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11神様と村人



 右手に繋がれたバリーと、左側に変な形で力強く抱きついたオリヴィエを抱えながら、二つの魔法を駆使して高度を下げる。ケイネを中心とした三人は今、山の木々よりも高い、村の中腹の真上に居るのだ。

 ケイネの右足には風魔法、左足には重力操作魔法扱うための刺青が彫られていた、足というよりは、太腿。移動魔法には色々種類があるが、ケイネはその二つを選択肢、人に見えない位置にそれを穿った。理由は単純で、ただ移動するためだけの魔法よりも、色々な方向で使い道のある魔法の方が、ケイネの好みだったのだ。


 玄関前に置いてきた大きな石。あれも、ケイネの通常の力では、動かすのは不可能だっただろう。あれは石から重力を失くしたがために、ケイネの若干危惧される細足でも動かすことが可能だったのだ。勿論、ケイネが足を離したと同時に魔法も切れるので、扉を開けようとすれば、当然石に邪魔される形になるのである。


「オリヴィエ、服の裾押さえてろよ」

「はっひゃいぃぃいっ」

「ひゃっほーーーー!」

 恐怖に震えるオリヴィエと、慣れたように重力を上げて高度を下げるケイネと、それを笑顔で楽しむバリー。元々空を飛ぶのが夢だと豪語していたバリーは、ケイネがこうして『空中歩行』できることを知ると、片道三時間かかる山道を率先して登る様になった。故に、村人がケイネに用がある時は、基本的にはバリーがケイネの家に使わされる。


 着地直前で人体にかかる重力を殆ど遮断。風を調節し、ふわりと足を着ければ、三人の身体に確かな重みが戻ってきた。

 オリヴィエはケイネの身体に縋りつくようにしていたので、変な格好で尻もちをつく。小さな悲鳴が上がるのをかき消すように、バリーは「あーー!」と興奮冷めやらぬ様子で叫び声を上げた。

「やっぱいっすね!ケイネせんせいの『空中浮遊』!」

「間違っちゃ無いけど……なんだかなぁ」

 真っ青な顔で、見開きっぱなしの瞳を涙で潤しながら震えるオリヴィエに手を貸しつつ、ケイネはバリーのお気楽な様子に複雑な気持ちを返す。既に辺りは闇の領域で、村の外、山の中では、夜行性の動物たちが餌を求めて蠢き始めていた。

「…………」

 繁る木々から視線を戻し、着地地点の目前にある村を見やる。流石のケイネにも、村のど真ん中に降り立つだけの無鉄砲さは備えられていなかったのだ。


「オリヴィエさん、大丈夫っけ?」

 案外人を見ているバリーが、真っ白い指先でケイネの腕を握りつぶすオリヴィエに問う。どう見ても大丈夫では無い。引き攣らせながらも、それでもオリヴィエは青い顔に笑顔を浮かべた。

「ふぇへへ、へい、き、です……っ」

「平気じゃなかね」

「平気じゃ無いな」

 バリーが苦笑し、ケイネが溜息を吐く。

 ケイネに寄りかかりながらなんとか立ってはいたが、このままでは歩く事もままならないだろう。


「言っとくけど、俺が力持ちなわけじゃないぞ」

「ふえ……きゃっ!!?」

 あやすように優しくオリヴィエの手を腕から外し、よっこいしょ、という掛け声とともに、ケイネは上半身を折り曲げる。うっすらと痛みの残す左腕をオリヴィエの膝裏に通し、右腕を腰に添え、「よっこいしょ」の「しょ」の部分で、勢いをつけて立ち上がった。


「たかった…………低い……」

「あ゛!?今なんつった落とすぞボケが」

 急に視点が上がり、驚いたのだろう。オリヴィエは焦ったようにケイネの頭を掻き抱いた。が、直ぐにその高さが脅威では無いと気付く。不安を吐息と共にケイネの頭の拘束を緩め、オリヴィエは禁句を吐き出してしまった。


「も、申し訳ありません。お、お爺様やお父様に比べますと……」

 真剣に凄むケイネに怯み、オリヴィエは言い訳をした。オリヴィエの祖父は言わずもがな。百九十を超える――もしかしたら二メートルを超えているかもしれない――巨体である。父親も穏やかな顔立ちの割に、身長は百八十の後半という長身だ。あれらに『高い高い』をされてきたオリヴィアの身としては、いくら自分の身長が伸びたところで、ケイネ程度の高さならば、恐怖に値しなかった。

