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吸血鬼と再生の魔女  作者: 鮮度抜群のツナ缶を頭からぶっかけ隊
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プロローグ

 


 ここは黒より黒く、深淵のような暗闇が支配する世界。

 通称、常闇の世界。


 見晴らしの良い、炎が灯された湖を一望できる岸壁に、巨大な城が鎮座していた。

 名を『鬼城ウルスヘイム』という。


 この城に住むのは、常闇の世界、唯一の吸血鬼、最後の生き残りである『吸血鬼ヴァンプ』である。


 鬼城ウルスヘイムの中央部、玉座の間。その禍々しい、ドス黒いオーラを放つ玉座にヴァンプは座っている。

 サイドテーブルに置かれた、少し深めのワイングラスには並々と赤い液体が注がれていた。



「やっぱり、トマトジュースはエルト村の天然無農薬トマトジュースに限りますなぁ」



 ずずっと音を立ててトマトジュースを啜るヴァンプ。

 玉座に座り、時々足を遊ばせながら退屈そうにしていた。ずばり、彼が退屈していた理由はこうだ。


 ーー配下が強すぎて、敵が自分の所まで来ない。


 玉座を立ち、窓から外を眺めれば、『国王軍』が確かに、鬼城ウルスヘイムを攻め落とすために、列を成して向かって来ていた。

 攻城兵器まで持ち出して、本気で攻め込むという気迫が伝わってくる。


 が、しかし、城外の辺りにいるヴァンプの配下が向かって来た国王軍を、片っ端から、ちぎっては投げ、ちぎっては投げる。

 結果として、城に辿り着く前に国王軍は、壊滅状態。文字通り、門前払いというわけだ。



「はぁー……」



 ヴァンプのついた溜め息が、掃除の行き届いた窓ガラスを曇らせる。


『退屈』という言葉は、悪い意味で捉えられがちだが、一概にそういった訳でもない。裏を返せば、それは『平和』という事で、ヴァンプもそれについては重々理解している。


 ただ、彼は刺激に飢えていた。

 変わらない日常に、酷く嫌気がさしていた。


 毎日攻め込んでくる軍勢に。

 それを蹴散らす有能な配下に。

 そして、それを眺める退屈な自分に。


 毎日、毎日、玉座に座り、トマトジュースを啜りながら、来るはずの無い敵を待つ。

 いつしかヴァンプは、退屈という海に溺れ、刺激という危険で、中毒性の高い麻薬のようなスパイスを求めるようになった。



「なあなあ、俺も手伝おうか? 暇だしさ……」


「いえいえ! ヴァンプ様は玉座にドーンと座ってて下さい! その方が威厳や雰囲気も出ますでしょう⁉︎ 人間達は私達配下にお任せ下さい! いつものように返り討ちにしてやりますよ!」



 ヴァンプが何を言ったところで、返ってくる答えは大体これである。

 配下達からの絶大な信頼。ヴァンプ様の手を煩わせるなという気配り。

 彼にとって、その忠誠心が逆に、ストレスになっているなど、配下達は夢にも思わないだろう。


 そもそも国王軍達、つまり人間サイドは、昼を取り戻すために、夜の王、ノーライフキングこと吸血鬼を倒す。という目標を掲げた。

 しかし、ヴァンプからすれば、そんな事は全く関係無く、昼を奪った犯人と言われても身に覚えが無い。

 そもそも一介のヴァンパイア風情に、世界から昼を奪うなどという事が出来るのか? と、疑問を抱くほどであった。

 少なくとも生まれてからの約二〇〇年、彼は昼という存在を確認した事は無い。やたら世界が明るくなる時間帯がある。と文献で読んだくらいか。

 その程度の知識しかない自分に、昼を奪う事などできるだろうか。


 ーー断じて否である。


 人間サイドの勝手な思い込みで、鬼城ウルスヘイムを攻城に来ては返り討ちに遭う。果たして、その一連のやりとりに意味などあるのだろうか。



「つまらん……。実につまらん。俺はヴァンパイアだぞ……。もっと有意義な時間の使い方があるはずじゃないのか……」



 暇を持て余したヴァンプは筋トレを始める。


 腕立て伏せ×20回

 腹筋×20回

 背筋×20回

 スクワット×20回


 常闇の世界に存在する、『メンズマッスル』という雑誌に書いてあった、『これをやればあなたも細マッチョ!』という企画を実行する。

 彼はこのトレーニングを日課にしていた。



「フフ……。フフフフ…………! マッスルヴァンプの時代がやってくるぞぅ……!」



 最早、彼なりの生き甲斐を見つけ、日々自分との戦いに明け暮れるしかない。こうして今日まで過ごしてきたのだ。

 しかし、この日のヴァンプは違った。

 自分の引き締まってきた身体を、配下に見せびらかすために、城を出て、戦地へと赴く。

 ニヤニヤと緩みきった表情で、胸筋をピクピクさせながら歩いていた。



 時同じくして城外では、ヴァンプの配下達が国王軍と交戦する。

 国王軍数百人に対し、ヴァンプ軍幹部十数人。数では圧倒的に不利だが、実力はそれに比例しない。国王軍は、数でこれだけの差があっても、強力なヴァンプ軍幹部達に傷一つつける事が出来ないのである。


