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態度と気持ちの関係性

 「……あなたが、私を助けてくれたのですか?」

「……そうだ。回復したなら早く出て行け」

「いえ、死ぬはずだった私を助けてくれたのに、恩返しもせずに帰るわけには行きません」

「そんなもの知るか。死ぬはずと言っても疲労と空腹によってだ。休ませて飯を食わせただけ、俺はそんな大それたことしてない」

「だとしても、私にとっては命の恩人。無礼なことは出来ません。あ、あなたの手伝いをさせていただけませんか?」

「……チッ、勝手にしろ」

ここで俺は舞台袖に退場し、利香の独白が入る。が、それは今やる必要は無いから、飛ばしてその先のシーンへ……

 そこで、チャイムが鳴った。日も暮れかけた現在、その意味は最終下校時刻の五分前。どうやら、今日の練習はこれでお開きらしい。

「じゃあ、また来週な。次のシーンからで良いんだよな?」

「うん。じゃあ、また来週ね。バイバイ」

 本郷との舌戦に敗れ、劇の主役を引き受けてから三日。何とか感情を込めて読むところまでは来た。が、クライマックスのベッタリと甘いセリフは、まだ途中で笑ってしまう。恥ずかしくてどもるなんて、日常茶飯事だ。

 「……そういえば、楓、なんか怒ってないか?」

返事は無い。横を歩く楓は心なしか不機嫌そうな目でこっちを見ていて、口数も少ない。練習中なら気を使っているのだろう、で済むが、練習が終わった今、有力な仮説は思いつかない。何かあったのだろうか。

「……別に怒ってない」

その声は剣呑な雰囲気を纏っていて、テンプレートな返事よりも雄弁に機嫌の傾きを物語っている。これは、どうにかしないとこっちの身が危ないかもしれない。

「そうか?なんとなく不機嫌そうだと思ったんだけど」

「だかりゃ、だから別に怒ってないって」

「なら良いけどさ」

口では納得の意を示しても、横から立ち昇るよく分からない波動が心の納得を許してくれない。よく分からないが、まあ時間が経てば収まるだろう。

 「……響君!中川さん!」

後ろから届いた声に、俺は感謝と安堵を込めて振り向こうとして、硬直した。理由は単純。楓から発せられる波動が一段と強くなったからだ。

「……一緒に帰れる?といってもバス停までだけどね。……どうかしたの、響君」

「……い、いや、なんでもない」

俺たちを呼び止めたのは職員室へ鍵を返しに行った利香。利香と俺の家はそこまで遠いわけではないが、バスの路線は違うのだ。

「……俺は構わないな。もう少し話もしたかったし」

「へ!?は、話って、私と?」

「利香以外に誰がいるんだよ」

「……そ、そうだよね!」

何故かあたふたしているし、かと思えば大人しくなるし、今回はいつもより激しいな。顔も真っ赤だし、もしかしたら風邪でもひいたか?

「……悪い、ちょっと我慢してくれ」

仮説が当たっているならば、早く家に帰るなり保健室へ行くなりした方がいい手っ取り早く風邪、ひいては熱の有無を調べるため、手を利香の前髪の下、額へと押し当てる。

「へ!?ひゃ!?わ!?」

慌てだす利香の額は、驚くほど熱いわけではないがそれでも平熱と考えるには無理がある。これは、早めに帰って寝た方がいいのではないだろうか。

「……利香、お前、熱あるんじゃないか?」

「だったら早くかえりゃ、帰らないと。ほら、行こう?」

今まで黙っていた楓が、唐突に声を上げる。何故かは知らないが急かすように俺の腕を掴むと、靴箱まで有無を言わせず歩いて行ってしまう。当然、腕を掴まれた俺も引き摺られ、慌てて足を動かす羽目になる。

