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学校へ行こう!

 ここ一ヶ月程耳にしなかった音が、惰眠を貪る俺の耳朶を打つ。しかも、聞きなれたはずのそれはなぜか二重奏で、不思議なハーモニーを奏でるとかそういうわけも無くただただうるささが倍だ。

 音から逃れようと寝返りを撃って初めて、俺は二重奏の原因を知った。

 部屋の中へと顔を向けた俺の視界には、同じくらいの大きさのベッドと、その上で幸せそうに眠る楓。そう、結局ベッドを移動することは叶わなかったのだ。一宮さんたち以降、家を訪ねてくる人はいれど、ついでにそんなことを頼めるような親しい人ではなかった。断られることを承知で父さんたちに頼んだが、答えはにべも無かった。それだけのために誰かを呼ぶのも心苦しいというか状況の説明が七面倒くさいというか。そんなこんなでもう諦めつつある。別に何があるわけでもないが。

 そこまで考えて、目覚まし時計二つが一か月分の鬱憤を爆発させたかのように鳴り響いている理由を悟った。

「……うー、ぐ」

目覚めきらない頭で自身を鼓舞するための声を出したら、余計気が抜けてしまった。気だるい身体に鞭打って、腕立て伏せの要領で起き上がる。普段の五割り増し乱雑に目覚まし時計を止めたら、指し示す時間が目に飛び込んできた。

 ……午前、七時十五分。

 学校の登校時刻は八時四十分、最寄のバス停から学校までバスで十五分、家からバス停まで徒歩五分。事前の調査によると遅刻を免れるには最悪でも八時十分のバスに乗る必要がある。つまり八時五分には家を出る必要があるのだ。俺の場合身支度と朝食の時間を考えても最悪七時半だが、今は楓がいる。女子の身支度にどれだけの時間がかかるかは知らないが、マズいんじゃないだろうか。

「……おい、楓起きろ。朝だ」

「……むー、うー、ん、おきりゅ……起きた」

猫のように伸びをした楓は、上体を起こすとこっちを向いてふわり、と微笑んだ。なおも絶叫する目覚まし時計と差し迫った時間がなければいい絵になるのだが。

「……楓、目覚ましを止めて時間を見てくれ。……ちなみにタイムリミットは八時五分だ」

言われるがまま目覚まし時計を叩き、その文字盤に目を凝らした楓は、硬直し、赤くなり、青くなった。そして口をぱくぱくしながら再びこっちに向き直る。

「つかぬ事を聞くが、朝起きてから家を出るまでに、何分くらいかかるものなんだ?」

「……どれだけ急いでも三十分くらい」

もう一度時刻を確認する。先程から五分ほど経って、午前七時二十一分になった。つまり、ギリギリ間に合う。

「じゃあ、急いで準備するぞ!」

布団を跳ね飛ばしてベッドから下り、起きてすぐに激しく動いたがゆえのだるさを我慢しながら、箪笥を引き開けた。

 

 「まったく、典型的な夏休みボケですねぇ。高校生なんですから、生活サイクルくらい自分で調整したらどうなんですかー?」

耳が痛い。せめてもの抵抗にその言葉を無視すると、香苗も気が済んだのかさっさと台所へ引っ込んでいった。

 用意されていた朝食を掻っ込んでいる現在時刻は七時三十分、これなら間に合いそうだ。

 ちなみに、楓は洗面所で身だしなみを整えている。食欲よりもそちらを優先するらしい。ただ、このペースならどちらを先にしようが問題はなさそうだ。いまだに激しい鼓動を深呼吸で押さえつけて、目の前の食パンを見つめた。

 「んじゃ、行ってくるから」

楓も朝食を食べ終わり、玄関へ向かう。時刻は午前八時、これなら間に合うか。一時はどうなることかと思ったが。

 バス停からバスに乗り、同じ学校の奴らが乗ってくる前に、昨日確認したことを再確認する。もしこれを守れなかった場合、俺たちは残り二年半の学校生活を後ろ指差されてすごすこととなる。クスクス笑いとひそひそ話のおまけつきで。

「……いいか、バスに乗った時点で俺たちはただ席が隣のクラスメイトだ。つまり、基本は苗字呼び、婚約のこととかは他言無用、同居中だってことは絶対秘密。用がないときは基本話しかけない。いいな?」

「……わかってりゅ、る」

「よし。気をつけろよ」

人との関わりを苦手とする楓が、どこまで嘘を吐き通せるか。それが問題だろう。まあ、一年持てば良いほうか。

「……じゃあ、よろしくな、中川さん」

「……よろしく、五十嵐君」

この路線で学校へ行くのは俺と楓だけだが、まあ用心に越したことはない。それを言うなら二人掛けの席に二人で座っているのも不自然だが、これはもうしょうがないだろう。離れようとすると楓の視線が突き刺さるのだ。

 これから起こるであろう事に嘆息する俺を乗せて、バスは学校へと進んで行く。


 校門を抜け、一ヶ月振りの階段を上る。決意を固めるために、教室の扉の前で一拍置いたら、内側から開いた。

「お、五十嵐!久しぶりだな!」

「……なんだ、原本か」

扉を開けた男子生徒は原本大河、俺の友達だ。というか、久しぶりに会ってこの反応は、失礼だったか。まあいいか。

「お前な、久しぶりに会ってそれとは、挨拶だな。って、隣にいるのはもしや中川さん!?」

「……お前、この距離で人の顔が怪しいなら眼科に行ったほうが良いな」

「いやいや、俺視力だけは自信あんだぜ」

「だとしたらお前は唯一の自慢すら怪しいってことだな」

「ひでぇ!」

げらげらと笑う原本に、楓はどうしていいかわからないらしい。俺の方をちらちらと見ている。どう見てもフォロー待ちだ。

「……で、とりあえず時間も差し迫ってるし、話はここまでだな」

「なんかお前いつもより冷たいな!」

「そうか?いつも通りだろ?むしろ二割り増しで優しいくらいだ」

「お前はそこまで冷酷だったのか」

「いや、冗談だ。ツッコミばかりだとバランスが悪いだろ。ボケを少しでもしないと」

「お前の精神バランスを保つために俺はいじられてんの!?」

「どうだろうな、半分はキャラじゃないか?」

まだ騒ぎ立てる原本に背を向けて、自分の席に向かう。ああ、夏休みで偏ったバランスが元に戻った。やっぱりどこかで発散しないとな。原本には悪いが。

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