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顔を合わせて波乱の予感

 「……そういえば、中川さんは部活どうするんだ?」

昼休み。朝一緒に登校したことに加え、移動教室やらでも一緒に行動したため、結局質問攻めにあった。それから逃れて、今は残暑に茹だる屋上へと避難しているわけだが。

 「……決めてない」

「そっか、でもこの学校は部活が盛んだからな、入ってた方が友達とかも出来やすいんじゃないか?」

決して楓に友達が出来ないと言っているわけじゃないが、それもあながち間違いじゃ無さそうだ。今は転校生ということもあってか時折話しかけに来る人もいるが、特別仲良くしようとしている人は見受けられなかった。

「……響は、にゃに、何部なの?」

「……俺は天文部だよ。部員は俺とあと一人だけど」

「二人?」

「そ、もともと俺らが入らなかったら廃部だったんだよ。けど、香苗と母さんの母校で、入れーって言われてさ。俺と、中学時代からの友達の二人で入ったってわけ」

とはいえ、入ったからといって何があるわけでもなく。部室に備え付けられた古い望遠鏡を弄って遊んでいるくらいか。

「……じゃあ、天文部にしゅ、する」

「いいのか?自分の興味のあるものじゃなくて」

入っても何もしないぞ?という言葉は部員勧誘に粉骨砕身している部長のために飲み込んで、楓の真意を探る。

「……あんまりやりたいことはないきゃ、から。響と一緒でいい」

そんなに良い笑顔で言われると、気恥ずかしさが限界を超えそうだ。無自覚でやってるなら末恐ろしい。視線を逸らして鼓動を抑え、紅潮する頬を隠すように香苗特製の弁当を掻っ込んだ。今日はこんなのばっかりだな。

 「……じゃあ、先生に入部届けもりゃ、貰ってくる」

「え!?お前大丈夫なのか?」

弁当を食べ終わり、教室に戻る途中で楓がそう言い出し、教室とは別方向に歩き出す。咄嗟にそんな言葉が出るあたり、俺は意外と過保護だったりするみたいだ。普段なら面倒臭がって勝手に行かせるはずなのに。

「……ばかにしないで。それくらいできる」

心なしかむくれたような口調で断言した楓が階段の向こうへと消え、俺は一人で教室へと向かう。これで質問攻めは無くなるだろうか、いや同じ部活になればまた色々面倒だな。

 そんなことを考えながら、一組の前を通りがかったとき。

「……あ、響君!」

足音と共に、呼び止められた。

 俺を呼び止めたのは天文部部長であり、中学からの友人である女子生徒。名を、西里利香という。

「……お、利香か。久しぶりだな。ちょうど会いたかったところだ」

「へっ!?あ、会いたかったって、私に?」

「お前以外にいないだろ。……でさ、新入部員が入ったんだよ」

真っ赤になった利香の顔が、喜色満面といった風に輝く。相変わらず表情の激しい奴だな。

「で、どんな人なの?」

「ん?ああ、中川楓って、俺のクラスに入った転校生だよ。知ってるか?」

質問に質問で返すような俺の返答に、利香はおとがいに指を当てて考える仕草をして、数秒の黙考の末に答えを出した。

「……終業式の日に転校して来た人?」

頷いた俺に、利香は部長らしく毅然とした態度とは打って変わってしおらしくなった。両手を体の前で複雑に絡み合わせつつ、上目遣いでこちらを窺ってくる。その態度の変わりように面食らい、立ち尽くす俺に向かって、利香は決心したように口を開いた。

 「……仲が、いいの?」

「……へ?」

よもやそんな当たり前というか聞き飽きた質問がこようとは。もう少し危険なものが来るものと思っていたが。まあ来て欲しいとは毛ほども思わない。

「……あーいや、それは、ほら。席が隣で、色々答えたり案内したりで会話は多かったし。家も近くらしくてさ、バスも一緒で。ってわけだからその、他の奴らと比べれば相対的に仲がいいと言えなくもないわけであって別に一般的に見てどうかはまた別の話で……?」

 何を言っているのか自分でも分からなくなってきた。今日でもう何回目かわからないほど聞かれた質問で、同じだけ答えてきた返答のはずなのに、どうしてか言いたいことが上手く纏まらない。この感覚は、いきなり答えろと言われたときに似てるな。つまり、俺は今パニックに陥っているのか?

