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開演

 開演五分前となり、慌しくも静寂に包まれた舞台袖。その片隅、フロアへと繋がる扉から、楓は音も立てずに外へ出た。

 舞台にはピッタリと幕が下り、その向こうは見えない。が、今現在は響と利香が所定の位置で鼓動を抑えているはずだ。その様子が、楓にはありありと思い描ける。

 体育館の端で、壁に背を預けて佇む楓を余所に、地球は刻々と自転を続け、遂に開演一分前。スルスルと下りてきたスクリーンに、青い光が投影される。

 きっと、緊張に体を強張らせながらも、響と利香は互いに笑いあっているのだろう。それはお互いを励ましあう笑みでありながら、楓を嘲笑しているように見えてならなかった。それは楓の卑屈な妄想なのだろうが、どうしても見ていられないのだ。

 陰鬱な気分に沈んで行く楓を余所に、耳障りなブザーが鳴り、アナウンスが入る。そして、スクリーンに、伝記の挿絵のような絵で構成された映像が投影され始めた。

「『昔々、ある国に類稀な戦闘能力を持つ少年がいました。その能力を買われ、長年続く戦争に駆り出された少年は、王の勅命に受けて、敵国の貴族や、王族、そして王自身さえも単身で討ちとる戦果を上げました。しかし……』」

女子生徒の朗読に合わせて、次々に絵が移り変わって行く。戦争の絵、人の首を掲げる少年の絵、そして、人々に石を投げられる少年の絵。

「『こうして国を追われた少年は、国外のとある森に家を造って、一人で暮らし始めました。  それから、幾年かが経って、誰もが少年の事など忘れ去った頃……』」

女子生徒の朗読の終了に伴い、スクリーンが上がって行く。そして、音も無く幕が左右に除け、舞台上にライトが点った。

 「『ああ、一体ここはどこなの?町を追い出され、森を彷徨い出してからもう何日たったのかしら。ああ、もう倒れてしまいそう……』」

下手からフラフラと現れたのは、利香。二ヶ月の練習の成果なのか、その行動に不思議なところは一つも無い。性格に起因したのか、完璧なものだった。

 そして、利香がその場に倒れ伏してから数秒後、響が上手から現れる。

「『……なんだ、人か。何年ぶりだろうな、人を見たのは。……おい、大丈夫か?』」

返事の無い利香を抱き起こし、何度か揺する。見事に糸の切れた操り人形を演じる利香を抱き上げて、響は舞台袖へと去った。

「『まったく、こんな森の中で行き倒れとは、狼あたりに喰われても文句は言えないな』」


              * * *  

 

 劇が始まって、三十分ほど。利香は今、老人のメイクを施された男子生徒との掛け合いに全身全霊を込めていた。老人役の男子が口を閉じたタイミングで、自分のセリフを呟く。感情表現を突き詰めるため、叫ぶシーン以外はすべて、口元のインカムが声を拾っている。それにより、どれだけ小さい声でも発音さえはっきりしていれば大丈夫だ。

「『……そんな、ことを……なんで……あの人は、あんなに苦しんでいたのに……』」

「『娘さんや、誰も責めんでおくれ。仕方が無かった。ああしなければ、きっと今この国は無かった。誰も、王の敵と共に生活したくなど無い。ただ、少しやり方が自分勝手だっただけなのだよ』」

「『分かっています。……ありがとうございました。それでは、私はこれで失礼します』」

立ち上がった利香に、老人役が手を伸ばして引き止める。

「『娘さんや、あなたは、あの少年の事を知っているのだろう。ならば、伝えてほしい。我々の悔恨と、謝罪を』」

「『分かりました。必ずや』」

そこで利香は舞台袖に一度引っ込み、舞台は暗転。

 舞台袖で、暗闇の中慌しく変えられて行く舞台上を見ながら、利香はゆっくりと息を吐いた。これまで、劇にミスは無い。完璧に、思い描いていた通りに、進行している。そして、これからはクライマックス。響が演じる少年と、利香が演じる少女が、互いのすれ違いを解消し、想いをぶつけ合う、告白のシーン。

 わずかに残る恥ずかしさを跳ね飛ばして、練習で幾度も繰り返したそれを思い描く。そして、芋づる式に出てきた響を抱き締めた感触に、一人悶絶するのだった。


              * * *


 「『その話は、町で聞いたわ。あなたは被害者じゃない。それに、人殺しであろうと、重罪人と呼ばれようと、あなたはあなたよ。私が出会ったのは、少し不器用だけど飛び切り優しい、森に住んでいるあなた。過去なんて気にしないわ』」

利香が、本当に涙ぐんだ声で言葉を紡いで行く。劇はクライマックスを迎え、盛り上がりは最高潮に達する。固唾を呑んでいるのかどうかは定かではないが、食い入るように舞台を見つめる観客たちの横顔を何とはなしに眺めながら、楓は一人唇を噛んでいた。

「『……そう、言ってくれるのか……けれど、俺が君にした仕打ちは、許されざるものだ。君に、合わせる顔なんて無い』」

迫真の演技に呑まれたように、観客席は無音だ。それを意識してなどいないのだろう、響と利香はここ二ヶ月間打ち込んできたすべてをぶつけるように、二人の世界にどっぷりと沈んでいた。

「『いいえ、私はそんな事、気にしてないわ。元はといえば、私が悪いの。けれど、どちらが悪いかなんて話はやめましょう。どちらも悪くて、どちらも悪くない。謝り合ったのだからいいじゃない』」

響の手から剣が滑り落ちる。楓が一枚一枚銀の折り紙を貼り付けた剣も、ここでお役御免だ。後は、舞台の上で安らかに眠るだけ。

「『……だが、それでは俺の気が済まない!たとえ一方的だとしても、惹かれていた人に向かって、たかだか顔を見られたくらいで怒鳴り散らして追い出した。そんな自分が、俺は許せないんだ!どうしようもなく!』」

舞台上で四つん這いになった響が、床を何度か叩く。人の力で殴りつけたとは思えない大きな音がしたのは、確か舞台袖でタイミングを合わせて何かを鳴らしたからのはずだ。

「『……でも、死んではだめよ。お願いだから、そんな事しないで。そんな風に、私の前からいなくならないでッ……!……私は、あなたを愛しているの!』」

万感の想いを込めたセリフと共に、利香が響に抱きつく。そして、至近距離で見つめ合う二人。それを直視できず、楓は自身のつま先を見つめた。

「『……そんな風に、想ってくれていたのか。……ありがとう、俺も、君を愛している』」

二人の影がセンチメートルでは計れない距離まで近づく。ラストシーンは一応見て置こうと顔を上げた楓を余所に、幕が下りる。そして、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 このときほど、楓は自分の性格を恨んだことは無かった。どうして、自分はヒロインを出来ないのか。どうして、響とあんな風に劇が出来ないのか。どうして、自分は響と家族以外の人間の前では頭が真っ白になってしまうのか。

 噛み締めた唇の痛みが、胸の奥で走った。

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