 「……どうしたんだよ、中川さん。やっぱり何か怒ってるだろ」

「だから、別に怒ってなんか無いもん」

いじけたような口調が、態度と相まって「嘘です」と叫んでいる。それはもう大絶叫だ。目は口ほどにものを言うらしいが、口調と態度もそれに含めるべきだ。もっとも、楓の場合に限るが。現代社会に置いては、こういう人を正直者というのかもしれない。嘘が吐けない人の方が正しいかもしれないが。

「いや、だったら何でこんなことするんだよ」

「べ、別にその……な、何でもない」

おかしな奴だ。なんでもないならこんなことしなくても良いだろうとは思わない。まあ、話したくないのなら無理に聞く必要も無いか。

 首を捻りつつ靴を履き替え、心なしか顔色が良くなった利香と合流。相変わらず不機嫌な楓と三人でバス停を目指す。何故か俺を中心に、三人横並びで。はっきり言って気まずいんだが。何か二人が醸し出す雰囲気がちょっと痛いし。

「……それで、響君が言ってた話って?」

「ああ、利香さ、なんでもないセリフで噛むときあるだろ?まあ練習初めて三日目だからしょうがないとは思うけど、早めに無くしておいた方が良いと思って」

ちなみに、『なんでもないセリフ』の対義語は『恥ずかしいセリフ』だ。それに関しては、笑おうがどもろうが、ノータッチだ。

「でさ、滑舌が悪いわけじゃ無いと思うから、練習量と気持ちの問題だと……なんか怒ってるのか?」

ふと目に入った利香の顔はあからさまに不機嫌で、僅かに頬も膨らんでいる。俺は何か気に障るようなことを言ったのだろうか。

「……ううん、怒ってないよ。それより、セリフに関して言えば、確かにつっかえる事が多いとは思ってたんだ。それで、気持ちの問題って?」

「ああ、練習中見てると、結構力が入ってるだろ?緊張って言えば良いか。けど、今はまだ誰かに見せるわけじゃないし、練習時間もかなりあるから、もっと肩の力抜いて気楽にいった方が良いと思うぞ」

不機嫌な顔は数秒で元に戻り、楓のようにふて腐れた声が帰ってくることも無かった。それに安堵すると同時に、ならばあの顔は何だったのだろう、と疑問も湧き上がる。

「……そっか、そうだね、ちょっと緊張しちゃってたかも。まだ失敗してもぜんぜん大丈夫だから、もっと肩の力抜く、か。五十嵐君らしいね」

三度、反対側からめらっ、という気配。ここはあえて視線を利香方面へと固定しつつ、会話を続ける。まあ、埋め合わせは後でしよう。

 というか、何で楓はそこまで怒っているんだ?


 利香とはバス停で別れ、家方面の路線へ乗る。嘘をつく重圧から一旦解放され、ほっと一息ついたのも束の間。隣に座った楓は今現在も機嫌が鋭角を描いている。具体的には五から十五度くらいの間だろう。纏うオーラは、所々スパークしてそうだ。気合を入れればその辺の鉄柱は歪むんじゃないだろうか。

 それは置いておいて。このままの楓を連れて帰るのは、弊害が多そうだ。それは面倒なことこの上ない。

「……楓、やっぱり何かあったのか?」

「……もう一回」

なにやら呟きが聞こえてきた。あ、呼び方はバスに乗ったから普段通りに戻しただけだが。

「は?」

「……もっかい、名前」

……楓の脳内で、今何が起こったのか。誰か俺に解説してください。この際暑苦しかろうが何だろうが我慢するから。

 ただ、これで楓の機嫌が直るならいいか。噴き出した疑問と好奇心には蓋をしよう。

「……楓」

「もっかい」

「楓」

「もっかい」

今度は、笑いを含んでいた。面白がると言うよりは、嬉しそうな。

「楓」

「……響」

語尾に音符がつきそうな、『楽しそうな声』と言う表現を俺に学ばせる声だった。

「どうかしたのか?」

「響」

「だから、何かあったのか?」

「ひーびき」

「……何がしたいんだ……」

というか、俺の反応を楽しんでないか?まあ、不機嫌でいられるよりは十倍マシだが。だとしても、下校時刻、他の乗客もいる中でやるのはやめて欲しいところだ。視線が痛い。後十三分、針の筵に座り続けなければならないのか。

