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14.5騎士様と面倒



 すっきりとした短髪の厳つい顔をした青年の彼は、名をバートルミー・ペンリーと言った。人々からは「ルミ」や「ペンちゃん」などと呼ばれ、王家至上主義のお堅い思考に似合わぬ可愛らしい名前を、揶揄されるのが常である。


 可愛い渾名を付けられてしまった彼は、王家に仕える騎士であった。この国に大人と子供を区別する境界は無い。強いていうなれば、見た目、年齢、もしくは職があるか無いかに因る。十にならない子供が料理人として店を構えることもあるが、その場合彼は子供だが、店を構える人間と言う立場で口を開く場合、彼は大人として発言をすることが許される。逆に、五十を超えた男性が定職も付かずにダラダラと酒をかっ食らっていれば、彼は日常大人として接されるが、定職が無い分そこらへんの子供以上に手厳しい態度を取られることになる。


 そんな中、バートルミーは大変に優秀な青年だった。

 騎士見習いとして城に仕え始めたのが九つの頃。通常では五年以上かかる見習い期間を三年で終え、十二の時に最年少騎士としてその身を王に捧げた。騎士団長に任命されたのが十五の時で、師団長として名を連ねる様になったのが、慈愛の姫と謳われたシルヴィア姫の死後三年。バートルミーが二十歳となる頃だった。


「ちょっとちょっと、ペンリーちゃん」


 酷く軽いお呼びがかかったのは、昨年、バートルミーが二十三になる直前の事。

「アレクシス王!お声をかけて頂き、光栄の至りにございます」

「固いなァ」

 王城の隅の廊下。人通りがあるとすれば、バートルミーのような騎士等の、王に仕える下っ端達が使う通路である。いうなれば、決して王家の人間が通るような道では無く、むしろ言えば、彼の側近であるデュークが静かに怒り狂うであろう所業だ。

 バートルミーも厳格で融通の利かない性質であると自負してはいたが、彼ほどではない。デュークは王であれ、正しくないことは決して許さない。例え王が「俺の家だ。俺がどこを歩こうが俺の勝手だ」と言おうが、「王の家。それもまた正しいでしょう。ならば王よ、すぐに大浴場へと向かうと良い。今はメイド達が湯浴みをしている時間だろう。なに、彼女達はあなたを粗末に扱いません。ただ、内心あなたへの敬意が失墜するだけだ」などと言って返すに決まっている。


 どちらかと言えば、そう言いくるめてしまうデュークの方が、バートルミーの性格とは合っている。

 だが、厳格で融通が利かないからこそ、バートルミーやデュークのような人間が、アレクシス王という、民は知らない破天荒っぷりに憧れるのもまた道理であろう。自分に無い物を持つ彼を尊敬し、跪く。

 騎士になることを決めたのは、国のためだった。だが、騎士になった今、バートルミーは自分の意思で、アレクシス王という人間に跪く事を良しとしたのだ。


 そんな王が、王が歩むべきでない道で、師団長とはいえど下っ端のバートルミーに声をかけているという事実。

 躊躇い無く膝を突いたバートルミーに苦笑しながら、アレクシス王はバートルミーを無理矢理立ち上がらせ、未だ衰えを見せない鍛え抜かれた筋力を加減もせず、バシバシと肩を何度も叩いた。

 バートルミーは「痛い」という言葉を発することも出来ず、ただその暴挙に耐える。バートルミーの眉は常にと言っても誇大広告にならないほど常に寄っていたため、王は彼が痛がっていることに気付かない。


「王よ、何故、このような場所に、貴殿が……?」

「おう!実はな…………」

 そこで唐突に王は言葉を止め、バートルミーの肩に腕を回したまま、暫しの間固まってしまった。バートルミーは疑問を顔に出すことはできても、口に出すことは出来ない。王は何事かをバートルミーに伝えようとしていた。ならば、バートルミーがすることは、彼の次の言葉を待つことだけなのだ。


 王はぷっと吹き出し、大笑いをしながら、今度は肩ではなくバートルミーの背を一発、力の限り思いっきり叩きやがった。

「い……………………っ!!??」

「『王』と『おう』……!!アッハッハ!駄洒落じゃねーか!!」

 只管にしょうもない。

 バートルミーからしてみたら、何処にも笑う要素が見当たらないし、愛想笑いをしたとしても、これほど笑うに至る面白みが、どこにあったかも解らない。

 擦りたくとも擦れない背に腕を回さない様に神経を注ぎながら、バートルミーはいつもの仏頂面――若干、元気が吸いとられているように見えなくもない――で、王の隣では無く、正面へと移動した。


