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思い出話に背を押され

 「じゃあな、利香」

練習を終え、響、楓と共にバス停まで歩いてきた利香は、滑り込んできたバスに乗り込み、二人に向かって手を振った。主に、響に向かって。

 バスに乗り込み、混み合う車内で手すりを掴みながら、一つ、ため息を零す。無意識にそれが出てしまった理由なんて分かりきっている。あの二人だ。今日も今日とて仲が良さそうに過ごしていたあの二人には、きっと何かある。それが、恋人なのか、はたまた別の関係性なのかまでは、利香にも推察できないが。

 けれど、楓の出現によって利香の立ち位置と言い訳が崩れかけているのも事実。それを苦々しく噛み締めながら、バスを降りた。

 自室に入り、鞄を定位置に収める。制服をハンガーで吊るし、ベッドに体を投げ出した。枕元に設置された宮棚には、目覚まし時計や写真立てなどが置かれている。そこには、中二の頃に撮られた、響とのツーショットが収められていた。

 食べかけの鯛焼きを交換している写真を見て、利香は眩しそうに目を細めた。


 初めて響と言葉を交わしたのは、中一の晩春だった。

 班が同じになり、道徳の交流学習中だった。今でも、怖いぐらい鮮明に覚えている。それまでは、ただ皆があまり関わりたがらず、本ばかり読んでいる男子、程度の認識だった。その認識をがらりと変え、利香に興味を持たせるには十分すぎるほどの意見を、響は発したのだ。

 難病の特効薬を、社長、二児の母、老婆、少女、自分の大切な人の五人の内、誰に投与するかという、命の重さについての話だったと記憶している。班内でも、意見は身内と少女の二つに分かれたはずだった。

 しかし、発言を促した利香の耳に飛び込んできたのは、信じられない言葉だった。

「……俺は、誰にもあげない」

目を見開いた利香たちに向かって、無愛想な声音を変えることなく響は述べた。

「五人のうち一人ってことは、与えられた奴は他の奴を犠牲にして生きるってことだろ。そんなことさせるくらいなら適当な理由つけてある意味平等の方がいいと思っただけ」

 今思えば、それは響なりの優しさに則った行動だったのだろうが、その時は、横紙破りにも思えるその意見にかなり驚いた。この人ともっと話してみたい、その考え方をもっと知りたい、その痛烈な思いは、あれから三年半経った今も利香の胸で燃えている。もっとも、その原点となる感情は、好奇心から毛色を変えたが。

 それ以来、利香は事あるごとに、いや、何か特別なことが無かったとしても響に話しかけ続けた。意見についての質問に加えて、好きなもの、嫌いなもの、同じ本の感想、国語でやった詩の解釈についての意見交換。授業が終わった後は必ずと言って良いほど響の隣の空席に腰掛け、何らかの話をした。本、漫画、映画、アニメ、授業内容、成績、テスト、将来……それは他の同級生にしてみれば他愛の無い日常の一つかもしれなかったが、利香にとってはかけがえの無い、太陽と同じくらい輝いて見える欠片たちだった。

 休み時間はほとんど一緒だったから、必然的に二人の距離はぐんぐんと縮まり、本格的に夏が始まる頃には、仲の良い友達と言えるほどになっていた。もちろん、特別な感情は無く、からかわれても軽く流せる程度だった。

 それが、今のような気持ちを抱えるようになったのはいつだったのか、明確に覚えてはいない。けれど、一年生が終わり、二年生に進級したときにはもう、利香の心に植えられた感情の種は、確固たる芽を伸ばしていた。

 傍にいるだけで嬉しいのに、何故か苦しくて。他の女子と会話をしているだけで苛立って。休みの日、出かける約束を取り付けただけで泣きそうになるほど嬉しかった。そんな自分が嫌になって、忙しさを理由に少し距離を置いたときもあった。けれど、離れていても、気づけば響の事を考えている。それは今でも変わらないけれど、それも自分なんだと胸を晴れるくらいには、利香も成長したと思っている。

 進路も、響の志望に追随するような形で決めた。別段やりたいことも無かったし、設備、学力共に申し分は無かった。

 入学後、疎遠になった、自然消滅した、そんな話は掃いて捨てるほどあったが、利香たちはその例に当てはまらず、そのままの関係を継続できていた。ただし、それは利香からすれば、少し物足りないものではあったものの。

 入学して、響と二人、と言う理由だけで部員がいなかった天文部に入部して、お互い浮いた話も無く、有頂天だったと言っても過言ではないだろう。

 その頃にはもう、感情の花は満開になり、利香には抑え切れないほどの鮮烈な色彩を放っていた。触れたくて、触れたくなくて、伝えたくて、伝えたくなくて、喋りたくて、喋りたくなくて、一緒にいたくて、一緒にいたくなくて、態度で察して欲しくて、そんなの嫌で。矛盾した二人の自分に板ばさみになって、押し潰されそうで、でも答えは出なくて、結局弱虫な自分の泣き言に負けて気持ちは封じ込んで。そして、今日まで来てしまった。大丈夫、響にはそういう相手なんていない、と根拠の無い言葉で自分を慰めて。

 そこに現れたのが、楓だ。響に世話をされて、なにやら友達以上の関係がありそうなその存在は、今、冷静に考えてみれば、楓の出現は状況にかまけて先延ばしにしていた罰なのかも知れない。もしくは、利香と響の関係に打ち込まれた、巨大な楔だ。

