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ラブコメの主役

 「……え?わ、私?」

いきなり話の矛先を向けられた利香は困惑を露わにし、本郷の言葉を確認する。というか、いいのかそれ。利香は他クラスだぞ?自分のクラスの計画があるんじゃないのか。こんな他人のクラスに引っ張ってきて大丈夫なのかよ。

「……もちろん、一組の役目があるんだったら、それを優先してもらって構わないんだけど……元々、イメージとしては西里さんがピッタリなのにね、って話になってたから、私たちとしては構わないどころかぜひお願いしたいんだ。あ、もちろん確認はさせてもらうけど。……どうかな?」

なるほどね、あの迷いの無い提案ぶりはそんな理由があったからか。

 納得したところで、利香がもっともな質問を投げる。誰も聞かなかったものを。

「……うーんと、その役って、どんな役なの?」

その質問に対し、本郷の答えは見えない鈍器として俺の頭を殴りつけ、脳の活動を一時停止に追い込んだ。

「あ、それなら、五十嵐君が主人公、お願いしたいのはヒロインだよ」

――――――は?

「「……えええええええ!?」」

完璧に同期した俺と利香の叫びが、地学準備室に木霊した。


 「……辞退させてもらうわ」

「えー!ちょっと、主人公は五十嵐君しか頼める人がいないのにー!」

本郷の情けない叫びは、精一杯の反論で返す。こればっかりは、易々と引き受けられるものじゃない。

「……いや、この劇って確かラブロマンスだったよな?だったら主人公はもっと見栄えのする奴の方が良いだろ。というかまず俺である理由が無いし。漫画の実写化だって、キャストが悪いと駄作扱いされるだろ?わざわざ死地に赴く必要なんてないって」

つらつらと並べ立てたが、最大の理由としては面倒だからだな。が、それを言うわけにもいかない。ここは正論で勝負すべきだ。

「……異議あり!いい?この劇の主人公は、いわゆる『勇者』なの。つまり、何よりも必要なのは優しさ。そこで、優しさには定評がある五十嵐君が推薦されたってわけ。もちろん、脚本と演出の担当者でだけどね。それと、心配しなくても五十嵐君は容姿が悪いわけじゃないし、ある程度は誤魔化せるよ」

完全論破、だな。反対する理由がなくなってしまった。ただし、ここで頷いたら本郷の思う壺だ。これを見越して、担当者たちはこいつをネゴシエーターに抜擢したのだろう。そんな策略には乗るものか。ここは頑として……頑として……

「……ダメかな?」

「……分かった、失敗しても責任は持てないけどな」

大きくため息を一つ。ついでに心の中でも一つ。どうしてこう突っぱねられないんだろうか。まんまと謀略に乗せられてしまった形ではないか。

「……それで、西里さんはどうかな?もしダメなら……後は他の人かなー?」

思わせぶりかつ、口ずさむようにそう告げつつ、じわじわと利香に近寄って行く。そして、耳元で何事か囁いた。

 時間的に一言、もしくは二言。スッと離れた本郷は、先程までと比べて絞った声量で止めを刺した。

「……もちろん、フリだけどね。ただし、練習中の事故なら……?」

首まで真っ赤になった利香は、その言葉に小さく頷いた。

 「……じゃあ、ありがとう。台本は二つ、机に置いた奴だから目を通しておいて。また後日、演技確認の日付は伝えるから、それまでに冒頭一ページくらいは読み合わせしておいてね」

思惑通りにコトが進み、満足そうな本郷が去って行く。その背中に一言、俺は胸のうちで呟いた。

(お前、将来は保険会社で働くといい)

その交渉術がどこかで生かされることを信じて。ただし、もう二度と自分に向けて欲しくは無いな。あいつはきっと、只者じゃない。

 残された俺たちは口を開けて立ち尽くし、誰かがこの沈黙を破り、本郷の呪縛を解いてくれる事を待っている。特に、俺と利香は棒立ちだ。

 「……なんきゃ、なんか、すごい人だったね」

本郷の足音が聞こえなくなってから、数十秒。ようやく部室に第一声が響いた。発生源は黙って台本を捲っていた楓。それにより呪縛から開放された俺たちも、めいめいが椅子に戻る。なんだろう、どっと疲れた。

「……しかし、面倒なものを引き受けちゃったな」

机に鎮座する台本は、大体五十ページほど。それの半分ちょっとが主人公とヒロインのセリフだ。文化祭の一日目にやるとして、今が九月の初め。文化祭は十月の終わりだから、二ヶ月弱でセリフと動きを完璧にする必要があるな。……できるのか?