「王、わたくしめに、一体どのような御用件がございましょうか」

「あーそうそう、忘れてたスマンスマン」

 バートルミーに対して、王のこの軽さである。

 快活と笑う姿は、操縦する手段を失われた、糸の切れた凧のようである。

 幼い頃、中々旨く出来ずにほっぽり出した凧を思い出し、バートルミーは少し微笑ましく思った。もう少し頑張っていれば、王のように、どこかで解り合える日が来たかもしれない。


 自由気ままにフラフラと、宙を猛スピードで疾走する王が、ふと、底の見えない凪いだ金の瞳を見せ、穏やかな微笑みを浮かべた。

 それは、普段彼が民に見せるような、『王』としての姿。

 軽薄な姿の奥底に確かに在る、使えるべき主君の姿。

「バートルミー・ペンリー」

 王が名を呼ぶ。

 バートルミーは「はっ」と短く返事をし、居住まいを正した。


 外の中庭には、強くなった陽が降り注いでいる。若葉を照らし、深緑を育む光は、人々の感じる希望のように輝かしい。

 アレクシス王の瞳は、そんな陽の光をしていた。

 彼の存在こそが、臣下の、そして、民の希望――


「きみを、我が孫娘――グローリア付きの、近衛騎士に任命する」


「……………………は?」

 たっぷり十秒以上の沈黙の後、バートルミーが投げられたのは、その言葉と、悪戯に成功した子供のように破顔する、無邪気な表情だけだった。



   □■□



「ルミなんか大っきらいです」

 王に「グローリアを頼む」と言われて早二年目。バートルミーが仕える、現王の孫娘、グローリア・オリヴィエ・ミリアム・プロウライトその人は、真っ白な肌を淡い桃色に染め、頬を膨らまして子供のように不機嫌を表した。

 彼女の隣に座った、彼の部下であるアオイは何も言わず、興味無さそうに案内された食堂の中を眺めている。彼女と視線が合う度に、カウンター奥の厨房に居る男性が微笑むが、そこにどちらかが誘うような色は無い。単純に視線があったから彼は微笑み、そしてそれに慣れてきたアオイも、何となく冷たい視線を送り続けるだけだった。


 高く結った長い黒い髪に焦げ茶の瞳を持つアオイは、東の島国から訪れた剣客である。その腕と、可愛らしく整った顔立ちを王に買われ、彼女はスカウトでオリヴィエ付きの近衛兵となった。

 立場的には断然バートルミーの方が上なのだが、性別というものは中々厄介なものである。彼女は男女差別の激しい地にて、女の身でありながら、男の世界である剣で生き抜く事を決めたらしい。それ故に、彼女は男性という生き物にとことん厳しく――一般人はある程度別として――反対に女性に対してとても親しくその身を寄せた。

 勿論、主君の命がかかっている時は、非常に優秀な、心強い味方でもあったが。

「奇遇ですね、姫様。わたしもこのクソ騎士師団長様、大っきらいです」

 問題は、主君の命がかかっていない時は、非常に強固な壁である、ということ。


 アオイの「大っきらい」発言に、心優しいオリヴィエは「えっ!?」と呟き、おろおろと不安気に、二人の顔を見やる。

 ニコニコと、真剣のように切れ味の良い笑顔を浮かべるアオイと、眉間に皺を寄せて瞼を下ろすバートルミー。

 やがて勝敗を悟ったオリヴィエは、胸の前に掲げていた両手を膝の上に下ろし、少しだけ俯いて、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝罪した。

「嘘を吐いてしまいました。わたくし、ルミのことは大好きです」

 可愛い人である。

「嘘なんですか。残念です」

 眉を下げて、唇をへの字に曲げるアオイの様子は、本当に残念そうだった。

 なんとも可愛くない人である。


 バートルミー、アオイ、オリヴィエ、そしてここには居ないもう一人は、現在城から離れた、こんなところがあったのかと呆気にとられるほど辺鄙な、辺境の山に来ていた。山の麓の町から上がって来たのだが、最初十メートルもせずにオリヴィエが失踪。三人ともが目を放した隙に、彼女は道から外れ、どこぞへと消えてしまった。丸三日山の中を彷徨い歩き、バートルミーたちはオリヴィエの姿を捜索したが、一向に彼女の存在を感知することは出来ない。人と動物の通った道は簡単に識別できるはずなのに、何故彼女を追えなかったのか。

 途中で薄気味悪くなった一人が危険を提唱し、一旦麓の町へ戻るも、オリヴィエが帰った気配は無い。仕方が無いので一夜を麓で明かし、山の中腹辺りにあると言う村まで登って来たのが、日も傾き始めた午後のことであった。


