キミに贈るホワイトデー
今日はホワイトデー。
一ヶ月前に貰ったチョコレート菓子のお返しを渡す日だ。
彼女がいる男子は勿論、いないけどチョコレートを貰った男子だってそれなりにお返しを準備しているもんだ。
かくいう俺――森崎充瑠も、今日は可愛いラッピングに包まれたお返しを用意している。一週間くらいかけて吟味して選んだものだ。
忘れないようにテーブルの上に置いて、朝飯の用意をしようとしたところ……。
「なにそれ、あぁホワイトデーね」
「何だよ、ニヤニヤして」
「いやいや、何でもないさ。可愛い憂ちゃんが喜んでくれると良いねぇ」
朝の支度をしている母が面白そうにからかってきた。
笑顔がムカつく。
「おは……おぉ! 充瑠、まさかこれ俺にか?」
「違う触るな。兄貴はあげる側だろ」
「確かに……可愛い妹と弟に愛の施しを……」
「キショイ、寄るな」
俺より十センチ身長が高い兄貴が、喜び勇んで覆いかぶさるように抱きつこうとするのを、両手で止める。
兄貴のブラコン・シスコン度合いは、ちょっと気持ち悪いなぁと思ってしまう程度に酷い。
熾烈な攻防を続ける俺たちの傍で、最後にやってきた姉貴が包みをつまんだ。ってか、触るなよ。
「あ、これ知ってる。駅前で売ってたやつでしょ? キモ可愛い熊の人形付き!」
「姉貴、余計なこと言うな!」
「キモ可愛い……?」
それを聞いた途端に母と兄が微妙な表情を浮かべる。姉もだ。
何だよ、そんなに微妙な熊だったか?
ってか、兄貴と母さんは実物見てないのに変な想像すんな!
「あんた、生んだあたしが言うのもなんだけどさぁ。本当に残念な感性してるわよね」
「……っさい! 朝ごはん要らないから。行ってきます!」
後ろから、姉貴がどれだけキショイ熊かというのを説明しているのが聞こえてきたが、無視して家を出た。
いいんだよ、これが可愛いと思ったんだ!
それに、今さら買い直せない。
今日がホワイトデー当日なのだ。
彼女である憂美には、放課後一緒に帰ろうと声をかけてある。目的は言っていないし、ひょっとしてホワイトデーという日を忘れている可能性も否定できないわけだが……もう後戻りはできないだろ。
そうは思いつつも、朝の出来事は意外と俺の心に深く突き刺さった。
授業が全く頭に入ってこないじゃないか。
一応板書は自動的に手を動かして書いてはいるが、内容はさっぱりだ。
気に入ってもらえなくて、文句でも言われたら、マジでへこむ。そして、憂美ならばやりかねない。
「みっつるー、お前何選んだ?」
「何って?」
休み時間、クラスメイトの山岡卓也が声をかけてきた。内緒話でもするかのように、俺の肩を引き寄せてくるが、声がでかいため全く内緒にはならない。
というか、耳元でうるさい。
そして、体育会系の力加減だからなのか、若干痛くもある。
「お返しだよ、お・か・え・し! ホワイトデーの!」
「あぁ、焼き菓子かな。小さい熊の人形がついてるやつ」
「へぇー、彼女喜びそうだなぁ」
喜ぶといいんだけどなぁ……。
「でも、家族からは全力で否定された」
「……なんで?」
「姉貴が可愛くない熊だって朝言ってて、お前のセンスはホント微妙だなって……言ってて自信なくなってきたわ」
「俺は実物見てないから何ともいえないんだが……お前的には可愛かったんだろ?」
「まぁ……な」
これ以外は無いかな、と思う程度には可愛かった。
「んじゃあ、大丈夫だって!」
「そうだといいんだけど」
ため息交じりに言葉が出てしまったが、仕方が無い。山岡はいい奴だ。なんでも前向きに物事を考えてくれる。
そういえば、こいつにも他校の彼女がいたな。
「お前は?」
「俺は彼女が珈琲好きらしいから、珈琲豆買った」
「……なんか、おしゃれだな」
「だろぉ! お前も頑張れよ!」
実際のところそれが言いたかっただけらしく、他の奴らのところにも自慢しに行ってしまった。
なんというか、自分の選択が間違えだったのではないかと益々不安になってきた。
去年までは、母さんが用意してくれてたからなぁ……。
そんなことを、結局授業中に延々と考え続けて、今日の授業最後のチャイムが鳴った。あとは帰るだけだ。
帰るだけ、か。
隣のクラスに憂美を迎えに行こう。
「それでね、数学のシュワちゃんがさぁ」
憂美のクラスの話を聞きながらの帰り道。
距離的にはあと少しで家に着くというところ。お互い家が近いから、一緒に帰るとほぼ最後まで一緒にいることになる。これが日常的に一緒に帰ろうとしない理由だ。付き合い始めて暫くは一緒に帰っていたわけだが、ちょっとお互いに辛いなと思うことが出てきた。
べつに嫌いだとか話すことが無くなって気まずいとか、そういうことではない。ただ、親同士も仲が良くて土日もどちらかの家にいたりするもんだから、ほぼ毎日顔を合わせることになって、お互いに「なんか、毎日合ってるし一緒に帰らなくて良くない?」という結論に達した。
そんな訳で、一緒に帰るのはどちらかに特別用がある時だけという雰囲気になっているのだが……。
俺は未だに包みを渡せていない。憂美は俺の要件について全く気にしていないようで、楽しそうにクラスの出来事を話している。俺は聞きなれてるので条件反射で相槌だ。
この話が終わったら渡そう渡さなければと思っているのに、中々タイミングがやってこな……。
よし、切れた。
もうここで渡すしかない!
