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打ち上げ兼天体観測

 ……で、本当にどうすれば良いんだろうか。この状況の打開策が思いつかないんだが。結構バランス崩したから自力で戻るには無理があるし、何より楓の顔がかなり近い事で体の力が抜けそうなのだ。

「……あ、わ、悪い。今どける」

とりあえず謝って、すぐにでも除ける意思があることを伝えておく。それから、突いた腕の下から不貞腐れたような顔を覗かせている利香に声を掛けた。心なしか頬が膨らんでないか?

「ちょっと、手伝ってくれ。俺一人だと戻れないんだよ」

「……分かった。中川さんも手伝って」

二人がかりで押し返してもらい、重心を元に戻す。何故か荒くなった呼吸を整えて、精一杯通常通りの顔で苦笑した。

「……悪い、揺れてバランス崩した」

「だ、だいじょうびゅ、大丈夫だから、き、きにしにゃ、気にしないで」

「そういってくれると助かる。……で、利香は何か怒ってるのか?」

突き刺さる視線とか、そういう心理的な部分ではなく、物理的に睨みつけられている。もっと言うなら、足も踏まれているのだが。

「ううん、別に」

「何かあるなら、吐き出した方が良いぞ。利香の話なら、いつでも聞くからな」

「……い、いつでも?」

「ん?ああ、解決はできないかもしれないけどな。相談相手にはなるだろ」

俺は特に変な事を言っていないと思うが、利香の顔はどんどん晴れていく。忙しい奴だな。

 〈まもなく、唐木田、唐木田。お降りの際はお忘れ物の無いよう……〉

「ここで降りるんだよな?」

「うん。でも、まずは原本君と合流しないと……」

「それなら、降りてから連絡取れば大丈夫だろ。降りる駅は伝えてあるしな」

電車内から吐き出されるようにホームへ降り、数人の客と共に改札口へと向かう。その途中で、原本は現れた。まあ、俺たちと同じ車両から降りたのは二、三人だし、十両編成だとしたって多くても三十人前後、見つけられるのは当たり前か。

「お、いたいた。これからどうするんだ?」

「駅を出たら、確か峠近くまで行くバスがあったから、それに乗るんだよね」

左右に間断なく視線を走らせながら、それでも迷いの無い足取りで突き進んでいく。この慣れ方だと、何度か来た事あるのかもしれないな。

 山がちな地形ゆえか、バスは何度かトンネルを潜り、

「……トンネルを抜けると雪国だった」

「そんなわけあるか」

揺られる事十分弱。終点である唐木田峠へと到着した。

 「えっと、この坂を五分くらい上って行くと公園なんだけど、その前にご飯食べよっか」

その言葉に、坂とは反対方向、俺たちの背後へと視線を動かす。そこには、いくつかの飲食店が所狭しと立ち並ぶ広場があった。ただ、どこもネオンは控えめだ。天体観測者のために気を使っているのだろうか。