 突如として現れた、利香からしてみれば侵略者は、仲睦まじげに響と登下校して、校内でも一緒に行動して、挙句の果てに利香の唯一の楽しみである部活にまで入ってきた。中学時代の利香だって、そこまでのことはできなかったというのに。それでも、楓を嫌う事が出来ないのは、もって生まれた性格のせいか。

 

 そこまで思いをめぐらせて、利香はゆっくりと瞼を上げた。

 他の友人に比べ、響とはかなり深く関わってきた。おかげで、響について知っていることも多い。高校の中で、一番知っていると言えるほどに。

 だからこそ、分かりたくないことも、なんとなく察することが出来てしまうのだ。例えば、何で響があそこまで楓の世話を焼くのか、とか。楓に向ける視線の意味、とか。それは利香にとって気づきたくないことであり、利香が響に向けているのと同種の感情なのだと思う。

 ふと顔を上げると、写真立ての横に置かれた大き目の砂時計が目に入った。内部に入った液体との比重によって、カラフルな砂が重力に逆らって上に上がっていくことで時間を計ると言うものだ。中三の時、響から誕生日プレゼントとしてもらった。同じものを響も持っていると聞いて、おそろいだと飛び上がったのは記憶に新しい。

 その砂時計を見て、利香は少しだけ、ネガティブな思考が薄れるのを感じた。

 楓と響にどんな関係が有ろうと、利香の方が一緒にいた時間は長いのだ。最初から諦める必要などどこにも無い。それに、分かってしまうと言っても、利香と響は熟年夫婦ではない。相手の視線や口調から感情を性格に読み取るなんて芸当、出来はしないのだ。なら、まだ分からないではないか。ただ単に、響はその優しさゆえに過保護じみた世話をしているのかもしれないし、家が近いと言うのなら何らかの特殊な事情があるのかもしれない。例えば、母子家庭だとか、その逆だとか。男女が常に二人で行動しているからと言って、即座に恋愛感情に結びつけるような子供じみたマネは中学と同時に卒業したはずだ。もう少し、それぞれの人柄や態度、当事者の話を踏まえた行動をすべきだろう。

 それらはすべて、根拠の無い想像でしかないのだろうが、それでもネガティブ思考に囚われて落ち込んだ気分で過ごすよりかはずっと良いだろう。物事の悪い部分を見るのではなく、まず良い部分を見る。何かの本で読んだ言葉だ。以来、何かに付けて実践してきた。

 そして、利香には過ごしてきた時間の他にもう一つ、大きなアドバンテージがある。それは、十月中旬現在、佳境に差し掛かってきた文化祭準備、その一つであり利香の中で様々な観点から特別視されるもの、演劇だ。

 ヒロインとして抜擢されたときはどうなることかと危惧したが、存外やってみれば何とかなるものだ。衣装や小道具も九割方完成した今、控えめだった最初が嘘のように全力でやれている。この分なら成功間違い無しだと、担当者は自信満々だ。

 それは響とて同じこと、練習開始当初はセリフの流れを無視して笑ったりしていたのに、今は悲しむシーンで本当に涙目になるほど、激怒するシーンは顔を真っ赤にするほど、感情移入していた。利香も、告白周辺のシーンではそういう感情を限界まで込めて演じているから、本郷あたりには毎度ニヤニヤされているのだが。

 それはいい。が、問題は抱きつくシーンや、クライマックスのキスシーンなど、利香にとってみれば演技であろうと密着できるのは嬉しいような、恥ずかしいような、そんなシーンだったりする。

 これまでの練習では、キスシーンは、軽く肩をつかみ合う程度で済ませていたが、本番ではそうも行かない。現在は演出担当者がどうすれば本当にしているように見えるかという研究を行っているそうだが、本番は利香と響がやるのだ。顔をあれだけ近づけるなんて、考えただけでも恥ずかしい。

 抱きつくシーンは、抱きついた後は顔が見えないため、無心になっていれば何とかなる。現に、そうやってこれまでの練習を乗り切ってきた。ただ、抱きついたときの少し硬い感触、利香の胸に直に響く鼓動、耳の裏をくすぐる髪、すぐ傍で聞こえる低い声、すべてが身体に刻み込まれるようにして残っている。忘れようにも忘れられず、そのせいで今まで以上に顔が赤くなってしまうのは避けられないのだが。

 ――――響君も、そんな風にどきどきしてくれてると良いな

そんなことを考えてしまう利香の脳みそは、おそらく末期なのだろう。きっと、感情の花に脳の奥深く、いや、魂までも取り込まれてしまったのだ。そして、その花の色はきっと白。赤も青も黄色も緑も紫も茶色も黒さえも、自身の色を残して取り込んでしまう。

 だから、古くから利香のようになってしまった人のことを、患い、つまり特異な病人だと言ってきたのだ。

 しかし、もう長いこと患ってきたこの病にも、そろそろけりをつけるべきだ。咲き誇る花を、摘み取って捨てるのか、新しく大きな花を咲かせるのか。その結論を、出してもらわなければ。惰性で咲き続けるのもそろそろ限界だろう。どんな花だって、いつかはしおれるのだ。その後に、木枯らしが吹くのか、新しく咲くのかの違いだけ。そして、まだ大丈夫と言い続けてしおれさせるのが一番嫌だと、利香の心の奥で叫んでいる。

 だから、決めた。長らく封じ込んできたこの感情を、しっかり響に伝えようと。文化祭が終わって落ち着いたら、例えたどたどしくて陳腐でも、自分の言葉で、自分の行動でと。


――――私は、響君が、好き。 

 

 宮棚に飾られた写真の中では、響と利香が、満面の笑みで笑い合っていた。 

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