 だが、自身の身長にコンプレックスのあるケイネからしてみれば、それは屈辱でしか無いのだろう。


「あの巨人どもと比べんな。……先に食堂の方につれてくか……オリヴィエ、お前は――」

 食堂で待ってろ。そう続けようとした言葉を切ったのは、当然ながらバリーである。

 村の事は、普段村に居ないケイネよりも、当然村の住人であるバリーの方が詳しい。無論、他村人の動向についても。

「ちょい待ちっすセンセ!今食堂、村の男たちでいっぱいじゃて、オリヴィエさん一人置いてくにゃ、したたか可哀想っつーモンですって」

「『些か』な」

 バリーの間違いを正し、ケイネは暫し思案する。確かに、オリヴィエを村の男たちが集う食堂に一人取り残すのは、少々不憫に思われた。主に村の男たちが、である。


 バリーもそうだが、村の人間は村人と、時折現れる行商人と、旅人と、麓の人間くらいしか、普段関わることはない。

 オリヴィエのような美しい少女が現れるのは、奇跡的な出来事とも言えた。オリヴィエ自身も委縮してしまうだろうが、村人はそれ以上に委縮するだろう。人は良いが、その分繊細なのだ。急激な環境の変化に、彼らがついていける筈が無い。


「……まぁ、そうだな。オリヴィエ、お前はどうしたい」

 一応本人の了承を得ようと、ケイネは顔を動かして、ケイネの方を見ようとする。オリヴィエはケイネが動いたことに驚き、ぎゅうと腕に力を込めた。

 ケイネは難しい顔をする。先刻さっきから、この体勢は間違いだったかもしれないと、何となく感じていた。だが本人に指摘をするのも憚られ、下ろしてもオリヴィエが歩けるとも思えず、む無くこの体勢を維持しているのだが。

(…………姫相手に「胸が当たる」とは、流石に忠告し難い……)

 否、姫でなくとも、そういう忠告はし難いものだが。

 ケイネの心オリヴィエ知らずである。逆もまた然り。彼女はケイネの頭にくっついたまま、「わたくしはケイネさんとご一緒に」と告げるだけである。


「これだからケーネセンセーは」

 恨みがましくねっとりとした視線をケイネに投げつけるバリーに、ケイネはうんざりした表情で応えた。

「なんだよ」

「べっつにぃ。あーあ……ケイネ師と同じ時期に生まれた俺は不幸だぁ」

「そりゃどうも」

 慣れた悪態をなおざりに躱し、ケイネはオリヴィエにもう少し離れろと合図する。胸も確かに問題だが、それ以上に、首に圧力がかかるのだ。不老を持参しているケイネでも、死から逃れることは出来ないし、負傷しないということでもない。痛みは残るし、傷は治るのに時間がかかる。年齢故でなく、ケイネは『健康第一』という言葉が身にしみているのだった。


「バリー」

「うんにゃ?」

 奇妙な言葉で返事をし、バリーはケイネに瞳を向けた。

「お前、身体の調子どうだ」

「健康絶好調じゃすよー!俺ってば、全っ然全くこれっぽっちも賢くねーっすけー!」

 そういう問題では無かったのだが、バリーがあまりにも溌剌と笑うので、ケイネはそれ以上の追及を止めた。彼の底なしの明るさは魂由来。ちょっとやそっとの環境に左右されてくれるほど、バリーという人間は簡単ではない。ある意味では、最強を誇っても良い性質タイプの人間である。


 バリーは食堂へ。ケイネとオリヴィエは集会所へ。というのがケイネの下した結論であった。

 ケイネの到着は、ケイネ自身が集会所へ顔を出した時点で知れるから、バリーが一緒にそこに行く必要は皆無である。それにバリーは妹から直々に立ち入り禁止令を出されているのだ。彼には集会所へ行くよりも、新たな命の誕生を心待ちにして、一切の食事を忘れているであろう者たちへの夜食の準備をさせるべきであろう。

 無駄な髭を蓄えた彼は、あれで中々料理が巧い。城の料理人になれるかと問われれば首を捻るが、村の食堂を経営する程度のレベルではある。とはいえ、ケイネが拵える数百倍は美味なのだから、比較するのもおこがましいというものだろう。中々気配りもできる好青年なので、食堂に集まり暇している男たちや子供達を使い、軽食を作って気を紛らわせてやるくらいはできるだろう。それにケイネも腹が減っていた。


 言伝を頼みつつ、バリーとは食堂手前で別れ、「わたくし、もう歩けます」と進言したオリヴィエを地に下ろし、ケイネは小走りで集会所へ向かう。

 村の中心にある集会場まではそれほどの距離は無い。田舎と言われると、田畑や水路で家々が疎らな印象を受けるが、此処はどちらかと言えば村と言う名の居住区で、大きな田畑が少し距離のある場所にあり、作業はそちらで行われる。所謂ベッドタウンなのだ。


「ですが、如何して、ケイネさんが、村の方々にお呼ばれになったのですか?」

 不思議そうに問いかけるオリヴィエに、ケイネは「前からこうだ」と、当然のように返した。

「俺の職業は?」

「《刺青師》様です」

 ケイネは《刺青師》である。決して、助産師でも医者でも無い。なら何故、そんな人間が、男が、そこに呼ばれるのか。


「……この村では、子供は宝とされる。昔は兎も角、今では貧困もそれほど無くなって、行商人から必要な物を必要なだけ買えるように、金も回り始めた。だから人手は大切だし、新たな命を育む余裕もあるし、生命の誕生は祭を催すレベルで嬉しいことに変わった。……まぁ、実際祭を催す余裕も無いから、村人総出で手を貸すくらいしかできないけどな」

