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昼間の気づき

 暦は巡り巡って、十月半ば。残暑も日に日に薄れ、木々が最後とばかりに化粧をする季節。俺は舞台上で、利香相手に怒鳴り散らしていた。

 そう表現すると俺の沽券に関わるので、しっかりと説明しておくと、文化祭で発表する劇の練習だ。練習開始から一ヵ月半が経ち、セリフも大方頭に入った。現在の主な練習は、舞台上での演技である。

「五十嵐君!そこもうちょっと大げさに!」

「西里さん!もっと近づいて!」

まあ、こんな感じだ。ただ、練習に没頭していると気がつかないことが多々あるが、ここ一ヶ月、楓の機嫌は常に斜めだ。今日だって、小道具係として体育館の端で色々やっている。この間判明したのだが、楓は驚くほど手先が器用だ。料理は出来ないらしいのだが。

 閑話休題。体育館の端で同じ係りの女子生徒となにやら話しているが、俺とは頑なに目を合わせようとしない。それどころか、ここ一ヶ月ほど、楓が珍しく用事で先に返った日から微妙に距離を置かれたいる気がする。まあ、関係性がばれないのならば万々歳だが、一抹の寂しさも感じるわけで。

 そう感じてしまう理由に、俺はまだ目を瞑っている。

 脚本と演出の担当生徒が急遽打ち合わせを始めたため、俺と利香を始めする役者はその間暇となる。ステージの淵に腰掛け、ぼんやりと体育館を眺めていたら、楓が目に入った。

 正直に白状すれば、気を抜くとすぐに楓の方へと視線を向けてしまうのだ。どうしても、楓のことが気になって仕方がない。

 そんなわけで、理性と本能で討論が行われた結果、楓に目を向けるのは三分に一回と定められたわけだが、そろそろ罰金が払えなくなってきた。とすると壁の向こうへ行く必要がありそうだ。

 馬鹿なことを考えながら、今度は取り決め通り三分間我慢してから楓に目を向けたのだが。すぐに後悔が始まった。後一分待つべきだったと。

 そこにいた楓は、小道具係の男子生徒とにこやかに話をしていたから。

 途端に湧き上がる様々な感情を噛み潰したとき、後頭部を軽く叩かれた。

「……中川さんのこと、ちらちら見過ぎ。そんなに気になるの?」

「……まあ、あいつは極度の人見知りだし、俺がまも……ってええ!?」

考え事の海に沈みながら、ぼんやりと返事をしていたため、ここが学校だと言うことに気がつくのが数瞬遅れた。そのときにはもう、俺の全自動お喋り声帯は二文節半を喋り終えてしまっていた。

「ふぅん、そんな風に思ってたんだ」

そして、質問者が利香だということも、現在マイナス方向に働いている。

「そういえば、響君ってやけに中川さんのこと気にしてるよね。何かあるの?」

「い、いや、それは……その、ほら、席が隣だし、初日から面倒は見てたからさ」

やってしまった。楓にあれだけ釘を刺しておきながら、おれ自身がぼろを出すとは。とんだ間抜けだ。ここはどうにかして切り抜けないと。

「でもさ、中川さんが転校してきてからそろそろ二ヵ月半だよ?夏休み抜いても一ヶ月半。そろそろ響君が面倒を見る必要も無いんじゃないかな」

「あ、あいつは極度の人見知りだから……」

「でもほら」

俺の苦しい言い訳を遮るようにして、利香が指し示したその場所では、楓が小道具係の面々と楽しそうに作業していた。

「あんなに馴染んでるよ?男女関係無く会話できてる」

俺が深層心理の中で、見ないように、気がつかないようにしていたことを利香ははっきりと伝えてきた。それは不可視の刃となって、俺の体を突き刺す。親の敵とばかりに滅多刺しにされた俺はなす術も無くその場に崩れ落ちた。

「……まあ、響君のことだから、なんだかんだ結局最後まで面倒見ちゃってるんだろうけど、あんまり過保護だと響君自身も大変だと思うよ」

「……」

「……もう、聞いてないの?ほら、練習始まるよ」

利香によって無理やり立たされるまで、俺は自分の思い込みの訂正を促されていた。いや、命じられていたと言うべきか。反証がもう上がってしまったのだから。

 どこか心の奥底で、俺は思い込んでいたのだ。いや、自惚れていたのかも知れない。楓と一番長く接しているのは俺なのだと。だから、楓ともまともに話ができるのは俺以外には誰もいないと考えていた。今思えば間抜けな話だ。

 楓だって、俺と同じ高校一年生なのだ。多少、人見知りという対人関係へのハンデはあっても、それだって一週間やそこらで解決されてしまうもの。そして俺は、接していた長さで関係の善し悪しは必ずしも決まるものではないと知っている。

 例えば、俺には中学時代、三年間同じ委員会をやっていたクラスメイトがいたが、そいつとは委員会関係以外で話したことなど無かった。逆に、三年のときに知り合った奴とは今でも交流がある。原本だって、高校に入ってからの友達だが、委員会の相方よりもよっぽど交流がある方だろう。

 楓に関してだってそうだ。俺と二ヶ月以上の付き合いがあるとはいえ、それは大きなアドバンテージとはなりえない。何せ、それだけ一緒にいながら、俺が楓について知っている事は微々たる物だ。手先の器用さも、この間初めて知った。

 親の強権発動によりなし崩し的に一緒にいた俺よりも、目的があって、そのための仕事を共にする人達との方がよっぽど深い関係が築けるに違いない。

 「……響君!」

ネガティブな考えが堂々巡りを始めたところで、利香の呼びかけが耳に届いた。のろのろと振り向いた先には、すでに配置に付き終えた役者たち。

「何呆けてるのさ!時間ないんだよ!?」

ステージの下、観客席辺りからも、本郷の叫びが飛んでくる。俺はそんなに長い間考え込んでいたのか。

「あ、悪い。どこからだ?」

「……まったく、最後の方の、ヒロインが帰ってくるとこだよ」

「う、あそっか。えっと」

決められた位置でポーズをとりながら、脳内からセリフを引き出す。小道具係渾身の作である木製の剣を手にとって、握り締めた。

「『……俺は、取り返しのつかないことをした。一方的だとしても、愛していた人を……』」

 きっと、もうそろそろ限界なんだ。『お世話係』で俺たちの関係を説明するのは。『婚約者』なんて、親の定めた理由に縋って楓の傍にいるのは。

 そして、俺は気がついてしまったから。俺が楓の傍にいたがる理由に、利香が時折俺に向ける視線の意味に。自惚れかも知れないけれど、三年半もの間友人としての関係を気づいてきたんだ。予想を立てるくらいなら出来る。

「『私は、あなたを愛しているの!』」

 万感の思いを込めたセリフと共に、利香が俺に抱きついた。

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