虫歯が結んだ恋☆上編☆
ようやく書けた『浮気探偵』、二つ目のお話です。
皆様、どうもこんにちは。
浮気探偵をやっているカプチーノ☆こと、古河ゆぅです。
実は、私今日は元気がありません。ついでに語尾の☆もありません。
え? なんでかって?
訊いて下さるんですか? お優しいですね。
では、この冷たいお茶でもどうぞ。私もいただきます。
ゴクリ。
「・・・・・・いったああぁ────い!!」
キーンと痛む歯を頬越しに押さえる。しかし、痛みは引かない。
・・・・・・ええ、そうです。私、虫歯になっちゃいました。無念です。
冷たいお茶を飲んだせいで歯に染みます。
冷たいものを飲まなけりゃいいのかもしれませんが、今は7月。海開きも過ぎたこの時期に温いものを飲む気には到底なれません。
突然ですが、自問自答を始めます。
Q.虫歯になったらどうしますか?
A.歯医者さんに行きます。
Q.何故、歯医者さんに行かないんですか?
A.歯医者さんが嫌いだからです。
Q.このまま放っといたらどうなりますか?
A.虫歯が悪化して、最悪歯が腐り落ちます。
Q.歯医者さんで治療して貰いますか? それともこのまま放って置きますか?
A.・・・・・・。
「歯医者やだ────っ!!」
「アホか!」
「痛っ」
背後からポカリとなんかで叩かれました。痛い。
振り返ると、丸めた雑誌を手にした幼なじみでクラスメイトの安斎木が呆れた顔して仁王立ちしていた。
「もっくん、痛いんだけど・・・・・・」
「そーか。でも歯の痛みよりはマシだろ?」
「うっ」
思わず言葉に詰まる。確かに歯の方が痛い。
そして、次にもっくんが言うセリフが幼なじみのせいで手に取るように分かってしまう。
「ゆぅ、歯医者行け」
「ヤだ☆」
「そうか、ところで新しい依頼を持ってきたぞ。報酬も弾むそうだ」
「ホント!」
オカン気質のもっくんがさらっとスルーしたことに疑問を持ったが、聞かされた朗報に思わず、顔が綻んでしまう。何せ、うちは浮気専門の探偵業。推理小説みたいに不可思議な殺人事件を解決するわけでも、大泥棒と対決するわけでもない。しかも宣伝は口コミのみ。なので依頼は非常~に少ない。
ちなみに、もっくんは私が浮気探偵カプチーノ☆だと知っている。さりげなく学校やご近所で宣伝してはクライアントを連れてきてくれるありがた~い存在なのだ。
私がカプチーノ☆だとバレるのは、色々避けたいので、依頼の内容は全てもっくんの口から聞かさせる(事務所に直接来た人は別)。
「この依頼、引き受けるか?」
「もっちろん!」
ただでさえ、今月の家賃を払えるか怪しかったのだ。断る理由はどこにもない。
「そーかそーか、二言はないな?」
コクリと頷くと、もっくんはますます笑みを深くした。
「じゃあ、早速今日の放課後ターゲットのトコへ行こう。善は急げだ」
「はーい☆」
ああ、哀れなり。まさかこの依頼事態がもっくんの罠とは知らず、呑気に笑ってた私は背後でもっくんが悪どい笑みを浮かべてたなんて気づきませんでした。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「もっくん・・・・・・」
「なんだ?」
「ここにターゲットがいるの?」
「ああ」
頬をひきつらせながら訊ねると、もっくんが首を縦に振った。
うん☆ ターゲットのこと、まったく訊いてなかった私にも非はあることは否めない。心の中で反省しつつ、もっくんの思惑に気づいた私は思わず逃走を計り、回れ右して走り出そうとしたが、もっくんに首根っこを捕まれてしまう。
私は最後の抵抗とばかりに大声で叫んだ。
「なんでっ、なんで──今回のターゲットがよりにもよって歯科医なのおぉ────っ!!?」
「仕方ねーだろ、ついでに歯見てもらえ」
「やだ────!!」
両手両足をじたばたと動かすが、ずるずると引きずられ、そのまま私は『野村歯科クリニック』に引きずり込まれた。
余談だが、もっくんはちゃんと予約もして、(何故か)私の保険証まで持ってきていた。なんて抜かりのない!
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「うぅ~、痛かった~」
名前は知らないけど、歯を削る機械で虫歯をガリガリ削られ、白いのを詰めこまれて治療は終わりました。これからは歯磨きを怠らないようにしよう。
待合室にはもっくんがマガジンラックから持ってきた雑誌を読んで待っていた。
私に気づいて手を振るもっくんを恨みがましく見るが、もっくんはケロリとしている。
「よぉ、治療してもらったか?」
「うん。ところで、あの眼鏡さんがターゲットなの?」
「そうだぞ。野村惣一。依頼人の旦那さんだ」
「へー、浮気探偵の私が言うのもなんだけど、浮気しそうには見えないけどなぁ」
「お前・・・・・・見た目は浮気してるかどうかの判断材料にならないって言ってるだろ」
「そうじゃなくて、人柄だよ人柄」
治療は痛かったけど、野村さんは気遣ってくれて優しかった。なんてゆーか、父性的? 浮気とかしない、いいパパさんって感じの男性だった。
「ところで、浮気相手は誰なの?」
「それは──あっ!」
もっくんが言う前に、玄関扉が開かれた。何故かもっくんがそっちを見て驚いた顔をする。
「すみません、野村先生いますか?」
入って来たのは、隣町の有名な進学校の制服を来た女子だった。ふわふわした栗色の髪が印象的な女子は受付のお姉さんにそう訊ねると、野村さんが治療室から顔を出した。
「やぁ、麻耶ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは。治療お願いします」
麻耶ちゃんと呼ばれた女子は、一度お辞儀をしてから治療室に消えていった。
・・・・・・えーと。
「まさか、浮気相手ってあの子じゃないよね?」
「残念ながらあの子だ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いや、ないないないない。ありえない!」
「でもクライアントはそうだって」
「誤解じゃないの? だって高校生と浮気しそうには見えないもん」
「じゃあ調べるか」
「うん。どっちにしろ調査はしなきゃいけないし」
会計を済ませてもっくんと一緒にクリニックを出る。
その後は、路地に隠れて麻耶さんが出てくるのをひたすら待つ。
「なかなか出てこないな」
「うん、治療にしても遅いね・・・・・・あ、出てきた!」
麻耶さんが出てきたのを見て、追いかけようとする。しかし、彼女と入れ違いにうちの学校の制服を着た男子がクリニックに入っていく。
その際に、麻耶さんと目が合い、二人とも赤くなって目を反らした。
んんん?
