずらしで次々と出発していき、御影山の地蔵の前にある箱からくじを引いて、この集会所まで帰ってくればゴールである。全員がゴールするのに一時間半かからないくらいだと踏んでいるが……さてどうなることやら。企画長としてはもう一夏の思い出もあまり期待できそうにないので、滞りなく終わってくれるのを願いたいばかりである。
「じゃあ、肝試し大会を開始します!」
私の声を皮切りに一組目が街灯もない田んぼ道へと歩き出して行った――




