A triangle story
利香による突然の告白後……いや、違うな。ある程度は予想していた。告白の後、俺はしばらくそこで呆然と立ち尽くしていた。具体的な時間は分からないが、気がつけば利香の後ろ姿は完全に見えなくなっていたから、十分以上はそこにいたのだろう。とりあえず不審者として通報されると面倒なので、帰路についた。
まだ現実感はない。いや、現実だと分かっているが夢のような感じもする。どうも、内臓が遂に反重力装置を開発したらしい。歩くたびに上下に揺れている。制御できない分、どうにも気持ち悪くて仕方がない。
それなのに、不思議と体はすっきりしていて、すっきりしすぎて脳みそごとどこかへ行ってしまったようだ。それが詰まっていたはずの空洞に、利香が残した最後の言葉が反響している。
――――考えて欲しいの。私と、付き合うことを
ずっと、友達だと思っていた。それ以外の可能性などはなから追い出して、そうあろうとしていた。心地のいい関係を壊そうとしたくなくて。利香がいなければ、俺はずっと一人だっただろうから。
名家の一人息子、それだけで人は自分とは違うと考えるらしく、世間というものが分かり始めた頃から、なんとなく皆に避けられ始めた。どうも、遠慮し始めたらしい。
利香が話しかけて、それから何人か増えて、多いとは言えなくても、十分幸せな人数の友達が出来て。
そんなのだったから、俺は利香に惹かれていた気持ちを抑え込んだのだろう。上手くいく可能性の低い想いを、ギクシャクしてしまわないように仕舞いこんだ。利香が俺から離れれば、皆いなくなってしまうのではないかと恐れて。
今、俺はどうなのだろう。
――――響君が誰を好きかは分からないけど……
「……俺も、知りたいな、それ」
自嘲的に呟いて顔を上げたら、家の玄関だった。
いつの間にここまで歩いてきたのか、見当もつかない。どこをどう歩いてきたのかすら記憶がない。
このときばかりは利香の言葉も忘れ、事故にあわなかった事を喜んだ。
そんなことをしながら玄関扉を引こうとすると、内側からいきなり開いた。
「おわ!?」
「きゃっ!?」
力を込めていた分後ろにのけぞり、バランスを崩す。内側から開けた悲鳴の主もそうだったようで、つんのめるようにして飛び出してきた。
誰かと思えば、楓だった。
「……なんだ、楓か。大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。響は?」
「まあ、大丈夫だ。どうかしたのか?」
「……お買い物。香苗さんに頼まれた。何かお客さんが来てるから行けないんだって」
そんな話は聞いていないが、大方急ぎの用事でも出来たのだろう。それについてはどうでも良いが、さすがにここで行ってらっしゃいとは言えないだろう。
面倒だが、とりあえず荷物持ちを申し出た。
「ありがとう。じゃあ、行こう?」
「……ああ」
いつもとは俺の歩幅が違うせいか、楓が斜め前に立っている。ちらちらと俺を振り返り、様子を窺っているようだった。
けれど、俺にそんなことを構っている余裕などあるはずもない。三年半以上も友人として付き合ってきた利香に、告白されたのだから。
楓の後について、メモに書かれた食べ物を次々カゴに入れていく。その様子も、あまりよく覚えていない。熱心に楓が話しかけてきていた気もするが、どう返したかは分からない。自分の言動も覚えていないとは、重症のようだ。
「……ねぇ、響」
「……ああ」
「……大丈夫?」
「……ああ」
「……何かあったの?」
「……ああ」
遂に楓が立ち止まったのは、スーパーを出て少しした後だった。もう一つ角を曲がれば、俺の家が見えてくる、そんな時。
例によって上の空だった俺は、数歩歩いてから楓が立ち止まった事に気がついた。慌てて振り向くと、少々どころではなく不機嫌そうな楓が、荷物を持ったまま仁王立ちになっている。何かあったのか。原因が俺なのは予想が付くが、何を言ったのか記憶が無い。
「……響、やっぱり何かあったでしょ」
「……まあ、な」
隠すのも変だろうという事ではぐらかすと、視線が鋭くなってしまった。失策だったか。
「……西里さんと、何かあったの?」
「……楓には、関係ないだろ」
これが一番の失策だった。いつものように受け入れる事も流す事も、嘘をつくことも出来ず、ただただ突っぱねる。楓は変なところで意地っ張りだから、そう言えばムキになることは少し考えれば予想がつくのに。やはり、今の俺には余裕がないのだろうか。
「……関係ある……」
楓の呟きは、この距離では小さすぎて聞き取れなかった。が、問題は無かったのかもしれない。その後、すぐに言い直されたのだから。
「……関係あるよ!……わ、私も、響が好きだから!」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。否、理解する事を拒否したと言うべきか。
それほどまでの衝撃を伴って楓の言葉は俺の耳を貫いた。神経を伝い、消え去っていたはずの脳を揺らす。
「……へ、お、お前、それ……」
「……あ、う、ううう……へ、返事はまた今度で良いきゃら!」
言ってしまってから、羞恥に耐えられなくなったのだろう。俺の横を通り過ぎると、自転車もかくやという速度で角を曲がっていった。
かく言う俺は、揺れる脳を落ち着ける術も持たず、ただ突っ立っていた。こんどは利香のときと違い、楓の姿は見えないため、もう少しすれば落ち着くだろうか。
――――私は、響君が好きだよ。うん、大好きです
――――わ、私も、響が好きだから!
「……なんだよ、これ……」
整理のつかない混沌を抱えて、俺はとりあえず家へと歩を進めた。