「もっくん。麻耶さん追いかけて」
「は?」
「私はちょっと別に調べたいことがあるから。とりあえず、なんかあったらメールして」
「ああ、わかった」
そのままもっくんは麻耶さんを尾行しに行った。私はクリニックの横の路地に入り、窓から中を覗く。
すると、そこでは野村さんとさっきの男子が何やら話をしていた。野村さんが何かを諭すように男子に話しかけてる。
「んー? なんかおかしな展開になってきたな」
「あの、何なさってるんですか?」
「うわっ!?」
急に話しかけられ、思わず跳ね上がる。
見ると、買い物帰りと思われる女性が不審者を見るような目でこちらを窺っている。
まずい・・・・・・路地裏から覗きなんて不審者まっしぐらだ。誤魔化さねば!
「えーと・・・・・・ですね、私はカプチーノ☆です!」
「え?」
・・・・・・・・・・・・。
ま、間違えたー! 探偵名名乗ってどーする!
調査中だからうっかり・・・・・・自分で言うのもなんだけど、こんな名乗られ方されたらますます怪しまれるじゃないか!
「すみません! 間違えました。私は古河ゆぅです。けっして怪しい者では──」
「ひょっとして、浮気探偵さんですか?」
「え?」
「私、野村の妻の野村美沙と申します。その──浮気調査を依頼しまして」
──まさかのクライアントでした。
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「えーと、改めまして、依頼を受けた浮気探偵カプチーノ☆こと、古河ゆぅです。あの・・・・・・詳しい事情を訊かせて頂いても?」
「・・・・・・はい」
美沙さんはコクリと頷いた。
現在地は野村クリニックのある通りと同じ道に面する喫茶店だ。
気まずい初対面だったが、ここで会ったのも何かの縁だと、ゆっくり話せる場所に行こうということになり、とりあえずここに来た。
「いきなりで不躾なんですが・・・・・・何故、旦那さんが浮気してると?」
美沙さんは手に持ったアイスティーのグラスをテーブルに置いて、訥々と話し始めた。
「実は、聞いてしまったんです。その・・・・・・主人と、あの麻耶さんという子が話しているのを・・・・・・」
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「私、好きなんです。・・・・・・のこと」
「いけないよ。こんなこと・・・・・・なんて」
「でも! それでも私・・・・・・諦められません!」
「麻耶ちゃん・・・・・・わかったよ・・・・・・だから・・・・・・」
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と、いうのが美沙さんが聞いた野村さんと麻耶さんの会話らしい。
隣の部屋から聞き耳たてて・・・・・・いや、たまたま聞こえてきたらしく、ところどころが曖昧だ。
「確かに・・・・・・麻耶さんは好きって言ってますね。でもだからって、浮気かどうかは」
「でも! あの子が来るといつも、治療時間が長いですし・・・・・・」
美沙さんはそのまま俯いてしまった。
うーん、困った。
とりあえず、私は氷が溶けてすっかり味の薄くなったミルクティーを啜って考える。
会話からして、野村さんが麻耶さんと浮気しているとは限らない。
野村さんは初対面の私から見ても素敵な人だし、女性から好かれそうだから美沙さんが不安になるのは分かる。でも、浮気してるとは飛躍しすぎでは?
それに、さっきの麻耶さんの反応も気になるし・・・・・・。
頭を捻っていると、ポケットで携帯がブーブーと震えた。
開いて見ると、電話で着信はもっくんだった。
美沙さんに断って、席を離れたらすぐに出る。
「もしもし、もっくん?」
『ああ、ゆぅ。今、橘さんと一緒なんだが・・・・・・』
「橘さん? 誰それ」
『麻耶さんだ。橘麻耶さん』
「そっか! 麻耶さんの名字橘なんだ・・・・・・で?」
『それがな・・・・・・』
「ふんふん。へー──え゛っ!? あー、はいはい。わかった。ちょっと麻耶さんと話したいから場所教えて」
「わかった。すぐ行くから、じゃ」
電話を切ると、私は美沙さんの元に戻った。
「すみません。急用が入ったので失礼しますね」
「あ、はい・・・・・・あの・・・・・・」
美沙さんがモジモジと何か言いたそうにする。その意図を汲み取り、私は美沙さんに言った。
「依頼の件はご心配なく。引き続き調査させていただきます。ですが、多分、数日中には解決すると思いますよ」
「本当ですか?」
心配そうに眉をハの字にしている美沙さんに、私は最っ高の営業スマイルを浮かべて──
「ええ、浮気探偵に二言はありません☆」
下編で解決します。