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04王と神様



「祖父が体調を崩されたのは、一カ月程前のことです」

 やっと戻った主要の話に、ケイネは静かに耳を傾けた。


「お爺様が即位なされたのは、今から約、五十年ほど前のことになります。その頃、城下を主、に国内の至る所で名が挙がっていた《刺青師》様が、ウェラート・エングストランド様になります」

《刺青師》の中で、彼の名を知らぬ者はいない。

 どんな新参者でも、ケイネのように数年で逃げ出してしまっても。《刺青師》たちの長い歴史の中でも、彼は特異で、奇異で、とても優れた存在だったのだから。


 黒一色で、備わる魔法も一級品。

 魔法の良し悪しが一般人に解る筈は無いが、同じ《刺青師》達から見れば、それは一目瞭然なのだ。

 たった一本の直線、曲線、細い物も太い物も、どの傷にも無駄は無く、彼は決して、必要以上に肌を傷つけるような行為はしない。相手を慈しみ、最大級の魔法と満足を与え、殆ど金もとらずに消えて行く。


 ウェラートの名は伊達では無い。

 魔法力と妥協の無い意匠に対する敬意から、彼は《刺青師》たちから、刺青を入れる側に対する慈悲と、金に対する頓着の無さに対する欽慕から、彼は『神』と称賛された。

 今でも彼を目指す人々は多く残り、巷では単色彫りの流行が数年単位で起こるのだと、ケイネも噂に聞くところもあった。


「彼の最高傑作を、ケイネさま――ケイネさんは、ご存じですか?」

「……さぁ」

 ケイネは軽く肩を竦める。何せ、ウェラートは自身の刺青を総て平等に愛していたのだから。

 もしも最高傑作があるとすれば、それは後付けで、誰かが勝手に言いだしたに過ぎないのだろう。


 オリヴィエは一度自身の胸に手を置き、肌を這って、自身の二の腕を抱いた。

 悲痛そうな面持ちは、何を基盤にした悲しみなのだろう。何を想った、痛みなのだろう。


「祖父の背に在る、この国、全土を守るための――『広範囲及び強力結界魔法』の刺青です」





 現在から数えて、千年以上も昔。《刺青師》の存在が確立されてから、約二十年後。

 現オリヴィアの祖父が統べるこの国から、一つの村が消えた。


 この世界には迷宮ダンジョンが存在する。

 それは空に浮かぶ島の中や、由緒ある神殿や、王家の墓や遺跡、それはもう至る所に、多様な形で今もなお暴かれずに存在していた。中には財宝が隠されている物、汚点となる歴史や、外に出してはならない災厄などが封印されている物など、多種多様。勿論そこを守るためのトラップ守衛ガーディアンが存在し、簡単には押し入れない設計と成っているが、それすらも楽しんで乗り込もうとする人間がいるのだから、色々と始末におえない。


 迷宮を攻略しようとする者のことは、『攻略者』と呼ばれていた。迷宮ダンジョンは一生をかけなければ攻略できないような、その名の通り迷宮めいきゅうだが、その代償に、攻略さえしてしまえば、英雄と呼ばれる存在に慣れるのだ。


 財宝があれば、一生安泰、その迷宮の攻略は最高の成果と言えるだろう。

 秘密を暴けば、改竄されてきた歴史を正したり、この国の行く末を手中に収めることができるだろう。

 災厄を解きはなてば、この国を乗っ取ることができるだろう。

 

 善人から悪人まで、攻略者は存在した。財宝を欲する金に困った者から、ただ迷宮を攻略したことによる、『英雄』という名が欲しい者。歴史を紐解く歴史者や、遺跡に浪漫を求め、ときめきを覚える者。国を落としたい者や、王になりたい者。