「どれにする?……と言ってもあんまり種類は無いけどね」

 とりあえず、客入りの一番多い、イタリア料理メインのファミレスに入った。全員一致と言うか、なんとなくそれ以外は敬遠したかったのだ。

 それぞれが注文し、それらが揃った後。こういうことに関しては四人のうちでもっとも得意な原本が、手元のコップを掲げる。

「んじゃ、文化祭お疲れ様ってことで!乾杯!」

「乾杯」

「きゃん、乾杯……ううう……」

「お疲れ様、だね」

三者三様な返答に苦笑しながらも、飲み物に口をつける。気の早い原本はさっさと自分のドリアを突き始めた。

「……ホントに、主役二人はお疲れ様だよな」

「まあ、結構練習したしな。でも楽しかったから疲れた感じはしないんだが」

「そうだね、大変だったけど辛くは無かったかな」

「いやー、ラストシーンは最高だったな。俺フロアで見てたけど観客が釘付けだったぜ」

「ら、ラストのことは、あんまり言わないでよ!」

「あそこだけは緊張したな」

「響君も!」

そんな会話をしている間に、俺のパスタはずいぶんと緑豊かになっていた。こんなところで増やしても、温暖化に効果は無いだろうに。

「……誰だ、俺のパスタに次から次へとほうれん草を乗っけてるのは」

俺の呟きに、ほうれん草が乗ったスプーンを持つ手が引っ込む。その先は、俺の隣に座った人間、つまり楓だ。

「……ほうれん草は、きりゃ、嫌い」

紅潮した顔をばつが悪そうに逸らしながら、楓が零す。なんとも子供っぽいその返事に、俺はため息を禁じえなかった。

「だったらなんで入っていないメニューを選ばなかったんだよ」

「入ってるって、きゃ、書いてなかった」

つまり、不可抗力だという事か。

「……それなら仕方ない……なんて言うと思ったか」

ただまあ、嫌いなものを無理やり食わせてもこの場を楽しめなくなるだけだろうから、返品するのは半分だけだ。まあ、妥当だろう。

「……うううむー、いじわる」

「高校生だろ。それくらい食え」

「嫌いなもにょ、ものは嫌い」

返品は不可らしく、二倍になって返ってくる。倍返しが流行ったのはかなり前の事だが。

「……ホント、お前ら付き合って無いの?」

「あ、それ私も気になる」

「勝手な事言ってないで、このお子様に何とか言ってくれ」

「子供扱いしにゃ、しないで」

「答えを聞かせてくれたら良いよ」

いや、そんな条件を付け足さなくても、その顔で凄まれるだけで十分だな。

「付き合ってない。この間から言ってるだろ」

「どうだか?……まあいいよ。響君、私も食べてあげるから半分頂戴」

ありがたい申し出に甘える事にして、利香の皿に半分追放する。

「……あ、ありがと」

「礼なら利香に言ってくれ」


 「……食ってすぐ、坂上るのかよ」

ファミレスを出て一分ほど。すでに太陽は残光すら見えず、あたりは街灯の灯りによって照らされている。気温も下がり、パーカーを羽織っていても肌寒いくらいだ。

「……くしゅん!」

控えめなくしゃみが、先頭から聞こえてくる。

「…………くしゅっ!」

ファミレスを出たときからそうだ。時折、よりも多い頻度でくしゃみが聞こえてくる。その元凶は、先導する利香だろう。

「利香、寒いんじゃないのか?」

「……え?ううん、大丈っ……くしゅん!」

大丈夫では無さそうな返事が返ってきた。我慢しきれないくらいに、体は寒さを訴えているのだろう。このままではかなりの確率で、利香は風邪を引くのではないだろうか。元々、体が強い方ではないしな。

 少し歩幅を大きくして、利香に並ぶ。楓を引き離す形になったが、まああいつはしっかり着ているから大丈夫だろう。何せ薄手とはいえマフラーまで巻いているのだ。

 閑話休題。横並びになり、不思議そうな顔の利香の手を握る。

「え!?あ!?ど、どしたの!?」

利香の手は、案の定顔と同じ様にほんのり赤くて、驚くほど冷たかった。

「……やっぱりな。お前無理してるだろ。寒いんじゃないのか?」

「……えーっと、本音を言えば、寒いんだよね」

「まったく。なんでそんな薄着できたんだよ」

今日の利香は、上着を着ているわけでもなく、厚着をしているようでもなく、この気温なら寒そうな格好だ。昼間、ファミレスに入る前頃はまだその格好でもあまり問題は無かったが、日が沈みきった今では風邪を引きたがっているようにしか見えない。

「……家を出るときは、この格好でもぜんぜん平気だったからね。大丈夫かと思って」

そしたら意外と寒かった、なんておどけたように誤魔化すが、それで納得できるほど俺は適当じゃない。ここで見逃して明日風邪引かれたなんて言われたら、後味が悪すぎる。

 よって、何かしらの防寒着を利香に着せるべきだ。が、楓や原本から借りるわけにも行かない。ここは、俺のパーカーを渡すのが妥当か。

「……ほら、これ着てろ」

脱いだパーカーを、利香の肩にかけてやる。許可は取っていないが。

「え?でも、そんなことしたら響君の方が寒いんじゃない?」

「ああ、俺はぜんぜん大丈夫だ。これでも男なんだからな」

まあ、正直に白状するなら嘘も方便って奴だ。実際は寒い。さっきも思ったが、パーカーを着ていても肌寒いのだから、脱いだらもっと寒いに決まっている。ただ、普段から仏頂面なので表情で悟られる事は無いだろう。