「……はー、悪い、えっと、つまり、接点が多かったからさ、必然的にある程度会話とかはするようになったし、友達もまだいないみたいだから天文部に誘ったんだよ。うちって兼部も出来るだろ?ほかに入りたい部ができたらそっち優先でも良いからって」

百十四文字程の文のうち、『友達もまだいない』以外はすべて嘘です。いや、『接点が多かった』もそうか。他のクラスメイトなんて比べ物にならないくらいに多かった。

 心苦しいが、こればっかりは仕方ない。と思いたい。平穏な学校生活のためにこれくらいは許してください。

「……そっか。分かった。じゃあ、今日は一応顔合わせってことで活動するから」

「……なんだかんだ言ってほとんど毎日してるよな。何もやってないのに」

「それを言わないの!……だってそれは響君が……」

「どうかしたか?」

ぶつぶつと呟く利香は俺の言葉に肩を跳ねさせると、「なんでもない!」と叫びながら教室の奥へと走って行く。なんか、最近こういうの多くないか?……そういうわけでもないか。

 今度こそ自分の教室で、好奇の視線を横切って席に突っ伏した。

「……おい、おい!聞こえてるだろ五十嵐!」

「……なんだ、原本」

「いや、だから、答えてないだろお前。朝一緒に来て、色々一緒にいる理由」

そういえばそうか。さっさと逃げ出したんだった。ただ、ここで面倒だからと正直に答えてしまうほど俺はバカじゃないし、面倒くさがりでもない。

 と、いうことで。

「……なんででしょーねー」

香苗を真似てみる。おお、以外に上手くいった。

「……お前な、真面目に答えないと無い事無い事ぶちまけるかんな!」

「名誉毀損で訴えるぞ。とはいえ、家が近いらしくてバス停で鉢合わせただけだし、仲良い奴もまだいないから俺と一緒にいるだけだって」

まさか極度の人見知りで俺が一番心許せるから、なんて言うわけにも行かない。昨日の昼から固く心に誓ったのだ。


 放課後。気だるげな雰囲気が支配する教室には、まだ半分以上の人間が残っている。

 「……ひび……いがりゃ、五十嵐君」

「おまっ!……コホン、なんだ中川さん」

「……なんかわざとらしくないかお前ら」

「ほっとけ」

心臓が止まるかと思った。確実に寿命が二年は縮んだ。当の楓はといえば人前で噛んだことに顔を真っ赤にして俯いている。もう、今更だろうに。

 怪しんだ目線で俺を睨む原本が一旦視線を外したところで、改めて楓に話しかける。

「……で、何だ中川さん」

「……部活、どこでやるの?」

ああ、そういえば何一つ説明していなかったのか。迂闊だったな。

「……って、お前ら部活一緒かよ!?」

「なんか問題あるのか?」

「うえー、噂というか疑惑に拍車がかかったというか……」

歯切れの悪い原本に、助け舟という名目の催促を出す。ちょうどよく乗っかってくれるだろう。こいつはそういう奴だ。

「……本音は?」

「俺のいるサッカー部のマネージャーをやって欲しかったです」

「……って、言われてるけど?」

俺たちの会話を黙って見ていた楓に話をそのまま受け流す。案の定、肩をびくりと震わせた楓は、恐る恐る、よりももう少し上の怖がり方で原本を見据えた。

「……私は、しょ、その、えっと、そういうの、に、苦手なので……」

「だってさ、残念だったな。……そろそろ行くか。案内するからついてきてくれ、か……中川さん」

席を立った俺たちに、原本の未練がましい視線が絡みつく。気づかないフリをしていたら、言葉で表現してきた。それはもう嫌味な言い方で。

「……ちぇー、お前の部活って天文部だろー?リア充部がハーレム部に転身かよー。うらやましーよなー」

「人聞きの悪いこと言うな。別にそういうつもりはまったくないし、関係もない。タイミングと、後なんか宇宙人とか星の並びとかの関係だろ」

