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『ノーコメント』の利便性

 順調に動いていた足が、ぴたりと止まる。何の前触れも無かったその行動に、楓はあわせられなかったらしい。思いっきり俺にぶつかってきた。

「……痛い……何するのさ、ひび……五十嵐君」

が、そんな文句も俺の耳には入っていない。それよりも、今目の前にある問題の方が、半径が三万光年くらい大きいのだから。

 が、解決方法は見つかっていない。昨日、楓から失神しかけるほどの衝撃を伴った二つの話を聞かされたときから考え続けたきたにも関わらずだ。それくらい、根は深い。

 例えば、香苗が学校への連絡をしていたのならば二人とも風邪を引いていたという言い訳ができるが、楓が元気に連絡してしまっている。これにより用事なんて言い訳も使えない。

 それに加えて、利香だ。昨日律儀にもパーカーを返しに来たというではないか。菓子折りまでつけて。馬鹿正直というか生真面目というか、ありがた迷惑という奴か。別に俺が学校に行ってからでぜんぜん構わなかったのに。

「……そろそろ、教室に入らない?」

「そうだな」

ええい、もうどうにでもなれ!

 そんな投げやりな気分で教室の扉を開いた。

 すぐに、帰りたくなった。

 扉が開いた途端、クラスメイトの視線がいっせいにこちらへ集まる。まあ、ここまではいつも通りとも言えなくは無いが、ここからが問題だ。

「……ああー!五十嵐君と中川さんじゃん!ちょーっと聞きたいことがあるんだけど……いい?」

予測された質問者第一号は本郷だった。文化祭以来だから三日ぶりなのだが、なんか凄く久しぶりな気がするな。

 とはいえ、感傷に浸っている余裕は無い。

「いや、もう時間無いだろ。やめておこうぜ」

さらりと流したつもりで、変わらない席に着く。隣の楓はというと、落ち着かないのか俯きっぱなしだ。まあ、下手に喋るよりはいいか。人は緊張すると何を言い出すか分からないからな。熱で浮かされたときもだが。

「いーや、気になるな。洗いざらいはいてもらおうか?」

原本まで乗ってきやがった。お前もか。成り行きは知っているだろうが。

「……天体観測の帰りに雨に打たれて、風邪引いてたんだが……それがどうかしたのか?」

「そういうことじゃなーい!休みの連絡、中川さんがしてきたんでしょ?しかも一昨日と昨日休みだったし!これはもう何かあるでしょ!」

やっぱり誤魔化せなかったか。どう答えたものかと思案する間にも、クラスメイトの視線が突き刺さる。この場の全員が俺たちに興味を示していて、半分以上の人間が俺たちの机の傍に集まっているのだ、突き刺さらないほうがおかしい。

「で?本当に何があったの?」

「おいおい、俺らを前にはぐらかせると思うなよ?」

そうだな。特に本郷に関しては。一度完膚なきまでに叩きのめされているし。だが、ここで退くわけにも行かないのだ。俺たちの今後二年半が懸かっている。

「……たまたまかえ……中川さんが来てたところに、家の使用人が頼んで連絡してもらったんだよ。休みだったのはたしかその後父さんたちと何かやってたからだろ」

「ねぇ、五十嵐君」

渾身の嘘がばれないか戦々恐々とする俺に、本郷が真剣な様子で口を開く。何か穴があっただろうか。いや、このクラスのやつら相手にならば大丈夫なはずだ。問題は利香だが、それは昼休み辺りまでに考えればいい話だ。

「……西里さんが、お見舞いに来たんだって?そのとき応対に出たのは、部屋着の中川さんだって話だけど?名家同士の話し合いって、部屋着でやるようなラフなものなの?」

息が止まる。どうやら、情報の速さを見誤っていたようだ。こんなに早いとは。いや、利香の性格上言い触らすはずないと思っていたのか。とりあえず明確な理由は無く、大丈夫だと確信だけをしていた自分を殴りたい。

 そんな俺の硬直を目敏く見抜くと、本郷はとどめを刺しに来た。それはもう一撃必殺級の攻撃で。

「昨日さ、西里さんが妙に元気に振舞ってるから、友達と事情を聞いたんだよね。そしたら今のことをしっかり話してくれて、それに対する推測も教えてくれたんだ。中川さんと五十嵐君の関係は、同級生には隠す必要のあるもので、家族は当然のように知っているもの!ファイナルアンサー?」

「いや、ファイナルアンサーかどうか確認するのは俺たち側じゃないのか」

「そんなツッコミは今必要ないでしょ!それよりも質問の答えを早く!」

確か、昔誰かに「お前を構成する事象のうち九割はツッコミだ」と言われた記憶があるな。そんな逸話を持つ俺に向かってツッコミは必要ないとは。しかもここのところ風邪とかあって久しぶりなのだが。なんか存在理由を否定された気分だ。いや、存在理由がツッコミってのもどうなんだ。

「……ノーコメントで」

病み上がりに朝からコレはきつい。勢い余って不思議な思考に落ち込んだ挙句、一番やってはいけない方向に飛び込んでしまった。これでは肯定したも同じではないか。楓は未だに俯いて黙り込んでいる。まあ、こういう状況は苦手だろうが。

 それよりも、目下重要なのはどちらとも取れる返答を都合よく解釈する民衆達だ。もはやその返事が『はい』であるかのように勝手に盛り上がっている。やめろ。

「じゃあ、ずばり、その関係はどんなのだ!」

「今隠す必要があるって自分で言っていただろ。答えると思うのか」

「……西里さんの推測だと許婚とか、居候とかかなって言ってたけど、私としては許婚の方が面白いと思うんだよね」

「クラスメイトの人間関係で面白がるなよ」

どうしてなのかは知らないが、本郷から、香苗や父さんと同じ匂いを感じる。俺の危機管理分野にレベル五の警報が鳴り響いているのだが。

そこで、今まで黙っていた楓が顔を上げた。何故かその顔は長い思案から解き放たれたような開放感と決意に満ちていて、嫌な予感が背筋を這い上がっていく。

 とりあえず、意図を確かめようと楓を振り返る。なんだか宣戦布告でもしそうなほど悲壮な顔だった。それが、嫌な予感を煽る。

「……おい、かえ……中川さん」

「それもわざとらしいんだよね」

「お前らー!いつまで立ってんだ!鐘はとっくに鳴ったぞ!」

担任が開口一番に怒鳴る。その声聞くや否や、蜘蛛の子を散らすように集まっていた奴らが自分の席へと走り去っていった。

 今ほど、担任に感謝したことは無いな。

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