 その時、村人はオリヴィエの存在を知らなかった。

 それは確かである。三人で手分けを探し、村人のほぼ全員を聞いて回った結果、ここ一週間以内、他所者は来ていないという情報を手に入れていたのだ。

 村の娘が一人身重ということで、村人は酷く他所者を迷惑そうにしていたが、それでも場を提供し、宿として、村長の家にある空き部屋を彼らに貸してくれた。山に詳しい者を明日呼ぶ。そう言って、村長はあまり外を歩かんでくれと彼らに告げた。


「あまり、ということは、ある程度出ても構わん。そういうことだろう」

 しれっと言ってのけたのは、バートルミーよりも一回り年の行った壮年の男である。彼こそがもう一人の彼らの仲間であり、城に仕える《刺青師》、デリク・ディーコンという男だった。城に仕え始めたのは三十になった頃だと言うので、人生以外においては、バートルミーの後輩にあたる。正し人生の先輩という点において、年功序列を重んじるきらいのあるバートルミーには、何だか逆らえない部分もあった。

 彼一人で外を歩かせるわけにもいかず、バートルミーたちは――アオイは至極嫌がっていたが――デリクの後を追い、問題を起こさせないようにと一緒に村を歩くことに。村長に一言告げようとしたのだが、彼は家に居らず、末の娘と紹介されたコーリンに言伝を頼み、扉を施錠――長閑な村だが、そういった点はしっかりしているらしい――をし、彼らはしがらみ無く村を歩くこととなった。


 日も落ちかけていた村の中は慌ただしく、一部の村人は食堂にすし詰めになり、一部の村人たちはバートルミーたちを警戒しながらも、それどころでは無いという様子で村の中を走り回っていた。

「これ、大所帯で動くより、ハゲ……デリクさんが一人で歩いてた方が、まだマシだったんじゃないでしょうか」

 完全に禿と言い切りつつ、バートルミーも考えていた事案をアオイが口にする。

 目立つ、目立たないの問題でなく、彼らの不安を煽らないために。


 だが三人で出歩いてしまったので仕方が無い。

 そこから後はてんやわんやであった。子供が生まれたが、どうにも様子がおかしいと報告し合う村人たちにしゃしゃり出たのが、デリク・ディーコン。村の事情に口を挟むのは躊躇われたが、事情が事情である。子供の命を本気で心配している人間にとって、《刺青師》の存在は医者よりも安心を与える存在であることを、バートルミーは良く知っていた。


 だからこそ、驚いたのだ。

 彼らが、確固とした拒絶の意思を持ち、断固として、デリクやバートルミーたちを、生命の灯を吹き消されそうになっている、哀れな魂へ決して近づけなかった事を。


 最初は交渉を主にしていたが、村人は一切譲歩しない。そこに「赤子を殺す気か」とキレたデリク、そしてデリクに同意したバートルミーが、剣をチラつかせて脅そうとも、決して屈することは無かった。むしろ捨て身で押さえこまれ、善意の村人を斬れないバートルミーは戦闘不能。デリクは強行突破しようとしていたが、見るからに貧しい村人に魔法を行使することは出来なかったらしく、結果騒いでるだけの五月蠅いオッサンに成り下がっていた。


 その時だ。

 良く聞き知った、澄んだ声が響き渡り、謎の男と共に姿を現したのは。

 宵の闇に紛れた男の姿を、バートルミーが確認することは無かった。彼にとっては何よりもオリヴィエの守護。必ず生きていると信じてはいたが、それでも、彼はアレクシス王に対する誓いを破り、彼女を丸三日、一人きりにしてしまったのだ。

 危険は沢山あっただろう。今すぐ彼女を確認したかった。怪我があれば自分が被ろうと思った。どう詫びればいいかを考えた。彼女に跪き、自身の不手際を罰してもらいたかったが、彼女が王族であると知れるのは不味いという理性がそれを制し、知らぬ男が彼女の名を呼ぶまで、バートルミーは一切そこから動く事が出来なかった。


 問題は、そのあとである。

 今までも充分問題だらけではあったのだが、さらに、その後。

 村の少女に案内された食堂で、村人たちがバートルミー達の座るテーブルと椅子を整え、そこを遠巻きにして赤子の無事を祈っていた。


 そんな中に落とされた、爆弾。


「ウェラート・エングストランド様の事は……諦め……いえ、妥協――そうです、妥協します!わたくしは――ケイネさま――ケイネさんに、刺青を入れていただく事に致しました」







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