「後半の言い訳が適当すぎて、信憑性が薄いな。……んじゃ、俺も行くかー」

どうでもよさそうに返したら、向こうも本気で言っているわけじゃないのだろう、棒読みの返答を期に立ち上がり、鞄を持って走り去って行った。とりあえず、俺らも行くか。

 「……じゃ、ついて来てくれ」

いつの間にか人の少なくなった教室を出て、階段を上がる。目指すは三階に位置する俺たちの教室、つまり一年三組の真上、地学準備室。そこが、放課後に貸し出される天文学部の部室だ。どこか空き教室でない分マシと言うべきか。まあ一応活動らしいことは出来る。

 「……ここ?」

案の定、楓は俺が立ち止まった扉を見て、首を傾げた。

「そ、ここが天文部に貸し出しされた部室」

「……覚えとく」

「ああ、一組が終わって少し経ってれば、高確率でここの鍵は開いてるから。そこは気にしなくて良いと思うぞ。ただ、休みだったりすると職員室まで借りに行かないとだけどな」

指し示す人物を省いた言葉に、楓は傾げていた首を逆に倒した。まあ、話はまったくしてないし、当たり前といえばそうだな。しかし、こればっかりは俺がここで紹介するよりも手っ取り早い方法がある。

「――ま、直接会ったほうが早いからな。開けるぞ」

心の準備が出来ないままに引き合わせたら、どうなるか分からない。一言断って、楓が大会に臨む三年生もかくやという真剣な顔で頷いたのを確認してからドアノブを捻る。

 扉は、予想通り軽い手ごたえと共に開いた。小さく軋むその向こうには、椅子に腰掛け、分厚い図鑑を眺める一人の女子生徒。顔を確認する必要もなく、利香だ。

 「あ、来たね。……そちらが、中川さん?」

図鑑から顔を上げた利香は、俺を見て顔を輝かせ、斜め後ろの楓を見て微笑んだ。図鑑を慎重に閉じ、椅子から立ち上がる。俺は俺で離しやすい距離まで近づいた。

 「西里利香です。この部の部長なので、分からないことがあれば何でも聞いてね?」

律儀にも頭を下げた利香に対し、楓は俺の後ろで頭を下げた。普段より少し遠い程度の距離だ、そのまま下げれば当然俺の肩に頭をぶつける。

「……ひゅや!……ごめん、ひ……五十嵐君」

「いや、いつまでも間に立ってた俺が悪いよ。仕切りなおしてくれ」

二人の間から身体を除け、横の椅子の腰掛ける。その間にも、挨拶は続いていた。

「……な、中川楓でしゅ、です。よろしくお願いしみゃ、します」

「……といっても、特にやることなんて無いけどな」

挨拶が終わったようなので、横から口を挟む。これ以上楓と二人で会話をさせていると、ぼろが出そうで気が気ではないのだ。こんなところでばれる訳にも行かない。

「もう、それを言わないの。でもまあ、その通りなんだけどね。……えっと、中川さん。基本的にこの部活は、何かを目的にして毎日活動するわけじゃないの。響君から聞いたと思うんだけど、部員が私たち以外いないから、活動内容とか分からないんだよね」

俺と話しているときとは違う、ハキハキといかにも真面目そうな喋り方。元々友達も多い奴だったし、楓もすぐに馴染めるだろうとは思うのだが。

 当の楓はといえば、利香の言葉に大きく頷いただけに留まり、俺の隣に座っている。

「……おい、中川さん。もう少し会話とか無いのかよ」

「……へ?う、そ、そうだね」

「……あ、無理しなくて良いよ?人見知りなんでしょ?」

お、どこから知ったのかは分からないが、その通りだ。が、「極度の」をつけると百点解答だな。

 なんてどうでもよく、かつ少々失礼なことを考えながら楓と利香を交互に見やる。どちらも視線を合わせたり逸らしたりするだけで、沈黙を破ろうとはしない。もしや、最初から無理難題を押し付けすぎたか。いや、そもそも秘密を守りながら対人関係を築くなんて器用な真似が楓にできるのだろうか。