 彼らの野望は誰にも止める事が出来ない。

 皆が好きに生き、勝手をしていることこそが平和で、それが幸せなのだから。


 そんな頃、だ。魔術師が《刺青師》と名を変え、魔法が一般にも浸透してきた、そんな頃。


 一つの村を飲みこんで、その『穴』は現れた。


 村と言うより、集落と呼んだ方が正しいか。

 とある一族が、纏まってそこを住処にしていた。

 彼らの人数はそれほど多くは無く、彼らと行動を共にしなくなった者も含め、二十五人に満たない小規模な一族だった。

 その集落に住んでいたのは、十八人。小屋の様な家が四件建ち、畑を作り、鶏や兎等の食用小動物を育て、懇意の行商人と物々交換で生計を立てている人々だった。


 一夜にして、彼らの住処は穴と成り、暗闇に消えた。


 逃げ延びた者もいたのだろう。だがその者は、近くの町や平原、そして森の中で、死体となって発見された。

 大方は無惨なものだった。鋭い刃に切り裂かれた者。肉を引きちぎられバラバラになった者。胸に穴を空け、心臓だけが抜き取られた者。


 民は混乱した。

 何か、我々の知らない、未知の恐怖が迫っている――と。


 殆どが《刺青師》となった魔術師たちを筆頭に、それらの調査は始まった。

 恐怖は穴から現れ、穴へと還る。

 暗闇で生まれし存在は獰猛で、人は彼らにとっての食糧。


 魔術師たちは数人がかりでその穴に結界を張った。

 うっかり穴から出たままだったその異形は騎士たちによって駆逐され、一応の恐怖は去った。


 だが、問題は『穴』と、そこに張られた結界。

 穴を埋めることは出来ず、強固な結界にて、内側から破られない様に保持して行くしかない。そう結論の出た矢先の事である。

 その結界の核となる部分を担っていた魔術師が、弟子にその術を伝授する前に、ギャンブルに負けた腹いせにチンピラに喧嘩をふっかけ、打ち所悪く死に至ってしまったのだ。


 性格に問題はあったが、そんな人間でも仕事だけは一流。結界は解けること無く張られ、しっかりと役割を全うし、世界の均衡を保っていた――が。

 一生消えないわけではない。結界は彼の魔法により張られたもの。彼が残した魔力が尽きれば、それは砂漠で見る蜃気楼よりも簡単に立ち消える儚い物だ。


 それを危惧したのは、魔法に長ける魔術師たち。

 弟子はまだ幼く、他の魔術師でも力不足。残念な事に、性格に難ある魔術師は、それを帳消しにしてなお余るほどの知識と魔力を、その身に有していた。

 報告を受けた王は困り果て、ではどうするかと何度も魔術師たちと議論した。



 そして出た結論が、王の背にその魔法を託す事。

 知識はあるが魔力は無い魔術師と、魔力は無駄にあるが制御がイマイチな魔術師と、魔力制御はお手の物だが少々勉学が疎かな魔術師が集まり、悪いところを補い合う。

 王はその身を楔とし、その穴と、ついでに他国でそういう事が起こってもこちらに入らないようにしたいと、自身の国をすっぽりと覆い隠すように、広域且つ強力な結界を張る法を、その背に穿ち、民の命を負った――



 数年経つと、人々の恐怖は薄れ、好奇心に抗えなくなる。

 一人の若者が、ご丁寧に階段付きの『穴』へ入った事により、それが迷宮ダンジョンの一種であったことと、恐ろしく広く、恐ろしく強力で、そして働きによっては、恐ろしく儲かる事が判明した。

 年々攻略者は増えて行き、活動領域を広げるも、最下層に辿り着いた者はおらず、それがどこかも解らず、魔界と称して遜色ないその恐ろしげな地下世界を攻略する者を、人は『冒険者』と呼ぶようになったが、それは別の話。





 ――つまり、約五十年前、ウェラート・エングストランドが王の背に彫った結界魔法とは――王である証。王の存在意義そのもの、だったのである。


「……だから?」

「え?」

 オリヴィエの言葉が止まったので、咥えっぱなしになっていた煙草を指に持ち、ケイネは彼女に問うた。

「五十年前、ウェラートが王の背に結界魔法を入れた。……だから?何?」

 現王は病床にある。その彼の背にウェラートが結界魔法を入れたからと言って、彼女がウェラートを捜す理由にはなりえない。


「城から出て、こんな辺鄙な土地まで来て、ウェラートを捜す為だけに山へ入って――でも、捜すのは最終目的じゃない。そうだろ」

 捜して、見つけて、その先を。


「――あんたは、ウェラートにどうしてほしいんだ?」


 ケイネの予想は、二通り。

 祖父の背にあるように、王になるため、自身の背にも同じ刺青を入れてほしい。もしくは、自分は王になりたくないから、他の人間へ刺青を入れる、か。


 王の称号は血族に因るが、背の刺青という受け継いできた象徴のおかげで、支持率は血縁関係よりもそちらに傾いていたりする。

 王は王たる仕事、政治もきちんと行ってきたし、古くからのしきたりで血縁以外がその座に座ることは無い。けれど、数百年、代替わりの度に、王はその背に刺青を彫ってきた。血縁的に王位を継承出来る者はオリヴィエしかいない。そんな今、オリヴィエが誰かと結婚し、その夫の背に刺青を彫り、王家に挿げ替えるという行動を行っても――不可能なことは、無いはずだ。

 問題は、それをオリヴィエがしたいかどうか、だが。


「……わたくしは――」

 静かに、ゆっくりと。

 オリヴィエは、ケイネの問いに応えた。


 病床に倒れた祖父。

 旅の中で見て来た、民の笑顔や不安の表情。

 ケイネの美味しい食事に、植物や、動物たち。



「わたくしは……この背に、ウェラート・エングストランド様に刺青を入れていただきたくて、此処まで来ました」



 王になるために。

 オリヴィエは、国の総てを、護るために――









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