時代錯誤な開始宣言
第二話
……もう一度言う。何で?
「なあ、母さん。何でここに中川さんがいるんだ?」
いまだタウンページで父さんを威嚇する母さんも、ニコニコと笑うだけで具体的な返事はくれない。
「遂にあなたにもその時が来たと言うことよ」
なんて中二病がかったセリフだけ。そんなんじゃ分からないから。何一つとして不明なままでしょうが。
「さて、気を取り直して。今日転入したはずだから知っていると思うが、中川楓さんだ。今日からお前の婚約者としてこの家に住んで貰う事になる」
「……は?えーっと、もう一回言ってもらえます?」
「こちら中川楓さんだ。今日からお前の婚約者としてこの家に住んで貰う事になる」
二度言われてようやく、俺はその話の中身を理解した。理解して、理解できないと、心が悲鳴を上げる。
「はああああああああ!?え?何?ドッキリ?」
「父さんたちは大真面目だぞ」
「ああそうですか……じゃなくて!今は明治時代なのか?」
「いい加減落ち着け。今は平成だぞ」
「そういうことじゃねー!いきなり婚約者とか言い出す辺りが明治だってことだよ!」
ダメだ。父さんのペースに乗せられてたら体がいくつあっても足りない。落ち着いて、冷静に、ここは母さんに話を振るべきだ。
「母さん、これは何の冗談だ?」
「冗談なんかじゃないわよ。あなたに物心がついた頃から出ていた話なの」
「それこそ江戸時代か!?」
息が上がってきた。体が火照って、汗が滲む。ダメだ。この人たちにまともな話を聞こうとしたのが間違いだった。
「別にそこまで変な話じゃないでしょう?私たちに無理強いするつもりも権利も無いから、今は『この人を婚約者として紹介するからしばらく同棲して決めて?』って言ってるだけ。お見合いとそこまで変わらないわよ」
「何で知り合いを紹介するみたいなノリでそんなことしてんだよ……」
ただ、分かった。この人たちは冗談を言っているわけじゃないことが。
「中川さんもこれでいいのかよ!」
今までのテンションで中川に話を振れば、父親らしき人の影に引っ込んでしまった。何気に傷つくな、これ。
「すまんね、かなりの人見知りなんだ」
「まあ、何となく分かってましたけど……」
父親らしき人へと視線をずらす。人の良さを思わせる目元には、優しげな光が浮かんでいた。それとは対照的に、口元には面白がるような笑みが広がっている。
「とりあえず、全員立ったままでは話も進まんだろう。腰を下ろしてみてはどうかな?」
そう言われて、やっと俺は落ち着いて話す有用性を思い出した。
応接間に設置されたフカフカのソファに腰を埋め、対面に座った親達と真っ向から睨みあう。隣は中川。親対子、これは戦争なのだ。
「よし。最初から説明してくれ」
「よかろう。まず、私と恭司は高校からの友人でな。それぞれの会社もお互いが無くてはならない存在だ。より繋がりを強めるためにも、お前と楓さんを結婚させてはどうかという話は、お前達の性別が判明した時点で出ていたんだ。もちろん、無理強いはしないし、本人達の意思を最優先とするという条件付だったがな」
つまり、会社同士の繋がりを強める意味合いも含めて、俺たちを結婚させようなんて考えていたわけか。それこそ江戸時代、時代錯誤ではないか。明治から続く家柄は、面倒な慣習まで引き継いでしまっているらしい。唾棄すべき所業だ。
「それで、お互い年頃にもなったわけだし、そろそろ話を進めては?ということだ」
自慢げに胸を張られても困る。本当に困る。
「つまりは、政略結婚か?」
俺の声には、かなり嫌悪と苛立ちが滲んでいたのだろう。母さんの眉根が微かに寄り、中川の父親の片眉が上がった。
「いやいや。これは八割方お見合いのようなものだと考えていい。楓さんは美人だ、お前にとって悪い話では無いだろう?」
確かに、中川は客観的に見て、可愛い部類に入るだろう。けど、問題はそこじゃない。俺の意見はこの際置いておいて構わないんだ。
「中川は、それでいいのか?」
脅かさないよう、声のトーンを抑えて話しかける。隠れるところが無いからか、俯いて黙り込んでいた中川は俺の声にのろのろと顔を上げた。
「私は、ちょっと怖い、けど、五十嵐君は、いい人。だから、平気でしゅ」
予想外の返答だった。中川の性格から考えれば、断ると思っていたのに。そして、コイツは滑舌悪いのか?思いっきり噛んでやがるぞ。
「ふーむ、楓さんは賛成。お前はどうだ、響」
中川がいいなら、俺に反論は無い。これ以上反論しても、言いくるめられて終わるだろ。
「中川さんがいいなら、俺に異論は無いよ」
「なら、決定だ。今日から楓さんは家に住む事になるな」
「は!?そうなの!?」
「なんだ、聞いてなかったのか?今日から同棲してもらうんだ」
「いやいやいや話が飛びすぎてないか!?」
「飛ぶも何もさっきから地続きだぞ」
「だとしても現在は世界記録を凌駕する勢いで跳躍してるよな!?」
「いい加減うるさいぞ、男なら二言は無いはずだ」
「それは契約がフェアな場合だろ……」
「それも含めて楓さんは頷いたんだぞ。彼女に恥をかかせる気か?」
そう言われて横を見れば、心配そうな涙目で俺を見る中川がいた。
「いや、別にお前が嫌いなわけじゃなくて……」
「ならば決定だな!」
「……分かった分かった。俺も了承する」
「それでは、婚約成立でいいかな?」
「ええ。そうなりますね」
服の裾を引いてきた中川に視線で問いかければ、恥ずかしそうに笑った。気恥ずかしさに顔を背ける。
「……よろしきゅ。あ、よろしく」
「……ああ。こちらこそ。よろしくな」
そんなこんなで、俺達の同棲生活は始まった。