 俺が半ば真剣に危惧し始めた頃、ようやく利香が口を開いた。ゆっくり、よりはのろのろと表現した方が良さそうな動作で。

「……中川さんは、響君の隣の席なんだよね?」

楓が何と返すのか興味津々で見ていれば、小さく頷いただけだった。……それもそうか。

「じゃあ、結構話したりもするんだ」

「……西里しゃ、さんも、仲ぎゃ、がいいの?」

今度こそ、楓が切り返す。どこかで聞いたようなセリフに真似のできないアレンジを加えたそれは、利香の表情を変えさせるには十分過ぎるほどだ。湛えていた微笑が吹き飛ばされ、おそらくは羞恥とパニックによってトマトへと変わる。おお、いつもの利香だ。

 教師然とした微笑みが崩れるのを見て再確認した俺は、何の気なしに図鑑を開く。ここからは、俺が過度に干渉すればするほどぼろが出るだろう。

「え!?や、その、うーんと……世間一般的に見て、仲の良いほうだとは思うけど……私はもう少し仲良くなりたいし……」

尻すぼみになり、最後の方は微細に空気を振るわせただけ。俺や楓の鼓膜を震わせるには至らなかった。重要だった気がするが、聞き返すのも面倒だ。それに、言うべきことははっきり言うやつだから、信用して大丈夫だろう。

「……そっか、ちょっと羨ましい」

「はへ!?あ、いや、中川さんも、すぐ馴染めると思うよ」

なんか、ここにいてはいけない気がしてきた。肩身が狭いというか、気まずいというか。とにかく、このままこの会話を聞いていれば、聞いてはいけないことまで耳に届いてしまうのではないかという危機感が、胸の奥底から消えない。

 「……まあそう気負う必要も無いだろ。自分のペースで距離を縮めて行けば良いだろ」

天文単位だか十兆キロメートルだかと、ゼロの数に閉口しそうになる図鑑から顔を上げ、降りた沈黙に言葉を投げ入れる。どうやら、期せずして絶妙なタイミングだったらしく、二人の視線が俺に突き刺さった。

「……なんだよ」

「……ううん、響君が珍しく良いこと言ってるなって思って」

「……何気に失礼じゃないか?――か、中川さんも頷くなよ」

最後の一言には二つの意味を込めたんだが、気がついただろうか。おそらく、気がついてもらえたとは思うのだが。楓は何気にこういうところには敏感だからな。

「ごめんごめん。――――それでさ、ちょっと聞きたいんだけど……」

利香が何かを言いかけたところで、地学準備室の扉が控えめにノックされた。

「……誰だ?」

「とりあえず開けてあげないと」

席を立って利香が扉を開けると、そこにいたのは俺のクラスメイト、名前は確か、本郷、と言ったはずだ。

「……部活中にごめんなさい。えっと、五十嵐君と中川さん、います?」

「あ、うん。いるよ。どうぞ、入って」

小さく断りながら入ってきた本郷は、俺と楓の前に、コピー用紙の束を置いた。ホチキスで留められたそれの、表紙に当たる紙には、「暗闇の恋」と印刷されている。それだけで、これが何かは推測できる。おそらく、今日の学級審議によって決定した、文化祭でのクラス発表の台本だろう。

 「……これ、文化祭で発表する劇の台本なんだけどね、二人にお願いしたいの」

台本を配り終えた本郷は、机の横に立ち、そんなことを告げた。

「……は?」

「あ、もちろん強制じゃなくてね、やってくれるなら皆の前で少し演技して、任せて大丈夫か確認させてもらうんだけど……どうかな?」

俺は、まあ面倒だけどやらないことは無い。問題は、楓だ。こんな性格で劇の主役なんて張れるのだろうか。

「……わ、私は、その、ひとみゃ、人前でしゃべりゅ、喋るのとか苦手だかりゃ……」

説得力の強い口調で断った楓に、本郷は残念そうな顔を見せ、次いで利香の方を向いた。

「――じゃあ、西里さん、お願いできない?」

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