「これ、お返し」
「え……?」
「えって、ホワイトデーじゃん、今日」
「……そうだけど」
戸惑うように固まってしまった憂美の行動が予想外で、俺も固まってしまう。
なんだ?
俺、何かしたか?
「要らない?」
「い、要る。でも、あたしちゃんとあげてなかったから……」
あぁ、それでか。
憂美はバレンタイン当日に材料だけ用意して、作ったのは殆ど俺だったのを気にしているらしい。
そんなこと、気にしてないのにな。
チョコレート作ろうって思ってくれただけで、割と俺は満足だった。それ以上に、イベント毎に興味がない憂美がチョコレートの日だってことを覚えていてくれたってだけで嬉しかったんだ。
「俺は一応憂美から貰ったつもりだったんだから、受け取っとけって」
「……分かった」
仏頂面の下で喜んでるのが分かる。
再びゆっくりと歩き出した。
嬉しそうな反応をされるとホッとするな。憂美は包みをひっくり返したり振って音を確認したりしている。
「お菓子……だけじゃないの? 開けていい?」
「あっ……」
思わぬ反応に、すっかり頭から抜けてしまっていた。
流石女子と言うべきか、ただの四角い箱ではないせいでピンと来たのか、俺が何かを言う間もなくラッピングを剥いていく。
開くという表現では足りない。
文字通り、ビリビリにして剥いている。まぁ、紙袋もあるからいいか。
「……」
出して中身を見た憂美が、再び立ち止まって固まった。中を凝視したまま動かない。
あぁやっぱり家で開けてくれというべきだったか。
「ゆ、憂美さん?」
「……ぃくない」
「え?」
「可愛くない!」
俺の目を真っ直ぐに見つめて、まるで愛の告白でもするかのように真剣な顔をして言われた。
わぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ。
「どうせくれるなら、もっと可愛いのが良かったなぁ」
「……ごめん」
「まぁ、充瑠らしいっていえばらしいかも」
「それ、誉めてる?」
「あんまり誉めてない」
「でも、ありがと」と苦笑交じりの憂美の優しさこもる言葉にぎこちない笑みを返した。
そのまま、憂美は渡した紙袋に人形をしまって、俺たちは家に帰った。
勿論、俺が物凄く落ち込んでいたのは言うまでもない。
帰宅後、家族に散々からかわれて更に落ち込んだ。
次の日。
「みっつん、はよー」
「おはよ」
教室で教科書をバッグから出していると、山岡が声をかけてきた。
「良かったなぁ」
「何が?」
「この反応はまだ見ていないとみた」
「何の話だよ」
あっちあっちと、親指で指されたほうをみると、憂美がちょうど自分のクラスに向かって歩いていた。
遠目だけど、かばんにあの人形が付いているのがわかる。
「……」
「何気、嬉しかったんじゃね?」
「そうかな」
「そうだったことにしとけって」
「……」
憂美が喜んでいたのかは分からないが……。
確実に言えることは、俺がかなり嬉しかったってこと。
小話 ~ 憂美の帰宅後 ~
正直言って、今日がホワイトデーだってことに、充瑠からお返しを貰うまで気が付かなかった。
私の友人たちはそろってイベントごとに興味がないのか、興味が無い私に気を使っているのか、そんな話題を出さない。
だから、可愛いラッピングを渡されたとき驚いた。
自室に入ってもらったお菓子と熊を机の上に置く。椅子に座って四角く軽い焼き菓子を一つ食べた。
「あ、美味しいじゃん」
まぶしてある粉砂糖が舌で溶けて、硬すぎないクッキー生地がさくさくと簡単に崩れる。甘すぎず、ほのかに紅茶が香った。
食べ物に関しては、いいセンスしてるのにな。もう一つ口に運んで、貰った熊を改めてじっくりと見る。
サイズは手のひらに収まるくらい。普通の熊に比べると少しつぶれている顔、緑色の草をベースにポツポツと黄色い花がついている布で出来ていて、それだけならまぁ可愛いのに……。右目の周りだけフェルト生地で出来ていて無地のオレンジだ。目も左は普通の黒だけど右は星のボタンがついていて、口がわざと縫合したような縫い方になっている。
そして、出べそだ。
なんというか、突っ込みどころは色々あるけど面倒だから言わない。
言わないよ。
言わないけどさ。
なんでコレを選んだわけ?
「見れば見るほど可愛くない」
腕と足はボタンでついているように見えるけれど特に動かすことは出来ない。
まぁでも、きっと真剣にこれを選んだんだろうなぁと思うと……。
「仕方ない、付けてやるか」
そんな気分になってしまう。
銀の玉が連なるチェーンを外して、通学用に使っているバッグにつけた。
「ねぇちゃん、勉強教えて……って、何嬉しそうな顔してんの?」
突然部屋のドアを開けて、中を覗いてきた弟が素直な感想を言った。思わず後ろを向いてしまったのは失敗だった。
「うっさい、ノックしてよ!」
「ノックしなきゃいけないくらい疚しいことでもあるわけぇ?」
「あーもー、今行くから!」
慌てて弟を追い出して部屋を移った。
嬉しかったのに、素直に喜びきれないじゃん! と、心の中で文句を言いながら。