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都市伝説エトセトラ ハニーファニーランデブー  作者: 入羽瑞己
口と酒は女にとって災いの元かもしれない
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口と酒は女にとって災いの元かもしれない③

「見知らぬ天井じゃん……」

 再び目を覚ました私の視界に飛び込んでくる、圧倒的な白。限りない清潔感。

 触感はまだあやふやな部分があるが、匂い、音といったその他の五感が、私にそこが病院のベッドの上であることを教えてくれる。

「あ、目が覚めましたか」

 意識を取り戻した私に気付いたのか、微笑みながら看護師さんが話しかけてくる。

「いやぁ、丸一日意識がなくてこちらも心配してたんですが、帰ってこられたみたいで安心しました」

「一日も意識がなかったんですか、私?」

「いやぁ、一日で済んで良かったですよ。搬送される際には随分凄惨な有様で、死んでてもおかしくないような状況でしたからね。即緊急手術でなんとか一命は取り留めたが、いつ目を覚ますか……と主治医の先生も仰ってたので」

 どうやら私は随分危ない状況だったらしい。数分搬送されるのが遅れていたら、今のようにお天道様を仰ぐことはできなかったかもしれない、と後で主治医の先生にも言われた。

「にしても、通報してくださった方には感謝したほうがいいですよ。通報だけじゃなく、心配だからと言って救急車に乗り合わせて、その上、昨日からずっと貴女が目を覚ますのを病院で待ってて下さったんですから」

 なんと奇特な人もいたことか。見ず知らずの私のために救急車を呼んでくれただけではなく、私の身を案じてずっと付き添ってくれたなんて。これが男性なら…………相手の容姿や仕事がどんなものであれ一目惚れしてしまいそうだ。行動がイケメン過ぎる。

 いや…………きっと男性に違いない。売れ残りバターとはいえ、勇気を出して行動したことがきっと神様に認められたのだ。正直跳ねられた時は、あんな変質者に構ってしまったことに全力で後悔したが……どうやら今の私にはツキが回ってきているらしい。

「そ、それで、その人は!?」

「あぁ……えぇ……とても身長が高くて、スラッとしてて、スタイルが良くてモデルみたいで……」

「その人の外見じゃなくて!」

「あ、外見じゃなくて中身の方でしたか。いやはや、流石にそこまでは我々が存じ上げるようなことではないので」

「違います。そんなことはどうでもいいです」

「どうでもいい!? 貴女は中身などどうでもいいと仰るんですか?」

「中身は大事ですよ! 寧ろ外見より大事ですよ!」

「変なことを仰る人ですね……」

 あんただよ、変なことを仰ってるのは!

「いや、わたしはなんだかんだ中身よりも外見の方が大事だと思うんですよ。毎日顔を合わせる関係になってごらんなさい! あんまりにも不細工だと、それだけでイライラしてきますからね!」

「あなたの趣向なんて知りません! ってか、何でちょっとキレ気味なんですか。……私は、今その人がどこにいるかを知りたいんです!」

「わたしの趣向など興味ない!? なんとっ! 貴女もわたしを売れ残りのバターであると嘲るのですか! 売れ残って腐りかけのバターの意見など聞くまでもないと仰るんですか!」

 なんなんだ、この看護師は…………まるで話が通じない上になんだか訳のわからないことを言っている。

 いやいや待てよ。これは……仕事のストレスが積もる中、出会いも結局職場内でしかなく、そんな中でも良い人は同僚にかすめ取られてばかりの人生を送って精神的に疲れてしまったのかもしれない。人生に絶賛絶望中なのかもしれない。そうだとしたら非常に可哀想だ。

 だけど、この看護師の人生が不幸であろうがなかろうが知ったこっちゃない。とりあえず私は今、神様からチャンスを与えられようとしているのだ。こんな残念な看護師と会話を続けるくらいなら、素敵な人と話す方が余程有意義だ。

「私はその人にお礼を言わなければなりません。とりあえずその人の場所を教えてください!」

「『こんな残念な看護師と会話を続けるくらいなら、素敵な人と話す方が余程有意義だ』とかなんとか思ってるんでしょ、どうせ。………………って、誰がバーコードハゲだ、こらぁ!」

 言ってないだろ、そんなこと! 失礼だから思わないよう考えないようにしてたのに。ってか、そんな風にコンプレックス気にしてるから残念な人のままなんだと思うよ、私は。

「けっ! さっき『ちょっと購買に行って来る』って言って出ていったので、そろそろ帰ってくるんじゃないですかね。アデランスがなんだよ、バカヤロー! カツラにしたらしたでまた馬鹿にするんでしょ、どうせ!」

「自分のバーコードの愚痴を患者の私にぶつけないで下さいよ! そんなんだからあなたは彼女の一人も……」

「あっ! 目を覚まされたのですね!」

 突如、入り口の方から声が聞こえてくる。とっても可愛い女の子(・・・・・・・・・・)の声が。

「いやぁ、心配しました。一時はどうなるかと思いましたよ」

 振り返ると、長身でスラッとしててスタイルが良くてモデルみたいな体型で、顔に大きなマスクとサングラス、頭にキャップを被った――

「赤いトレンチコートの、女……」

が立っていました。正直、頭が真っ白になりました。

「自分の意志で動けるような状態ではなかったとはいえ、大変申し訳ないことをしました。今回の件に関しては何度お詫びしてもしきれるようなことではございません。本当にごめんなさい」

「あぁ、はい…………どうも……」

 何なんだ!? 凄く可愛い声で話しやがって。あの変質者じゃないのか、違うのか!?

