打ち上げ
上演準備中とは違う、遠慮の無い騒がしさが体育館を包んでいる。その中で、俺、利香、楓、原本の四人は、邪魔にならないよう体育館の隅で大人しくしていた。
「……しっかし、大盛況だったなー。テレビドラマか何かにした方がいい内容だと思ったんだけど」
確かに、あの拍手は、まだ耳に残っている。抱き締めた利香の体温、鼻腔をくすぐる仄かな香り、特有の柔らかさ、いつもと違って見えた顔。それらに頭を占拠されながらも、何とかセリフを言い終え、幕が閉まっていくその間。盛大な拍手は鳴り止まず、体育館中に響き渡っていた。それだけで、二ヶ月の努力が報われた気がするから不思議だ。
「……二人とも、お疲れしゃ、お疲れ様」
「ああ、お前らもな」
そして、楓の控えめな微笑で疲れさえも吹き飛んだ俺はかなり単純なのだろう。まあ、がんばった分が報われるのは良いことだ。
「そーいえば、打ち上げとかするのか?体育祭のときはしたよな」
「あ、しょ、それなら、今回は各自でやってって。何か、場所がとれにゃ、取れなかったみたい」
まあ、四十人弱が入る店なんてそうそうないし、この時期はこの学校だけでも十五を超える団体が予約するからな、激戦なんだろう。そこはまあ特に落胆するようなものじゃない。
ただ、なんとなくテンションが下がった面々に対し、控えめに発言したのは利香だった。
「……あ、じゃあ、打ち上げを兼ねて、天体観測でもしない?」
……何故、天体観測?
俺たち三人のそんな疑問を、表情から読み取ったのだろう。慌てた様子で単語を羅列していく。
「あ、えっとね、明日の夜七時頃から流星群が見れるんだって。だから、打ち上げもかねて五時半くらいからご飯食べて、その後で見に行かない?天文部らしく」
なるほど。まあ魅力的な提案だし、心惹かれるものではあるが、弊害が多くないか?
「……この辺って、見えるのか?」
何が、という言葉を省略した原本の言葉。しかし、それは十分すぎるほどの意思を持って俺たちへと届いた。省略された言葉は一つ。
隅の方とはいえ都会、星は見えるのか?
その答えは、案外簡単にもたらされた。利香の一言によってだ。
「あ、それなら大丈夫だよ。ここから駅三つくらいのところに、唐木田峠ってあって、その上に大き目の公園があるんだよね。そこって天体観測とかに人気で、この辺にしてはだけど結構見えるんだ。だから、そこでって思ってたんだけど」
さすがというべきか、利香はそこまで調査済みだったみたいだ。まあ、誘っておいて見えないじゃあ少しお粗末過ぎるか。
「ま、いいんじゃないか?面白そうだ」
「……ひび……五十嵐君が行きゅ、行くんだったら、私も」
おい。そんな言い方をすると色々と誤解を招くだろうが。利香が凄い目でこっちを見てるし。原本は……まあ無視していいか。
「何か前から思ってたんだけどよ、お前らって付き合ってんの?」
よくなかった。警戒ラインの外側にいると思っていた原本から、まさかのレーザービームだ。剛球とかそんなレベルじゃないな。そしてそれは狙い違わず俺の弱点をぶち抜く。
「……そんなわけ無いだろ」
「ほほう、その間は何かあると見たが?」
「お前の目はやっぱり節穴だな。眼科に行って手遅れ宣言されて来い」
「手遅れな前提!?俺、目と勘には自信があるんだけど」
「だとしたら、お前の自慢は常人より遥かに下だってことだろ」
「……いつも思うんだけどよ、俺ってお前に嫌われてんの?」
何か、どこかで聞いたことのある台詞だな。なるほど、香苗はいつもこの目線で話をしていたのか。まあ、いじられるよりは心地いいな。
「今のところ、好感度はナメクジの一つ上辺りだな。順位に直すと百億九千五百二位だ」
「……とりあえず、全人類の中でもっとも嫌われてる事は分かった」
俺の減らず口に諦めたのか、原本が黙る。翻って、ものすごく嫌な感じとしか言いようの無い視線の元凶を辿れば、利香と楓だった。
「……じゃあ、四人とも参加って事でいいんだよね?」
何でまだ俺を睨んでいるんだ?というか、睨みながらでも口調は普通なんだから、きっと演技の才能があるのだろう。将来は役者にでもなれ。
異口同音に肯定した俺たちに代わる代わる視線を向けながら、利香がすらすらと計画を並べていく。用意周到なことだ。
「えっと、じゃあ、明日の夜五時半くらいに集まって、近くにあるファミレスでご飯食べない?打ち上げも兼ねるんだったら、その方がいいでしょ」
「……異論は無いが、用意周到すぎないか?」
俺の疑問に、利香ははにかむように頬を染め、苦笑しながら視線を逸らした。
「……実を言うとね、この間、夏休み明けにも他のが見られるって話だったから、その時に誘おうと思ってたんだよね。けど、劇の練習とか始まってタイミング逃しちゃって。だから、今になって掘り返してきたってこと」
なるほど。だとしても行く前からどれだけ周到な計画を立てているんだ。まあ、性格だろうからそこには突っ込まないが。それよりも、優先順位の高いものは数多くあるのだ。
「けど、どうするんだ?俺と楓と利香は最寄り駅が一緒だけど、確か原本は違うよな?」
好感度云々の会話から黙りこくっていた原本は、いきなり矛先を向けられた事でかなり動揺している。それはもう、この分なら最近の楓も凌駕しそうなほどに。
「……え?あ?あ、そ、そうだな。俺は一つ隣の駅だから、現地集合と言うか何時の列車に乗るかどうか決めとけば良いんじゃね?」
妙案だな。まあそれくらいなら誤差が出ても修正可能だし、現地集合よりかはリスクも少ない。もちろん、一番良いのは同じ駅に集合することだろうが、それは高望みと言うものだろう。
「あ、じゃあそうしよっか。確か、響君って原本君の携帯知っているよね?」
「ああ、じゃあ、利香から連絡くれれば、俺が二人に回すから」
迂闊に口を開けば、失言に手厳しい追及が来る。それは香苗によって体に叩き込まれていたはずなのに、どうしてこう余計な事を言ってしまうのか。
一度は和んだ空気が、利香の放つ雰囲気によって凍る。これは、感じた事があるぞ。確か、楓が不機嫌なときだ。しかし、楓が炎なら利香のは氷だな。突き刺さってくる。
「……へぇ、響君って中川さんの携帯知ってるんだ?」
「……あ、いや、それはなんとなく話の流れでなったときがあったからで……」
実際は、夏休みに香苗たちに「婚約者なのに」と突っ込まれて、そうしたからだが。
俺の苦しすぎる言い訳に、利香は何故か軽く膨れたままそっぽを向き、宣言した。
「じゃあ、時間は追って伝えるから。そろそろ片付けも終わるみたいだし、行こう?」




