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記録:崩れた世界

 校庭に咲き誇る、桜の木から舞い落ちる花びら。

 ゆっくりと、風の流れに乗るように落ちていく。

 少年は、それを儚げに、どこか寂しそうに眺めていた。


「……もう、一週間……か」


 放課後。

 少年――霜月征覇しもつきせいはは、鞄を手に取り、席から立ち上がる。

 黒板は綺麗に掃除されていた。掃除当番の頑張りがよく分かる。征覇は、結構長く伸びた黒い髪をクシャクシャと掻き毟りながら、征覇は教室を後にする。


 廊下の角を曲がり、階段を下りる。そして昇降口から外へ出る。暖かく吹き抜ける風を感じつつ、征覇は校門を出る。


 そして、我が家への道を歩き出す。

 ――と。


 征覇は、獣耳の少女とすれ違う。


「……やっぱり、おかしい」


 世界が壊れて、一週間。

 否、世界は壊れてなどいない――世界自身が壊れたと、自覚がないのだ。

 つまり、その異変に征覇が気付いて、一週間。


 現代世界――つまり、征覇達、人類が普通の社会を築いて、平凡で平和な世界で生きていた世界。

 異世界――それは、剣と魔法の世界。異種族も存在し、現代世界では架空のモノと比喩されていた、世界。


 その二つの世界が時空の歪みにより、繋がった結果。

 爆発的な反動により、世界は一つに融合された代償に――全てが歪み、崩れ、ズレ、壊れた。

 だが、世界はそれに気付いていない。目の前に、長い耳の金髪で容姿端麗なエルフの少女が居ても、それが当たり前のように見つめる。

 それは例え、他の種族――獣人種でも、吸血種でも、変わらない。

 目の前で、魔法が発動されていても……変わらない。


 しかし、征覇は異質な現象は知っているが、原因は知らない。その状態が続かれ、一週間。征覇は気だるげな足取りで、帰宅する。


 超大金持ちが見れば、普通。平凡な生活を送っている人が見れば、豪邸。そんなレベルの、そこそこ庭の広い、目の前にそびえ立つ家の門から、入る。

 西洋のヨーロッパの雰囲気を漂わせながらも、モダンな感じは残しているような、大きな建物。それが征覇の家――正確には、二つ目の家。


「…………やっぱり、慣れないな。ホント、俺、どうしちまったのかな……」


 征覇の脳裏には、『前の家』の記憶があった。しかし、先日、いくら街中を探しても脳裏に浮かぶ家は、どこにも無かった。

 脳に居座る、不可解な記憶。

 それは、ただの幻想や妄想なのか――あるいは、現実なのか。征覇は今も悩みながら、苦労している。征覇はため息混じりに、玄関を開ける。


 そして。


「「お帰りなさいませ。征覇様っ!」」


 征覇の率直な感想。

 目には優しい。しかし、社会の目からは厳しい。


 玄関先で待っていたのは、ウサ耳、ネコ耳、イヌ耳、キツネ耳、などの獣人種の美少女達が、ひらひらの白と黒のメイド姿で『おぼっちゃま』の帰りを待つ、メイドだった。

 征覇は軽く頭痛がするのを、感じた。


「……あぁ、ええっと……。うん……ただいま」


 一週間経っても慣れない、この状況。征覇はドギマギしながら、言った。

 メイド達は持ち前の、美しい笑顔を絶やす事なく、征覇へ接近する。


「お荷物をお持ちします、征覇様」


 獣耳メイド達が、そう言いながら征覇の鞄を受け取る。


「い、いや。悪いって……」

「何をおっしゃるんですか、征覇様。征覇様の身の周りのお世話は、メイドたる私達の仕事でございます」

 

 半ば強引に鞄を取られ、征覇は曖昧な笑みを浮かべる。

 

「征覇様? クッキーを焼いてますが、いかがなさいますか?」


 そう征覇を呼び掛けたのは、メイド達の中でも征覇が一際注目する、少女。


「あぁ……うん、頂くわ」

「あら? どうして、そんなドギマギしているのですか?」

「いっ、いや……そ、そんな事はねぇと思うケド……うん」

「ふふっ、可愛いですね。征覇様」


 少女の名は、葛代雪奈くずしろゆきな。簡単に言えば、征覇の幼馴染であり、メイドである。仕事での役割は、征覇の全てのお世話。つまり、専属メイドである。

 