「……じゃあ、借りるね。ありがとう」

申し訳無さそうにパーカーに袖を通した利香は、嬉しそうに顔を埋めた。そんなに寒かったのだろうか。

 パーカーを渡した後は、楓と原本もすぐ後ろに並び、四人一塊となって頂上を目指す。

「……マフラー、する?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

 そんなやり取りを挿みながら、坂を上る事数分。目の前が、開けた。

 「……ここが、そうか?」

「うん。唐木田峠公園って、そこに書いてあるでしょ?」

利香の指差す方向へ目をやると、言葉通り、公園名が岩に彫られていた。

 「……広いんだなー」

原本が、感心したように零す。まあ、確かにその言葉通り、この公園は広い。峠の頂上付近すべてを公園としたらしく、端の方には野球場もあるらしい。こんなところでやる必要も無いだろうに。閑話休題。俺たちが行くべきところは、ご丁寧に看板に記されていた。

 「うーんと……あった。ここだね。星空の広場ってところ。この公園の中でも一番高いところにあって、全方位見渡せるんだよ」

へぇ、わざわざ分かりやすい名前まで付けて、この公園は全力で天体観測を推進するらしい。分かりやすい事この上ないな。こういうときは便利だが。

「……今、六時五十二分だから、急いだ方がいいんじゃないのか?」

「あ、そうだね。じゃあ、行こう?」

再び、利香が先導して歩き出す。さっきと違うのは、隣にいるのが楓だという事だ。原本は利香と並んでこれから見る流星群について話をしているが、生憎肩書き上は天文部員といえども俺自身特に宇宙について興味があるわけではない。ゼロの数を数えるだけでウンザリするような距離にロマンを感じたりもしないのだ。

「……寒い、よね?」

ここ最近になってようやく、俺となら噛む回数が二回に一回くらいまで減少してきた楓。が、まだ父さんや母さんとだと噛む。それは置いておいて。

「ん、まあな。でも我慢できる範囲だから気にするな」

「やっぱり、マフラーいりゅ、る?」

「いや。それだけ付けててもおかしいだろ。気にしなくて良い。それに、取ったらお前が寒いだっ……」

そこで、くしゃみの攻撃により俺の言葉は中断される。それを見て、楓は我が意を得たりとにんまり笑った。

「……ほら、寒いでしょ。パーカー貸しちゃったんだきゃ、から」

半ば無理やりのように、マフラーを巻きつけられる。まあ女物とはいえ俺が付けててもそこまで違和感の無いデザインではあるが、パーカーやコートを着ずにマフラーだけだとおかしくないか?まあ、人の好意は素直に受け取っておくか。無理矢理断るのも面倒だ。

 「……わぁ……!」

楓が小さく感嘆の声を上げ、原本が感心したように頷く。俺も、少しばかり息を呑んだ。

「ね?凄いでしょ?」

数歩先で振り返った利香が、自分のことのように自慢する。それに、素直に頷いておいた。

「……七時ジャスト。そろそろじゃないか?」

「えっと、確か見えるのは南の空だから……あのベンチなんかいいんじゃない?」

わざわざ流星群を見にこんなところまで来るような物好きは少ないのか、望遠鏡を覗く親子以外に人は見当たらない。悠々とベンチに腰を埋め、家の近くよりかは幾分かマシな空を見上げた。何故か左右を利香と楓に挟まれながらだが。

「……凄い。綺麗……」

「でしょ?でも、流星群はこれからだよ」

……まあ文句は無い。それよりも願い事だ。流星と言えば願い事と、相場は決まっている。

 何を願うかなんて、決まっている。それは神頼みでは叶わないものだが、それでも。

 一筋、流れた。それを皮切りに、幾つもの光の筋が夜空を彩っていく。

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