「でも、ここまできたらやるしかないんだよね。とりあえず、一回朗読してみる?」

 と、言うわけで。

 利香の提案に反対する理由も無く、楓の監督の元、朗読会が始まった。

 

 昔々、ある国に類稀な戦闘能力を持つ少年がいた。その能力を買われ、長年続く戦争に駆り出された少年は、王の勅命により、敵国の貴族、王族、そして王自身も単身討ちとる。

 しかし、帰還した少年に与えられたのは恩賞でも祝福でもなく、罪だった。戦争に勝った「正義」の国に、「暗殺者」は必要なかったのだ。

 こうして国を追われた少年は、国外のとある森に家を造り、一人で暮らし始めた。

 幾年かが経ち、誰もが少年のことなど忘れ去った頃。その森に、一人の少女が迷い込む。その少女が行き倒れたところを少年が助け、自分の家で介抱することにする。

 やがて少女は元気になり、少年の家で「恩返し」として暮らし始める。しかし、少年は頑なに顔を見せようとしなかった。長く伸びた前髪で影を作り、深くフードを被って。

 そんなある日、少しずつ惹かれ合っていた二人の元に、男が現れる。

 男は少年のその態度をおかしいと言い、少女を唆す。「本当に愛しているなら素顔くらいみせてもいいはずだ」と。

 男が少年に追い出された後も、少女はその言葉に悩み続け、ついに、少年が寝ている間にフードを外し、顔を見てしまう。それが国を追い出された重罪人であることに驚愕する少女。そこで、少年が目覚め、怒り狂って少女を追い出してしまう。

 追い出された少女はやっとのことで森を抜け出して国に戻り、ある老人に出会う。その老人は、少年の真実を知る、数少ない一人だった。

 一方、少年もまた、自分のしたことを呪い、少女を信じてみるべきだったと悔やむ。

 後悔に苛まれ、自ら命を絶とうとした少年が、古びた剣を握り締めたとき、少女が帰ってくる。少年の真実を知り、それでも良いと決意を固めて。

 その決意を胸に少女は少年を押し止め、想いを正面からぶつける。

 少女の真摯な姿に胸を打たれた少年は、自分の気持ちすべてを少女に吐露し、そして二人は結ばれる。

 二人はいつまでも、森の中の家で幸せに暮らした。


 ……。

「……これ……予想以上に恥ずかしい……」

「……同感。あらすじだけでもうなんか顔から火が出そうだ。何だこの歯の浮くようなセリフの応酬は。読んでるだけでもう声が震えるんだけど」

 何だこの役者を悶死させることだけに特化した演劇は。もう少しマシなのは無かったのだろうか。無かったんだろうな。

「……なあ、今から走って教室まで戻って、『やっぱやめます!』って叫んでこないか?」

「……名案だとは思うけど、もう取り消せないと思うよ。というか、なんだかんだ言いくるめられそう」

そうだった、向こうには交渉の天才がいるんだった。どうあがいてもこの戦力差は覆せないだろう。つまり、腹を括るか首を括るか。答えが決まったようなものだ。

「……今すぐ富士山が噴火しないだろうか」

「そう都合よくは行かないと思うよ」

「じゃあ隕石でもいい」

「私たちも死んじゃうけど?」

それは、困るな。今死ぬと色々と面倒だ。父さんとか母さんとか香苗とか楓とか。あ、楓も一緒に死ぬかもしれないのか。

「……それは困るな。じゃあ校舎の地下で地雷でも」

「……なんか、ひ、五十嵐君、しょうぎゃ、小学生みたい」

そんなに幼稚だっただろうか。まあ確かに想像が小学生レベルだったことは認めよう。

「……まあ、引き受けたことだし、一応はやり遂げるけどさ、少しくらい文句を言わせてくれ。じゃないとやってられない」

「やるからには全力でね」

「それはまあ、俺の名誉に懸けて」

渋々とはいえ引き受けたことだし、自分の出来る全力で当たらないと頼んでくれた人に失礼だろう。それに、こんな大役、一生にもう二度とない気がする。

「……私も、役者以外のところでがんばりゅ、がんばるから。がんばって」

「分かった、よろしくな。……ところで、利香は簡単に引き受けちゃって良かったのか?自分のクラスのことだってあるだろ」

聞こう聞こうと思いつつ、あらすじの破壊力で忘れていた。無理させるようなら事情を話して代役を立てるし、それは早いほうがいい。

「ううん。私のクラスは喫茶店だから、一、二時間抜けるくらいなら平気だよ?元々午前と午後でシフトは分けるはずだったしね」

「そっか、なら良いんだ」

それでもシフトによってはかなり忙しくなるんじゃないだろうか。元々何でも出来る奴だから、色々頼りにされているだろうし。

 それはともかくとして、今は目の前のコレだ。

「……じゃあ、がんばりますか」

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