 魔法詠唱を得意とする、ヴァンプ軍補佐隊長、ワイズ。見た目は老人だが、知略と魔法に関して彼の右に出るものはいない。

 ワイズは深々とローブのフードをかぶり、国王軍に向けて木製の杖を振りかざす。



「虫ケラどもめぇ! 懲りもせず、のこのこやって来おって!」


「ワイズよ、今日も怒っているなぁ! 頼むからその魔法を、間違って俺に当てないでくれよ?」



 長槍を持ち、ツノの生えた青年が、ワイズの頭上を飛び越える。しなやかに宙を舞うその戦士は槍を一振りすると、国王軍兵士を複数人薙ぎ払った。



「フン、ワシの魔法が当たってもグド。貴様は死なんじゃろが!」


「やー、なんだ? ブラックホールだったか? あの魔法だけは死にそうだな。別次元に送っちゃうやつな」


「あれか! ワシが編み出した、最強の魔法じゃて! 編み出したワシですら、ブラックホールで飲み込んだ者達がどこに行くのかわからん!」


「なんとも無責任な魔法だぜ……」



 尚も国王軍兵士の波が押し寄せる。

 グドが槍術を駆使して、敵を押し返すも、次から次へと向かってくる国王軍兵士に手を焼いていた。



「ええい、グド! どけぇい! ワシがこやつらを一掃してくれるわぁ!」



 ワイズは一喝すると、眼前の群がる国王軍兵士に対して、古めかしい杖を向けて、精神を集中させた。

 彼の周りに異質な空気が漂い、圧縮されたように弾力のある風が発せられる。

 周りにいた者達は、背筋に寒気を感じ、足を竦ませ動けずにいた。



「やべっ……。ワイズの奴、俺ごとやる気かよ!」



 慌てて、回避行動をとるグド。強靭な足腰に力を入れ込み、それを一気に爆発させる。

 彼は空高く舞い上がると、ワイズの放つ魔法を高みの見物と洒落込んだ。



「…………おや? あれは……」



 視界に捉えたワイズ対国王軍兵士戦。しかし、その端で、なにやら見覚えのある影が接近してくる。影は真っ直ぐにワイズの元へと走りながら近づいていた。



「…………ヴァンプ様⁉︎ 何故こんな所に⁉︎」



 ヴァンプの接近にワイズは気付いていない。視界のほぼ全てを国王軍兵士が埋め尽くし、死角となっているのだろう。

 練り上げられた魔力が収束し、最高潮に達しようとしていた。

 その事をワイズに伝えようとするも、グドの声は無情にも、彼に届かない。



「ちょっと、国王軍どいてくれ。マッスルヴァンプの凱旋だぜ!」



 ヴァンプが国王軍兵士に平手打ちをすると、風圧で彼らをまとめて、吹き飛ばした。

 王の道を開けろ。そう言わんばかりにヴァンプは絶大な力を振るう。


 ヴァンプとワイズ、間に国王軍兵士を挟み、その距離は次第に縮まってゆく。



「おい、見てくれワイズ! 俺の見事なまでの肉体美を! 胸筋だってほーーーー」


「ーーワシの目の前から消え去れ‼︎ 雑兵どもぉ‼︎ ブラックホォォォォォォォォォルゥゥゥ‼︎」



 ワイズが言葉を終えると同時に、突如出現した黒球が、国王軍兵士を飲み込む。吸い込まれてゆく兵士達の阿鼻叫喚だけが周囲を包み込み、それはまるで地獄絵図を表現しているようだ。

 しかし、吸い込まれているのは兵士達だけではなかった。

 国王軍兵士が吸い込まれて視界がひらけてゆく。そこでワイズは初めて気付く事となる。



「ちょ、ワイズゥゥゥゥゥゥゥゥゥ⁉︎」



 そこで彼が見たものは、自分の放ったブラックホールに飲み込まれてゆく、自分達を束ねる夜の王。

 ヴァンプだった。



「ヴァ……ヴァンプ様ァァァァァァァァァァァ⁉︎」


「ヴァンプ様ァァァァァァァァァァァァ‼︎」



 ワイズとグドの呼び声虚しく、夜の王ことヴァンプは、ブラックホールへと飲み込まれていった。ブラックホールは次第に収束し、完全に消滅する。

 鬼城ウルスヘイム前は、しばらく静寂に包まれた。

 国王軍は討つべき敵を失い、ヴァンプ軍は自軍の大将を失ったのである。

 ワイズとグド、残った二人は、しばらく放心状態で呆然としていた。


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