 いまだ俺の名前を呟き続ける楓の笑顔を見ながら、そっとため息を吐いた。


 「ただいま」

だだっ広い玄関で靴を脱ぎ、そのまま部屋に直行する。鞄を置き、着替えを出して、俺は勉強部屋へと戻り、楓はそのまま寝室で着替える。三日前の帰宅時、混沌と化したことから得た教訓だ。あの時は死ぬかと思った。何せ香苗まで入ってきたのだ。

 その時のことを思い出して憂鬱になる俺の耳に、ノックの音が届いた。

「響さん、旦那様がお呼びですよ」

「ん、今行く」

頭を振って一部の記憶を消去する。さっさと着替えを終え、父さんの書斎へと歩を進めた俺の眼に映ったのは、組んだ手で口元を隠した父さんの姿だった。

「……座れ」

「何でいきなり命令形!?」

「いいから座んなさい」

いつもの口調に戻った。何がしたかったかなんて逐一聞いていたら身が持たないから聞かない。華麗にスルーするのが基本だ。

「……で、話って何だよ」

「ちょっとした質問をな。――――お前、楓さんとはどこまで進んだ?」

「にゃ、にゃに、な、何をいきなり言い出すんだあんたは!」

衝撃と混乱のあまり楓のお株を奪ってしまった。反省は後でしよう。それより、目下問題なのは父さんをどうやって宥めるかだ。早くしないと手遅れになる。もう半分以上手遅れだが。

「何を、って聞いていなかったのか?楓さんとはどこまで進んだのかと聞いているんだ」

「……聞き方を変えるぞ。何でいきなりそんなことを言い出したんだ」

父さんの話は基本的に回避する。真正面からやりあっていたらキリが無い。それこそ、どちらかのスタミナが切れるまで続くだろう。そしてその場合、負けるのは俺だ。

「何故って、一ヶ月経ったわけだし、多感な時期ならそれ相応の関係が出来上がってきて当然だろう?それを少し聞きたかっただけだ。面白いしな!」

「最後!最後、本音が出ちゃってるから!それが無ければ話そうかな、って気になってたのに、台無しだろ!」

基本的に回避する、なんて決意はどこへやら。まあ、俺の、自分の決意に対する忠誠なんて高が知れているが。

「いいじゃないか、人は自分の興味の向くものならばどこまでも追求して行けるのだよ若人よ!『好きこそものの上手なれ』ってな!」

「それはそうだが、その話には『公共の福祉に反しない限り』って条件をつけるべきだな」

そうじゃなければ、『盗みが好きなので盗みの技術を追求します』なんてことがまかり通ることになってしまう。それに、今俺の置かれた状況を肯定することは断固として避けたい。

「まあ、その辺は置いておけ。で、本題に戻るぞ。どうなんだ」

「黙秘します」

「ダメだ!」

「黙秘権くらいあってもよくないか!?」

「良いから早く答えるんだ!私にだって時間は少ない!」

「だったらわざわざこんなことするなよ……」

相変わらず、父さんの思考は読めない。まあ、常人に読めない思考をする人間を変人と呼ぶのだろうから、それは当たり前かもしれないが。

「ほら!答えろ!」

「特に何も無いって。仲の良い友達、そんなところだ」

「なんだ、つまらない奴だな」

「息子の人間関係で面白がるな!」

これ以上ここにいたら、どんなことを言われるか分かったものじゃない。形勢が不利なら、素直に退くべきだろう。

 立ち上がって、扉に手をかける。何か言われるかとも思ったが、幸い、制止の声はかからなかった。

 扉を後ろ手に閉めて、廊下で息を吐く。何だこの個人面談の後みたいな疲労感は。どうして親と話をするだけでここまで緊張しなければならないのか、はまあ内容が内容だったからだろう。

 どれだけ考えようが、父さんの考えなんて理解できはしない。さっさと諦めるべきだな。

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