(……違う。雪奈は、こんな奴じゃ……ない。ハズだ……)

 しかし、征覇の知る雪奈は自分のメイドの雪奈ではなかった。征覇の脳裏には、幼い頃から無邪気に遊び、笑い――そして、事故で死んだ雪奈の姿が、見える。

(――チクショウ……何だよ、この記憶……)


 今、自分が体感しているのが幻想なのか。

 それとも、この記憶が幻想なのか。


「征覇様? どうしたのですか?」


 すると、雪奈が俯く征覇の顔を覗き込んできた。肩より長い程度の黒い髪に、小さな口とは正反対の大きな瞳。綺麗で色白な艶のある肌。思わず、見惚れてしまう桃色の唇。制服の上からでも見える、女性的なラインのスタイルに、女の子の甘い香りが征覇の理性を唆す。


「……へっ、部屋で寝る……」

「顔赤いですよ? お熱があるんじゃ――――」


「おにぃぃぃぃいいいいいいいいいちゃぁぁぁぁあああああああんんっっ!!」


 突如、雪奈の言葉を遮るような叫びに、征覇はビクッと肩が震える。

 そして、ドタバタと階段から勢いよく下りて来る、妹の姿が見え。


「空っ!? ちょ、おま――ッ!」


 衝突。

 苦悶の声を上げながら、征覇は思わず閉じた瞳をゆっくりと開ける。

 そこには、色素の薄い白い髪に病的な白い肌を魅せる、華奢な少女。歳は征覇の二つ下の、中学二年生。

 征覇の妹――空は、兄でる征覇の首に腕を廻しながら、


「あれ? お兄ちゃん、熱いね。お熱?」


 言って、空は自らの額を、征覇の額へ密着させる。コツン、と。

 現在の状況の征覇は戸惑い、そして。


「――って、おいっ!? 空っ、やめろって! 何やってんだお前!」

「えぇ? 熱測ってるだけだよ?」

「そんな測り方、普通はしないっ!」

「兄妹なんだから、普通だよー」

「こんな密着して普通なんて兄弟は、いないっ!」


 ガミガミと怒鳴る征覇に、空は残念そうに馬乗りの態勢を解く。

 安堵の息を吐き、征覇は立ち上がる。


「それじゃ、僕は部屋に行く――」

「失礼ですが、空様。あまり、征覇様のご迷惑を掛けないでございますか?」

「別に、雪奈ちゃんには関係ないじゃん。兄妹なんだから別に問題ないよ」

「兄妹、だからこそです。征覇様もお疲れなんです」

「ていうか、雪奈ちゃん。それ完全に妬いてるだけだよー」


 双方、笑っている。美の笑顔を絶やさない。しかし、眼は笑ってない。

 眼が笑っていないだけで、これほどまでに人の表情は狂変してしまうのか、と征覇は謎の恐怖感を覚えてしまう。

 言い合う二人から避け、征覇は階段を上ってニ階へ。そして自分の部屋へ入り、ベットへ体を投げ出す。


「……僕は、一体……」


 世界がおかしい。

 それは、征覇にも分かっている。しかし、理由も知らないし、何より世界自身が『異常』だと自覚していない。

 

 征覇の脳裏に残る、記憶。

 そこには、極々普通の家に住み、幼馴染の雪奈と遊ぶ自分姿。もちろん、そこには耳の長いエルフや獣耳が生えた、獣耳少女もいない。

 妹の空だって、そうだ。

 征覇の妹の空は、元々あのような美少女ではなかった。記憶に存在する少女は、とにかく運動が大好きで、社交的な少女。それに、兄に対しても、あのようにベタベタする訳でもなく、むしろ毛嫌いしていた様子だった。顔もそれほど良くはなく、ハッキリ言って美少女ではなかった。


 しかし今は、学校には行かず、いつも引き籠っている、オタクでゲーマーなヒキコモリ美少女だった。容姿も性格も生活も、正反対だった。


 ――だけど。


「妹は妹。幼馴染は幼馴染。……何も起きず、普通な暮らしが送れれば、それでいい」


 いつの間にか、征覇は寝息を立てて、熟睡していた。

 

 だが、征覇は知らなかった。

 身の回りで起きる不可解な異変の、重大さを。

 

 


 

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