 顔面はどうなったんだ? 完全に潰れたんじゃないかのか? 集中治療しなくちゃいけないレベルなんじゃないのか? ってか、そもそも都市伝説がこんな公共の場所に堂々と姿を現していいのか? この顔を隠した完全不審者コーディネイトに誰か突っ込む奴はいなかったのか? 本当にこいつが私を助けたのか? 私を亡き者にしようと密かに考えているんじゃないのか? 何で私を助けたんだ?

 ぐるぐるぐるぐると疑問が頭の中を駆け巡る。正直、現実を受け入れられてない自分がいる。

「一応、救急車が来るまでわたくしの出来る範囲で応急処置を施したのですが……完全に折れてしまった足や手に関しては、正直貴女の治癒力と時間に解決してもらうしかなさそうです。力及ばず、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「あ、あぁ、良いんですよ。私、昔から身体だけは丈夫なんで」

 何を言っているんだろう、私は。「身体だけは丈夫だから心配しないでください」と言ってみても、ありえない方向に曲がってたんだぞ、足。私が心配するのは勿論、誰が見ても心配するだろ。R18指定もらってもおかしくないレベルのグロテスクさだったぞ、あれ。

 だけど……ぶっちゃけあれを思い出すだけで変な汗が出てくるレベルなのに……それでも「気にしないでください」なんて言っちゃうあたり、やっぱり日本人なのかもしれない。国民性というものを時に恐ろしく感じる今日この頃である。

「それより……あなたは大丈夫だったんですか? 派手に地面に突っ込んだみたいでしたが」

「『わたくしが大丈夫だったか?』心配してくださるんですか、貴女は!? なんて心優しい人間なんだ! わたくしは大丈夫ですよ、見ての通り……」

 そう言って彼女はナチュラルな動きでキャップを取り、サングラスを取り、そして、マスクを……

 って、おいぃッ! こんな公共の場所でマスクとったらあかんでしょ!? 死にかけのお爺さんとかお婆さんとかも同室にいるよ!? あんなヤバイもん見せられたら軽くショック死するよ! 心臓止まるよ! パニックだよ!

 とかなんとか私は思ったのだが、止めようにも身体は動かず、声で制止することも敵わず。無念。結局、彼女がマスクを取ることを止めることはできなかった――

「ほら、ごらんの通り!」

 弾ける笑顔、キレイな顔を彼女は私に見せて――って、え?

「あなたのお陰で罰ゲームからも解放され、本来の顔を取り戻すことができました。ただ貴女には感謝の気持ちが募るばかりです!」

 絶世の美女。

 言葉では表せないくらいの美人。言葉で表してしまうとどんな言葉も陳腐に思えてしまうような美人。どんな美辞麗句を並べてもいっそその美貌の前には言葉足らずが余計に際だつような美人。そんな存在が、目の前に立っていた。こんな美人、誇張無しにいままで見たことがない。

 正直、神々しすぎて息ができない。息を吐きかけるのすら躊躇われる。

「あ、が………………」

「すみません。これ以上素顔を晒すと、周りの殿方をいたずらに魅了してしまうかもしれませんので、人間界の失礼を承知でマスク等を付けさせて頂きます」

 そう言って彼女はまたマスク、サングラス、キャップを装着した。そうしてようやく、私も普通に呼吸ができるようになる。

「……な、なんなんですか、あなたは!?」

「あ、申し遅れました。わたくし、アフロディーテと申します。人間界では、どちらかというと『ヴィーナス』の方が馴染み深いでしょうか?」

「アフロディーテ? ヴィーナス?」

 どこかで聞いたことがある。どこで聞いたんだろうか?

「一応、今は天界でオリンポス十二神の一柱を務めさせていただいております」

「あ、そうなんですか。これはどうも………………は?」

 今何か凄くギリシャ神話な話を聞いた気が……

「いや、なんて?」

「あ、え、ご存知ないですか、オリンポス十二神?」

「いや、ギリシャ神話でしょ、それ」

「あぁ、ご存知じゃないですか。てっきり信仰が失われてしまって、神話が崩壊してしまったのではないかとびっくりしちゃいましたよ」

「私はあなたがさらりとそんなことを言い出したことにびっくりしちゃいましたよ」

 正直、会話だけ聞くと、ただの頭のおかしい人か電波ちゃんにしか思えないが………………あれだけ異様なまでに美しい素顔を見せられてしまっては、なんとなく信じてしまいそうな自分がいる。

「だけど、何ですか? 私のおかげで罰ゲームから解放されたって。私、走ってくるあなたの足を引っかけただけですよ」

「話せば長くなるんですが………………聞きます?」

「あぁ、はい。お願いします」

「相当長くなる上に全然面白くないですが………………聞きます?」

「構いませんよ。どうせ私しばらく動けないですから何もできませんし」

「退屈過ぎて人生の時間を無駄にして後悔することになるかもしれませんが………………聞きます?」

「興味あるんで大丈夫ですよ」

「何も自白することがないのに、一種の拷問を受けている感覚に囚われるかもしれませんが………………聞きま――」

「早く言えや、面倒くさいな!」

 ちょっとキレてしまった。どうやら私はあまり我慢強いタイプではないらしい。

「ふぇえ……………だって、ちょっと、恥ずかしい話だから……」

「恥ずかしかろうが知ったこっちゃありませんよ! 申し訳ない申し訳ない言うくらいならさっさと喋ってください!」

「何ですか、女神に対してその口の利き方は! わたくしをオリンポス十二神の一柱だと知っての狼藉ですか! 心優しい人間なら心優しい人間らしく………………笑わないで聞いてください、本当、お願いします」

「………………わかりましたよ、どうぞ」

「では………………」

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