 だが、その繋がりが、ケイネは好きだった。

 ケイネが来た頃のこの村は、偶に訪れる《刺青師》に支払う金を蓄えるために、栄養失調の者が出るほど切羽詰まっていた。畑仕事は休めないし、家畜に対して手を抜く事もできない。にも関わらず、彼らの金は出て行くばかりで、生活に必要な部分を切り詰めることでしか、先立つ物を捻出することが出来なかったのだ。


 まるで地獄を見ているようだった。

 村人の身体は痩せ細り、骸骨が襤褸い布を纏い、俊敏とは言えない動作で畑仕事に精を出す。生まれた子供のための母乳も出ず、一人分の食いぶちを増やすことにも懸念があった時代。


 それを経て、彼らは変わったのだ。

 人は畑を耕すために機械では無くなり、新たに生まれて来る命を喜ぶだけの余裕もできた。命を慈しみ、育む幸福を得た。

 動物の世界は弱肉強食だが、人の世界は、人との繋がりで助け合う事ができる。ケイネのが幼い頃叩きこまれた教えがそれだ。総ての人に手を伸ばすことは出来ないだろう。だが、せめて、『自分』に対して助けを求めて来た人間だけは、身捨ててはならない。

 そして、彼らは今、ケイネに助けを求めている。


「……《刺青師》は、元々魔術師だった。俺も何度もやってるが、人が本来持つ生きようとする力――まぁ、ぶっちゃけると生命力か。もしもの事が赤ん坊にあった時、それを高める魔術を施すんだよ。大概は無くても平気だったりするが、難産の場合、赤ん坊の身体が長時間圧迫されて、命の危険が高まったりするからな……」

 六年前も、同じような事が起こった。

 片道三時間かかる山道を旦那が登り、酸欠になりながらケイネに縋りついてきたのだ。妻を、子供を助けてください、と。


「では、ケイネさんはきっと神様なのですね」

「……は?」

 唐突なオリヴィエの言葉に、ケイネは足を止めた。姫には珍しく、オリヴィエは走る事が好きらしい。ケイネの小走りに彼女も小走りで後を追ってきていたのだが、ケイネが足を止めたことにより、うっかり転びそうになっていた。

「危ないな。あんたはもうちょっと、周囲に注意を向けろ」

「い、今のはケイネさんのせいじゃないですか……」

 無駄に反射神経が卓越しているケイネが、ちゃんと受け止めたので、オリヴィエが転ぶことは無かったのだが。


 神という呼称を、《刺青師》以外の場で使用されるとは、ケイネは欠片も思っていなかった。刺青の仕事に関しても、ケイネは入れたいデザインをただ好き勝手やっていただけなので、神などと揶揄されることに些かの嬉しみと、大凡の訝しみを感じていたのだが。


 オリヴィエは「ふふ」と優しく微笑み、ケイネの腕に自身の手を添えた。

「外の世界からやって来て、村の近くの山奥に住んでいて、困った時に頼られる存在――」

 外界からやってきた、光を齎す存在。

 内側にのみ目を向けていた存在の常識を打ち壊し、殻を破り、痛いほどに眩しい姿で、人々に手を差し伸べる姿。

 その後に山に住みつき、それ以降村人は、その存在を崇拝する。

「……ほら、やっぱり、『神様』です!」


 オリヴィエは誇らしげにそう言うが、ケイネはやはり首を傾げる。

「なんでそこで、救世主じゃなくて神になるんだ?」

「? ケイネさんは、村人を御救いになられたのですか?」

「……いや、救って無い」

 何故人智を超えたのか、と問おうとしたのだが、その意図は上手く伝わらなかったらしい。ケイネは小さく首を振って、否を示した。

 ケイネに彼らを救った記憶は無く、やったことと言えば刺青を入れたことと、趣味の『整地作業』くらいである。対価として無料タダで食料を分けてもらっているので、これは列記としたギブアンドテイク。等価交換であり、人の世の理。取引であり、契約である。


(……まずい、オリヴィエが神なんて言うから、食料が貢物に思えてきた……)

 ケイネは自身の額に、力強く掌を打ち付ける。パァンという良い音が鳴るが、音の割に痛みは無い。

 思い上がりも甚だしい考えを振り払い、おののいたオリヴィエに一声かけ、集会所へと足を急がせた。

 急がせたと言っても、既にそれは近い。人が集まり、食堂以外で、唯一明かりのついた大きな木造の建物――



「――ええい放せ!放さんかい!!この《刺青師》デリク・ディーコンが、未来危き赤子を救うと言っておるのだ!!」



 そこで、ご丁寧に名乗りを上げた人間が、村人と壮大に言い争っていた。







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